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42.コモンマロウ

!Alert! LGBTQで性別の垣根が曖昧になっていくのなら、そのうち友達と恋人の垣根も曖昧になるだろう。

砂漠の王国には、数多の星々が埋もれている。一等星の如き煌めきを放つ物から、ブラックホールの如き暗黒まで。四百年よりも前から存在する叡智は、何処から覗いても奥深い…これから寄る所も、その一つにあたるだろうか。
王国の首都“王宮ベルベット”のいくつかある館の一つに、ネモフィラの咲き乱れるだけの一画がある。其処に入って直ぐの所に十字架の立つ墓石があるのだが、墓石にはこう書かれている。
“こんばんは 今宵はどちらへ?”
だから、訪問者は答えなければならない。
「新しい魔法が出来たと伺いました。オストラヴァは御在宅でしょうか?」
「居るわよ。」
すると、なんでも無い夕暮れの帳から、古びた館が姿を現すのだ。
「ようこそ、悪魔の棲まう迎賓館へ。」
「こんにちは、カリーナ。」
その大きな扉から、金髪の美女が顔を覗かせた。
「早速案内してあげたいけど…」
女性は訪問者を歓迎したが、其処にはとまどいもある様だった。
「ねぇクライン、帝国では悪い風邪が流行っていると聞いたわ。
 体は大丈夫かしら?」
「あぁアレは…広報に言わせたほど大した事は無いので、
 問題ありませんよ。」
「そう。急にごめんなさいね。別に、貴方が病気を持ってきたとか、
 そう思っている訳ではないのよ。夫は張り切っていたわ。
 やっと完成した新しい魔法体系、何よりも先に貴方に見せたいって…
 なのに今日…そう、よりによって今日…喉がやられちゃったのよー!!」
「ああ…」
そこでクラインはやっと察した。
黒いローブの女性は、肝心な時に体調管理にしくじった不甲斐ない夫と、遠く隣国からやって来た友人を思って項垂れた。
彼の棲まう帝国メガロポリスはただいま極寒期、何かと風邪を警戒する様になる時期だった。そういう事もあって、罹患(疑惑含む)者に会った事で帰国やその後が大変になるかもしれないと、彼女は心配したのだ。
「だから、夫は万全の状態では無いし、
 肝心の魔法も見せてあげられないかもしれない。それでもよくて?」
「ええ、構いませんよ。」
「分かったわ。それじゃあ、案内するわね。」
カリーナは了承を得て、クラインを屋敷の中へ誘った。
鈍い青紫を基調とした豪奢な屋敷の中は暗く、静かで、人気がしない。
ただ、シルクハットと燕尾服を身につけた骸骨が、これまた紳士的に御辞儀しているだけだ。
別に置物ではない、ただの(ここ限定の)日常である。
「チェザーレ。我が夫、オストラントの悪魔よ…
 あら、もう出てきているわ。」
「お世話になります。」
クラインは骸骨紳士に帽子とコートを差し出し、蝋燭を手にしたカリーナの後を付いていった。
屋敷の奥の、そのまた奥へ。
「オストラヴァ、貴方のクラインが来たわよ。」
「こ、こんばんは…」
さて肝心の友人は、布団の住人になっていた。
レースの天幕が降りたままの布団の中から筋肉質な腕がぬっと上がり、数回手を振って直ぐ落ちた。
何やらか細い声も聞こえた様な気もしたが、それだけだ。
「やだ、朝よりも悪くなってない?」
カリーナはベッドに駆け寄り、夫の様子を伺った。
「清らかなる光よ、喪われし恵みとなれ…」
カリーナの唱えた声の波動はやがて細やかな光となり、癖の強い長髪の男に吸い込まれ…るかと思えば、そのまま虚空へと散らかっていってしまった。
「風邪ですか。」
「そうみたい…どうしよう、帰る?」
「御迷惑でなければ、そのまま置いといてください。」
「分かったわ。そうと決まれば…
 チェザーレ、彼《か》の友人にマロウティを用意して差し上げて。」
カリーナは様々な用意をする為に部屋を出て行った。
彼女の去り際の召喚に応じ、骸骨紳士はその影から出てきて部屋の壁に隠された戸棚を開け、壁付きの折り畳み式テーブルとティーセットを用意し始めた。
ティーポットの中で乾いた薄紫色の花が散り、次第に水を青く染めていく。
「マロウティは確か、
 レモンを入れると色が変わるというお茶でしたよね?」
骸骨紳士はカップに角砂糖を1つ入れてから頷き、ティを注いだ。
緩やかに湯気の立つカップは、程よく冷めているだろう。
「ありがとうございます。」
クラインがソレを受け取ると、骸骨は紳士的に御辞儀して、またティーセットの所へ戻っていった。
空色のティは特に変わった味も無く、だが炎症に効くという。詠唱のしすぎ(?)で壊した喉には効くだろう。最後の1口だけ残したマロウティをサイドテーブルに置いてから、クラインは友人に声を掛けた。
「オストラヴァ」
そうして友人の名を口にした途端、病人とは思えない勢いで引っ張られ引きずり込まれた。
細い彼をすっかり腕の中に収めてしまったその体には極薄い布団が一枚、ふんどし一枚がまとわりつくだけである。これにはクラインも驚いた。
「思ったよりも元気でしたね。」
「…ただの風邪に此処まで大げさにしなくとも…」
オストラヴァは実に話しにくそうな、掠れた声でクラインに話しかけた。
「…本当に喉だけなんだ…」
「熱もあるでしょう?ちなみに我が国では平均平熱37.5度を基準とし、
 +1度で休止要請、+2度で隔離養生です。それに、風邪を拗らせると
 肺炎になりますけど、我が国で死因5位を記録しております。」
「…だが、発熱すると寒いというだろう。今の私は、暑くて敵わん…」
冷えて気持ちいいのだろう、オストラヴァはクラインを抱きしめた。
クラインも彼を抱きしめ返した。自分よりも上背も体格もある友人は、体の良い抱き枕ならぬ抱きゆたんぽだったのだ。
「チェザーレがマロウティを淹れてくれました、飲みます?」
「…君の飲みさしがいい…」
「はいはい、起きられますか?」
「当然だとも…」
2人はベッドから起き上がり、クラインはサイドテーブルに置いた自分のティーカップを差し出した。
オストラヴァはカップを受け取り、遠慮無く中身を飲み干した。
「とにかく水が足りないんだ。
 君の魂《たま》から滴る清らかな燃える水、この身に猛る焔の恋河…」
「おや、口説き文句はすんなり話せましたね。」
「口説き?文句だと?!…事実だ…」
友人の指摘にオストラヴァは咳き込み、だがカップを差し出しておかわりを要求した。
クラインはベッドから抜け出し、遠くのティーポットを持って来て、オストラヴァの持つカップへ注いだ。
「…飲むかい?」
「ええ。」
チェザーレは魔法使いの忠実な僕だった、この場にティーカップは1つしかない。だから、先程オストラヴァがした様に、クラインも彼の飲みさしを頂いた。昔の人が杯を酌み交して親交を表した様に、彼等もまたそういう仲であったからだ…たぶん。
「君の中でたゆたう清水は、我が内に灯る暗黒の焔と相性が良い。
これからも、宜しく頼む。」
「はい。」
「しかし君は相変わらず細いな…本当に3食きっちり食べているのか?」
「ええ」
「あのプロテインやサプリメントとか言う携帯食料だけじゃないだろうな。」
「それは、周りに止められました。おじいさまに至っては薬だと思われて、
 一汁一菜フルコースと布団を召喚されました。」
「ああ、やはり…」
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最近はバタフライピーが現れましたので、サプライズティはコモンマロウの専売特許ではなくなってしまいました。植物自体は、アオイ科(マメ科)・高く直立して伸びる(つる性)なので、花壇の中では差別化できます。
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CAST
・スツェルニーのクライン
・カリーナ=ウェポニア=ネモフィラ
・チェザーレ=ルシエル=ネモフィラ
・オストラント=ルシエル=ネモフィラ

※写真は写真AC; miracle8様よりお借りしました。

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