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聖母が降り立つ街、フィレンツェ。

無原罪の御宿り

今日12月8日のイタリアは祝日です。マリア様は神のお告げによりイエスキリストを宿しましたが、マリア様も同様に、神のお告げにより、お母様の聖アンナのお腹にマリア様が宿った日。正式名は「無原罪の御宿り(むげんざい の おやどり)」です。

キリスト教の教条に「ドグマ」というものがあります。暗黒の中世の世界を想起させるような音の響きですが、どんなに理屈が通らないことでも、『はい。そうですか。』と、宗教会議で決議されたことを素直に受け入れなければならない教条です。

「無原罪の御宿り」のドグマは、キリスト教2000年の歴史のなかで比較的新しい1854年に決定されています。

下の絵は、ミケランジェロと同時代に生きたジョルジョ・ヴァザーリが描いた1500年代の作品です。

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裸で天を見上げている裸の男女は、アダムとイヴ。

この果物は美味しいよぉ、食べてみなよぉ。アダムにも、さ、ほら、ほら。

ヘビが、イヴをそそののかし、アダムが禁断の実を食べ、2人は楽園から追い出されてしまいます。神の「決して、してはならぬ」という命に背いてしまった罪は重く、二人の子孫、つまり人間は、ずっとこの罪を負い続けることになります。

諸悪の根源ヘビ。ここでは、悪魔のような羽を持つ大蛇として、絵の中央に描かれています。

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マリア様はその悪の根源である蛇を、御御足(おみあし)でムンズと踏みつけ、蛇と足の間には、純潔を表す三日月が描き込まれています。

キリスト教では、アダムとイブが神にそむいて禁断の木の実を食べてしまう人類最初の罪を原罪と呼び、アダムとイブの子孫たる人間も、この原罪を持って生まれてくるとされています。

キリストの母親であるマリア様は、神の子を産むのであるから、原罪を持って生まれてはなりません。なので、マリア様もキリストのように、お母様の聖アンナのお腹に神のお告げにより身籠ります。

アダムとイブが見上げてる先に、蛇を踏みつけているマリア様がいるのは、原罪を持たずに生まれてきたことを表現しているのです。

「無原罪の御宿り」の考え方は教条が決定されるずっと前から存在していたことが分かります。

旧約聖書のアダムとイブと新約聖書のマリア様。旧約と新約の二つの聖書を、ひとつに解釈しようとしたキリスト教の歴史を垣間見るようで興味深いテーマです。

この絵は、フィレンツェ中心街にあるサンティアポストリ教会にあります。800年という石碑が残されている、フィレンツェでは珍しい小さなロマネスク教会です。

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1000年の歴史を持つ、フィレンツェのマリア崇拝

1000年から1300年にかけて、欧州ではマリア信仰が浸透します。教会に入ると、十字架に磔(はりつけ)になり、痛そうな辛そうな表情のイエス様が祀られていますが、教会内にはマリア様を祀る祠も必ずあります。

トスカーナ州はマリア信仰が強く、フィレンツェもマリア信仰の街です。

フィレンツェが国として形成され始めた1000年頃から、フィレンツェの職人たちは、マリア様を、ことあるごとに、色々なシーンで表現しており、イエスの母、慈愛に満ちた女性とし、描き、彫られています。

1244年に創立されたという、フィレンツェ大聖堂の隣にある、ミゼリコルディア・フィレンツェ。ミゼリコルディアは慈悲という意味で、病人の看護や死者の埋葬を行なっていたボランティアの慈善団体です。

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出典元:Misercordia di Firenze

現在も、常に救急車が待機しており、サイレンをけたたましく鳴らして出動するので、フィレンツェで遭遇された方もいるかもしれません。1244年からずっとこの場所で活動を続けています。

昔は、黒頭巾を被り、目の部分だけに穴を開け、活動していました。

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出典元:Misercordia di San Gimignano

なぜだと思いますか?
顔を隠すため。

なぜ顔を隠す必要があったのでしょう?
身元をわからないようにするため。

なぜ身元を隠すのでしょう?
お礼をされないためです。

人を救うのに「誰が」助けたかは関係なく、ましてや、お礼をされるために活動しているのではありません。

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聖なる石の街に、恋する芸術家たち」で取り上げた、大理石彫刻家ファビオ・ヴィアーレ氏のピエタ像。

より良い生き方を求めて、移民や難民という形で、欧州へと渡ってくる人達に背を向けることなく、我が子を守る姿として、マリア様は欧州そのものとし、表現されています。

大聖堂の斜め向かいにビガッロの柱廊があります(現在修復中)。荘厳な大聖堂の前にひっそりと建つこの柱廊は子供を捨てる場所でした。捨てられた子供を、ミゼリコルディア・フィレンツェが拾い擁護していました。

ビガッロに描かれた1200年代のフレスコ画。ミゼルコルデイア(慈悲)のマリアと呼ばれ、マリアさまの庇護を受ける人々が描かれています。

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出典元:Wikipedia

まだ大聖堂も、大聖堂のクーポラも、鐘楼もなく、洗礼堂だけが描かれている、1200年代現在のフィレンツェ国が描かれています。

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出典元:Wikipedia
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現在のドゥオーモ広場。手前の建物が、ビガッロの絵に描かれている洗礼堂です。私たちは、建造物が完成された、現在のドゥオーモ広場を見ることができますが、ここに至るまでの約800年の間に、戦争があり、さまざな人が関わり、ドラマがあったことでしょう。

以前に、革職人のシモーネが、『わたしたちは完成された姿を見ているけど、我々は歴史という過去からずっと続いている。過去に戻り、それがどう現在と未来に繋がっていくのかを見てみたい。」と言っていたのを思い出します。

フィレンツェにあるマリア様のための、3つの教会

フィレンツェには、マリア様を祀る教会が3つあります。

ひとつはもちろん花の聖母大聖堂。温かみのある美しい三色の大理石でお化粧された、フィレンツェで最も大切な、マリア様に捧げられた大聖堂です。

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建立されたのは、1296年。着工日はマリア様のお誕生の日9月8日。教会として聖別する日は、マリア様がイエスを受胎された3月25日に行われました。1436年のことです。

このようにフィレンツェの大聖堂は、マリア様にゆかりのある日が、大切な日として決定されていったのです。

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次いで、サンティッシマアヌンツィアータ教会。「サンティッシマ」という舌を噛みそうな言葉は、サンタ(聖人)の最上級の表現です。

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この教会には、マリア様に捧げられた美しい祠があります。画家がどうしてもマリア様のお顔を描くことができず、悩んでいたら突然眠気に襲われ、目が覚めたときにはすでに完成していたというエピソードが残されているほど、優しいお顔のマリア様が描かれています。

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出典元:Basilica SS Annunziata

画家が眠っているときに、天使が描いたと言われているマリア様。

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出典元:Basilica SS Annunziata

ルネッサンスの街にあり、天井や装飾がバロック調の豪華な教会です。美術館のように作品を見て歩く教会とは異なり、信者のための教会でミサも頻繁に行われます。

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教会内に入るために通る回廊も素敵です。

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サンタマリアマッジョーレ教会。

中心街にありながら、素通りされることの多い石積みの教会。溢れかえる人混みを掻き分けるように扉を押すと、まるで別世界に入り込んだような静けさで、厳かな空気に包まれています。建立は931年。いまもそこに建っているという事実だけで、歴史の厚みに心が響きます。

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この教会には1200年代の美しい聖母子像が祀られています。

暗闇のなかに浮かび上がる金箔を背にした聖母子像は、眩しい美術館の光では感じられない、作品の「あるべき姿」を体感できます。

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孤児院とマリア様

上述したビガッロは、かろうじで屋根はあるけど、柱だけの壁のない場所だったので、冬などは子供が捨てられて凍死することもありました。それで新たに孤児施設として作られたのが孤児養育院です。1445年に完成しています。

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この孤児養育院が、マリア様のための教会のひとつ、サンティッシマアヌンツィアータ教会の建つ広場に建設されたのも、偶然ではないでしょう。

孤児養育院については、過去にも書きましたが、一度では書ききれないほどの物語がたくさん存在します。マリア様が両手でマントを広げ、子供達を庇護しています。

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出典元:Museo degli Innocenti

孤児養育美術館には、当時の芸術家が養育院に寄贈したマリア様の作品が展示されています。

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通り沿いのマリア様

マリア様は、信者会、病院、孤児院においても、貧しき人や苦しき人を庇護し救済する女性として描かれ、街角にも道端のお地蔵様のように祀られています。

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街を歩いていると、このような作品を至るところに見ることができるのも、フィレンツェの良さかもしれません。

イタリアに暮らして感じること

イタリアには、教会が母体となっている、病院のような機能を果たす慈善団体がいくつもあり、日々の生活が苦しい方、病気の方、高齢の方、日本の葬儀屋さんのようなものまで、幅広く活動しています。

施設への送り迎えを担当するのは、慈善団体に籍を置く年金生活のボランティアの方々です。

施設や病院に入らなくても、毎日1度は自宅に訪問し、点滴の確認、注射の接種、血圧測定などを行なってくれ、必要とあれば車椅子も貸し出します。

日本の香典はイタリアにはありません。香典の代わりにご家族に何かを渡したいときには、友人達がお金を出し合い、家族が世話になった慈善団体へ寄付することが多いです。

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マリアさまがお腹に宿った、めでたい日なのに、このような話題になってしまいましたが、イタリアには、街単位地区単位で、小さな慈善団体が無数のようにあり、生活を支えています。

ほかの国では分かりませんが、少なくともイタリアには、道徳観や美意識の根っことなる部分に、キリスト教があるのではないかと感じることが多々あります。

キリスト教のネガティブな面も報道されますが、慈善慈愛といった慈しむ心を持ち実際に活動をしている人たちや団体がいることも、イタリアらしいと感じます。

最後まで読んでくださり、ありがとうございます。

記事で紹介した孤児養育院美術館のHPはこちらです。


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