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建築家ヴァルター・グロピウス-モダニズムという自由なデザイン理念

デザインをおこなう人でバウハウスを知らない人はいないだろう。
ヴァルター・アードルフ・ゲオルク・グローピウス(Walter Adolph Georg Gropius, 1883- 1969 独)は、モダニズムを代表するドイツの建築家であり、バウハウス(Bauhaus) を創立した。ただ、そのバウハウスは、グローバルに工業デザインに与えた影響が、もっとも大きいといわれる。

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1883年、ベルリンに生まれる。
1903年-1907年、ベルリン工科大学等で建築学を学ぶ。
卒業後には、ドイツ工作連盟にも参加する。
1911年、ファグスの靴型工場は、バウハウス校舎を思わせる鉄とガラスを用いたモダニズム建築も原点といわれる。
1915年、アンリ・ヴァン・デ・ヴェルデからヴァイマルの工芸学校を託され、教育に携わる。
1919年、統合され”国立バウハウス”が開校する。グロピウスは初代校長となる。本来は、バウハウス(Bauhaus) は、建築の家という意味であるが、学際的な総合芸術を探求した教育形態となる。
それは、学際という視点でのアヴァンギャルド的な造形デザイン教育の場ともなっていた。
1925年、デッサウに移転、デッサウ市立バウハウスとなる。そのデッサウの校舎は、グロピウスの設計による。ただ、このバウハウスは、14年間で閉校しなければならなかった、それは、ナチスによる時の政局からだ。
1934年、イギリスに亡命。
1937年、ハーバード大学(US)に招かれる。そして、共同設計事務-TAC(The Architects Collaborative)を設立し、超高層ビルのパンナムビル等を設計した。
1952年、ベルリンのハンザ地区で行われた国際建築展に参加し、戦後のドイツに高層住宅を実現させた。
1960年代、ベルリン南部のノイケルン地区に、グロピウス・シュタット-大規模な郊外住宅地(集合住宅)を設計する。
1969年7月5日、マサチューセッツ州ケンブリッジにて死去。それは、民主主義のアメリカ合衆国だった。

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                    (c)Walter Adolph Georg Gropius


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