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『テンシンシエン!』第6話

◆「シュウショクシエンセンター?」

2021年4月8日、木曜日
 株式会社就職支援センターの浦和オフィスは、うちから徒歩数分のところにあった。JR浦和駅西口近くにある雑居ビルの7階。ビルには、生命保険、不動産会社、なにかの営業所など、結構たくさんの会社が入っている。少し早めに来てしまったが、まぁ良いだろう。7階までエレベーターで上がって、看板の掛かっているオフィス入り口のドアフォンを押した。

「はい。就職支援センターです。」
「あっ、こんにちは。私、本日13時から山泉さんと約束しています沢村とお申します。山泉さんはいらっしゃいますか?」
「沢村様ですね・・・お入りください。」
「は、はい。」

”ミー、カチャ・・・”

 とりあえず言われたように中へ入った。すると奥のドアが開いて初老の男性が出てきた。
「どうもどうも、こんにちは。山泉です。沢村さんですね。こちらのお部屋へどうぞ。」
「沢村です。よろしくお願いいたします。」
「少し準備をしますのでちょっとお待ちください。」
 持参するものは認印と筆記用具。面談と言ったが、どんな話をするのだろう、会社からは私の経歴などが伝わっているのだろうか? まぁ、これから私の再就職をサポートしてくれるということだから、それくらいは事前に伝わっているのだろう。おそらく、さほど長いお付き合いにはならないだろうが私の良き相談役と言ったところか。あまり偉そうな態度をとると ”もうあなたは部長でも課長でもなくて、ただの無職のオジサンなんですよ” と怒られそうだ。そうならないよう、何事も素直に余裕のある対応をしよう。

「はい。お待たせしました。私は山泉と言います。これから沢村さんの再就職を色々な角度からサポートさせていただきますので、よろしくお願いいたします。えっと、まずこちらの会員規約同意書を一読いただいて、記載内容に承諾いただけますようでしたら名前と認印をお願いいたします。」
 まぁ特に普通の契約書だ。名前を書いて認印を押した。
「あっ2枚目は沢村さんの控えですので認印は必要ありません。はい、ありがとうございます。それでは、本日お渡しする資料のリストがこちらになります。」
「はい・・・」
 えっ、こんなにあるの? まぁでもよく見るとは半分以上は、パソコン教室の案内とか資格取得セミナーの案内と言った勧誘のちらしだ。中には面白いものもあって、健康相談ダイヤルの案内とか芸術サークルの紹介とか、そんなものまで準備しているのかと感心する。

 一通り資料を見渡し、全て揃っていることを確認してから面談が始まった。

「沢村さん、私に届いている沢村さんの情報は、会社名と生年月日、それと退職された経緯ぐらいなんです。これは、これから沢村さんのキャリアシートや履歴書を一緒に作成していくのですが、その際、余計な先入観を我々カウンセラーが持たないようにするためです。ですので、本日の面談は、まず沢村さんのお人柄や今までやってこられたお仕事についてお話しいただこうと思っています。」
「はぁ・・・」
 私のことは、ほとんど知らないということか・・・なんか面倒だな。
「その前に・・・沢村さんが所属していた会社ですが、いわゆる世の中では一流企業と呼ばれる会社です。そう言った会社におられた方で多いのが、ご自分の状況をわかっておられない人です。」
「自分の状況ですか・・・」
「そうです。今回のような経緯、つまり社内構造改革で会社を辞められた方は、辞めたのではなくて辞めさせられたということです。その事実を認めることはとても辛いことなんですが、それを認めるところから始めないと、このあとの就職活動はいくら頑張っても、全く無駄なものになってしまいます。」
「はぁ・・・」

 私は ”辞めた” のではなくて ”辞めさせられた”? 確かに社長以下、役員が判断して制度に応募しても良いとなった。それは言い換えると会社が辞めても良い=辞めさせたとも解釈できる。
「沢村さんも前職ではパッとしなかったかもしれませんが、それは不幸にも仕事が合ってなかったのかもしれません。世の中には多くの種類の仕事があり、沢村さんにお似合いの仕事もたくさんあるはずです。ですから次をお選びになる際には、ご自分に合った仕事を意識するということがとても大切になってくるのです。」
「はぁ・・・」

 なんか違うような気がするけど、それも私が状況をわかっていないためなのか? 今あれこれ言っても何の説得力もないし、とりあえず今はおとなしくこのおじさんの言うことを聞いていよう。


■第7話へつづく


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