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言語人類学への招待

言語人類学への招待—ディスコースから文化を読む
(井出里咲子、砂川千穂、山口征孝  著)

人類学は「自然人類学」「考古学」「社会文化人類学」「言語人類学」の4分野から成る。(アメリカ人類学会)


1. 言語

言語は人間の集団的な資産であり、文化以外の何ものでもない

宮岡,1996

言語とは、人間社会が利用しうる最も洗練された文化的システムであり、それゆえに言語の研究のない人類学はあり得ない

Duranti,2009

2. 言葉が世界観に影響を与える

・エドワーズ・サピアの言語相対論
「単に同じ世界に異なるラベルが付けられているのではなく、全く別個の世界である」
人の思考が言語を介して行われることから異なる言語を使えば認識する世界観が異なる。サピア=ウォーフの仮説とも呼ばれる。言語と思考のより強い関係性を主張したサピアの生徒ウォーフ。

・言葉が作る認知の違い
各言語でどう表現するかというよりも何を表現しなくてはならないかという制約に関わる。英語では単数と複数を区別するという制約。また性別(he,sheなど)も明示する。

・認知とカテゴリー化
破壊という概念について、英語ではBreakになるが、日本語では異なる動詞が使われる。

・骨をおる: break a bone
・窓ガラスを割る: break a window
・バリケードを破る: break a barricade
・砂山を崩す: break a sandhill
・おもちゃを壊す: break a toy

日本語では、破壊という概念は、対象物の柔軟性、次元性、機能性によって使われる動詞が変わる。破壊という行為をカテゴリーで分けている。

・1D / 柔軟性がない :鉛筆、傘、棒、骨など ▶︎おる
・1D / 柔軟性がある:ひも、糸など ▶︎きる
・2D / 柔軟性がない :ガラス、皿、カップなど ▶︎わる
・2D / 柔軟性がある:紙、本、布など ▶︎やぶる
・3D / 積み上げ形状 :山など ▶︎くずす
・3D / 機能性:テレビ、ラジオ、箱など ▶︎こわす

・空間認知
1 相対的な指示枠:話者を中心にして上下や左右など
2 絶対的な指示枠:東西南北と関連づける

アボリジニーの言語では、相対的な表現が使われない。東西南北か特定の丘や特定の川の方向などの絶対的表現で位置を描写する必要がある。例外ではなく。世界7000言語の3分の1ほど。
日本語や英語は基本的には相対的な表現となるが、「北側の人からプリントを集めて」などの例外もある。

空間規模ごとの絶対表現の割合いで見ると、

1 野外:東西南北の表現を多用(70%)
2 仕切りのある屋外:東西南北を用いる傾向が強い(60%)
3 屋内:左右、東西南北の両方が混同(35%)
4 手の届く範囲:東西南北は使われない(9%)
(※43人中の絶対表現の割合)

3. ディスコース中心の文化へのアプローチ

ディスコースとは、ある場面、ある時点で、どう話し、聞き、読み、書き、行動し、交流し、考え、評価し、ツールやモノを使うかという概念

https://www.nihongo-appliedlinguistics.net/wp/archives/22

言語が現実をそのまま描写するだけでなく言語を使うことで新しい現実が築かれるという社会的実践行為の考え方。

文化は人の頭の中に抽象的な体系として存在するわけではなく、具体的な時空間しての場所性を持って、人と人の間に共有され、継承される記号体系。

・社会行為としての謝罪と感謝
英語のThank you, I'm sorryは感謝と謝罪であるが、日本語のすみませんは、謝罪とも感謝とも区別しがたいケースがある。

1 単なる前置き:「Aさん、すみません、値段は100円になります」
2 了解の合図:「こちら診察券です」「あどうも、すみません」

「すみません」は、日常的に使われるものの身内に対しては使われない。多くは外や公共性の高い範疇で利用される。そのことから、儀礼的に使われるコミュニケーションの暗黙知。

4 英語と日本の比較より

・「ナル」の日本語と「スル」の英語
言語には一種の好みがある。日本語では「ナル」視点をとる傾向があるのに対し、英語では出来事の行為者を明確にして「スル」視点をとる傾向がある。

1 日本語:国境の長いトンネルを抜けると雪国であった
2 英語:The train came out of the long tunnel into the snow country.

(川端康成の雪国の一節)

事態を把握する上で、
1 日本語は自然発生的にナル(become-language)
2 英語は主体の行為を中心としたスル(do-language)

1 日本語:ともかく新人ですのでよろしくお願いします。
2 英語:I'm a new comer here, and I look forward to your cooperation. 

(ウォーターボーイズより)

また日本語では、謙遜を建前だとしても言語化することが好意的に受け取られ、英語翻訳では他者依存的な依頼ではなく、対等の立場での訳になる。

・お店でのあいさつ
日本語では「いらっしゃいませ」に対して、特に反応する必要はない。英語会話では不自然なものとなる。日本語は「非対話性」であるが、英語では問いかけに対する応答が求められる。日本語では言わなくてもわかるコミュニケーションの文化であると考察されている。

5 言葉を身につける

言語習得のプロセスには、コンテクストや文化的背景知識の習得も重要な要素となる。母語の習得は言語知識にとどまらず、そのコミュニティの一員となる過程として言語社会化として位置付けられる。

言語社会化
1 言葉を習得するプロセスから文化をみる側面
2 文化の一員となるプロセスから言葉の役割を考える側面

6 メディアとコミュニケーション

人間が多くの道具を発明し、その発明によって社会や文化は大きく変化してきた。この視点では道具は単なる物質的なものではなく社会・文化的コンテキストに状況づけられた文化的産物と言える。「人間」と「道具」と「環境」の関係性。

電話、メールのようなテキストベースのコミュニケーションなど。話し言葉と書き言葉。OKをKと略す。GAはGo Aheadなど。

オンラインとオフラインが混在する状況下のとき(例えば、同じオンラインゲームを2人は別のところで5人は同じ場所からアクセスするなど)、英語ではその場にいる人をHeやSheなどと言わないが、この場合はHeを用いることもあった。

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