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ロバート・ヘンライ:リアルな庶民の肖像画

画家ロバート・ヘンライ(Robert Henri):リアルな庶民の肖像画等を描く。
ロバート・ヘンライ(Robert Henri,1865-1929/アメリカの画家)
*アシュカン・スクール(アシュカン派)の中心核だ。

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(cc) Robert Henri

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(cc) Robert Henri-Portrait

略歴- Robert Henri
1865年、オハイオ州で生まれる。
1886年、ペンシルベニア美術アカデミー(Pennsylvania Academy of the Fine Arts)で学び、その後、1888年にフランスに渡り、1889-1891年まで、アカデミー・ジュリアン(仏/Académie Julian)でウィリアム・アドルフ・ブグロー(William Adolphe Bouguereau, 1825-1905年/仏-画家)に学び、エコール・デ・ボザール(École des Beaux-Arts/Paris)にも在学している。

1891年にフィラデルフィアに戻り、1892年からフィラデルフィア女子デザイン学校(Philadelphia School of Design for Women)教鞭をとる。
そのフィラデルフィアでは、ジョン・スローン、ウィリアム・グラッケンズらと新しい芸術をめざす美術家たちの集団「The Eight」を作る。それが、アシュカンスクール(アシュカン派)の原点だろう。
そこには、都会の下町や労働者階級の人々の生活を写実的に描いている。

その運動は、アシュカン・スクール(アシュカン派)として形成された。
アシュカン・スクールのメンバーには、ロバート・ヘンライ(1865–1929)、ジョン・スローン(1871–1951)、ジョージ・ラクス(1867–1933)、ウィリアム・グラッケンズ(1870–1938)、エヴァレット・シン(1876–1953)、スチュアート・デイヴィス(スチュアート・デイビス/Stuart Davis, 1894-1964/アメリカの画家モダニズム)等々がいる。

1906年、ナショナル・アカデミー・オブ・デザイン(National Academy of Design/National Academy Museum and School/ニューヨクの美術学校)のメンバー。
1909年、パーソンズ・スクール・オブ・デザイン(後のパーソンズ美術大学-ニューヨーク)で教える。
その後、ロバート・ヘンライの美術学校を作り、1912年まで教えている。
この時代にヘンライに学んだ学生には、エドワード・ホッパー(Edward Hopper)、ジョージ・ベローズ(George Wesley Bellows)、ケント(Rockwell Kent)、レーベン(Norman Raeben)らがいる。
1915-1928年、アート・スチューデンツ・リーグ(The Art Students League of New York)で教えた。

まさに、アメリカ、モダニズムの先駆者だろう、そして、このロバート・ヘンライも、その業績を1人のものにせず、後進の育成には熱心だったのだ。

(註)*アシュカン・スクール(アシュカン派/Ashcan School/ニューヨーク):20th初めの芸術運動で、都市と現代の日常生活についての特定の真実を伝えたいという願望で構成されていた。
組織化しされた芸術運動ではなく、そこには、政治的、非政治的な視点の画家が混在しているような状態だ。


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