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同じ小説を何冊持っていたら気が済むというのか

#海外文学のススメ

 秋頃、「オーギー・レンのクリスマス・ストーリー」という絵本が出版された。30年ほど前に柴田元幸訳で出版された、ポール・オースターの短編小説を絵本化したものだ。
 登場するのはおじさん二人と、十九、二十歳くらいの青年、そして彼のおばあさん。子どもも恋人たちも出てこない、しかしチャーミングなクリスマスの物語。
 この世の中で一番好きなクリスマス・ストーリーである。それが絵本に…。めっちゃ気になる、気になるが、なんとなく買うのを躊躇したまま冬を迎えた。
 なぜ躊躇したのかと言えば、もう既に、様々な形態のこの小説を手元に持っているからだ。
 英語の原文、柴田元幸訳の日本語版が収録された本を2冊、オースター自身が朗読している音源、映画化版「SMOKE」のDVD。
 柴田元幸、村上春樹共著の「翻訳夜話」もある。そこにも原文と、両氏の翻訳が掲載されている。
 十分じゃないだろうか。
 オースターの文章は発表された当初のまま、変わりはしない。変わるのは読み返す時々の自分だけだ。だからやっぱり持ってるだけのもので十分だ。そうですよね。そうだと思う。

 しかし先日、柴田元幸さんがオンラインでお話されるのを拝見する機会があり、見ているうちに、矢も盾もたまらずという感じになって、すぐに絵本を買ってしまった。
 躊躇している場合ではなかった。何度読んでも、どんな形になっても、おもしろいものはおもしろく、好きなものは好きだった。
 物語を彩る銅版画も、オースターが描く甘くないクリスマスの空気感に合っている。
 絵本らしく、版画の隙間に文字が割り付けられていたりして、目の動きが変わり、読むテンポが変わったりする。心に引っかかる部分も変わる。物語自体は変わらないのに、とても新鮮に感じた。ある意味、全くの別物でもあった。
 改めて知ったこと。結局、何冊持っていたって気が済んだりしないのだ。何冊でも買って、何度でも読む。どうやらそういうものらしい。
 

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