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川面に泡沫の すべての写真は「スナップ写真」かもしれない  

耳を悪くしてから、今は人と話すことを極力避けるようになったのですが、以前は写真をやっている人と話をすると「どんな写真を撮っているのですか?」とよく聞かれました。

実は私はジャンルを意識して写真をやっているわけではないので、そう聞かれると答えにくいし、いろいろ説明するのも面倒なので「スナップです」と答えるようにしていました。

そうすると写真に詳しそうな人からはたいてい「スナップですか・・・」と何か気の抜けたような反応が返ってきました。スナップというと当時は街などでピントなどをあまり気にしないでバシャバシャ撮るもの、と思われていたからだと思いました。まあ技術力がなくても撮れるもの・・・そう思われていたようです。それはデジタルになった今も基本的には変わらないかもしれませんね。 

スナップという言葉は たしか、速く撃つ、つまり速射という意味で写真でいえば相手に気付かれずに素早く撮ること、そんな意味だったと思います。ちょっと違っているかもしれませんが「キャンディッド」という言い方もされるみたいです。そのように撮られた写真のことをスナップショットと言うようで、一つの写真のジャンルとして扱われています。

ところで写真でよく行われるのは被写体別の分け方ですよね。つまり私にどんな写真を撮っているのですかと聞いた人はどんな被写体を撮っているかと聞いたのです。風景、花、こども、ペット、ポートレート、雲、お祭・・・
みんな具体的に存在するモノです。でもスナップという被写体はありません。

写真家の土門拳さんが言っていたそうです。「風景は走っている」と。そうです。ジッとしているように見える風景も刻一刻移り変わっていきます。風景も生きているのです。

三脚を据えてじっくり構えていてもシャッターを押すのは「その一瞬」なんですね。写真は動画と違って流れて行く時間をとらえることはできません。流れて行く時間の一瞬をとらえるものです。

ふつう風景というと自然の景色のことですね。それでたいていは自然風景写真ということはあまりないと思います。でも通勤風景とか言う言葉があるようにじつは人工の風景もあります。それで街の風景写真というジャンルがあってもいい訳です。

そうすると街で撮った写真は街の風景スナップ写真になると思います。街の一瞬の姿を捉えているからです。いっぽう、いわゆる風景写真は自然風景スナップ写真と言ってもいいと思っています。くどいのでふつうは風景写真でいいと思いますが。

どんなに長い間、三脚を据えて息を殺して待っていても 列車がやって来て写す瞬間はアッという間です。連写で撮っても、いいカットは1カットか数カットでしょう。スナップは速射、すなわち速写です。そして例外はあるかもしれませんが写真は基本的には速写=スナップなんですね。

絵画に出来なくて写真に出来ること、それは瞬間をとらえることです。そのポイントから離れれば離れるほど写真は写真でなくなっていくように思えてなりません。

デジタルの時代になってレッタチでいろいろ出来るようになりました。そのことで絵画(美術・デザイン?)に近づこうとしているのでしょうか。それともレタッチで写真により近づこうとしているのでしょうか。

レタッチで時間をかけるほど写真から遠ざかってゆくように感じるのは時代遅れの感覚かも知れません。それでも、撮影時の瞬間がとらえた像を重視したいと思っています。すべての写真がスナップだとしたら・・・だからです。写真は「時間のアート」ではないでしょうか。 
 
                 (2024年4月中旬・大阪市、上本町) 

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