『テンシンシエン!』第2話
◆「フウフノアリカタ?」
ウェブ会議の後、30分ほどしたら谷村執行役の秘書からメールが来た。用件は、次回の面談日時だった。
執行役と私の予定が合う日は、年を開けた2021年1月14日ぐらいか。早速その日で返事をした。時間は執行役に合わせるということで良いだろう。社員数が連結で5万人を超える会社の役員だ。普段から、さぞお忙しいのだろう。数分すると、ウェブ会議の予約メールが届いた。次回は私と谷村の二人だけか・・・
「あっ、もしもし、パパだけど。みんな元気?」
「なに?元気だよ。今年は帰れないんでしょ?」
山口の自宅には妻と娘がいる。娘は25歳で、すでに大学を卒業して、地元の銀行で融資関係の業務についている。妻は三つ上の55歳。デザイン事務所で設計を担当しており、給料もまぁそこそこだ。
それと大学生の息子が九州にいる。彼はこの3月で卒業。すでに大手半導体メーカーの内定が決まっており、順風満帆の社会人生活が待っている。
一応会社を辞める報告?相談?を妻にしようと思い、久しぶりに自宅へ電話をした。
「うん。実はさ、話したいことがあるんだけど。」
「なに?まさか会社辞めるとか?」
「・・・」
「えっ?そのまさかなの?!そうなんだ・・・」
「えっダメかなぁ?」
「いや、ダメじゃないけど。この前、さくらとちょうど ”パパ、会社辞めそうだね” って話してたんだよぉ。」
「なんでそんな気がしたの?」
「なんでだろ。優が今年卒業だし、なんか最近会社のこと話さないしって、そんなところから始まって、こりゃ辞めるんじゃない?ってなった。優も同じようなこと言ってたよ。」
「そっか。まぁそんなところかな。で、残りの人生は、自分の好きなように生きたいんだけどダメかなぁ?」
さすがにこれはダメだろうな。昔から世間体とかを気にするところがあったから、関東にいる理由がないのなら、すぐに帰って来いと言うだろう。
「まぁ良いんじゃない?私たちは、パパのおかげでずいぶんイイ生活させてもらったし。うちの子どもたちは、自分で何とかできる子ばかりだから、パパはもう自由にしたら?」
へ? 聞き間違いか? そう言えば、この手の話をあまり二人でしたことはなかった。私が彼女の性格を汲んで勝手に決めつけていた節がある。彼女はそんなふうに思っていてくれたのか・・・よし、それなら少し具体的な条件を提示してみよう。
「でもそんなん言ったら、パパ、山口へ帰らんよ。いい?」
「別に?ママにはママの生活とか環境があるから、帰って来なくても何も変わらんし。それはパパだって同じでしょ? 今更、山口の田舎で過ごせる?」
極めてロジカルだ。私は試されているのか? しかし、この流れをどう読んだら良いものなのか? とりあえず本音をぶつけつつも、相手の心情を探る策でいこう。
「ぶっちゃけ無理やな・・・でもさ、そんなんでママ寂しくない?」
「何をいまさら?10年ちかくも放っておいて、いまさら何をおっしゃいますか? まぁ、ほとんど会わないから喧嘩することもないし、会ったら会ったで新鮮だから、結果的に良かったけどね。たぶん、私たちは一緒にいない方が良い夫婦なんだよ。それにパパ、私のことまだ好き?ライクじゃなくてラブのほうで。」
さらにロジカルな理由に加え思わぬ反撃が・・・ほぼほぼ直撃だ。これにはどう対応したら良いのか?
「うーん・・・」
「ほら即答できんでしょ?それはママも同じ。だから残りの人生は、お互い好きに生きて、会いたくなった時に会えばいいんじゃない? そんな夫婦の在り方もあっていいんじゃないかな・・・」
そ、それが正解なのか・・・なんか複雑な気持ちだ。
「う、うん。それでいいなら・・・」
「で、いつから仕事辞めるの?」
「4月から。で、4月に一度帰るよ。健康保険とか年金の手続きしないかんし、そのタイミングで住民票とか、もうこっちに移動させようと思ってる。ワクチンのこととかあるし。」
「そうだね。で、次の仕事は何か当てがあるの?」
「ないけど。まぁ自分の経歴とか考えると、関東だったら、なんとかなりそうな気がするけどね。」
「そうだね。パパ、業界でも結構有名だし、実績がすごいからね。そこは素直に認めるわ。まぁだけど、もうそんなにお金いらないから、嫌な仕事はしなくていいよ。私たちも、自分のことは自分で何とするから。パパの好きなことしな。」
「うん。ありがとう。じゃスーパーのレジとかにしよっかな。」
「懐かしいね。大学の時、一緒にアルバイトしたね。でも、この歳になってもできる?」
「どうかな・・・」
確かにあの頃は、二人とも若くて何もかもが楽しかった。
それにずっと一緒にいようと思っていた。本当に・・・
「 まぁいいや。とりあえずちょっと気が早いかもしれないけど、パパ、お疲れさまでした。」
意外とアッサリだった。こんなものなのかな。まぁ会社を辞めるのは今回が初めてでは無いし・・・今までは辞めてすぐに次が決まっていたが、今回はそうではない。
それとは別に、今回は明らかに何かが違っていた。何かわからないが今までとは違っていた。
でも、これで自分の気持ちは固まった。
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