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アートセラピーを自閉症スペクトラム障害の子供達の治療として使うことの可能性について

全米アートセラピー協会の学術誌を読んでいたら興味深い記事を見つけました。

Huma Durrani博士による『自閉症スペクトラム障害の治療としてアートセラピーを使うことについて』原題: “A Case for Art Therapy as a Treatment for Autism Spectrum Disorder.”

デュラ二博士は、アートセラピーの特性が、自閉症スペクトラム障害の子供達が必要とするケアに活用出来るのではないかという指摘をしており、アートセラピーの自閉症治療への可能性を説明しています。

この記事では、デュラ二博士の考えるアートセラピーを使った自閉症スペクトラム障害の子供のケアについて、具体的にどのようなことがアートセラピーを通して可能なのか、彼女の記事で解説されていた内容を紹介したいと思います。

自閉症スペクトラム障害と現在の主流ケア

アメリカ精神医学会のDiagnostic Statistic Manual-5(一般的に心理職者の間で使われている精神疾患の診断定義をまとめた辞書)によると、自閉症スペクトラム障害は、主に、感覚運動やコミュニケーションなど対人スキルに困難を抱えることが指摘されています。

小さい時期からのスキル構築や行動の修正が大きな課題であるため、日本でもアメリカでも行動療法やスピーチ・言語療法、理学療法が現在では主流のケアとなっています。

アートセラピーが出来ること

デュラ二博士は、アートセラピーのアートを使う点が、自閉症スペクトラム障害を抱える子のこのような困難や挑戦に対して寄り添うことが出来るのではないかと指摘しています:

⒈ 感覚統合障害
⒉ 意識(マインド)と身体を繫ぐことの困難さ
⒊ コミュニケーションや自己表現の難しさ

複数の感覚器官を使う美術画材の性質とセラピストとのアート制作の過程を通じて作り出される交流自体が、心のケアを含む自閉症スペクトラム障害の子供たちが抱える困難に対して、治療の効果を持つのではと説明しています。

それでは、それぞれの項目を詳しく見ていきましょう。

⒈ 感覚統合障害に対してアートセラピーが出来ること:

感覚統合障害(Sensory Integration Dysfunction/SID) は、自閉症スペクトラム障害の核となる症状であり、それは子供の行動や学びに大きな逆境的影響を与えます。 感覚統合障害は、音や匂い、味覚や触感、その他の感覚が外的刺激に対して典型的でない(極端に敏感だったり鈍感だったり)反応があることで知られており、それらを経験する子供たちの中には大きな不安を抱えている子も。

アート制作は、体感覚を使わなければならない画材の性質もあり、身体全体を通して楽しむことが可能です。身体全体・五感を使ってアート制作をすることによって、脳の色々な部分が刺激されます。そして脳への刺激を経験することにより体の感覚が満たされるような作用が起き、心が落ち着くような鎮静効果を見込めます。

例えば、感知鈍感なために強い外的触感刺激を求める傾向の強い子供に対して、セラピーセッションの一番最初に、セラピストがその子供の手指の上に丸めた粘土のボールをコロコロ動かして十分な刺激を与え、気持ちを落ち着かせるアクティビティを組み込むなど。それにより、その子の体感の欲求は満たされ同時にセラピストとの交流のきっかけも作れる。そこを起点に、セラピストが一緒に絵を描くアクティビティを提案するなどしてセッションを進めていくことが可能です。


⒉ 意識(マインド)と身体を繋ぐことの困難さに対してアートセラピーが出来ること:

感覚統合障害とは別に、意識(マインド・頭で認知する情報)と身体の動きが一致しない神経障害を抱える子もいます。

例えば、「歩きながら笑顔で部屋に入る」というような単純な行為においても、状況を感知、整理、コントロール、省く等の様々なタスクが複雑に絡み合っています。神経障害を抱える子にとってそれらを一瞬で情報処理する事がとても難しいのです。

アートセラピーでは、画材の選択や部屋の使い方、紹介するアートの種類に至るまで、個人のニーズに合わせて自在に応用する事が可能です。そして、身体全体を使う動きを取り入れるアート制作を通して、感覚の情報処理が難しい子供たちの身体と意識のコネクション(繋がり)を促すことをサポートすることが出来ます。


⒊ コミュニケーションや自己表現の難しさに対してアートセラピーが出来ること:

幼少期の保護者との強く安心な愛着がある関係は、子供の健康、精神と感情の発達を育みます。そのような愛着を持って育った子供たちは、将来的に逆境に強く、感情のコントロールが上手く、ストレスへの耐性も強くなることが知られています。愛着は幼児期以降でも後から保護者以外の人からも学ぶことが出来ることが分かっており、アートセラピストがそれを提供することも可能です。

自閉症スペクトラム障害を持つ子供は、言葉・言語を使わないコミュニケーションが難しく、他人の気持ちやジェスチャーから何が起きてるのか読み取ることや、注意を相手に向け続けることが困難など、様々な対人関係の場面においてチャレンジに直面します。それはその子にとってとてもストレスフルであり、大きな不安要素にもなります。

アートセラピーのセッションの中では、アートセラピストが彼らのアート制作を手伝う際に、愛着を強くするための行為(例えば、その子の言葉を使ってその子目線のコミュニケーションを取ることや、子供の行動や気持ちに注視しニーズに強く寄り添う態度を示すこと、ミラーリングテクニックやリフレクション(反射)テクニックを使ってその子の感情を汲み取ってあげるようなこと)を辛抱強く繰り返し、強くて安心な愛着を感じるような環境を作り出すことにが可能です。

アートセラピストは、使用する画材をその子の特徴や注意スパンに合わせて臨機応変に変えてみたり、その子のニーズに寄り添う形のアート制作や制作環境を提案したりするなど、試行錯誤を繰り返す必要があります。しかし、そのような環境の中で、子供がセラピストと強い対人関係を築くことが出来たならば、子供の抱える精神的不安を取り除くことを大いに期待出来ます。

おわりに

Durrani博士は、自閉症スペクトラム障害の子供たちに対するアートセラピーの利用効果に関して、まだまだ研究の量が足りていないのが現状だと指摘しています。

しかし、彼らの必要とする感覚へのアプローチや心のケア等のニーズを重視した治療法の一つとして、アートセラピーは大きな可能性を秘めていること、そしてそれをアートセラピスト達が理解し様々なアプローチを学んでいくことがとても重要であると、希望を持って話しています。

今後、もっと多くの学術研究がされるよう、私も引き続きアートセラピーの可能性について注目し学んでいきたいと思います。

参照文献:

Durrani. H. (2019). A case for art therapy as a treatment for autism spectrum disorder. Art Therapy: Journal of the American Art Therapy Association, 36(2) pp.103-106.

Hass-Cohen, N., & Findlay, J. C. (2015). Art therapy and the neuroscience of relationships, creativity and resiliency. New York, NY: W. W. Norton & Company.

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