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鳥取県立博物館「赤ちゃんと楽しむ作品鑑賞 ー はじめの一歩」ルポ

鳥取県立博物館さんで「赤ちゃんと楽しむ作品鑑賞 ー はじめの一歩」を実施してきました。

鳥取県では、2024年の県立美術館設立へ向けて、数年かけて様々な活動をされています。その一環で、赤ちゃん目線のとても楽しい「赤ちゃんたちのためのアートかんしょうパラダイス」展が生まれました。「赤ちゃんも作品を観る」という観点で、乳児さんのことを考えて、学芸員さん方とボランティアさんが協力して作った展示もある、とても素敵な展覧会です。

昨年、鳥取県ミュージアムネットワークさんで研修会を担当させていただいて、その時は私の日が合わずオンライン開催で失礼したのですが、今年は「ぜひ現地で、乳幼児向け鑑賞会と県内の学芸員さんの研修会を!」と言ってくださって、日程調整もバッチリ、飛行機でビューンと向かいました。
実際に学芸員さんとお会いして、子どもたちとご家族と出会えるのは、やっぱりワクワクします。

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今回は平日午前の開催で、0歳6ヶ月を最年少に、0歳1歳を中心に3歳までのお子さんたちが参加しました。

展示室に入ると、カラフルな木や鏡の池、紙コップが積み重なっている楽しそうなコーナーが随所にあり、わ~! 子どもたちの心をウキウキさせてくれます(大人の私もウキウキしました)。
光のテーブルや展示ガラス面などではステンシルシートを貼り変えて遊べますし、お絵描きコーナーもあり、靴を脱いでハイハイできる場所もあり、まさに赤ちゃんたちの「パラダイス」!

作家さん方の作品は、周りの壁一面ケース越しに展示されています。全てケース越しなので、保護者の皆さんが作品に触れる心配をせず、鑑賞することができます。
また、通常の展示よりも低い位置を中心点とした、小さい子が観やすいような高さで展示されています。

子どもたちの目に一番入るのが遊べるコーナー、そして元来、子どもたちは遊べるものがあるとずっとそこにいたいものです。そういった環境の中で、子どもたちが作品の存在に気づき、鑑賞するには、頃合いをみて、ご家族に抱っこしてもらって、作品が見えるようにして頂くことがポイントとなります。

いつものように「お子さんが興味を持つ作品を見つけるような気持ちで移動してくださいね」とガイダンス。それらを参考に、実践してくださったご家族の皆さん、「これは観るんだ!これは観ない~」とお子さんの気になる作品を発見しておられました。作品を前にお子さんに語りかけていらっしゃる姿、お子さんが作品を観て何か話している姿が、なんとも和やかです。

展示室がカラフルで楽しい世界に! 左に見えるのが『おっぱいの中には何があるの?』

今回の展示では、尾﨑悌之助さん『こま犬の怒り』(1982年)、小林謙子さん『おっぱいの中には何があるの?』(2023年)の2作が好んで観られていました。

『おっぱいの中には何があるの?』は、鮮やかなショッキングピンクの、布で作られた立体作品で、天井まで踊るように配置されていて、赤ちゃんたちが大好きなのも納得です! 
担当学芸員の佐藤真菜さんが、東京都内の展覧会で観て作家さんにその場で「貸してください!」と直談判してお借りした作品だそうです。おっぱいですけど、目玉展示ですね。

子どもは遊べる、大人は解説が聞ける。同じ空間で親子それぞれ過ごせます

『こま犬の怒り』は、昨年の研修会でご提供した『年齢ごと興味を持つ作品の傾向』という資料から、佐藤さんが「小さい子は顔をよく見る、そして0歳児は白黒のモノクロームの作品も見るのか!」と参考にしてくださって「ピッタリな作品はこれ!」と展示を決めたそうです。

作者の尾﨑悌之助さんは、新設される鳥取県立美術館の館長にご就任される予定の尾﨑信一郎さんの祖父にあたる方とのことです。「赤ちゃんたちが新館長のおじいさまの作品を好んで観ていた」というのも、なんだかほっこりするエピソードです。

0歳11ヶ月『こま犬の怒り』の前で
おしゃべりしない乳児期は、興味のあるなしを動作で示してくれます
0歳9ヶ月のお子さん。『こま犬の怒り』を「みている時間が長かった」とご家族。
鑑賞時のことだけでなく日頃の様子など、お子さんの育ちについて語り合うのが常です

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発達について解説するのを常としていて、今回とても印象的だったことがありました。
1歳5ヶ月のHくんがじっと観ていた作品は、物部隆一さんの『Wavy 89ーIII』。
青、白、赤、黄。くっきりした色が順に、折り重なった幅広のリボンのように描かれています。折り返し面に位置する、若干の緑色が相まって立体感を出しています。
色の配置に「リズム」を感じることもでき、幼い子たちが観て、体の感覚が呼び覚まされるような特徴もあると思います。

左に見えるのが『Wavy 89ーIII』

そのHくんは、この作品を観た後、紙コップのコーナーでたくさん積み上げて遊ぶことに熱中していました。他にもステンシルや鏡、お絵描きなどのコーナーがある中、ダントツに紙コップに夢中。
「物を積み重ねる・並べる」という行為が、子どもたちの生活の中で見受けられるかと思います。
私が出会ってきたお子さんたちの様子ですと、積み木やブロックに発展する前の、「目の前にあるもの何でも積み重ねたくなる」時期は、1歳5ヶ月くらいがピークかなという印象を持っています。
Hくんはその1歳5ヶ月。そして今日、まさに紙コップを重ねたり並べることに夢中。
『Wavy 89ーIII』で描かれているモチーフは、帯状の色面が「重なる・並んでいる」という特徴としても捉えることができる描き方をされています。
Hくんの今、旬な遊び方と作品の色面構成が呼応したから、この作品を選んだのではないか、そんなお話をしました。

「物を積み重ねる・並べる」行為を通じて、子どもたちは「物体の質量の把握・数の概念・物事を秩序立てる感覚」などを育んでいるように私は思います。
子どもが何気なく選んだ作品に、今、育っている面が反映している。そう捉えることもできるんじゃないかなと思っています。
そう捉えることで、「今、うちの子、こんな面が育ってるんだ!」と思えると、終わりなく果てしなく続くように思える育児の毎日が、ちょっと違った毎日に感じて頂けるかも…と願ってお話しています!

1歳5ヶ月。作品を語る!
福留章太さん『増幅する20』も1~2歳が大注目でした

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ルポでは、ありのまま、いいことも力不足だったことも書くようにしています。
2日目、一番に来た2歳のお子さんが「入らない!」と参加を断念、申し訳なかったです…

受付でお出迎えしていた学芸員さんによると、博物館に入る前から「帰る、入んない」と、外で行ったり来たりしていたそうです。
入口での様子に気づいて私も降りて行き(集合する講義室は2階、そこまで上がれそうにない様子)、動物が好きと聞き、開始まで時間があったので入口すぐの自然系の展示室をご案内したのですが「こわいー」って、そりゃそうだ、生きてる動物じゃないものね。ああ、ごめんなさい!

「じゃぁ、お外に行こうか」と優しくお母さんが語りかけて外に出ようとすると、これも「やだー、お外、行かない!」と。全部ヤダ。の時代ですね…

お母さんは、おおらかな方でしたが、きっと寂しい思いをさせてしまったと思います。
イヤイヤ期の真っ最中であっても、そこはこちらのアプローチ次第。
これまで3,000人を超えるお子さんたちと鑑賞してきましたが、まだまだ修行が足りません。
学芸員さんにフォローのお電話をお願いしてしまいました。。。すみません。
展覧会期間中に、あらためて来ていただいたら、どうかな~ 
来年、新しい美術館に来てもらえたら、建物の雰囲気も違いますし3歳になっているし、いいかな~ 

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そんなあれこれ、てんやわんやもありつつ、無事に2日間の鑑賞会を終えることができました。
担当学芸員さんが「赤ちゃんも作品を観る、と聞いていたことについて、今回、実感を持つことができてとても良かったです!」とおっしゃってくださいました。こちらこそ、素敵な展覧会で鑑賞会をさせていただけて光栄でした。
県民の皆さんとともに作っていくというコンセプトも素敵ですし、新設される美術館への期待が一段と膨らみます。

鑑賞会では「お子さん1人1人の記録」を書いて残します
「大きくなったお子さんへのプレゼント」
家族の交流、そして小さい頃に観た作品に再び出会うきっかけになったら嬉しいです

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ボランティアとして1歳2ヶ月のMちゃんを連れて準備に関わっていらした、Kさんのご感想にも励まされました。

「これまでは大人の方がたくさんいると、びっくりしていたのが、今日はのびのびと作品鑑賞していると感じた。冨田先生に何度も何度も声かけてアピールしていた様子にとても驚いた。第三者との関係を持てるようになっていると教えていただいて、自分で気づかなかった子どもの成長がわかってうれしかった!

展示準備を1歳2ヶ月で一緒に経験したなんて、すごいことです。準備が終わって、Mちゃんもホッとしたかな~ 私との関わりで引き出されたこともあるかもしれませんが、加えて、準備期間中にいろんな大人の人に出会って、成長した結果とも思います!

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余談ですが、ぜひお伝えしたいことが。
現在、鳥取県立博物館さんの中は、自然科学系の展示室と美術系の展示室があり、それぞれ専門の学芸員さんが担当されています。
その自然系の常設展が、これまた本当にオススメです!
ちょっとヘンな人と思われるだろうなというほど、私は大興奮でした。

展示されている昆虫や動物たちは、当然ながら剥製の状態なのですが(オオサンショウウオは生きたまま水槽にいますよ)、なんだか「命の輝き」を留めているように見えたのです。
「ボクたちを見て」と言っているような、1体1体から発するものが何か違う!
そして、バッタの折り畳まれた羽が丁寧に美しく開いて展示されていたり、書き出すとキリがないのですが、普通に自然の中で見る以上に、その生き物の素晴らしさが見えてくる感じでした。

興奮冷めやらぬまま、ばったり自然系の学芸員さんにお会いできまして、そんな感想を伝えましたら「僕たちが全部、1つ1つ展示してるんですよ。普通は業者さんに頼むものなんですけど」とおっしゃっていました。
そうかー!! 天井にある魚たちも、小さな昆虫の1つ1つも、みんな学芸員さんが置いてるんですね~ 手塩にかけた子たちへの、愛がにじみでているのかも~
こんな博物館が身近にあって、自然系のことに興味がある子たちはいつでも観ることができて、いいなぁ。

そして! 今回の「赤ちゃんたちのためのアートかんしょうパラダイス」の入場料は、なんと大人180円なんですよ!! お安いです、気軽に何回も観ていただきたい。
触れるコーナーは何度行っても楽しいでしょうし、作品も、観る角度が変わったり新しい発見があると思います。お近くの方はぜひぜひリピート鑑賞を!! 行かないなんてもったいないです!

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鳥取県立博物館「赤ちゃんたちのためのアートかんしょうパラダイス」は、11月12日(日)まで開催中です。
https://www.pref.tottori.lg.jp/312539.htm

(この記事は担当学芸員さんに確認いただいて掲載しております)
(美術館が撮影された、掲載許可をいただいた写真を掲載しています。無断転用はご遠慮ください)


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