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芸術文化創造活動の担い手のためのキャパシティビルディング講座2023|レポートVol. 07:まるで図鑑のような人 青柳正規さんによる第6回講座「芸術文化と社会 〜社会における芸術文化の価値や位置付けを俯瞰する〜」

2023年度の「芸術文化創造活動の担い手のためのキャパシティビルディング講座」の最後の講座部分となる第6回講座【オンライン公開講座】(2024年1月10日開催)の講師はアーツカウンシル東京 機構長の青柳正規(あおやぎ・まさのり)さん。人は、どのように新しい創造を生み出してきたのでしょうか? 主に西洋を中心とした美術史をたどりながら、芸術文化の社会的役割を考える壮観な講座となりました。


講師の青柳正規さん

人間の創造性はどのように更新されてきたか?


ファシリテーター/アドバイザーの小川智紀(おがわ・とものり)さんが2冊の図鑑を手に持っていました。小学館の図鑑NEOアート『図解 はじめての絵画』と西村書店『世界 文字の大図鑑 謎と秘密』。どちらも監修に青柳さんの名前があります。

図鑑を手に「売り切れでなかなか買えなかった」と話す小川さん。左がファシリテーター/アドバイザーの若林朋子(わかばやし・ともこ)さん

講座資料も、100ページを超える西洋美術の図鑑のよう。人間のクリエイティビティが発揮されてきた美術の歴史をさらいながら、芸術文化の社会における価値や機能を考えていきます。

まず、芸術という人間の行為そのものについて考えます。青柳さんは「芸術」や「クリエイティビティ」と呼ばれるものの前提を共有します。

「『芸術家』と呼ばれる人たちは、そのクリエイティビティをもって活動を行います。そして、鑑賞者がその活動から何らかの影響・作用を受けることで芸術が成立します。クリエイティビティとは『誰もやっていないことをやること』といわれますが、創造活動を行うとき、人は先人の影響を受けています。また、すでに様式が決まっている表現方法もあるでしょう」

青柳さんは、そのような前提がある中であらためてクリエイティビティをもっと広い意味で捉えてほしいと話します。青柳さんはそのうえで、芸術文化の社会的機能を説明します。

「社会は放っておくと必ず腐敗します。そうでなくとも、社会は安定すると、おりを溜めてしまい、清新さを失います。芸術は幅広く社会を刺激・撹乱し、社会に清新さをもたらすものです。『エロス』という言葉は元来、混沌から新しいものを生み出す『意欲』を意味します。そのエロスを生み出すのが芸術の役割であると私は考えております」

西洋美術は、先人が蓄積した優れた様式を継承しながら、それを打ち破りたいという意欲によって更新されてきました。例えば、裸婦を描くことはキリスト教世界の16世紀において危険でした。しかし、イタリア・ルネサンス期の1510年ごろ、ジョルジョーネは《眠れるヴィーナス》で初めて裸婦を描きました。宗教上の問題にならないように、題材はヴィーナスであるという言い訳を用意したのです。その弟子筋のティツィアーノは《ウルビーノのヴィーナス》で師の変革した様式を継承します。ギリシャ神話の寓意を使用することで宗教的な批判を免れ、新しい表現を模索しました。

その後、人やモノのプロポーションを大袈裟に表現したり、ドラマチックな光を設定したりするなど、新しいクリエイティビティを探求する芸術家が生まれてきます。



明暗の強調や大小の極端な組み合わせが特徴のエル・グレコ(1枚目)や、光と影の巧みな演出の中で世俗的にキリスト教の出来事を物語るカラヴァッジョ(2枚目)のような芸術家が現れました

《裸のマハ》や《着衣のマハ》で知られる18~19世紀のスペインの画家フランシスコ・デ・ゴヤは、宮廷画家として華やかな貴族の生活を描いてきました。しかし、動乱の時代に伴って社会に対する懐疑心を抱き、その結果《1808年5月3日、マドリード》に代表されるような戦争の惨禍を描くようになります。一人の画家の中でもクリエイティビティは変化し、社会によって形成されるものでもあります。


フランシスコ・デ・ゴヤ《1808年5月3日、マドリード》。フランス人兵士が、スペインの民衆を銃殺する場面を描いています
アンリ・マティス《輪舞》

そして、多くの画家たちは彫刻的なボリュームや空間を追求し、絵画の平面性を打ち破ることに挑んできました。アンリ・マティスが1909年に描いた《輪舞》は輪になって踊る5人によって、人間の身体を多角的に描写しています。このような挑戦は伝統的な「三美神」をモチーフとして、古来行われ続けてきたことでもありました。新たな造形表現への挑戦やクリエイティビティの源泉は常に時代の変化に影響されるということを物語るパブロ・ピカソのような誰もが知る芸術家の誕生へとつながります。

青柳さんは千利休の「守破離」という言葉を引用して、芸術家たちの営みを形容します。「何かを会得するには伝統を徹底的に守りなさい。ある程度習得したらそこからは破って構わない。そのことの理解を深めたら離れていいんだ。これはクリエイティビティの本質ではないでしょうか」

前半の講義は、芸術の社会的役割や社会の変化とともにある芸術のありようを振り返り、その本質を概観するものとなりました。

ディスカッションと質疑応答~仲間づくりの大切さ~

後半は、ファシリテーター/アドバイザーの小川さんと若林さんとのディスカッションに。その後は【対話型ゼミ】受講生や視聴者も混ざって、質疑応答の時間になりました。


芸術の社会的機能はなにか、どうやったら経済的に成立するかなど気になる質問が飛び交います

様々な観点から、熱量のある鼎談が繰り広げられました。地域による芸術文化の役割の違いを考え、地域の歴史や特性を知ることでクリエイティビティを発揮できる可能性を、3人が探ります。一方で、昨今は地域の特質性が薄れてしまっているという指摘もありました。しかし、だからこそ、多様性の価値を前向きに捉え直すこともできそうです。

暮らしの中で社会性を身につける重要性や、挨拶というコミュニケーションが文化の基本になること、文化と芸術の違い、当たり前のものではない「異なるもの」である芸術の意義を社会に伝えていく方法、ありたい社会のイメージを自分でつくってみることなど議題は多岐にわたりました。

若林さんから、非営利の芸術文化創造活動の「事業化」という青柳さんのお話について、担い手たちは、どうやってその事業/活動を事業化できるのか、と質問が投げかけられます。青柳さんは「非常に難しい問題」としながら「環境を整え、異分野の仲間をつくることが重要ではないか」と言います。

「創造活動を続けるためには、経済と良い関係をもつ意識も必要だと思います。だから、1日の半分はお金を稼ぐ労働で、もう半分は創造活動をするみたいな働き方があるかもしれません。あるいは、外交や営業を任せる仲間がいてもいいかもしれません。研究者時代の僕にとっては出版社の編集者が良い異分野の仲間で、社会との中継点になってくれました。今の芸術家にとって、それはインターネットかもしれないし、地域の人かもしれません。また、やはり一つひとつ手を抜かず活動に取り組めば、可能性がつながったり活動が波及したりするのではないでしょうか」

「アーティストの努力はもちろん必要だが、企業にも社会貢献の責任があるのでは」と小川さんが問うと、青柳さんも同意しました。利潤を社会に還元することも企業の義務であると言い、大塚オーミ陶業株式会社を例に、やりがいのある芸術産業に目を向けた小規模企業の採用活動の成功例を紹介します。

若林さんも「企業の社会貢献活動は社会からの要請で動く。企業が芸術支援に動かないのは、サポートを求める芸術側からの発信が足りないからかもしれないですね」と、芸術側の支援要請の課題を分析しました。

青柳さんも「難しい高度成熟社会の中で社会活動を活発に行っていくには、今までになかったものを社会に取りこまなくてなりません。その中の一つとして芸術文化はのびしろがあると思います。約10年前の調査で公共投資の経済波及効果は1.54くらいだった、文化投資は1.8だった。そういった芸術文化の潜在力をもっと社会に訴えていきたいですよね」といった言葉で応答しました。

【対話型ゼミ】受講生からも質問が上がりました。「自分が活動する分野は、分野自体が縮小傾向です。どのように打開していけるでしょうか」。青柳さんは「難しい問題ですが、スターをつくることや、『シアター・オリンピックス』(※)のように、国際的な祭典をつくり、分野全体の注目度を上げるのはどうでしょう」と具体例を共有しました。
(※鈴木忠志、テオドロス・テルゾプロス、ロバート・ウィルソン、ユーリ・リュビーモフ、ハイナー・ミュラーら、世界各国で活躍する演出家・劇作家により、1994年にギリシアのアテネにおいて創設された国際的な舞台芸術の祭典。「シアター・オリンピックス」公式ウェブサイトhttps://www.theatre-oly.org/about/(参照:2024-02-13))

また、一般視聴で参加したダンサーの方からは「地域の美術館でパフォーミング・アーツを展示することに市民から批判がありました。地域と美術館と鑑賞者とより良い関係を築く方法は」と質問が上がります。青柳さんは「身体表現を美術として位置付けて説明できる、学芸員の力が必要。学芸員と仲間になってほしいですね」と伝えました。本日の講座は「仲間」をつくり、芸術文化の価値を社会に伝える大切さを再確認する時間になりました。

次回はついに「芸術文化創造活動の担い手のためのキャパシティビルディング講座2023」最終回です。受講生が書き上げた「課題解決/価値創造戦略レポート」の最終発表会を行います。各自がもつ課題解決や、価値創造に資する活動計画をまとめ、受講生に向けて共有していきます。


講師プロフィール
青柳正規(あおやぎ・まさのり)

アーツカウンシル東京 機構長。1944年、大連生まれ。古代ローマ美術・考古学を専攻。東京大学文学部教授、国立西洋美術館館長、文化庁長官、東京オリンピック・パラリンピック 文化・教育委員会委員長などを務め、現在、東京大学名誉教授、日本学士院会員、山梨県立美術館館長、学校法人多摩美術大学理事長、奈良県立橿原考古学研究所所長、石川県立美術館館長、他。50年に亘りイタリアの古代ローマの遺跡発掘に携わる。著書は、『皇帝たちの都ローマ』、『ローマ帝国』、『文化立国論』、『人類文明の黎明と暮れ方』他。


執筆:中尾江利(voids)
記録写真:古屋和臣
運営:特定非営利活動法人舞台芸術制作者オープンネットワーク(ON-PAM)


事業詳細

芸術文化創造活動の担い手のためのキャパシティビルディング講座2023
~創造し続けていくために。芸術文化創造活動のための道すじを“磨く”~


東京芸術文化相談サポートセンター「アートノト」

アーティスト等の持続的な活動をサポートし、新たな活動につなげていくため、2023年10月に総合オープンしました。オンラインを中心に、弁護士や税理士といった外部の専門家等と連携しながら、相談窓口、情報提供、スクールの3つの機能によりアーティストや芸術文化の担い手を総合的にサポートします(アートノトは東京都とアーツカウンシル東京の共催事業です)。


アーツカウンシル東京

世界的な芸術文化都市東京として、芸術文化の創造・発信を推進し、東京の魅力を高める多様な事業を展開しています。新たな芸術文化創造の基盤整備をはじめ、東京の独自性・多様性を追求したプログラムの展開、多様な芸術文化活動を支える人材の育成や国際的な芸術文化交流の推進等に取り組みます。