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転位から塑性理論を理解すること -8-

多結晶構造を前提とした金属材料の塑性変形(結晶塑性)に必要不可欠な存在と言える「転位」について。いわゆる「線欠陥」に分類されますが、原子空孔や不純物原子のように実体的な欠陥ではなく、原子配列の局所的な乱れとして扱われます。

出典:九州工学教育協会(弱い鉄から強い鋼に-自在に強さを変える!),http://qsee.jp/switch

今回は「転位」について、物理現象(変形問題)と関連付けながら、どのような振る舞いがあるのかを見ていければと思います。

前回は熱的影響を加味した場合の転位の挙動について考えました。現実問題として原子振動などに由来した熱エネルギーが存在するので、その分も合わせて転位の駆動力になるものと考えます。

これまでは、転位の振る舞いについて原子周りの非常に小さな領域の中で見ていきました。今回はこれまでの知見を踏まえて、塑性変形という目視可能な領域に及ぼす影響について、理論的な視点で考えてみます。


単結晶が示す降伏現象

単結晶金属に見られる2種類の応力ーひずみ曲線を示します。前者は体心立方格子の金属に、後者は面心立方格子と稠密六方格子の金属に見られます。

変形は降伏応力を境にして弾性領域から塑性領域に切り替わります。また、同曲線で縦軸を分解せん断応力に、横軸をせん断ひずみとする場合は、降伏応力は臨界分解せん断応力と読み替えます。

上記の2種類の応力ーひずみ曲線を転位に準えて説明します。ここで、前者は「移動律速」として、後者は「増殖律速」として扱います。いずれも、降伏点に到達するまでは転位が概ね固着状態にあるものと考えます。その後に転位が解放される際に結晶格子ごとに塑性変形に差異が現れます。

引張試験を速度制御で実施するとき、すべりを含めたせん断ひずみ速度は基本的に一定になります。すなわち、塑性変形において転位密度と転位速度はトレードオフの関係を示します。

  • 移動律速:転位密度(大)で転位速度(小)

  • 増殖律速:転位密度(小)で転位速度(大)

特に移動律速を有する金属は「降伏点現象」と呼ばれる、降伏点近傍における特異な塑性変形の過程を示します。これは、古典的にはジョンストン・ギルマンの降伏理論から説明できます。

また、降伏応力と温度は一般的に反比例の関係にあります。これは、熱エネルギーが転位の運動に追加的に寄与するためです。移動律速に対応する体心立方格子を有する金属では、降伏応力は温度に対して強く影響を受けます。

単結晶の塑性変形と加工硬化

塑性変形の開始は主すべり系の起動の可否に依存します。単結晶では障害物が特に無ければ、転位は主すべり系の働きで自由に運動します。

一方で、塑性変形の進行により転位密度は増加しますが、次第に転位同士で運動を抑制し合うようになります。これは単結晶の変形抵抗の増加を意味しており、特に「加工硬化」と呼ばれています。転位の運動が抑制されることもあり、所々で転位の停留と堆積が生じます。

ここから更に塑性変形が進行すると、今度は転位が堆積状態から抜け出したり、転位同士で対消滅を起こすことがあります。これは「動的回復」と呼ばれており、結果的に加工硬化は緩和されます。

加工硬化を引き起こす場面において、結晶中の転位密度とせん断応力の間に成立する関係式として、次の「ベイリー・ハーシュの関係式」が主に知られています。

$${\tau=\tau_0+\alpha\mu{b}\sqrt{\rho}}$$

ここで、右辺の$${\tau_0}$$と$${\alpha}$$は材料ごとに決まるパラメータです。

降伏後の転位の増殖の相互的抑止が加工硬化の主要因ですが、この関係式から結晶内部の応力と転位密度の関係を概算的に見積もることが可能です。

多結晶金属と結晶粒界の影響

現実の金属材料は主に多結晶構造ですので、転位運動に起因する降伏を考える場面では、結晶粒界(方位の異なる単結晶群の境界に相当する)の存在を考慮しなくてはいけません。

金属材料の結晶粒の大きさは技術開発の成果次第もありますが、一般的にはマイクロメートル(オーダー)とされています。

結晶粒界は転位の運動に対する障害物として作用します。主なところでは、結晶粒界で転位運動が止まり、後続を含めて堆積することが挙げられます。

この事象の裏付けとして、結晶粒の大きさ(結晶粒径)と降伏応力を関連付けたものとして「ホール・ペッチの関係式」があります。

$${\sigma_y=\sigma_0+{k_y}d^{-\frac{1}{2}}}$$

ここで、$${\sigma_0}$$と$${k_y}$$は材料ごとに決まるパラメータです。特に、前者は摩擦応力と呼ばれています。

上式に従うならば、結晶粒径(d)が低いほど降伏応力は高くなります。これは、転位の障害物になる結晶粒界の占有率が微細化で高まるためです。

転位の素過程からホール・ペッチの関係式を捉え直してみます。任意の転位源から発生した転位は結晶粒界で堆積して、応力集中を引き起こします。ここから隣接する結晶粒内で新たに増殖可能な転位源が作られれば、多結晶金属は降伏に至ります。

$${\tau=\Bigr\{\frac{2\tau_c\mu{b}}{(1-\nu)\pi}\Bigr\}^\frac{1}{2}d^{-\frac{1}{2}}}$$

上記は多結晶金属で降伏を引き起こすためのせん断応力に関する条件式です。右辺の$${\tau_c}$$は結晶粒界で発生する応力集中の臨界値です。

おわりに

転位が巨視的な範囲で塑性変形並びに材料特性に及ぼす影響について、いくつかの視点から確認しました。今回は主に転位を軸にした力学を話してきましたが、微視的な範囲の素過程から物理を考えることも、時には必要だと思います。

■連載完結と参考書籍紹介
今回の連載では塑性変形(結晶塑性)に関する基礎中の基礎と言える転位の成り立ちについて話を展開してきました。ここから先は材料強度(理論)の話題に変わりそうなので、今回で連載の区切りとします。使用した書籍を下記に残しておきます。

個人的には大学院の頃に輪読をしていたものの、なかなか詳細の理解には追いつけずに、半ば放置していました。その時のリベンジもできたと思いますので、非常に満足しています。

転位は基礎学問のような位置付けなので、研究や技術開発の場面で登場する機会も少なそうです。もし今後で新しいトピックが出てきましたら、この場で紹介していきたいと思います。

改めてですが、よろしくお願いいたします。最後までお付き合い頂き、ありがとうございました。

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最後まで読んで頂き、ありがとうございます。この記事があなたの人生の新たな気づきになれたら幸いです。今後とも宜しくお願いいたします♪♪
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