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『 THIS IS US/ディス・イズ・アス 』の物語考察【#1】

ケヴィンから見えてくる世代間トラウマ

前回のゆうきさんの記事では、ハンドメイズテイルの主人公であるジューンと宿敵セリーナから見えてくる個人の成長の過程を、彼女と母親たちとの親子関係や、母親たちが生きた社会背景や当時のジェンダー観によって生み出された世代間トラウマを振り返りながら考察してくださいました。

そしてゆうきさんから受け取った次のバトンのテーマは、世代間トラウマ。このトラウマが、どう親から子へと受け継がれ、個人の成長に影響を与えるのか。それは、個人がどのようなパートナーを選び、どのような関係を築き変容を迎えていくのか、そういったさまざまなドラマを垣間見ることからも知ることができます。

ちなみに世代間トラウマについての解説は、こちらのブログ記事でも詳しく解説しています。『ミラベルと魔法だらけの家』の物語考察の記事

そこで、この記事では、アメリカで数々の賞を受賞した大ヒットヒューマンドラマ『 THIS IS US/ディス・イズ・アス 』を物語分析の舞台に、世代間トラウマが個人の成長にどのような影響を与えるのか、主人公の3人の兄弟(ビックスリー)、特にその中でも長男のケヴィンから見えてくることを軸に考察してみたいと思います。

*シーズン6(最終シーズン)のネタバレありの内容になっています。

『 THIS IS US/ディス・イズ・アス 』とはどんなストーリー?

そもそも『THIS IS US/ディス・イズ・アス 』とは、どんなストーリーの物語なのでしょうか。

ゆうきさんの以前のこちらの記事も参考に、このドラマは、ある一組みのカップル(レベッカとジャック・ピアーソン)と彼らの3人の子供たち(ビックスリー:ケヴィン、ケイト、ランドル)によるピアーソン家の成長の軌跡を描いた物語です。彼らビッグスリーが36歳を迎えた時を始まりに、3人の子供たちが、現在を生きる中で時々振り返る、子供時代のこと、親との思い出、特別な出来事、などがフラッシュバックのように時折ドラマの中に織り込まれるような編成で描かれていきます。ちなみに『ビッグスリー』とは、3つ子として育てられた彼らに父親が与えたニックネームです。

36歳の彼らを描くシーズン1は、それぞれが自身のキャリアのことであったり、自分探しであったり、自分という存在を模索する上でそれぞれが抱える課題に向き合い始める様子が描かれていたように思います。そして、シーズン2、3と彼らが年齢を重ねていくにつれ、徐々に、家族が触れてこなかった大きなトラウマや、子育てで経験する様々な葛藤、3人の子供達の母であるレベッカの老いなど、人生に起こるさまざまな課題や試練に直面することで、人間的な成長を余儀なくされることになっていきます。

物語の最終回では、レベッカの最期を通じて、彼女がどのようなことを家族に思い、子供たちに未来を託すのか、その様子が集大成のように描かれるとても壮大な人生のドラマとなっています。

ビックスリーとパートナー達との関係が36歳から10年超に渡り描かれる

ビックスリーのケヴィンとケイト、そしてランドルの人生は三者三様。そこで、まずはこの3人の兄弟たちがどんなキャラクターなのかを、彼らが36歳の様子から簡単に紹介してみましょう。

ピアーソン家の長男ケヴィン。
36歳のケヴィンは、シットコム(フレンズやフルハウスのようなスタジオ型コメディ)の看板番組を持つそこそこ売れた俳優。しかし、二流の俳優感が拭えない自分が嫌で、そんな看板番組に蹴りをつけて、実力主義の世界であるブロードウェイで舞台俳優を目指すようになります。彼は、19歳の頃に幼馴染と結婚しますが、彼自身の浮気が原因で別れ、それ以降は、甘いマスクと饒舌なプレゼン力で誰もを魅了し、短命で華やかな恋愛遍歴を辿っています。

ピアーソン家の長女ケイト。
ケイトは、兄ケヴィンの双子の妹。36歳の彼女は、兄ケヴィンのマネージャー兼アシスタントをしています。容姿にコンプレックスを抱え、摂食障害(過食)に悩む彼女は、全てを中途半端に投げ出して生きてきた自分に自信が無く、華やかだけどだらしがない兄を手取り足取り世話しています。そんな彼女は、摂食障害サポートグループで意気投合したトビーとデートをすることに。

ピアーソン家の次男ランドル。
ランドルは、ケヴィンとケイトが生まれた日と同じ日に病院に居合わせた孤児でしたが、3つ子のうち一人を死産したピアーソン夫妻が、運命を感じて養子として引き取った子供です。黒人である彼は、白人家庭で彼らの子として生きる中で、自身の出自やアイデンティティについて深く悩みながら生きてきました。また、持ち前の正義感の強さと優しさから家族を支え続ける良い子、まさに優等生に育ち、インポスター症候群と完璧主義傾向、そしてパニック発作と闘っています。彼には、大学生の頃に出会い結婚し今に至る相棒的存在のパートナー、ベスと、彼女との間に2人の子供がいます。36歳の彼は、ずっと探していた実の父親の居所をついに突き止め彼を訪ねにいきます。

36歳のこの時をスタートに、彼らがどのような人生を辿っていくのか。今回はこの中でも、恋愛関係が派手なケヴィンに注視して彼の自己変容の様子を探ってみようと思いますが、その前に、人間の精神的成熟に対する考え方の一つの例として、コフートの自己心理学の理論を紹介してみようと思います。

自己形成に欠かせない、他者との関係性上に存在する自分という視点:セルフオブジェクト

自我形成への理論で有名な自己心理学を生み出したコフートによると、人間は、成長と共に、セルフオブジェクトと呼ばれる自身と他者との関係性を見据えた自分の世界観を形成し、その中で自我を育てていくと話しています。このセルフオブジェクトは、自我が生まれる幼少期の経験から今に至るまで、自身の身近な存在の誰かとの関わりの中で、その時に得られた、もしくは得られなかった心のニーズへの経験が大きく反映した主観的な世界観のことを指しており、自身のニーズが満たされる度合いにより、自我の成長を健全に促すこともあれば滞らせることもあり、それが、どのような人(パートナーや友人)を欲し、どのような人間関係を構築するかに多大な影響を与えていく、と説明しています。

コフートによると、人間が他者に求める心のニーズには、大きく分けて3つの存在があるとされており、それぞれの要素を他人との関係の中で経験していくことで人は健全な自己形成を達成していくそうです。この、心のニーズを求める動力は、「転移」と呼ばれています。それでは、その3つの転移とはどのようなものがあるのでしょうか?

  • 理想化転移

  • ミラーリング(鏡)転移

  • ツインシップ(双子)転移

理想化転移は、自分よりも強く、生き方の指針となる様な存在の誰かに近づきたいと望む憧れに近く、この様な理想化対象になる誰かが自己形成の過程で存在することによって、人生の指針を得られたような安心感や自己抑制の能力を形成するきっかけになります。感覚的には、父性的な影響力と言われています。

ミラーリング転移は、自分の経験をありのまま認めてくれるような存在を欲する憧れに近く、この様な存在の誰かが自己形成の過程に存在することによって、自身の存在意義を強く感じたり、自身を肯定的に見ることが出来る自己認識形成の世界観が作られるきっかけになります。こちらはどちらかというと、母性的な愛情の感覚に近いとも言われています。

ツインシップ転移は、自分と似た存在を欲する憧れに近く、「自身と共通する何かを持つ誰か」という存在があることで、自身の非を認めることを恐れずに済むといった感覚や、「人間なんだもの…」といった等身大の人間的な期待値を得られたり、周囲との一体感や受け入れられた感覚を身につけたりするきっかけになります。

自我形成を育む幼少期を中心に今に至るまで、優しく共感力を持つ他者との関わりの中でこれらの要素が満たされるような対人関係の経験があることで、人は、自分の身の丈や限界を学んだり、気持ちの整理をしたり、自己肯定感を育んだり、安心感を得たりして等身大の自我・自己像を創っていくことが出来るのです。

これら3つの要素は、健全なセルフオブジェクトの構築に欠かせないものの、その3つのうちのどれを特に本人が強く欲するか、というのは人によって異なり、また、一つが満たされなくても、他の要素が充実していればそれによって足りない部分が補填が出来る場合もあるなど、健全な自己形成に至るまでの3要素のバランスはさまざまであり、good enough(ほどほどにある)ぐらいでも十分であると言われています。

しかしながら、自身のニーズが強く満たされなかった場合、例えば、共感的な保護者や心が通える他人に全く出会った経験がなかったり、虐待されて育ったり、トラウマ的に交流が断裂されニーズが満たされなくなったりする時、人は大きな苦しみを経験し、それがインセキュリティ(自分の不完全さ、不確かさからくる不安等)となって自我を守るための防衛措置や守りの行動を発動させてしまうのです。

ちなみに防衛とは、フロイトの心理用語で心を守るための自己防衛システムのこと。例えば、辛い経験をバネに自身を高める方向に力が働く健康的な防衛もある一方、攻撃的になったり相手を操作しようとしたりといった非健康的な防衛方法も存在しており、どのような防衛機能を使いがちかということが対人関係にも大きな影響力を持ちます。これは、心理学を語る上で、とても重要な概念であります。

ビックスリーと3つの転移

話が逸れてしまいましたが、このセルフオブジェクトと、3つの転移をビッグスリーに当てはめてみると、面白いことに3者それぞれ、別々の転移を求めていることが見えていきます。

華やかな女性遍歴を持つケヴィンは、物語が進むにつれ、早くに亡くなった父親に自身を重ねる場面が増えていきます。父親、そしてその父親が経験していたアルコール依存という葛藤を自らも生きる中、父親の過去を知りたいとベトナムに行ったり、自分の知らない父を知るキー人物となる父の弟(叔父の)ニッキーを探したり。そこには、父親のような『理想の父親』になりたい、指導者からのガイダンスが欲しいと亡き父の存在を強く求める様子が垣間見えます。

自己肯定感が低いケイトは、自身の肯定感の低さを母親レベッカとの関係に原因を見出します。自分と違って細くて綺麗で明るくて、歌まで上手い母親。同じく歌が大好きなケイトだけれども、母親の経験と自身が経験している気持ちには大きなギャップがあるような気がずっとしていたのです。そこには、自分のことを理解してくれる共感者を探してる、ミラーリングを求めている様子が見えます。

養子として育ったランドルは、物心がつく頃には黒人の友人、黒人のコミュニティを強く求める様になります。自分の居場所を探すものの、白人中流家庭で育ったランドルにとって、黒人コミュニティは似て非なる存在。彼の生き方には、仲間になれる誰かや居場所となるようなコミュニティを強く望むツインシップ(双子)転移が顕著です。

ビッグスリーがパートナーに求めたもの:ランドルとケイトの場合

ツインシップ(双子)転移を強く求めるランドルは、ベスという生涯のパートナーに出逢います。彼にとって、彼女は苦楽を共にする同志。18歳からずっと一緒にいる彼らは、二人で一対のチームとして、多くの困難に立ち向かうカップルとなっていきます。彼の一番求めるツインシップ転移を満たしてくれた存在が、ランドルと多くの共通点を持つベスであったことは想像に難しくありません。彼は、彼女のサポートを得て心強さを感じながら、困難なことに全力でチャレンジしていき不安障害も克服していきます。

ケイトは、低い自己肯定感から、自分が好きではありませんでした。10代の時は、自分を初めて「好きだ」と言ってくれた口先だけの男・マークというボーイフレンドと付き合い酷い目に遭いました。その後も、実は結婚していることを隠すような不誠実な男と関係するなど、自分をさらに嫌いになるような交際を重ねていきます。

そんな彼女が出会ったトビーは、ありのままの彼女を見て、共感し、気持ちを素直に話せる素晴らしいパートナーでした。彼と出会ったことで、ケイトは、少しずつ今まで出来なかったことに果敢に挑戦していくようになります。自分の思うことに共感し、理解した上で等身大のアドバイスをくれるそんな彼との間にミラーリング転移のニーズが満たされたことで、彼女のインセキュリティが少しずつ和らぎ、そこに自信が生まれた様子が描かれています。

ビッグスリーがパートナーに求めたもの:ケヴィンの場合

ランドルとケイトに比べ、物語の最後の最後まで恋愛関係に苦戦していたのがケヴィン。一筋縄ではいかないケヴィンの恋愛には、父親との関係が大きく影響しています。そしてそこには世代間トラウマの影響も。そこでここでは、彼の恋愛についての考察の前に、彼自身の人生経験を少し掘り下げてみたいと思います。

ケヴィンの幼少期の振り返りでは、黒人の養子で不安症を持つ優等生の『特別感を持つ』ランドルに、いつも親の注意を持っていかれているような、そんな二の次な気分を感じることが多かった様子が描かれています。子供の頃に家族で行ったプールで溺れそうになった時に、親が他の兄弟に気を取られて、ケヴィンに気づけず助けに来てくれなかったことを苦い思い出として振り返る場面があります。

イケメンで、スポーツも演技もやれば人より上手く出来るタイプだったのもあり、思春期になった頃には、目立ちたがり屋で、とても自信家、傲慢な性格の持ち主へと成長しました。

そんな彼ですが、18歳の時に大きな転機を迎えるのです。大学のフットボールチームへの入団と大学推薦が決まっていた矢先に、膝の故障をしてオファーが流れてしまう。そして、その後すぐに父親が不慮の事故で突然亡くなってしまいます。

怪我の痛みと喪失感への苦しさの緩和をアルコールに求め、この頃からアルコールを乱用し始めるケヴィン。辛いことを口にせずにストレスを一人で抱え込むタイプだった父親の対処法が、アルコールであったこと。それを見てきたケヴィンが、アルコールに癒しを求めたのは、必然的でした。

ケヴィンが苦しんだ父親から受け継いだ世代間トラウマとは?

ケヴィンが苦しんだアルコール依存症。これは、ケヴィンの父親ジャックに対して家族が感じていた彼へのただ唯一の負の側面であり、家族の中では半ばタブーとして、ほとんど語られることはありませんでした。

ケヴィンの父親ジャックは、典型的なアメリカのジェントルマンタイプ。

それは、ジャックの父親が、母親に暴力を振るう典型的な亭主関白、男尊女卑タイプの人物だったのもあり、それを見て、絶対に自分は女性には手を挙げない紳士、そしてパートナーに対して優しい理解者の夫になることを心に誓った上での姿だったのです。

悲しくも、ジャックが嫌う父親のジェンダーステレオタイプが、女性を酷く扱う父親とは違う男性像を作り出すことには成功するものの、「男なんだから」家庭を守らなければと弱さをパートナーに見せられない夫像という縛りをジャックに与えていきます。その結果、ジャックは仕事上の悩みを一人で溜め込んで、捌け口にアルコールを求めることになるのです。

とても優しく理想的な夫の、唯一の負の側面であるアルコール依存を、子供達の理想の父親像を崩してはならないと、レベッカは子供達に隠します。

家族にある大きな秘密、そして、そこに対してオープンな話し合いが全くなかったこと。それは、子供達に大きな不安を残しました。その影響は、当時は敏感なランドルに特に顕著に出てしまったように思いますが、後々になって、ケヴィンが家族が全体で解決する問題であると、自身のアルコール依存の治療の過程で直接対面する出来事ともなっています。

そして、ジャックのこの「理想の父親像」は、ジャックと彼の弟ニッキーとの間にも傷跡を残しています。

ベトナム戦争に従軍した弟ニッキーを追って自らも志願して軍人となったジャックは、ニッキーがしでかした「ある」事故をどうしても許せず、彼を自身の人生から排除してしまう行為に出ます。ニッキーの弁解も聞かずに、誤解したまま彼を子供に近づけてはいけないと、彼との関係を完璧に途絶えてしまいます。

ジャックとニッキーの間に起きたこと、これはレベッカにも知られず家族の間で一切話されることはなかったのです。しかし、ケヴィンの振り返りでは、時々父親が銃や武器のおもちゃに普通でないネガティブな反応を見せる様子が描写されています。

ジャックが口を閉ざしてしまったがために、家族の中には、何か得体の知れない秘密が常にあった。この背景を考慮すると、ジャックが理想的な父親像を求める姿は、ある意味自然体ではない、執着のようなものもどこか感じさせる部分があったかも知れません。

この理想的な父親像、本当に理想的な父親であったジャックの存在に、ケヴィンは強く憧れると同時に、その得体の知れない存在感に大きく苦しめられることになります。これが、ケヴィンの経験した世代間トラウマなのではないかと感じます。

ケヴィンを変えたキー人物達

前置きが長くなりましたが、ケヴィンの恋愛や人間関係は、まさにこの世代間トラウマを癒す旅でもあると言えるかも知れません。

ケヴィンの恋愛は、幼馴染のソフィーから始まります。小学生の頃から彼女のことが大好きなケヴィンですが、自らの浮気が原因で関係を壊してしまいます。そして20年の時を経て復縁した際も、自身の都合から、彼女をまた深く傷つけ捨ててしまう行動に出てしまうのです。

その後、様々なパートナーに出会うものの、どれも短命で、長続きしません。

そんな彼に最初の転機を与えてくれたのはゾーイ。彼女は、ケヴィンの強く求めている「父親ジャックの本当の姿を知ること」を後押ししてくれる恋愛パートナーとなります。一緒にベトナムに行き、彼の父親探しの旅をサポートし、ニッキーとの出会いも実現します。しかし、そんな中で、彼の中に垣間見れる「父親のような父親になりたい」願望を感じ、子供を望まない彼女は、彼に別れを告げることになります。

次に転機を与えてくれたのが、元軍人のキャシディー。従軍中に心にトラウマを抱えた彼女は、帰国後PTSDとアルコール依存に苦しみます。ニッキーの治療に付き合う中で出会った彼女との経験により、ケヴィンは、自身に欠けている父親やニッキーが経験してきた従軍中の体験や苦しみを少しずつ理解するようになっていきます。そして、父親がスーパーマンのような存在というよりも、ただの自分と同じような悩みを抱える一人の人間であったことも実感していくようになります。

そして、マディソン。彼女は、勢いで関係を持ったケヴィンとの間に出来てしまった子供達の母親となります。彼女は、ケヴィンと結婚しようとしますが、結婚式の日に、自分を本当に好きなわけではないケヴィンの気持ちを感じ取り彼との結婚を取りやめてしまいます。そして、共同育児パートナーとして、彼を子供たちの父親として大切にしながらも、恋愛パートナーとしては距離を置きながら彼の人生に関わる存在になります。

この3人の歴代彼女たちは、いい人なんだけれども軸がブレブレなケヴィンとの出会いにより、自身の求めることをはっきりと見つけていきます。そしてそれをケヴィンにも見せてくれるような存在となっていくのです。

彼女たちとの経験により、ケヴィン自身が本当に求めるものが少しずつ見えてくるようになります。最初は、自分が何を求めているのかということ。次は、それをどう理解したいと思っているのかということ。そして、その上で、自分はどういう生き方をしていきたいのか。

この流れを経て、彼は、自分が人生を一緒に歩みたい相手に、幼馴染のソフィーを選び、彼女を大切にする覚悟をやっと決めるのです。

そして、10年以上に渡りケヴィンの心の成長の過程を見守るのが、叔父のニッキーです。彼が、ケヴィンにとって欠けていた理想化転移を満たしてくれる存在になったと言えるでしょう。父親とは全く違う人物像、どちらかというと無責任でだらしがないタイプに見えていた彼ですが、地に足がついた現実的で飾り気なく人間的な態度が、『理想の父親像』に縛られ、尚且つショービジネスに生きていたケヴィンをある意味、人間的に等身大で生きる方向に導いてくれる存在になります。彼とこの3人の女性たちとの出会いにより、ケヴィンは生きる目的と希望を見つけ成熟していきます。

人間的な成長は対人関係の中で起きる

ニッキーや歴代の彼女たちとの出会いで変わっていったケヴィンですが、ケヴィンが相手に与えた影響というのも大きいのです。

ケヴィンに出会いニッキーは、トラウマと向き合いアルコール依存を克服し、生涯を共にする素敵なパートナーまで得ます。キャシディは生きる目的を見つけ、マディソンも、本当に自分を好いてくれるパートナーを見つけます。

自己心理学のコフートは、人は、個人的な成長を本人の力だけでしているのではなく、誰かとの交流の中でそれを実現していくと話しています。そして、それはすなわち、自身の影響が相手にも何かしらの影響を与え、成長の機会を作っていることを指しています。

このドラマでは、とにかく様々な人物を巻き込んで多様な人間関係が描かれており、それがどのように相対効果を生み出しているのか…。誰かを傷つける場面もあれば、癒しを生み出す場面もあったり、視聴者の誰もが、自身の人生にも重なる部分を感じられる物語になっていることでしょう。

今回はケヴィンと父親との関係を軸に考察してみましたが、皆さんは、ケヴィンと彼に関わる人たちの間にどのようなことを強く感じたでしょうか?

バトンタッチ

この記事のケヴィンの考察では、父親ジャックから引き継いだ世代間トラウマを大きく取り上げましたが、物語で描かれる父親のジャックは、決して酷い父親ではなく、むしろ出来る限りのベストを尽くして子供達のために存在していた素敵な父親です。

ただ、気持ちのすれ違いや、タイミングの悪さであったりが重なった時に、何かしらの形で、どうしても誰かを傷つけてしまう時もあります。物語で描かれる父親ジャックは、子供達にとって最高の父親になりたいと願う気持ちと、一方で完璧なんてあり得ない現実への葛藤という、人間誰もが抱える「人間らしさ」を体現して見せてくれたキャラクターだなと感じます。

そこで次の記事では、ゆうきさんに、この「人間らしさ」ってなんだろう、そして、人が成熟を迎えるには何が必要なんだろうか、をテーマに、『THIS IS US/ディス・イズ・アス』の物語考察を、そしてゆうきさんのこのドラマに思う見どころを聞いてみたいと思います!

参考:
・『THIS IS US/ディス・イズ・アス』シーズン1〜6
・Hagman, G. Paul, H., et al. (2019). Intersubjective Self Psychology: A Primer. Routledge, London:UK.

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