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小児リハビリテーション始めました。の暖簾を上げてみました。

今日はイベントレポを行いたいともう。イベント。イベント。イベント。イベントねぇ。うーん。


伝説となった、100才越えの現役医師、日野原 重明先生の講義を学会で受けたときの話でも書いてみようか。はたまた、認知症になってしまった、認知症治療のエキスパート!レジェンド長谷川和夫先生の講義を聞いた時の話でも書いてみようか?学生の頃、私の人生を変えるほどの衝撃的なお話をしてくれた備酒伸彦先生の話でも書いてみようか。「世界一受けたい授業」風に「僕の先生はフィバー♪」てな塩梅で(笑)


イベントって時々あるけど、スンゲー人のお話はやっぱり面白い。


人生のイベント、知人や友人、親兄弟の死や人生の転機。いろんなイベントがあるが、なるたけ、平穏無事に凪な人生を歩みたいものです。


ごく最近のイベントと言えば、最近私は、「小児リハビリテーション始めました」の暖簾を掲げた。


そういうイベントではない?( ゚∀゚)アハハ八八ノヽノヽノヽノ \ / \/ \


でも、そのラインでお話を進めていきたいと思います。(*- -)(*_ _)ペコリ


はやいもので、小児リハを初めて、はや1か月がたった。


毎日、毎日が感動、感動の嵐でございます。高齢者医療で長年生きてきた私としては、新鮮。感激、ファンタスティック!!な毎日なわけでございます。


昨日も少し書いたが、まず、患者さん(子供たち)の応援団の多さには本当に舌を巻く。医師、看護師、保育士、家族。みんなが患者(子供たち)味方なんです。そこがスゴイ。楽しい。本当にこれってすごい事なんです。


高齢者医療ではまず考えられない。治してもいい患者さんなんて高齢者医療ではほとんどいないので、患者さんを治してもいいなんて私にとっては本当にアメージング!!なわけです。


(高齢者を治療して治すといろんな人に滅茶苦茶怒られる😿)


そして、みんなが協力してくれる雰囲気が凄すぎる。最新の治療機器。治療のための道具に糸目をつけない雰囲気。


これが高齢者医療だったら


「リハビリの道具買えだぁ?年寄りに金かけてどうするんじゃい、それでなんぼ儲かるんじゃい!!!ドアホ!!」


という怒号が会議で飛び交っているところだ。

(毎日そんな感じだった。ぶつくさ。ぶつくさ。グチ、グチ。愚痴、愚痴。

( ノД`)シクシク…。)

それが、それがですよ。小児リハビリテーションでは、そういう声が、全く聞こえてこない。「少しでもいい治療を提供したい。」という雰囲気が出まくっている。

グレーーート!!!


そして、子供たちがカワイイと来ている。素晴らしい。


しかし、また違う驚きも隠せない。80年代に小学生だった小生の時代では、ちょっと教室で暴れている子。授業中どっかに行ってしまう子。なんてのは、クラスに一人や二人必ずいたものである。当時は「ヤンチャ小僧」のレッテルを張られているくらいのものである。

また、大人しい本ばかり読んでいるような子。分厚い眼鏡をしていかにもお勉強ができそうなフォルムのあまりしゃべらない子。そんな子供たちは個性として普通にクラスにいた。


今私が担当している子供たちはそういうレベルの子供たちなのである。それが、LD、ADHD、ASDなんて御大層な病名をつけられている。または病名がつかなくてもグレーゾーンなんて呼ばれて障害者扱いされている。しかし、私から見れば、いたって「普通の子」である。それが、なんだかよくわからない、横文字の病名を付けられ、障害者のように扱われる現状に驚きを隠せない。


私が子供の頃、ご飯の時に暴れて遊びながら食事をする子なんて、普通にいたし、現に私もそういう子供だった。ご飯の時、「走るな!!」「暴れるな」「飯の時はちゃんと座れ!!」と毎日、毎日、オヤジに怒鳴られていた。


授業参観で、親たちが沢山教室にいるのが楽しくて、「お前のオカン着物やんけ。気合入っとんなぁー」とか「お前の親父、おじいちゃんみたいやな」とか授業中、クラスメイトに話に行くような困ったちゃんだった。当然、家に帰ってオカンにシバかれまくるのですが(笑)


まぁ、そんな子供が、今、まかりなりにも「先生」なぞと呼ばれてお仕事しているわけです。わからんもんです。


授業中、教室を飛び出していった友人たちもこぞって今は家族を持ち真っ当に暮らしている。


多数決でマイノリテイーは「病気」という構図は十分、分かっている。しかし、なんだかなぁ。である。一方では、個性とか独創性、独自性なんて言うくせに、学校教育の枠に入れない子は一様に「障害者」では子供たちがかわいそうに思えてくる。


「ちょっと、ヤンチャ」「ちょっと無口」「ちょっと頑固」「ちょっとこだわり派」「ちょっと空気が読めない」「ちょっと天真爛漫」


本当にそんな程度の子供たちばかりである。


うん十年前だったら、「普通の子」で、悪くても「問題児」くらいだったものが今は「障害児」なのである。なんだか恐ろしい気がする。

ちょっと真面目なお話でした。(*- -)(*_ _)ペコリ

2018年夏。回想録第二章どすえ。第三章に続く。


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