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クールで鮮やかなエキゾチズム -ペンタングルの豊かな音楽
【金曜日は音楽の日】
新しい美は、過去の様々な要素を組み合わせて生まれることがあります。
どこかで感じたことがあるようで、どこにもなかった美しさ。
1960年代に活躍したイギリスのフォーク・トラッドグループ、ペンタングルの音楽はそのような美しさを秘めています。
ジャズとフォーク、ブルースを融合させた、不思議な質感の、豊かな音楽です。
ペンタングルは、1965年にバート・ヤンシュとジョン・レンボーンという、二人の優れたシンガー・ソングライターが出会ったところから始まります。
![](https://assets.st-note.com/img/1719575609798-M7dcao5wKE.png)
左から
ジョン・レンボーン、ダニー・トンプソン
テリー・コックス、ジャッキー・マクシー
バート・ヤンシュ
二人とも自作はあるものの、イギリスの民謡、以前書いたこともあるいわゆるトラッド音楽をベースにしており、ジョンは中世音楽も研究しています。
1966年にデュオアルバム『バート&ジョン』を発表。ジョンはその後、知り合いだったシンガーのジャッキー・マクシーも誘って三人でバンド活動をすることに。
そこに、当時の売れっ子セッションマンだった、アコースティックベースのダニー・トンプソンと、ドラムのテリー・コックスが参加します。
リズム隊の二人は、安定した演奏で全体を支えるだけでなく、元々ジャズ・ミュージシャンであり、インプロヴィゼーションを進言するなど、柔軟な音楽性の持ち主でした。
「ペンタングル」というバンド名ができ、5人でライブやセッションを繰り返して音楽性を高めていく。1968年、アルバム『ペンタングル』でデビューします。
ファーストアルバムは、低い、ゆったりとしたダニーのボウイング(弓弾き)から始まります。
そこに、しなだれるように、アコギのリフとドラムが入り、どこか浮遊した、冷たい感触を持った音楽が始まります。
そこにジャッキーが澄んだ声で、トラッド・ソングを歌唱します。うら若き乙女に対して男に警戒するよう諭す、古来からの民謡。彼女の歌にヴィヴィッドにアコギやベースが反応していきます。
そして中間部では、歌唱抜きで、ギターとリズム隊の即興演奏が繰り広げられます。
バートもジョンも素晴らしいギターの名手であり、アタックの強いアコギの絡みが、白い火花を散らします。
しかし、あくまでクールな質感は崩さず、荘重さとしなやかさを持ったまま、再びジャッキーの歌唱が入って締められます。
この一曲目が、アルバムを象徴しています。
曲の背後のカラーは、伝統的なトラッド・ソングなのに、曲の骨格はジャズ的なイディオム。しかし、ジャズと呼ぶには、ずっしりとした感触。
全員がアコースティックな楽器で、静寂と澄んだ響きが伽藍のように組みあがって、音楽を創る。
まさに何にも似ていない、ペンタングルだけの音楽です。
こうした特徴は、セカンドアルバム『スウィート・チャイルド』、そしてサードアルバム『バスケット・オブ・ライト』で、頂点に達します。
『スウィート・チャイルド』は、ライブとスタジオの2枚組大作。
ライブでは、5人の共作、黒人霊歌、ダニーのベースソロによるジャズ曲、中世の舞踊曲等、あらゆる時空の音楽が、ペンタングル流のひんやりとした質感で奏でられます。
バートの曲はメランコリックで、どこか中世的な吟遊詩人の感覚があります。スタジオでは、テリーのドラムと歌による奇妙な呟きのような曲もあり、多様な音楽性が、曼陀羅のように広がっています。
『バスケット・オブ・ライト』では、5人で共作した一曲目の『ライト・フライト』が、イギリスBBCのドラマ主題歌となり、なんとシングルチャートの5位まで上昇。
緊迫するアンサンブルに、ジャッキーのコーラスがつづれ織りのように絡み、イギリス民謡を超えて、中近東的なニュアンスを持つ、浮遊感たっぷりの名曲。アルバムもヒットします。
おかげで、歌番組に出たり、十代向けの雑誌のピンナップになぜか出たりと、馴れないポップスターのような扱いも出てくることに。
そして、段々とツアーで疲弊し、そもそも、それぞれのソロ活動もかなり盛ん(バートもジョンも並行して自分のアルバムを複数出しています)なため、グループの活動も難しいことになります。
4枚目のアルバム『クルエル・シスター』では、緊張感溢れるアンサンブルを捨て、あくまで歌を丁寧に聞かせるアプローチに。
『リフレクション』、『ソロモンズ・シール』と、佳作が続くも、72年に解散することになります。
その後、ソロでもそれぞれ充実した活動を続けました。なお、80~90年代にペンタングル名義で何枚かアルバムが出ていますが、これは、ジャッキーがソロプロジェクトのために名前を使用したもの。
通常こういう「名義貸し」はトラブルの元ですが、ジャッキー曰く、それぞれに許可を求めたところ「別にいいよ、使ったら」という感じの返事だったらしく、名声や金銭に囚われない、職人気質の音楽家たちの性格が伺えます。
そして、オリジナルのペンタングルは、2008年に復活し、往年の名曲を演奏したライブアルバム『フィナーレ』を発表。
その後、バートもジョンも鬼籍に入ったため、文字通り有終の美を飾るラストアルバムとなりました。
ペンタングルの魅力とは、その無国籍なエキゾチズムです。
イギリス民謡を歌うジャッキーの声は澄んでいて、聖歌のような匂いがします。ジャズも、あくまで「ジャズっぽい」雰囲気であり、インプロヴィゼーションは、ジャズとは異質の、異様な広がりで魅せます。
トラッドや、ジャズ、ブルースにはそれぞれ、どろっとした、ルーズな人間臭さのようなものが奥底にあります。それが、これらの音楽の魅力の一つです。
しかし、五人のアンサンブルのスピードと緊張感が、そうした部分を燃やし、まるでエキゾチズムの奥にある、浄化された神秘のようなものを掴んで、あでやかに彩るような感触が、ペンタングルにはあります。
単にエキゾチックな音階や、異国の楽器を使っただけであれば、特定の異国のイメージしか生まれない。
私はそういうエキゾチズム音楽も大好きなのですが、ペンタングルは、そうした仕掛けを使わずに、今までにない音楽を創ることで、どこにもない場所を出現させたのだと思っています。
あらゆるジャンルを横断しつつ、何にも染まらず、どこにもない異国情緒の世界を創る。
個人的にそれは、私自身の「創作」の理想でもあります。それゆえに、彼らの音楽を聴くと、その創造性に元気になれるのです。
是非、その豊饒な世界を体験いただければと思います。
今回はここまで。
お読みいただきありがとうございます。
今日も明日も
読んでくださった皆さんにとって
善い一日でありますように。
次回のエッセイでまたお会いしましょう。
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