スタートアップ・ベンチャーで知財活動を立ち上げるときに読むnote
このnoteでは、これから知財活動を始めるスタートアップ・ベンチャーに向けて知財活動立ち上げの流れと注意点を紹介します。
(メインは特許になると思うので特許について解説します)
企業によって組織構造や文化が異なるのでアレンジ必須ですが、大枠は変わりません。
このnoteは随時更新しています。
ざっくりとした流れ:
知財活動の立ち上げは「知財戦略(仮)」を検討し、それに合わせて社内の知財環境を整備します。
そこから、知財実務を開始し、実務に合わせて体制や運用・環境を修正・更新していきます。基本的にはこれの繰り返しです。
細かくリストアップすると下表のようなタスクを実行しますが、今回は知財担当がいない前提でnoteを記載しているので、必要最低限の部分だけに焦点を当てて紹介します。
知財管理体制整備
知財専門家がいないスタートアップやベンチャー企業の場合、ほとんどのケースで知財管理がされていません。
自社知財のレビューと合わせて、社内の知財環境・インフラを整備します。
知財の帰属整理
上場やMA時には、投資家や証券会社から知財の権利帰属について確認されます。
出願件数が多くなった後にこの作業を行うと工数が膨大なため、早めに既存知財の帰属について整理しておくのがベターです。
具体的には、職務発明取扱管理規程があるか?実務に沿っているか?発明譲渡証書の取得は必要ないか?等を確認します。
(職務発明取扱規程は原始帰属にしておくことをおすすめします)
また、グループ会社がある場合には、知財を親会社管理にするのか、各グループ会社で管理するのかも決める必要があります。
各グループ会社で保有する場合は、法人毎に契約が必要であったり、フローが必要であったりと、会社の数だけ工数は増えます。
親会社管理にする場合は、その権利の譲渡について整理をしておく必要があります。
知財フォルダ整理
知財フォルダを作成し、出願書類、審査過程で発行された書面、事務所からの書面、社内で検討した資料を案件ごとにGoogle Drive等に格納します。
(資料がない場合は事務所から取り寄せます)
特許は非公開の期間(原則出願から1年6ヶ月)があるため、出願書類や審査対応の経過が、出願人と特許事務所でしか見れない期間があるため、必ず社内でも情報を管理します。
また、特許出願は登録まで長い時間がかかるので案件ごとに資料を整理して保存していないと、将来に案件の経緯がわからなくなります。
さらに、社内で検討した資料(他社と特許の比較など)は特許事務所や特許庁DBには保存されないので合わせて格納しておくのがよいです。
(無いと将来に権利化するときに困ります。経験談)
■法域ごとにカテゴリ分け
特許、商標、意匠、実用新案と知財のカテゴリごとにフォルダを作成し、予実管理フォルダも作成します。
ここに知財管理表も格納しておくとアクセスが容易になります。
■下位フォルダ作成
メインになってくるのは、出願と調査なので、出願とFTO(FTO: Freedom to operateで特許クリアランス調査(他社特許を侵害していないかの調査)のこと)を作成します。
私は基本Google workspaceで都度検索するので「特許調査・特許分析・FTO」という名称にしています。
商標、意匠、実用新案も同じ構成で作ります。
■予実管理フォルダ作成
予実管理には請求書と料金表のフォルダを準備します。
請求書には特許事務所からくる請求書を年別に管理します。
料金表には特許事務所と合意した料金表を格納しておきます。
請求書を確認する際には料金表の参照が必須なので必ず格納します。
ちなみに、私は依頼する事務所が固定できているので、事務所ごとにフォルダを作成し、その中に請求書フォルダと料金表を追加しています。
予実管理表は予実管理フォルダに格納しておくとアクセスしやすいです。
■その他
必要に応じてその他のフォルダを作成します。
勉強会資料だったり、交渉用資料だったりのフォルダを作ってファイルを格納しておきます。
売り込みが始まったタイミングで各法域のフォルダに「係争」を追加することもあります。ここには、受領した警告書、ライセンス交渉や特許侵害訴訟などの資料を格納します。
スタートアップ・ベンチャーだとそこまで件数が多くないので自由アレンジでOKと思います。
■効率化
スタートアップ・ベンチャーではGoogle WorkSpaceやboxを使っている企業が多いと思います。特許事務所によっては、依頼すれば直接Driveに格納してくれる特許事務所もあります。(交渉は必要)
これを依頼できると自分で格納する手間が省けるので、特許事務所と合意できた場合にはオススメです。
上記で紹介したのは一例ですが、ちゃんとした知財管理フォルダがあるかないかは知財活動開始時期で作業工数が大きく変わるので、予め整理しておくのをおすすめします。
知財管理表の作成
知財フォルダには、知財管理表(スプシ)を格納します。
特許出願が100件を超えないくらいであればスプシでも対応可能です。
自社の特許出願(又は発明アイディア)を一覧化しておくことで、周知活動や他チーム・投資家などへの資料提供工数を削減でき、似たような出願をしてしまうことを避けれます。
■最低限記載したい項目
・保有している知財の全件
稀に知財管理を始めているスタートアップに出会いますが、たいていは案件が漏れています。
非公開時期の案件は外部から確認できないため、必ず自社で出願した案件は全てリストアップすることが重要です。
・出願番号・出願日
これは特許庁に出願をすると付与されるので、特許事務所から出願完了報告を受けた際に、進捗を更新するのと同じタイミングで追記します。
出願番号がわかれば特許庁のDBで検索もできるようになる(公開時期であれば)ので、きちんと記載しておきます。
・進捗(ステータス)
「出願検討中、出願見送り、出願準備中、出願済、審査請求済、審査対応中、放棄、登録査定、拒絶査定」等、案件がどのステータスなのかが分かるようにしておきます。(スプシでプルダウン設定しておくと楽です)
・案件の特徴
特許であれば発明の特徴、商標であれば名称を記載しておきます。
番号のみや発明の名称だけ記載されていても何の案件かを把握するのが困難です。(SaaS系の特許名称は「情報処理方法、情報処理装置、情報処理プログラム」等の記載が多いので何かわからない)
・各案件とフォルダのリンク設定
先に説明した知財フォルダの各案件のフォルダに知財管理表から飛べるようにリンク設定をしていると便利です。
■追記しておきたい項目
・審査請求日
日本の特許制度上、審査請求は出願日から3年以内に任意のタイミングで請求することができます。
審査請求をトリガーに特許庁の審査が開始されるため、審査請求日がわかれば1回目の庁通知(拒絶理由通知等)が来るタイミングが予想できます。(特許庁報告によれば2020年は約10ヶ月で1回目レスポンスが来るそうです。あくまでデータ上の平均)
特許庁通知が来る想定をするのは、予算を策定するためです。
・帰属整理
各案件の帰属整理が何に基づいているのか?を記載しておきます。(発明譲渡証書or職務発明取扱規程で記載します)
予算と実績管理
知財の費用は変数と変動率が大きく、金額も大きいです。
ざっくりとは特許出願1件あたり登録まで〜100万円で見積もりますが、精緻化すれば、①特許出願→②審査請求→③審査対応(複数回の可能性あり)→④登録という流れで②〜④は時期も読めず、正確な金額も出せません。
経理業務の精緻化や会社のコスト見直しのタイミングで高確率で指摘されます。
そのため、予算と実績の管理は初期から行うことをおすすめします。
特に、審査系のコストは審査の進捗次第で予測が難しいので、過去の平均金額を使うこともあります。
そのため、知財権の種類(特許、商標等)、項目(出願、中間対応等)毎にかかった費用を見えるようにしておくとベターです。
■予算タブに必要な知財カテゴリと項目を設定する
必要な知財カテゴリの項目と予算を設定していきます。
特許事務所を1つしか使っていなければ料金表を見ながら埋めていってもOKです。
どの程度の粒度で予算化・実績値を見たいかによって、法域やアクションの項目を調整します。
大方下記のような例で事足りることが多いです。
■実績タブに関数を仕込む
予算タブの種別(法域)と項目(アクション)は、実績タブのそれらと一致させます。一致させておくと、関数をしようすれば予算と実績値を自動的に集計させることが可能です。(上記の例のF列、G列)
実績タブは特許事務所に「各請求書をリスト化して毎月提供してほしい」とリクエストすれば出してくれるところもあります。(要交渉。NGな特許事務所もある。)
なお、上記は日本に出願するのみを前提とした予実管理シートなので外国出願する場合はアレンジが必要です。
(国によって特許出願の仕組みが異なります。例えば、USには審査請求の制度がない)
■件数入力
予算作成の際に、それぞれの法域ごとにどの程度のアクションが発生するかを件数として入力していきます。
これは、現在保有する知財・今後出願する予定の知財により変動します。
現在保有する知財について項目の件数を埋めるためには、知財管理表を見ながらどの程度発生するかを検討していきます。
(ここは「特許なら一般的に1回は拒絶理由通知がくる」といった知財の専門的な知識・経験が必要になるため割愛します。)
特許事務所の選定・見直し
特許事務所のマッチングは非常に難しいので、ツテがない場合はTwitterでも良いので企業で知財を担当している方に聞くのがベターです。
同じ特許事務所でも、弁理士によってレベルは異なるので自社にマッチする弁理士を探すのはかなり大変です。(弁理士も転職するので要注意)
特許事務所との付き合いがなければ、10事務所は相談する気持ちで臨んでください。
■まずはコンフリクトチェック
特許事務所は大小様々ありますが、すでに競合がクライアントにいたら利益相反を理由に受任してもらえなかったり、そもそもスタートアップ・ベンチャーは受任しないという特許事務所もあります。
なので、まず第1に必要なステップは受任できるかを相談することです。
■料金表をもらう
特許事務所には「標準料金表」というものがあり、これに特許出願がいくらとか、どのように計算して算出するかなどが記載されています。
後々に特許事務所間の料金比較するためにも、受任可能であれば料金表を送って欲しいと連絡するのがオススメです。
ある程度の出願ボリュームがあれば割引があったり、依頼人側で料金表のテーブルを作っていれば埋めてくれたりもしますが、特許事務所によって対応が異なります。
標準料金表はだいたいの事務所が準備しているので、すぐに送ってもらえます。
■実際に話してみる
受任がOKであればMTGを打診されると思いますので、まずは話してみるのが良いです。
特許事務所とのコミュニケーション1つでも合う合わないもあるので、一度会ってみるのはマストです。(担当予定の事務所メンバーと会えるとベター)
■可能であれば提案してもらう
知財担当がいなければ依頼人側がどのように業務を進めるかがわからない状態だと思います。
特許事務所にどのような流れ・作業で特許出願するかを提案してもらうのもアリです。
スタートアップ・ベンチャー特化を謳っている特許事務所は社内の知財業務まで踏み込んだサービスを提供している事務所が多い印象です。
簡単ですが特許事務所の選び方をご紹介しました。
本当はクレームテスト(=公開されている発明について権利を作ってもらって説明してもらう)など、特許事務所のクオリティ検証を行った方がベターですが、知財担当がいないと社内で評価できないので割愛しました。
ベンチャー向けを謳っている特許事務所をこちらにまとめています。👇
各種フロー設定
特許出願のフローや、報奨金の支払いフローなどのフローを整備します。
この辺は職務発明取扱規程との整合性が必要なので、同時に取り組むと効率が良いです。
フローの設定に事業部メンバーを組み込むと最低でも出願までは相談しながら進めることができるので周知活動としてもワークします。
CEO, CPO, CTOなど事業を把握していて、意思決定権のある人物を出願承認者にできると将来的に経営陣から知財意識が遠のく可能性が低くなります。
管理部門の長を承認者にすることこもできますが、会社が成長するに連れて管理部門と事業部門との距離が遠くなる傾向があるので推奨しません。
会社方針によりますが、基本的には知財担当が法的な精査を行い、事業部が意思決定する方がマッチしていると思います。
そのため、管理部門の長を承認者にする場合であっても、経営陣/事業部の意思決定メンバーに特許出願をインプットできるように整備しておくことを推奨します。
もちろん知財チームで完結させることもできますが、プロダクトメンバーに知財意識をもってもらうためにも、最低でも出願まではプロダクトメンバーを巻き込むことを推奨します。
知財戦略(仮)策定
知財戦略は知財の専門家がいないと細かな議論が難しいので、この時点ではざっくりとした方針を決めます。
大きくは、特許出願の「数」を重視するか、特許出願の「質」を重視するかです。
この方針を検討するために下記のタスクを実行します。
(実務が回り始めたタイミングで精緻化・見直し必須)
他社特許調査
自社が特許的にどのような立場にあるのかを確認するため、他社の特許状況を調査します。(どこが何件出願しているか等)
最低でも競合他社の特許出願件数は確認します。
理想的には、キーワード検索で関連特許を調査し、競合他社以外の特許出願件数も調査します。
(このタイミングでリスクのある特許の洗い出しもできるとベターです)
知財担当がいない場合は特許調査ツールの導入がないと思うので、特許庁のデータベースJ-PlatPatで調査します。
特許出願方針決定
他社特許調査の結果に基づいて、特許出願を行う件数の目安を決定し、特許出願を行う基準を策定します。
これは、何を基準にして特許出願するか否かを決める基準です。
特許性(新規性・進歩性)は当然ですが、その他にはどのような要素を基準にするかを決定します。
この辺りは知財担当がいるか否かで大きく変わります。
基本的にはどのように活用するかまで考えて基準を設定します。(この部分は専門家がいないと議論ができないので割愛します)
この際に、誰が特許出願の承認を行うかも検討できるとよいです。
経営陣との合意
知財の活動は、PMやエンジニア等の発明者の工数、出願や権利化には費用が発生します。
そのため、知財活動の立ち上げにあたって経営陣との合意を推奨します。
なお、会社として知財に注力するためには経営陣からのメッセージ発信が有効です。(詳細は後述)
そのために、知財戦略(知財方針)の素案時点から経営陣を巻き込んでおくとスムーズです。
合意形成の過程で競合の特許状況を経営陣にもインプットできるので周知活動の一環にもなります。
このタイミングで経営陣に知財リスクに対する危機意識を持ってもらえると将来の知財業務が更にスムーズになります。
知財実務の開始
周知活動
知財実務の開始は周知活動から始めます。
知財活動を開始すると知財担当者以外にとっては仕事が増えます。(発明申告書の作成・確認や明細書の確認等)
そのため、知財活動に必要な協力は業務であることを経営陣から明確に発信してもらえると知財業務をスムーズに進めやすくなります。
周知会・勉強会の実施は露出を増やすという意味で必須です。
また、経営陣メッセージと周知会は繋がりを持たせるのがベターです。
経営陣から「知財活動に注力するので周知会に参加してください」といったメッセージを発信してもらえると参加率が高くなります。
周知会では「特許とはなにか」→「他社特許事例」→「自社の特許状況説明」→「どのタイミングで何をしてほしいか」の流れからプロダクト側への定例参加などを依頼するとスムーズに進むことが多いです。
他社の特許事例としてはTwitterのPull to refresh機能や、Tinderのマッチング機能等の身近でわかりやすいものから解説するのがおすすめです。
周知会・勉強会では商標の説明もしておくのを推奨します。
知財業務
出願を含む権利化業務、他社知財のクリアランス・モニタリングなど、この辺りは知財担当者が当然に行う業務です。
これら以外にも突発的に発生するイシューに対応する時間が多くあります。
知財活動の立ち上げ時期では発明発掘がメインの活動になります。
発明発掘は、社内に埋没している発明を発掘して特許出願検討を行う作業です。この作業は特許出願フローを作りながら進めていくと将来的に効率化に繋がります。
知財担当者の採用
特許事務所と社内の知財担当では役割が異なります。
・特許事務所:特許を登録するために尽力する組織
・社内の知財担当:社内で知財の専門知識に基づいて判断をする人
特許事務所と出願人とは構造的に利益が相反します。
出願人は「安くて高品質」な出願を行いたいところですが、特許事務所としては「高価格で低工数」にすると利益率は上がります。
このような構造のため、登録は見込めるが誰も実施しないような発明があった場合に、特許事務所的には出願を進めたい一方で、出願人としては出願を見送るべきという利益相反が発生してしまいます。
このような場合に、社内に知財判断ができる人材がいないと、出願人側が判断できないため、好ましくありません。
そのため、社内で知財の専門知識を持って意思決定できる人材が必要です。
基本的に出願の要否、出願書類や審査対応書類のレビューを行うのは出願人(依頼者側)です。
出願人の立場で検討してくれる特許事務所もありますが、出願人のサービスや、出願人の競合のサービス情報まで把握している特許事務所は数少ないです。
知財活動を本格化するなら、正社員でも副業でもバイトでも良いので知財専任者をジョインさせて特許事務所と自社の知財専門家とが両輪で業務を進められる体制を推奨します。
ただし、特許・商標等の業務経験があり、知財立ち上げ経験があり、かつ自走できる候補者だと年収1000万円を超えます。
さらに、知財担当者は転職の流動性が低く、採用するのは大変です。
(JDオープンから数年たってようやく採用できるというのがザラ)
知財活動初期ではコストパフォーマンス・採用の観点から、副業人材を活用するのを推奨します。(最近は副業希望の知財担当も多くなっています)
人件費ベースで考えれば正社員採用と比べて大幅に節約でき、正社員採用時に契約解除が可能です。
特許庁IP BASEの取材記事で知財担当者の採用コスパについて言及しているので、参考にしてください。
最後に
長々と説明しましたが、正直に言えば知財の専門知識なしに上記のタスクを全て完了するのは非常に困難です。
特に知財戦略の策定や、他社特許の分析は、特許の出願の経験に加えて、ライセンス交渉の経験や特許侵害訴訟の経験がないと薄いものになってしまいます。
それでもやらないよりはやった方が確実に企業の知財力を向上させるのでトライしてみてください。(あとから修正・アップデートは可能です)
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