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遠距離現在 Universal/Remote鑑賞記録 "心当たりあるご親族へ"

先日、国立新美術館で開催中の
遠距離現在 Universal/Remoteを鑑賞してきた。

乃木坂駅から国立新美術館へと続く通路はなんだか海の中にいるような感覚でドキドキした。
照明は控えめで通路は広々としていて、階段とエスカレーターを隔てる大きな壁の上部は波を彷彿とさせる緩やかなカーブになっていた。
エスカレーターで上へ登ると、大きな窓からは太陽の光が優しく降り注いでいた。
深い深い冷たい海の中、太陽の光さえ届かない場所から、初めて太陽の光と暖かさを感じた人魚のような気分になった。
これから観る世界にとても心が踊ったのを覚えている。


4年前、未知のウイルスが広がり世界は混乱した。
コロナの拡大で国の移動はもちろん、人との距離も制限された。
今まで感じづらかった”距離”が、このコロナ禍ではっきりとした形で浮き彫りになったのではないだろうか。
そんなコロナ禍の時代を現代アートで振り返るという展覧会はとても面白かったのと同時にとても難しかった。
そこが現代アートの面白いところだな~と思う。
私が触れたことのない感情や見たことのない世界を見せ、私に無い考えや気づきを与えてくれる現代アートはとても刺激的だ。

その中でも印象的だった作品があった。

ティナ・エングホフ ”心当たりあるご親族へ”

この作品は、孤独死した人の身元引受人を探すための新聞記事に着想を得て、都市に存在する孤独を問いている写真作品だ。

この作品を観た時、正直ゾッとした。
遺体が写っている訳ではないのに明らかに写真からを感じた。
こういった写真を観るのは初めてだった。
フローリングに広がるシミ。シミと一緒についている毛は毛髪だろうか。
亡くなってから確実に数日は経過していることが分かる。

他の写真を観ているうちに私は亡くなってしまった人がどんな人だったのかを考えていた。
”この人はおしゃれが好きな人だったのかな”
”この椅子が家の中で一番落ち着く場所だったのかな”
そんなことを考えながら観る作品は、はじめのゾッとした印象から少し和らいだ印象を感じることができた。
必ずしも孤独な生では無かったのかなと思う。
でも、私は死に際は家族や大切な人たちに見守られながら逝きたいな~と思うばかりです。。。

日本では年々、孤独死する人が増えているそうで社会問題になっている。
その中でコロナ禍となり孤独死する人は急増したそうだ。
そういった背景を知ってから、また作品を見返すと
一体どれだけの人がコロナ禍で孤独な死を迎えたのだろうかと考えさせられるきっかけになった。
コロナによって外出の制限や人との接触が制限され、
一時期は”この街に人は存在するのか?”と思うほど人が街から消えた時期もあった。
若い世代なんかはネットで社会との繋がりを持てていたけれど、
反対にネットに不慣れな高齢者は急に社会との繋がりを絶たれ不安だったのではないだろうか。
やはり、人との繋がりは大事でネットだけの繋がりじゃなく直接会うことの大切さも強く感じる事ができた。
エングホフの作品を観てから”孤独死”や”孤立死”を調べてその問題を少しでも知れたことはとても良かったと思う。
そういった面で現代アートはすごくいい教材だな思った。

END




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