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キラキラだけど、キラキラだけじゃない。

スウェーデンに引っ越してきてから5年半の私の、海外生活の印象だ。

毎日が目新しいことに溢れていて、思いもよらない発見がたくさんあって、面白い。目をキラキラさせて、周りをきょろきょろと見渡しては、今日も新しい発見に心を動かされる。

幸い日本というネタ多き国の出身なので、友達も作りやすいし雑談のネタも多い。お寿司とか、アニメとか、ファッションとか。当たり前だった自分の生活の一部、生まれ育った社会にあって自然に取り入れていったものが、海外では自分の個性として輝く。

自分の生まれた国や育った環境を思わず見直すし、今までなかった自信や誇りなんかも生まれてくる。

海外色あふれる寿司

その一方で、国や社会は、移民にそんなに甘くない。

生まれ育った国では基本的人権と思って、当然の常識と思ってやってきたこと。日常の中で、いままで気付かなかったようなささいなことが、この国では常識とされないのだと気付く。

毎日が自分の言動の見直しで、小さなミスコミュニケーションの調整の連続。思っていたより苦労をするし、パートナーともなる大切な人がいれば、距離も近くてコミュニケーションも多い分、苦労は尚更だ。

なぜ、違うんだろう。
なぜ、思ったように伝わらなかったのだろう。

日本語で日本人を相手に喋っていてもあるような事。ちいさなすれ違い。海外で外国語で喋っていたら、そのすれ違いが起こる頻度は何倍にもなる。

きっと、海外に住む日本人の多くが、いや、海外に住む外国人のみんなが、そんな毎日を一生懸命生きている。

自分の常識と、生まれ育った国の常識と、今住んでいる国の常識。時にはそれらのすり合わせは、戦いであるようにすら感じる。

そこまで曲げてしまったら、私の性格を変えていることにもならないだろうか?文化に溶け込むために、人格まで矯正していく必要性はあるのだろうか。

そんなことを考え出したら、それは疲れの表れでもあるのかもしれない。

海外に住む多くのイラストレーターやYouTuberたる人々は、そういった日常の些細な苦労を乗り越えて、それを改めて面白おかしく、ときに可愛く、クスっと笑い、共感できるような方法で発信している。

そんな人たちには、脱帽だ。

海外にきてからというものの、世間体を気にするあまり、また、日本の親族や友人に心配をかけまいという想いもあるあまり、悲しみやストレスを打ち明けられる場所が少なくなったように思う。昔はあんなになんでも話せていたのに。
温度が変わってしまったのか。違和感。羨望の眼差しすら向けられがちな、海外在住者たち。

その日常を、敢えてキラキラに発信する。海外生活のキラキラを集めて、キラキラじゃない部分も、うまく消化し、輝きを持たせて改めて発信している。

そんな皆さんに脱帽。
そして、似た状況にいるものとして、エールを送りたい。

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