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大きな波紋の後に(3/100)

ティクナットハン、通称タイ先生の「沈黙」を読了しました。

自分の心を一つの池だと例えるなら、常に小雨が降り注ぎ、小さな波紋が生まれては消え、生まれては消え、を繰り返していました。反応と雑念は言えることはありません。

NHKの「心の時代」で、ティク・ナット・ハン禅僧のドキュメンタリーがあり、感銘を受けて購入した「沈黙」。

遠藤周作の「沈黙」以来のショックを受けました。

自分の心の池に、大きな岩がドボン!!と放り込まれて、うねるような波紋が生まれました。

そのあと、鏡のように、ピタッと水面は落ち着きました。

その夜、夢を見ました。
中学校の英語教師が出てきました。年に数回、精神的に不安定な時に登場する教師です・・汗。
ダースベーダーのテーマ曲が流れそうなくらい。

英語教師は、かつての僕にしたように、高圧的な態度で迫ってきました。

彼は、昭和の体罰教育の権化だった人だったので、生徒会長であった15歳の僕は、全校生徒800人の前で罵られてきました。

その傷は、いろんな心理学や心に関する勉強、また人生経験を経て、癒してきたと思いました。
現に、そのトラウマがあったからこそ、15歳の僕は、この爆発的な感情を、絵を描くことでなんとかやり過ごしてました。そして高校時代に美術の恩師と出会い、今もなお、ずっと絵を描き続けてこれたのです。
ーーー
夢で、難癖をつけて責め立てる教師に向かって、精神年齢40代の僕は、果敢に言い返していました。
クラスにいた40人の生徒は、一人又一人と去っていき、残ったのは5人ほどでした。

その5人は最後までその討論を静かに見守っていました。

僕は最後に言いました。
「私は、あなたと和解する勇気があります。あなたの怒りは僕の怒りです。あなたが敬愛してた僕の父は死にました。人生は短いのです。
あなたのお陰で、今の私があります。懸命に頑張ってきました。それでもあなたを許せるかどうかわかりませんが、私は、手を差し伸べる勇気を持ちました。ぜひ握手してください」

すると、その教師は、すっといなくなりました。
広い教室には、僕と、見守っていた5人の生徒が残されました。
ーーー
そして、目が覚めました。

僕は、「沈黙」と言う大きな岩がもたらした波紋が静まって、心の池の底を垣間見ました。

そこには、まだ大きな傷が残っていました。そしてその傷は、「私を忘れないでほしい。もっと理解してほしい」と言っているようでした。

水面に映る僕の姿にも、まるでブラックジャックのように、全身傷だらの姿が写っていると感じました。

この傷を、赤子のように愛でること(インナーチャイルド)。ティク・ナット・ハンはそう言います。怒りの鎮め方を、世界中、特に紛争地帯や、戦争経験者に伝えてきました。

あなたの池の平安が、そのまま世界の池の平安につながる。
心を鎮めて、深く自分を見つめれば、いろんな感覚の深いところに、慈愛の精神を見つけることができるかもしれない。

英語教師の怒りは、まさに自分自身だった。光があれば、必ず影がある。影こそを理解することこそ、深い光を見つけられるのかもしれませんね。

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