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これからのビジネスに、アート思考はどう生きるのか 【アート思考 Vol.3】


めまぐるしく変化するこれからの世界で、私たちの課題を解決するヒントとして注目を集めている【アート思考】

前々回のnoteでは、【アート思考】とは何か?なぜ今注目を集めているのか?ということについて、そして前回のnoteでは、【アート思考】の始点となる「アーティストのものの見方」について、お話ししました。


今回は、ある一冊の本をご紹介しながら、「これからのビジネスに、(実際に)アート思考はどう役立ち得るのか?」というお話をしてみたいと思います。

その本とは、ニューヨークを拠点に世界中のビジネスのブランディングを手がけてきたアートディレクター、小山田育さん渡邊デルーカ瞳さんの著書。

「ニューヨークのアートディレクターがいま、日本のビジネスリーダーに伝えたいこと」です。

お2人はニューヨークでHI(NY)  というデザイン事務所を経営されています。 

この本では、ブランディング先進国のアメリカで、実際に名だたる企業のブランディングに携わってきたお二人ならではの視点で、「いま、そしてこれからのビジネスに必要不可欠なもの」について論じられています。

(実はこの本の中には【アート思考】というワードは一度も登場しないのですが)
アートやデザインを武器に世界の第一線で戦ってきた彼女たちの思考やスキル・創造性が、たっぷりと凝縮された素晴らしい本でした。【アート思考】のプロセスという観点から見ても、学びの多い本だと思います。

「コミュニケーション」や「伝え方」の大切さを説く彼女たちならではの、読みやすく伝わりやすい文章。そして美しい装丁、直感的に理解しやすいイラスト、とことんこだわり抜かれたアイコン、洗練されたレイアウト。この本そのものが彼女たちの一つの作品であることがビシバシ伝わる良書です。ぜひお手に取ってみていただきたいです。


ところで、この本の第1章に、こんな文章があります。

これからテクノロジーの進化が加速しAIが導入され、人間にとって柔軟にクリエイティブに考えること、表現することがますます重要になっていきます。変化の激しい時代を乗り切るには、個性や強みといった唯一無二の「自分らしさ」は最大の差別化ポイントです。他者と意見を論じあうには、自分の一貫した矛盾のない意見が必要です。それには、社会や他者の定めたスタンダードではなく、自分の軸で考える必要があります。


テクノロジーの進化が加速する激動の時代、人のもつ柔軟なクリエイティビティや「自分らしさ」は最大の武器になる。社会や他者の定めた基準でなく、「自分の軸」が必要になる。

これは、前回の記事でもお話ししたような、
【個人(アーティスト)が、“自分起点で”新しいものを生み出す時の思考】=【アート思考】にも通ずるものです。

世界の企業をクライエントにお仕事されてきた彼女たちもまた、「個性や強みといった唯一無二の「自分らしさ」、自分の一貫した矛盾のない意見が必要だ、と説いているのですね。

「モノ消費からコト消費へ」と言われて久しいですが、テクノロジーが進化し、私たちの社会の不便は見違えるほど改善されました。
人々の生活を豊かにするためのモノやサービスが多くの人に行き渡った結果、私たちの「モノ」を手に入れて所有する強い欲求は薄れてきています。

過去数年を振り返ってみても、とにかく人一倍お金を稼いで高級な車や家を“所有する”、ゴージャスなものを消費して贅沢な生活をする、というこれまでの価値は減少し、むしろ「断捨離」、「ミニマリスト」、「シェアリングエコノミー」といった価値観が台頭していきました。

「モノ」への欲が満たされた人たちは、必ずしも形に残らない、体験やイベント、繋がりや出来事といった「こころを満たすもの、豊かにしてくれるもの」に、より一層の価値を見出すようになったと言われています。

「世界のエリートはなぜ美意識を鍛えるのか」の著者、山口氏も、

今日の社会においては「役に立つ=機能的価値」がデフレし、一方で「意味がある=情緒的価値」がインフレしている。

と繰り返し語っています。

機能性や効率を追い求めてここまでやってきた私たちは、ここにきて今度は「心を満たしてくれるもの、心を豊かにしてくれるもの」を欲するようになっているのですね。

このような消費者のニーズの変化は、ビジネスにももちろん大きな変革をもたらしました。
先ほどの本に戻りましょう。こんな記述があります。

いままでは標準的で似通ったビジネスが多く、市場で勝ち続けるために価格を下げ品質を上げることで競っていくという血みどろの戦いが行われてきました。(中略)しかし長年主流であった、競合をリサーチし、市場を分析し、差別化を図って競争優位を勝ち取る競争戦略型の市場にフォーカスするビジネスのやり方が時代の流れに合わなくなってきました。

そのかわりに、企業や商品/サービスの持つ強みや個性、大切にしたいと思っている理念、社会的な存在意義などといった、その会社の「らしさ」であるCore Value (コア・バリュー 中核となる価値)に焦点を当て、その価値を押し出したビジネスがどんどん増えています。他者と比較して相対的な価値をつけるのではなく、その会社らしい唯一無二の絶対的な価値を持ったビジネス。どんな人もかけがえがなく、その人がその人らしくいること以上の魅力はないように、会社がその強みを活かしてその会社らしくビジネスをすること以上の差別化ポイントは存在しません。


そう、個人のニーズが変化するにつれ、企業にとっても、「理念や“らしさ”」が求められるようになったのです。


情報化が進んだ現代社会では、誰もが社会の出来事に瞬時にアクセスでき、結果的に社会に対する意識も高くなっています。
どこかの国の政治家が性差別的発言をすればそれは一瞬で世界中に広がり、彼を辞職に導くこともあるでしょう。
あるブランドのトップが人種差別的発言をすればそれも一瞬でSNSに拡散され、そのブランドの売り上げに深刻なダメージをもたらします。

小山田氏と渡邊氏は、この著作の中で、とある調査結果を引用しています。
2015年のミレニアル世代に関する調査です。

※ミレニアル世代とは、(Millennials:1981-1996年生まれの人のこと。2021年に25歳~40歳になる人を指します)

この研究では、ミレニアル世代の10人中9人が、
「商品やブランドのビジョンに共感できるか否かによって、購買するブランドを選んでいる」
という結果が出ています。

そう、今や私たちは、「商品やブランドのビジョン」までも見るようになったのです。

過去のような、操作された情報、広告をただただ一方通行的に受け取るだけの消費者はもう存在しません。私たちは自分が「どんなビジョンを持つ組織に、どのようにしてお金を払うのか」を知ることができるようになったのです。

金銭的な利益を上げるためだけに環境汚染を引き起こしている企業、自殺者を絶えず生み出している企業、不必要に動物の命を奪う企業、
あなたはそういった企業から、商品を購入し続けたいと思うでしょうか?

私たちは、情報を得られるようになったことで、そして購入の選択肢が広がったことで、企業の理念やCSR(Corporate social responsibility:企業の社会的責任)を見て、“どこから何をどう購入するか”自主的に決められるようになってきているのです。

以前の記事でドイツのヨーゼフ・ボイスという芸術家の「社会彫刻」という概念をご紹介しました。

ヨーゼフ・ボイスは「社会」を一つの彫刻作品と考え、そこに暮らす全ての人々を、社会を形作っていく「アーティスト」だとしました。「芸術家」は「自ら考え、自ら決定し、自ら行動する人々」であるとし、「あらゆる人間は自らの創造性によって社会の幸福に寄与しうる、すなわち、誰でも未来に向けて社会を彫刻しうるし、しなければならない」と言ったのです。

この概念はもはや理想論ではなく、現実のものとなりつつあるわけです。


これを受けて、各国の企業も、金銭的な利益を上げるためだけのビジネスにとどまらず、社会問題や環境問題の解決、よりよい未来の創造を目指した利他的なビジョンやミッションを掲げ始めているのです。
これはつまり、企業がその倫理観や美意識をより重視するようになった、とも言えると思います。

消費者を食い物にしようとするだけの利己的な企業は、今後もう生き残ることは難しくなっていくでしょう。人種差別、性差別、利己的なやり方、誰かを傷つけ貶めるやり方のビジネス、社会問題や環境問題の解決を無視するビジネスも、消費者の選択によって淘汰されていくはずです。


そのかわりに、企業や商品/サービスの持つ強みや個性、大切にしたいと思っている理念、社会的な存在意義などといった、その会社の「らしさ」であるCore Value (コア・バリュー 中核となる価値)に焦点を当て、その価値を押し出したビジネスがどんどん増えています。
他者と比較して相対的な価値をつけるのではなく、その会社らしい唯一無二の絶対的な価値を持ったビジネス。どんな人もかけがえがなく、その人がその人らしくいること以上の魅力はないように、会社がその強みを活かしてその会社らしくビジネスをすること以上の差別化ポイントは存在しません。

「人を幸せにする」「社会をより良いものにする」「新たな価値を創造する」
そういったミッションを見据え、高い倫理観や美意識を持ち、様々な多様性を尊重し包括したうえで、その企業“らしい”ビジョンを掲げ、唯一無二のオリジナルな存在価値をもったビジネス。

それこそが、今後の世界で求められるようになるビジネスと言えるかもしれません。

「ビジネスに【アート思考】を生かす」とは、単にオフィスにアート作品を飾ったり、みんなで絵を描くといった周縁的なことにとどまるものではありません。

【アート思考】は、上にあげたように、その企業が“その企業らしく”、“唯一無二の価値”を社会に押し出していくために、その核となる部分(コア・バリュー)を築きあげるプロセスにおいても必要不可欠なものとなるはずです。

そういう意味では、このプロセスにアート思考を取り入れたり、アーティストやデザイナー、美術研究家などが関わることは非常に価値があると言えると思います。

そういえば、ダニエル・ピンクの本(Drive: The Surprising Truth About What Motivates Us)の中にも、億万長者のステレオ会社CEO、Sidney Harmanの言葉が引用されていましたね。

“I say, 'Get me some poets as managers.' Poets are our original systems thinkers. They contemplate the world in which we live and feel obligated to interpret, and give expression to it in a way that makes the reader understand how that world runs. Poets, those unheralded systems thinkers, are our true digital thinkers. It is from their midst that I believe we will draw tomorrow's new business leaders."

私は「詩人をマネージャーにしなさい」と言っているんだ。詩人というのは独創的なシステム思考家だから、と。彼らは自分たちの住む世界についてじっくりと考察しているし、世界がどう動いているか、読者に理解できる方法で表現する義務を感じている。そのような、システム思考家である詩人たちこそ、まだあまり知られていないが、真のデジタル思考のできる人材なのだ。彼らの中から明日の新たなビジネスリーダーが生まれると、私は信じている」


個人的には、アート思考はアーティストに限らず、すべての人が手に入れられるものだと考えています。「思い出すもの」と言ってもいいかもしれません。なぜなら、「その人らしさ」「唯一無二の価値」というのは、すべての人がもともと持っているものだからです。

社会のどんなビジネスに、どんな形で関わるにせよ、ひとりひとりがこのアート思考を生かして、オリジナルのビジョンや価値を生み出していけたらいいなと思っています。



いかがでしたでしょうか。

長くなりましたが、最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!

今回は、「ニューヨークのアートディレクターがいま、日本のビジネスリーダーに伝えたいこと」という一冊の本をご紹介しながら、「これからのビジネスに、(実際に)アート思考はどう役立ち得るのか?」について考えてみたnoteでした。

今後もアート思考やアート×心理学について、書いていく予定です。

また次のnoteでお会いしましょう。

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