画家・ペーの日記

イラストレーターや画家として活動しています。主に子育てや、絵ついて書いてます。

画家・ペーの日記

イラストレーターや画家として活動しています。主に子育てや、絵ついて書いてます。

マガジン

最近の記事

心を寄せること

なかなか制作がうまくいかないときに、家族は「誰かを思って描けば?」と提案する。僕は、目の前に誰かがいれば1秒で筆が進むが、こと自分の内面や、テーマとなるとなかなか筆が動かないからだ。 しかし雑多な日常において、ましてや展覧会前となると、誰かを思って描くということが難しい。自分の声のノイズがずっと鳴り響く。それを形にするのもまた表現なのだが、誰かの前に座り画面に向かうと、ノイズがピタッと消える。誰かのために書くということが本質的に合っているのだろう。逆に自分の内面は荒波のようだ

    • 夢を見るために

      村上春樹の有名な対談集に、「僕は夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです」という本がある。 インタビューで語ったセリフらしく、なんとも村上春樹らしい、人を食ったようなキザなセリフだ笑。 しかし、本当にそうなんだろう。村上春樹は全く夢はみないというし、あの谷川俊太郎もそうだという。もはや現実世界で夢を見ているように創作活動をしている。村上春樹にとって、現実世界にねじまき鳥も、不確かな壁も、メタファーの侍も存在している。それはもう完璧に。人間の無意識、潜在意識をしっかり描いている。

      • 船場吉兆

        妻は電話が苦手である。それで、もう10年以上も代わりに電話をしている。注文やら、問い合わせやら、予約やら、なんやらかんやら。 普段はまぁ良いやと思ってやってるが、腹の虫が治らない時もある。 彼女のデザイン入稿に関して、どうしても担当に質問をしなければならなった。メールでも聞くところがないので、電話だ。無論僕が。 今までの流れもわかってない僕が、質問事項を聞いて、担当に聞いている。担当もあれ?という感じである。その横で、副音声のように妻があれこれいっている。僕は右耳で妻の話、

        • 世界の終焉

          毎日夢の話だ。実にどうでもいいと思いながらも記録せざるを得ない何かを感じている。 ーーーー 世界の終焉を迎えていた。ニュースで、核ミサイルが発射されることが決定して、それが爆発すれば世界は滅亡すると伝えられていた(まるで映画のようだが、異様なリアリティがある)。 僕ら家族や友人たちはあてもなく歩いて移動していた。逃げるわけもなく、ここにいても仕方がないと言う塩梅で。 代々木公園について、ここのロッカーに貴重品を預けることにした。小銭だけを残して、また歩いた。人混みの流れはバラ

        マガジン

        • 考えること。
          29本
        • 子育て日記
          90本
        • 夢日記
          34本
        • 絵画など
          20本
        • 日々のこと。
          12本
        • 娘のこと
          14本

        記事

          息子の工作inダンボール

          展覧会用の看板に、こんなものを作ろうとしていた矢先、息子たちが保育園から帰ってきた。 いの一番にアトリエに入ってきて、何してるのー!?と息子。白地を塗った板ダンボールに、僕も描く!といって、迷いなく新幹線を書き始めた。3階建ての最新のリニアモーターカーらしい。 僕の絵の切れ端をみて、新しく線路を作りたいといい、鉛筆でラインを描いて「パパ、この線通りにカッターで切って!」と指示。 5.6本のレールを切って、リビングへ持って行く。そこで組み立てて、長過ぎるレールは円形の橋にしたり

          息子の工作inダンボール

          才能と仕事

          才能がいくらあっても、仕事につながるとは限らない。 自分が「これが一番いい!」と思ったものが売れるとは限らない。一点ものの作家業ならなおのこと、デザイナーでも、他のジャンルでもそうだろう。 こと、画家、作家、クリエーターの類は、自己主張こそすべてと思っている。超一流ならニーズがブランドに従うだろう。でも、それ以外はどうなのか。 才能とは天から与えられたもの。それに努力が加わり、社会の中で職を見出していくのだが、そこで学ぶべきことは、社会や人、なのではないだろうか。しっかり安定

          「◯輔」兄弟

          今朝の夢も変な夢だった。 早起きするために、22:00には布団に潜ったが、なかなか寝付けない。ウトウトしていたら、0:00に娘が痰を絡ませて嘔吐した。もう毎晩のことだ。やれやれ。 その後、漢方を飲んで足を冷やし、またウトウトとした。目が覚めたのは3:30だった。 覚えていたのはこんな夢だった。 あるやんちゃな三兄弟と机で向き合っている。親御さんに感謝の気持ちを伝えるために、その三兄弟の名前を綺麗に書くことにした。 それぞれに、「輔」がついていた。 大輔、俊輔、浩輔、、み

          新しい誕生日

          今日は良い日だったと思う。 夢のお告げ、これからの方向性を確認しつつ、夕方に壮大な雲と後光がさしたような陽の光をみた。 友人が国立国会図書館に出かけたので、曾曾祖父の名前を調べたら、宮崎市の伝承のサイトがリニューアルされ、より具体的に写真付きで解説されていた。 曾曾祖父は、この日記でも何度か触れているが、祈祷師だった。きっかけは孫娘の難病を治したい一心で、山奥の修行場に向かい懸命に修行をした。21日目で「神がかり」になってからは、多くの参拝者を治してきたという。この話は生前の

          遺跡発掘作業

          夢の話である。 昨日絵を描きおわったあと、寝るときに「自分の魂からのヒントをください」と祈って床に着いた。 夜中3:40ごろか。目が覚めた。明らかに印象的な夢をみる。頭の中でスケッチする。そして再び寝て、次はam5:28。実際にスケッチした絵がこれだ。 だだっ広い土地を、父親がショベルカーで掘っていた。何やら屋根のようなものが見えた。僕は隣で何をしてるんだろうと思いながら遊んでいる(子供時代のようだ)。 再びその場に戻ると、どんどん発掘作業は進んでいき、鳥居が見え、お屋

          描ける時は一瞬で描ける

          帰宅して、キャンバスに向かう。3時間ほどで50号のキャンバスの絵がほぼ仕上がる。 スケッチで描いた、白い炎に包まれて消えていく愛犬の絵だ。天に召されていく。ただ1匹で静かに微笑みながら。 書き込んだ絵ではないが、これでいいと思える絵になった。相変わらずの構図でも良いのだろう。僕はずっと青い地平線が描きたいし、描き続ける。今回は、消えていく愛犬を描いた。 揺れ動く炎を描きながら、まるで先日に夢に出てきた「謎の生物」のようだと感じた。 ちょうどケイシー療法の夢診断の先生の話

          描ける時は一瞬で描ける

          現実の顔

          自画像をスケッチすると、現実の顔よりも、感情が露わになってくる。 それはそれで、雲をも掴む真実であるのだろうが、実際の自分の顔を改めて鏡で見た時に、頬がコケた姿をしてゾッとした。背筋が寒くなり、珈琲の飲み過ぎのせいか、「もう命が限られてるのではないか」と思った。最後の灯火ほど燃え盛るという。 体重はむしろ少しずつ戻っている。血液検査も問題ない。風邪も今のところはひいてない。それでも、冬の慢性胃炎からの体重減少の影が、このこけた頬に残っている。 久しぶりに会う人には「痩せま

          未確認生物の夢

          夢の話である。 最近は割と穏やかな夢が続いてたのだが、今朝の夢はなんともいえない奇妙なものだった。 アトリエにある水槽に、奇妙な生き物が浮かんでいた。 タコのような、イカのような、でも白くて透明だから、変種のクラゲなのか、口はミジンコのようだ。クジラのヒゲのようなものもあり、何歩も足がはみ出して、ゆらゆらと揺れている。 どうやら、破棄されそうになった生き物を保護したようだ。水槽にいれてみたが、金魚を押しやって水面から浮かんでいる。生理的に気持ち悪さが半端ないのだが、どこ

          無理だけどやるんだよ。

          考えるのを避けていた節がある。ただでさえ日めくりカレンダー96カットで疲弊していたこともある。 展覧会まであと何日?と振り返ると、15日、だった。 制作である。 自身の展示スペースのは半分は、過去作品であまり展示しないものをかざる。さて、あと半分だ。壁の長さとして、1m+4m+3mか。 いつもそうだ。今までだって、余裕を持って制作にあたった試しはない。いつもいつも、時間はなかった。独り身の時だって、子供がいなくたって、一人増えたって、二人増えたって、いつだって時間はなかっ

          無理だけどやるんだよ。

          救いという罠

          昨夜23:00すぎ。モヤモヤした気持ちを詩にこめて文章にした。言葉の表現が救いだと感じた。 しかし、そのせいで朝起きると眼精疲労でぐったりしていた。救われた、と思った結果がこれだ。睡眠の熟睡度にも影響している。寝る前の二時間は電子機器を触らないという「熟睡の鉄則」がぜんぜん守られていない。 結局、救いはまやかしだったというわけだ。睡眠以上に大切なことはない。 スマホ脳に汚染されまくっている。何とかしなければ、このまま人生が終わってしまいそうだ。

          言葉を綴ることは救い

          夜23:00。 息子は夕方からひどい咳。 親としてやれることはやって、あとは彼の免疫力に頑張ってもらうだけ。 外は雨。台風一過で蒸し暑くなったと思ったらまた豪雨。 夕方のこと。テラスで雨を見ながら、今日はたくさんメールで会話をしすぎて脳が疲れているなと感じる。 しかしぼんやりすれど、あれをやらなければ、これをやらなければと焦ってくる。 タイマー15分セットして、ぐるぐる回る思念を切っていく。雨に集中すると、絵画のイメージが湧いてくる。しかしまた邪魔される。イタチごっこだ。

          言葉を綴ることは救い

          お泊まり保育で泊まらない。

          今日は年長組恒例の「お泊まり保育」だった。日中の遠足は大雨で中止、急遽、園でのゲームだったそうだ。息子は(中当て)というドッチボールみたいなゲームで一回も当たらなかったそうだ。 そのあと、カレーを作って食べて、花火大会をした。 もともと息子はお泊まり保育をずっと嫌がっていた。他所で泊まり寝ることに抵抗があり、お迎えに行くよと約束すると安心した。 そして当日、とても楽しんでいた息子を20:30すぎに迎えにいく。最初、こそっと先生に「泊まるか帰るか」聞いてもらおうと思ったら、速攻

          お泊まり保育で泊まらない。