見出し画像

「普通」= not「普通じゃない」(コンビニ人間)

こちらは、友人との読書会で読んだ名著や流行書を人に勧める形で紹介してみる記事です。

(今回ご紹介する本は小説です。あらすじにはほとんど触れませんが、ネタバレ等気にする方はお控えください。)

今回ご紹介する本

村田沙耶香『コンビニ人間』です。2016年に芥川賞を受賞し、一躍有名になった書籍ですね。

「気にはなっていたけど、読む機会がなかった。」そのような場合に読書会はうってつけの場になりました。

現在は文庫化もされており、161pととても読みやすい作品です。

一言でいうと何?

本書『コンビニ人間』は、現代社会の中で誰もが抱える「普通である」ことへの悩みや羨望・執着を表現した小説になります。

全容はどんなもの?

コンビニでは、商品や客、店員までもが日々激しく出入りしています。

そんな中でただ一人、主人公の古倉恵子だけが変わらず18年間コンビニで働き続けます。

変わりゆく環境の中で、恵子はマニュアル通りの標準化された仕事を続けます。

誰よりも変化が苦手で、決められたマニュアルに従っているだけの彼女が、世間からは「普通でない」との烙印を押されます。

彼女は周りの人との関わりの中から「普通である」ことと向き合っていくことになります。

小説後半には白羽という重要人物が登場し、ますます「普通である」ことへの強制力や羨望が如実に表現されます。差別的発言なども飛び出しますのでセンシティブな方はご注意ください。

他の本と何が違う?

芥川賞受賞作品の中では、圧倒的に読みやすく、とても短い点です。ただし、「現代の生き方とは何か」という読者への問いかけは大変奥が深く議論を要します。

私は書籍の中ではあまり小説を手に取ることはないのですが、そんな私でも2時間程度で読破することができました。議論については後の「議論」の節で後述します。

キモは何?

日常に潜む感情変化が秀逸な間接的描写によって表現される点です。

主人公の恵子は、人の感情や言動の意図を汲み取ることが出来ません。本書は恵子の視点を中心として展開されるため、直接的な感情描写がほとんど出てきません。

しかし、他人の言動や客観的表現から間接的に描写しています。例えば次のような表現です。

恵子が三十代半ばにもなって結婚していないことへ、周りの人が「早く結婚しなよ」と口々に言及します。それに対し恵子は、

「このままじゃ...あの、今のままじゃだめってことですか?それって、何でですか?」

その瞬間に辺りの空気が急変します。

同じ独身という立場のミキは、「私も焦ってるんですけどね、海外出張とかが多くてー」と軽快に自分の環境を説明して(略)

こういう人ってよくいますよね。すごいわかります。結婚していることに対する焦燥感や仕事への活躍が免罪符となる雰囲気を同時に感じ取ることが出来ます。

また、人の感情が一切分からない恵子には、次のように客観的・幾何学的な描写としても映し出されることもあります。

何かを見下している人は、特に目の形が面白くなる。そこに、反論に対する怯えや警戒、もしくは、反発してくるなら受けてたってやるぞという好戦的な光が宿っている場合もあれば、無意識に見下しているときは、優越感の混ざった恍惚とした快楽でできた液体に目玉が浸り、膜が張っている場合もある。

まさに、目は口ほどに物を言うとはこのことですね。

ここまで恵子が感情を読み取れない人物である前提で書いてきました。しかし、ここまで表情を読み取れているのだとしたら、感情が分からないのでなく、その後の共感性が著しく低いのではないかとも思えます。

そういう人たちに対して「どうして人の感情がわからないのよ」と言ってしまいたくもなります。むしろそのような人たちは、読み取ることに誰よりも努力していて、実は得意なのかもしれませんね。

これらのように思わず想像、感情移入してしまうような、ちょっとした仕草表現やメタファーなどで登場人物たちがどう考えているのか想像することが出来ます。

議論:「普通」の定義(normalとnot abnormal)

さて、「普通」ってなんでしょうか。

この記事を書く前にいくつかの感想文を拝見しましたが、いずれも「普通とは」について議論されていたり、悩んでいらっしゃる方が多かったです。もちろん正解はないのですが、私が気付いた「普通」について書き残しておきたいと思います。

ふつう【普通】:いつ、どこにでもあるような、ありふれたものであること。他と特に異なる性質を持ってはいないさま。(対義語:特別)

こうして辞書的に見てみると、あたかも「普通」が定義されていて、「普通」の条件に満たせば普通になれるように感じます。

しかし私にとっては、「普通」=「「普通じゃない」じゃない」で定義されてるように思います。

abnormal = ・・・と先に定義され、
normal = not [abnormal]と定義されるのではないでしょうか。

「普通な人ってどんな人(条件)か説明してみて」と言われても、うまく説明できる人っていないと思うんですよね。

「定職についている」「家庭がある」「家族がいる」「家がある」「戸籍がある」「学校を卒業している」など、これらは普通な人の特徴ではありますが、どこまで列挙していいのか分かりません。

「普通」を先に定義した時、普通の人かどうか判定するのに時間がかかってしまいますよね。だって、多くの人に当てはまりそうな条件ですから。

逆に、誰かの特別な特徴をみて、「普通じゃない」と判定することは簡単そうです。某女優は、「定職についている」「家庭がある」「家族がいる」「家がある」「戸籍がある」「学校を卒業している」けど、「クスリをやった」ので普通じゃない。

つまり「普通な人」とは、目立った「普通じゃない」ところがないところがないってことなんだと思いました。

日本にいるアメリカ人の留学生とも一度「普通」について話したことがあります。アメリカでは人に対して「普通な」とは形容しない。日本は「普通」に縛られている。

多分これは「普通じゃない」を排除する島国である地理的特徴が関係しているのではないかと思います。推測です。

そんな日本でしか感じ取ることが出来ない「普通」=「「普通じゃない」じゃない」価値観をうまく表現した本書『コンビニ人間』は、24か国語に翻訳されているそうです。

現代社会の押し付けがましい標準化された価値観に疲れ果てた方、恵子と同じくらいの年齢層(アラフォー)の方、コンビニが大好きな方はぜひ書店でお手にとってみてください。

おわりに

読書は最もコスパの良い趣味・娯楽のように言われます。

今回ご紹介した本も文庫本なら580円+税でこんなにも作品の世界に浸ったり、文章表現に驚かされたり、価値観について考える良いきっかけを提供してくれます。

しかし、私はよく積読という読書法をしてしまいます。買うだけで内容が頭に入ってくるっていう劇薬です。そうすると学生にも関わらず、なぜか月に数万円を読書に費やしてしまいます。

誰だ最もコスパが良いって言ったやつ。

この記事が参加している募集

#推薦図書

42,602件

#読書感想文

189,937件

いつもnoteを読んでくださってありがとうございます。気に入りましたらサポートよろしくお願いします!