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異なるバックグラウンドを持つ者同士のコミュニケーションは難しいね

自分の偽善に耐えられない溜め息で時を刻んでいる。自分のバックグラウンドや経済的な社会的な位置、教育レベル、生活環境、価値観、それに近い人としか対等にコミュニケーションがとれないんじゃないのか、恐らくは自分の問題で。と考えていた。
どう頑張っても、生理的な嫌悪感や軽蔑が沸き上がってしまうクラスタがある。それは恐らく多くの人が感じるであろう嫌悪感で非常に凡庸なものだ。

具体的には、平気で借金を何度も踏み倒してるような人とか、それを笑って済ます人、働く気を端から持たない人など、
全然自由で良いと思う。笑ってその日その日、楽しく暮らしてるならそれで良いと思う。でも自分には、こういう人らとただ笑って、その日その日、楽しく過ごせないだろうなという感覚がある。
ある種の貧乏性なのかもしれないけど、どうせ生きてるなら日々新しい発見や美しさに触れたくて。もしかしたらその人らにも、そういう活動があるのかもしれないけど、もしかしたら自分の自意識のせいで、見過ごしているのかもしれない。
寂しい。線を引いたのは、私か。あちらか。

相手は私が話を分かってくれる前提で話をしてきて、私もリスペクトをもって聞くんだけど、正直ただ聞いてるだけで、「分かってくれてる」と思われるから、自分の内心とのギャップに軋轢が生じる。分かってないから(笑)
もしかしたら、私も最愛の人にそう思われていたのかもしれない、とか考えていた。



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