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論文まとめ324回目 SCIENCE 二酸化炭素を一酸化炭素に高効率で変換する画期的な新触媒の開発!?など

科学・社会論文を雑多/大量に調査する為、定期的に、さっくり表面がわかる形で網羅的に配信します。今回もマニアックなSCIENCEです。

さらっと眺めると、事業・研究のヒントにつながるかも。
世界の先端はこんな研究してるのかと認識するだけでも、
ついつい狭くなる視野を広げてくれます。


一口コメント

CDK4/6 activity is required during G2 arrest to prevent stress-induced endoreplication
ストレス誘導性のエンドリプリケーションを防ぐためにG2期アレストの間CDK4/6活性が必要である
「細胞がストレスにさらされると、通常は細胞分裂が止まります。しかし長期のストレスでは、DNAを複製した後のG2期から細胞周期を離脱することがわかりました。細胞にはこの4倍体の状態からの増殖を止める安全装置がありますが、がん化した細胞ではその安全装置が壊れ、全ゲノム倍加が起こりやすくなります。驚くべきことに、CDK4/6という酵素がG2期でも活性を保ち続けることで、ストレスによる細胞周期離脱を防いでいたのです。この発見は、細胞周期の不可逆性という従来の概念に疑問を投げかけるものです。」

A single cell atlas of sexual development in Plasmodium falciparum
熱帯熱マラリア原虫の性的発達の1細胞アトラス
「マラリア原虫は蚊と人の体内を行き来しながら、無性生殖と有性生殖を巧みに使い分けて増殖します。人の体内では主に無性生殖で増えますが、蚊に吸血されると一部の原虎が雄雌の生殖細胞になって交配します。この性的発達の仕組みを1細胞レベルで丸ごと解析したところ、無性から有性への切り替えや雄雌の分化を制御する遺伝子発現の変化が明らかになりました。原虫の性の謎に迫る画期的な成果です。」

A blueprint for tumor-infiltrating B cells across human cancers
ヒトのがん組織に浸潤するB細胞の設計図
「がん組織には多様なB細胞が存在し、腫瘍の進展に深く関わっています。この研究では、20種類のがんから採取した大量のB細胞を1細胞レベルで詳細に解析。B細胞は胚中心経路と濾胞外経路の2つの経路で抗体産生細胞へと分化し、濾胞外経路が優勢ながん種では予後不良や免疫療法への抵抗性と関連していました。また、代謝物質であるグルタミン由来の化合物がB細胞の機能に影響を及ぼすことも分かりました。B細胞を標的とした新たながん免疫療法の開発につながる重要な成果です。」

Locally narrow droplet size distributions are ubiquitous in stratocumulus clouds
層積雲における局所的に狭い雲粒径分布の遍在性
「層積雲は地球の気候を冷やす"グローバルな反射板"の役割を果たしています。しかし、雲の中の水滴サイズの分布は均一ではなく、モデルで仮定されているよりも局所的に狭いことが、航空機を使った詳細な観測から明らかになりました。雲の中には似たような水滴サイズの"ポケット"が存在し、それぞれ特徴的な分布の形を示すことがわかったのです。この発見は、雲の物理過程をモデル化する新しい方法の扉を開くものです。」

Human telomere length is chromosome end–specific and conserved across individuals
ヒトテロメア長は染色体末端特異的で個人間で保存されている
「テロメアは染色体の末端にある特殊な配列で、細胞分裂のたびに短くなります。テロメアが短くなりすぎると老化関連疾患につながり、長すぎるとがんのリスクが上がります。新開発の「テロメアプロファイリング」法で147人のテロメア長を調べたところ、染色体ごとに特有の長さがあり、それが新生児の時点で決まっていることがわかりました。個人差はあるものの、染色体ごとの長さの順番は一生変わらないようです。この発見は、テロメア長の制御機構の解明とそれを応用した疾患治療法の開発につながることが期待されます。」

Induction of social contagion for diverse outcomes in structured experiments in isolated villages
孤立した村落における構造化された実験での多様な結果の社会的伝染の誘発
「ホンジュラスの村で大規模な実験を行ったところ、ネットワーク理論に基づいて介入対象者を選ぶと、母子保健に関する知識・態度・行動がより効率的に村全体に広がることがわかりました。友人の友人を介入対象に選ぶ「友情のパラドックス」戦略が有効で、村人の5〜30%に働きかければ全員に働きかけたのと同等の効果が得られました。知識は行動より伝播しやすく、高学歴者はより大きな波及効果を生みました。社会的つながりを賢く利用することで、健康改善の輪を広げられそうです。」

An active, stable cubic molybdenum carbide catalyst for the high-temperature reverse water-gas shift reaction
高温の逆水性ガスシフト反応に活性で安定な立方晶モリブデンカーバイド触媒
「二酸化炭素を有用な化学原料に変換するのは難しい課題でした。今回、モリブデンと炭素からなる立方晶の新触媒を開発。600℃の高温でも二酸化炭素から一酸化炭素への変換効率は100%を維持し、500時間以上も安定に働き続けました。触媒表面への一酸化炭素の弱い吸着と、格子間の酸素原子の存在が高性能の秘密と分かりました。二酸化炭素の有効利用に道を拓く成果です。」


要約

ストレス下でCDK4/6活性がG2期の細胞周期離脱と全ゲノム倍加を防ぐ

https://doi.org/10.1126/science.adi2421

本研究は、ストレス条件下でCDK4/6とCDK2の活性が低下すると、G2期で細胞周期を離脱し、その後ストレスが解消されると再度DNAを複製して全ゲノム倍加が起こることを明らかにしました。CDK4/6とCDK2は通常G1-S期の移行を制御していますが、G2期の維持にも必要であることが示され、細胞周期の不可逆性という概念に異議を唱える発見となりました。G2期からの細胞周期離脱はリボソームストレスによって誘導され、ストレス応答性キナーゼが積極的に関与していました。これらの知見は、がんにおける全ゲノム倍加の高い発生率のメカニズムを説明すると共に、抗がん剤治療の応答性や耐性にも影響を与える可能性があります。

事前情報

  • 異常なDNA量はがん細胞に共通した特徴の一つ

  • 腫瘍の35-40%で全ゲノム倍加(WGD)が起きている

  • WGDはゲノム不安定性、転移、予後不良と関連

  • WGDのメカニズムの一つにエンドリプリケーション(分裂なしに2回のDNA複製)が提唱されている

行ったこと

  • リボソームストレスなどの細胞ストレスがG2期からの細胞周期離脱を引き起こすことを確認

  • ストレス応答性キナーゼ(SAPK)の活性化がG2期離脱を誘導することを発見

  • CDK1とCDK4/6がSAPKによって同時に阻害されると、APC/Cが早期活性化しG2期離脱が起こることを解明

  • ストレス解消後にG2期離脱した細胞が再度S期に入り、全ゲノム倍加を起こすことを実証

検証方法

  • クライオ電子顕微鏡によるγδ TCR-CD3複合体の構造解析

  • ゲルろ過クロマトグラフィーや化学架橋によるオリゴマー状態の解析

  • TCRとCD3をつなぐペプチドを改変した変異体のT細胞活性化アッセイ

分かったこと

  • リボソームストレス、浸透圧ストレス、UV照射などの細胞ストレスがG2期からの細胞周期離脱を引き起こす

  • MAP3K ZAKαとその下流のSAPKの活性化がG2期離脱を誘導する

  • SAPKによるCDK1とCDK4/6の持続的な阻害がG2期でAPC/Cを早期活性化させ細胞周期離脱につながる

  • ストレス解消後にG2期離脱した細胞が再度S期に入ることで全ゲノム倍加が起こる

  • このメカニズムはp53非依存的に機能する

この研究の面白く独創的なところ

  • CDK4/6の新たな役割としてG2期の維持に関わることを発見した点

  • 細胞周期の不可逆性という従来の概念に疑問を投げかける結果を得た点

  • 細胞ストレス応答とWGDを分子レベルで結びつけたメカニズムを提示した点

  • p53変異細胞でのSAPKを介したWGD経路を新たに示した点

この研究のアプリケーション

  • CDK4/6阻害剤などの抗がん剤の治療応答性や耐性メカニズムの理解に役立つ可能性

  • 老化関連ストレスを介したゲノム不安定性の蓄積メカニズムの解明に発展し得る

  • WGDを標的とした新規抗がん治療法の開発につながる可能性

著者と所属
Connor McKenney, Yovel Lendner, Sergi Regot, (Johns Hopkins University School of Medicine)

詳しい解説
本研究は、細胞周期の制御において重要な役割を果たすCDKの新たな働きを明らかにしました。CDK4/6とCDK2は、G1期からS期への移行を制御することが知られていましたが、本研究ではこれらの酵素がG2期の維持にも必須であることが示されました。驚くべきことに、リボソームストレスなどの細胞ストレス下では、SAPKがCDK1とCDK4/6を持続的に阻害することで、G2期から細胞周期を離脱させることがわかったのです。
この発見は、「細胞周期の進行は不可逆的で、一度S期に入れば分裂せざるを得ない」という従来の概念を覆すものです。G2期の細胞は、ストレス下ではCDKの活性低下によって細胞周期を離脱し、ストレスが解消されると再びS期に入ることができるのです。つまり、DNAを複製した後でも、環境次第で細胞周期の離脱と再開が可能なのです。
さらに重要なことに、このメカニズムを経てG2期離脱した細胞が再度S期に入ると、DNAが2回複製されて全ゲノム倍加(WGD)が起こることが明らかになりました。WGDはがんの進展や悪性化に深く関わっていますが、その詳細なメカニズムは不明な点が多く残されていました。本研究は、細胞ストレス応答とWGDを分子レベルで結びつける経路を提示したと言えます。
特筆すべきは、このWGD誘導経路がp53の機能喪失した細胞でも起こり得ることです。p53変異はほとんどのがんに共通して見られる特徴ですが、本研究の結果は、p53変異細胞がストレス下でWGDを引き起こしやすいことを示唆しています。
本研究の知見は、がんの悪性化メカニズムの理解を大きく前進させるものです。また、CDK4/6阻害剤などの抗がん剤の効果や耐性メカニズムを考える上でも重要な示唆を与えてくれます。ストレス条件下ではCDK4/6阻害がWGDを誘導する可能性があり、治療効果に影響を及ぼす可能性が考えられます。
さらに、老化に伴うストレス応答とWGDの関係など、本研究から派生する研究テーマも多岐にわたります。ストレスシグナルを介したWGDが、老化細胞のゲノム不安定性の蓄積に寄与している可能性も大いに考えられるでしょう。
本研究は、細胞周期制御の新たな側面を明らかにしただけでなく、がんの理解と治療を大きく前進させる重要な一歩となったと言えます。今後のさらなる展開が大いに期待される研究成果だと言えるでしょう。


熱帯熱マラリア原虫の性的発達を1細胞レベルで網羅的に解析

https://doi.org/10.1126/science.adj4088

本研究では、熱帯熱マラリア原虫の無性生殖から有性生殖への切り替えと、雄雌の生殖細胞への分化の過程を、1細胞RNA-seqを用いて網羅的に解析した。その結果、無性生殖から有性生殖へのコミットメントに関わる遺伝子発現の変化や、雄雌それぞれに特異的な遺伝子発現モジュールが明らかになった。また、実際の患者から採取した原虫を解析したところ、培養株とは異なる予想外の細胞集団や、株間の遺伝子発現の違いも見出された。本研究で得られた膨大な1細胞トランスクリプトームのアトラスは、マラリア原虫の性的発達の仕組みの理解を大きく前進させるリソースになると期待される。

事前情報

  • マラリア原虫は蚊と人の体内を行き来しながら、無性生殖と有性生殖を使い分けて増殖する

  • 人体内の無性生殖から蚊体内の有性生殖へのスイッチが感染の鍵を握る

  • 有性生殖では一部の原虫が雄雌の生殖細胞に分化し、蚊の体内で受精する

  • マラリア原虫の性的発達の分子メカニズムは不明な点が多い

行ったこと

  • 熱帯熱マラリア原虫の実験室株を用いて、無性生殖から有性生殖への切り替えの過程を経時的にサンプリング

  • 1細胞RNA-seqによって、各発達段階の原虫から37,000以上の細胞のトランスクリプトームを取得

  • マリ共和国の感染者4名から採取した原虫のトランスクリプトームも同様に解析

  • ショートリードとロングリード、両方のシーケンスを行い統合的に解析

検証方法

  • セルレンジャーを用いたリードのマッピングとカウント行列の作成

  • Seuratを用いた細胞のクラスタリングとUMAP次元削減

  • scmapを用いた既存のRNA-seqデータとのマッピングによる細胞クラスタの同定

  • tradeSeqとMASTを用いた擬時間に沿った遺伝子発現変化の解析

  • souporcellを用いた感染者内の原虫株の同定

  • DEXseqを用いたエキソン使用量の変化の検出

分かったこと

  • 無性生殖から有性生殖へのコミットメント時に特異的な遺伝子発現変化が起こる

  • 雄雌の生殖細胞分化では、性特異的な遺伝子発現モジュールが働く

  • 感染者由来の原虫には、培養株には見られない予想外の細胞集団が存在した

  • 感染者内の異なる原虫株の間で、宿主との相互作用に関わる遺伝子の発現に違いがあった

  • ロングリード解析から、エキソン使用量の性特異的な変化が明らかになった

  • 培養株と感染者由来の原虫を統合した包括的な1細胞アトラスが構築された

この研究の面白く独創的なところ

  • マラリア原虫の全生活環を1細胞レベルで丸ごと解析した点

  • 培養株だけでなく感染者由来の原虫も解析し、自然感染における多様性を明らかにした点

  • ショートリードとロングリードの両方のシーケンスデータを統合的に活用した点

  • 原虫の性的発達過程の遺伝子発現制御に新たな洞察を与えた点

この研究のアプリケーション

  • マラリア原虫の感染/伝播機構の理解に役立つ基盤情報

  • 原虫の性的発達を標的とした新規のマラリア伝播阻止法の開発に活用できる

  • 感染者内の原虫集団の解析から、より自然に近い病態モデルの構築につながる

  • 他の寄生虫などの性的生殖の研究にも応用可能な解析手法

著者と所属
Sunil Kumar Dogga, Jesse C. Rop, Juliana Cudini, Elias Farr, Antoine Dara, Dinkorma Ouologuem, Abdoulaye A. Djimdé, Arthur M. Talman, Mara K. N. Lawniczak (ウェルカム・サンガー研究所、マラリア研究トレーニングセンター、バマコ大学)

詳しい解説
マラリアは世界で年間2億人以上が罹患し、60万人以上が死亡する感染症です。原因となるマラリア原虫は、ハマダラカという蚊によって媒介され、蚊と人の体内を行き来しながら巧妙に増殖していきます。人の体内では主に赤血球内で無性生殖によって分裂増殖し、ある時点で一部の原虫が雄雌の生殖細胞である配偶子に分化します。それらの配偶子が蚊に吸血されると、蚊の体内で受精して新たな感染環を形成するのです。
つまり、マラリア原虫の無性生殖から有性生殖へのスイッチが、感染の成立と拡大の鍵を握っていると言えます。しかしながら、その性的発達の過程で原虫内でどのような遺伝子発現の変化が起こっているのかは、これまで十分には分かっていませんでした。マラリア原虫のゲノムは解読されているものの、性的発達に関わる遺伝子の多くは機能未知のままだったのです。
そこで本研究では、近年発展めざましい1細胞RNA-seq技術を駆使して、マラリア原虫の性的発達過程を丸ごと解析することに挑みました。実験室で培養した熱帯熱マラリア原虫を、無性生殖から有性生殖へと切り替わる過程で経時的にサンプリングし、各時点の原虫から1細胞ごとに RNA を抽出してシーケンスしたのです。さらに、実際のマラリア患者から採取した原虫のRNA も同様に解析し、培養株と自然感染株の比較も行いました。
その結果、無性生殖から有性生殖へのコミットメント時に特異的に発現が変化する遺伝子群が同定されました。AP2-G や Pfs16 など、有性生殖への切り替えに重要だと知られていた因子に加え、新たな制御因子の候補も多数見出されたのです。また、雄雌の生殖細胞への分化の過程でも、それぞれに特異的な遺伝子発現モジュールが働くことが分かりました。特に雄では精子形成に、雌では蚊体内での受精後の発生に必要な遺伝子群の発現が亢進していました。
さらに驚くべきことに、感染者由来の原虫からは、培養株では見られないような予想外の細胞集団が検出されました。正準的な雄雌の配偶子とは異なり、全体的な遺伝子発現量が極端に低い「低発現型」の配偶子が存在したのです。感染者ごとに複数の原虫株が混在している中で、これらの低発現型配偶子は株を超えて共通に見られたことから、原虫の加齢に伴う現象なのかもしれません。また感染者内の異なる原虫株の間では、宿主との相互作用に関わる遺伝子の発現に違いがあることも見出されました。このような株間の表現型の多様性は、原虫の感染力や病原性の違いに関与している可能性があります。
本研究で得られた知見は、マラリア原虫の性的発達過程の分子基盤を理解する上で極めて重要です。原虫の性的生殖を人為的に制御できれば、マラリアの伝播を食い止める新たな予防戦略につながるかもしれません。また、実際の感染者内で起こっている原虫の多様性を考慮に入れることで、より自然に即した病態解析や創薬研究が可能になると期待されます。
ここで構築された1細胞トランスクリプトームのアトラスは、マラリア研究者にとって非常に有用なリソースとなるでしょう。集められたデータはウェブサイト上で公開され、インタラクティブに探索できるようになっています。もちろん、本研究で明らかになった疑問点も数多く残されています。たとえば、低発現型配偶子が本当に感染力を持つのか、株間の発現の違いがどのように表現型の多様性を生むのかなど、今後の研究の発展が大いに期待されるところです。
マラリアは人類にとって大きな脅威であり続けていますが、原虫の基礎生物学に関する理解が深まることは、いずれ新たな防除戦略の開発につながるはずです。本研究はそのための確かな一歩を踏み出したと言えるでしょう。ここから見えてきた原虫の性の謎を解き明かす道のりは、まだまだ長く険しいかもしれません。しかし、1細胞解析という強力な武器を手にした今、私たちはかつてないほど原虫の生き様に肉薄しつつあるのです。


がん組織に浸潤するB細胞の多様性と機能を解明し、免疫療法への応用の可能性を示した

https://www.science.org/doi/10.1126/science.adj4857

本研究では、20種類のがんから採取した269人の患者の474,718個のB細胞について、1細胞レベルのRNA発現、B細胞受容体、クロマチンアクセス性を統合的に解析し、がん組織に浸潤するB細胞の多様性と可塑性を明らかにした。B細胞は胚中心(GC)経路と濾胞外(EF)経路の2つの独立した経路で抗体産生細胞へと分化し、がんの種類によってどちらかの経路が優勢であった。EF経路優位のがんは予後不良や免疫療法への抵抗性と関連していた。また、EF経路の機能不全はグルタミン由来の代謝物質によるエピゲノムと代謝の相互作用に関わっており、T細胞による免疫抑制プログラムを促進していた。本研究は、がん組織内でのEF経路とGC経路のバランスの重要性を示すとともに、B細胞を標的とした免疫療法の可能性を示唆するものである。

事前情報

  • 腫瘍組織に浸潤するB細胞は、がん免疫において多様な役割を担っている

  • B細胞は抗体産生を通じて免疫応答を mediateするが、がんの種類によって時空間的に機能が異なる

  • B細胞の存在量や分化状態を解析することは、がん免疫療法の改善に役立つ可能性がある

行ったこと

  • 20種類のがんの患者269人から、腫瘍、リンパ節転移、隣接正常組織、末梢血を採取し、1細胞RNAシーケンスを実施

  • 公開データも統合し、バッチ効果を補正した後、20種類のがんから474,718個のB細胞の遺伝子発現データを取得

  • 遺伝子発現に加えて、B細胞受容体のシーケンスとクロマチンアクセス性の情報も統合し解析

  • B細胞の空間的な局在を三次リンパ組織(TLS)の成熟度に応じて解析し、B細胞の分化を制御する因子を探索

検証方法

  • 1細胞RNA-seq、B細胞受容体シーケンス、1細胞ATACシーケンスによる多層的な解析

  • 計算科学的な手法による胚中心経路と濾胞外経路の同定と検証

  • 免疫組織化学染色によるB細胞サブセットの空間的な局在解析

  • グルタミン由来代謝物の濃度を操作した in vitro 実験

分かったこと

  • B細胞と形質細胞は15と10のサブセットに分類され、著しい異質性を示した

  • 抗体産生細胞への分化は、胚中心(GC)経路と濾胞外(EF)経路の2つの経路を介して起こり、がんの種類によって経路の偏りがみられた

  • EF経路が優勢ながん種は、免疫応答の異常や予後不良と関連していた

  • EF経路の主な前駆細胞である異型メモリーB細胞は、疲弊した傍観者様の表現型を示し、GC経路とは独立に分化する

  • グルタミン由来の代謝物αケトグルタル酸が、EF関連転写因子の発現を誘導し、mTORC1シグナルの活性化を介して異型メモリーB細胞の分化を促進する

  • 異型メモリーB細胞は、抗腫瘍T細胞応答を抑制し、免疫抑制微小環境を形成する

研究の面白く独創的なところ

  • ヒトの20種類ものがんを対象に、B細胞の設計図を初めて包括的に解明した点

  • 1細胞の遺伝子発現、B細胞受容体、エピゲノムの情報を統合することで、B細胞の可塑性と多様性を多角的に理解した点

  • GC経路とEF経路の2つの抗体産生経路を計算科学的に同定し、がん種による偏りと予後への影響を明らかにした点

  • グルタミン代謝と mTORC1シグナルを介した異型メモリーB細胞の分化制御という新しいメカニズムを見出した点

この研究のアプリケーション

  • EF経路が優位ながんを同定することで、予後不良患者や免疫療法不応答患者を層別化

  • 異型メモリーB細胞の分化や免疫抑制機能を阻害する新たな治療ターゲットの提案

  • 代謝や mTORC1シグナルを標的とすることで、異型メモリーB細胞を制御しT細胞応答を増強

  • B細胞サブセットに特異的な表面マーカーを利用した、B細胞を標的としたがん免疫療法の開発

著者と所属
Jiaqiang Ma, Yingcheng Wu, Lifeng Ma, Xupeng Yang, Tiancheng Zhang, Guohe Song, Teng Li, Ke Gao, Xia Shen, Qiang Gao (Institute for Hepatology, National Clinical Research Center for Infectious Disease, Shenzhen Third People's Hospital, The Second Affiliated Hospital)

詳しい解説
本研究は、ヒトの様々ながんにおけるB細胞の多様性と機能的な可塑性を、これまでにない規模と解像度で解き明かした画期的な成果です。がん組織には多様なB細胞サブセットが存在し、腫瘍の進展や免疫応答に深く関わっていることが知られていましたが、その全容は不明でした。研究チームは、20種類ものがんから採取した大量のB細胞を1細胞レベルで詳細に解析することで、B細胞の設計図とも言えるアトラスを作成しました。B細胞は15種類、形質細胞は10種類のサブセットに分けられ、著しい異質性が明らかになりました。
さらに、抗体を産生する形質細胞へと分化する過程には、胚中心(GC)経路と濾胞外(EF)経路の2つの経路があることを発見しました。計算科学的な手法を駆使することで、これら2つの経路を独立に同定し、がんの種類によっては特定の経路が優勢になることを突き止めました。大腸がんは GC経路、肝臓がんはEF経路が優勢な代表的ながんであり、EF経路が優位ながん種では、免疫応答の異常や予後不良との関連が認められました。
EF経路の主な前駆細胞である異型メモリーB細胞は、疲弊して傍観者のような表現型を示し、GC経路とは独立に分化することも分かりました。異型メモリーB細胞の分化には、グルタミン由来の代謝物質であるαケトグルタル酸が関与しており、B細胞関連の転写因子発現を誘導し、mTORC1シグナル伝達の活性化を介して異型メモリーB細胞への分化を促進していました。その結果、異型メモリーB細胞は抗腫瘍T細胞応答を抑制し、免疫抑制微小環境の形成に寄与することが示唆されました。
本研究は、B細胞のサブセットや分化経路の多様性を包括的に理解する基盤を提供するだけでなく、それらががん免疫応答に及ぼす影響についても重要な洞察を与えてくれます。EF経路の活性化は免疫療法への抵抗性とも関連することから、EF経路優位のがんを同定することで、治療法の最適化が可能になるかもしれません。また、異型メモリーB細胞の分化や機能を阻害する新たな治療ターゲットとしても期待できます。今後は、本研究で得られた知見を基に、B細胞を標的としたがん免疫療法の開発が加速していくことが期待されます。B細胞の多様性と可塑性を理解し、それを巧みに制御することができれば、より効果的で持続的ながん免疫応答の実現につながるかもしれません。


層積雲中の局所的な雲粒径分布は予想よりも狭く、不均一である

https://doi.org/10.1126/science.adi5550

本研究では、航空機を用いて層積雲内の離散的な雲の体積を計測し、雲粒径分布がセンチメートルスケールで予想よりも狭く、雲全体の平均とは異なることを発見した。局所的な分布は、それぞれ特徴的な形状を持ち、程度の異なる希釈を受けた類似の"ポケット"を形成する傾向があった。この観測結果は、微物理過程のモデル化に新たな表現方法をもたらす。

事前情報

  • 現在の全球気候モデル(GCM)では、雲粒径分布を広い範囲の平均としてガンマ分布でパラメータ化している

  • 雲粒から雨粒への移行などの微物理過程の平均的な表現は、気候予測の不確実性の一因となっている

行ったこと

  • デジタルホログラフィを用いて、層積雲内の離散的な雲の体積を計測

  • 局所的な雲粒径分布の形状と、雲全体の平均との比較を行った

検証方法

  • 航空機を用いた層積雲内の直接計測

  • デジタルホログラフィによる雲粒径分布の高解像度での観測

分かったこと

  • 雲粒径分布はセンチメートルスケールでは予想よりも狭く、雲全体の平均とは異なる

  • 局所的な分布は特徴的な形状を持ち、程度の異なる希釈を受けた"ポケット"を形成する

  • 現在のGCMで仮定されているような広い範囲の平均的なガンマ分布には当てはまらない

この研究の面白く独創的なところ

  • 高解像度のデジタルホログラフィを用いて、層積雲内部の局所的な雲粒径分布を直接観測した点

  • 雲粒径分布が局所的に予想よりも狭く、雲全体の平均とは異なることを発見した点

  • 類似した分布の形状を持つ"ポケット"の存在を明らかにした点

この研究のアプリケーション

  • 雲の微物理過程のモデル化に新たな表現方法を提供

  • より現実的な雲粒径分布の表現による、気候モデルの精度向上への貢献

  • 雲の放射効果のより正確な見積もりへの応用

著者と所属

Nithin Allwayin (Michigan Technological University), Michael L. Larsen (College of Charleston), Susanne Glienke (Leibniz Institute for Tropospheric Research), Raymond A. Shaw (Michigan Technological University)

詳しい解説

この研究は、層積雲内の雲粒径分布の局所的な構造を、航空機観測とデジタルホログラフィを用いて高解像度で明らかにしたものです。層積雲は、地球の気候システムにおいて重要な役割を果たしています。暗い海洋表面と対照的な明るい雲は、太陽放射を反射することで地球を冷やす効果を持っています。しかし、この冷却効果の大きさには不確実性が残されており、その一因が雲粒から雨粒への移行などの微物理過程の表現にあると考えられてきました。
現在の全球気候モデル(GCM)では、雲粒径分布を雲全体で平均化された広い範囲のガンマ分布としてパラメータ化しています。しかし、この研究チームは、層積雲内の離散的な体積を直接計測することで、雲粒径分布が局所的には予想よりも狭く、雲全体の平均とは異なることを発見しました。
航空機に搭載したデジタルホログラフィ装置を用いることで、センチメートルスケールでの雲粒径分布の高解像度観測が可能になりました。その結果、局所的な分布は特徴的な形状を持ち、程度の異なる希釈を受けた類似の"ポケット"を形成する傾向があることが明らかになったのです。これらの観測結果は、GCMで仮定されているような広い範囲の平均的なガンマ分布には当てはまらないことを示しています。
この発見は、雲の微物理過程のモデル化に新たな表現方法をもたらすものです。より現実的な雲粒径分布の表現は、気候モデルの精度向上に貢献すると期待されます。また、雲の放射効果のより正確な見積もりにも応用できるでしょう。
層積雲は地球の気候に大きな影響を与えていますが、その内部構造には未だ不明な点が多く残されています。この研究は、雲粒径分布の局所的な特徴を高解像度で捉えることで、雲の微物理過程の理解を深める重要な一歩となったと言えるでしょう。今後のさらなる観測とモデル化の進展が期待されます。


ヒトのテロメア長は染色体末端ごとに異なり、個人間で保存されている

https://doi.org/10.1126/science.ado0431

本研究では、ナノポアシーケンシングを用いた新手法「テロメアプロファイリング」を開発し、ヒトのテロメア長を1塩基に近い分解能で解析しました。その結果、テロメア長は染色体末端ごとに異なる分布を示し、最大で6kb以上の差があることがわかりました。147人の解析から、特定の染色体末端は常に長いまたは短い傾向にあり、新生児の臍帯血でも同じ順位が見られたことから、テロメア長は出生時に決定され、加齢に伴う短縮の過程でも染色体特異的な差が維持されることが示唆されました。テロメアプロファイリングにより、テロメア長の精密な研究が広く可能になり、テロメア生物学への深い洞察が得られると期待されます。

事前情報

  • テロメアは染色体末端の反復配列で、細胞分裂のたびに短縮する

  • テロメアが短くなりすぎると老化関連疾患につながる

  • 一方、テロメアが長すぎるとがんに関与する

  • テロメア長の制御メカニズムは不明な点が多い

行ったこと

  • ナノポアシーケンシングを用いたテロメアプロファイリング法を開発

  • 染色体末端へのテロメアリードのマッピングにより、染色体特異的な長さ分布を解析

  • 147人のテロメア長を調べ、特定の染色体末端が一貫して長いまたは短い傾向を発見

  • 新生児の臍帯血でも同じ順位が見られ、テロメア長が出生時に決まることを示唆

検証方法

  • ナノポアシーケンシングによる高分解能のテロメア長測定

  • 染色体末端へのシーケンスリードのマッピング

  • 多数のサンプルの解析による再現性の確認

  • 新生児サンプルとの比較による加齢に伴う変化の検証

分かったこと

  • テロメア長は染色体末端ごとに大きく異なり、最大6kb以上の差がある

  • 特定の染色体末端は一貫して長いまたは短い傾向にある

  • この染色体特異的なテロメア長の順位は個人間で保存されている

  • 新生児でも同じ順位が見られ、テロメア長は出生時に決定される

  • 加齢に伴うテロメア短縮の過程でも、染色体特異的な長さの差は維持される

この研究の面白く独創的なところ

  • 1塩基に近い分解能でテロメア長を測定できる新手法を開発した点

  • 染色体末端ごとに異なるテロメア長の分布を明らかにした点

  • テロメア長が出生時に決まり、個人間で保存されていることを発見した点

  • 従来の一様なテロメア長制御モデルに疑問を投げかける結果を示した点

この研究のアプリケーション

  • テロメア長の精密な研究を広く可能にし、テロメア生物学の理解を深める

  • テロメア関連疾患の発症メカニズムの解明につながる可能性

  • テロメア長を標的とした疾患の診断や治療法の開発に役立つ

  • 創薬におけるテロメア長の評価に応用できる

著者と所属
Kayarash Karimian, Vienna Huso, Carol W. Greider (Johns Hopkins University School of Medicine)

詳しい解説
本研究は、ヒトのテロメア長が染色体末端ごとに異なることを初めて明らかにした画期的な成果です。テロメアは染色体の末端に存在する反復配列で、細胞分裂のたびに短くなっていきます。テロメアが過度に短くなると細胞の老化や age-related diseaseにつながる一方、テロメアが長すぎるとがんの発生に関与することが知られています。したがって、テロメア長の適切な制御は健康の維持に非常に重要です。
しかし、テロメア長がどのように制御されているのかについては不明な点が多く残されていました。これまでの研究から、テロメア長は一様に制御されており、すべての染色体末端で同じ長さに保たれていると考えられてきました。ところが本研究では、新たに開発したナノポアシーケンシングによる「テロメアプロファイリング」法を用いて、テロメア長を1塩基に近い分解能で解析したところ、驚くべき事実が明らかになったのです。
解析の結果、テロメア長は染色体末端ごとに大きく異なる分布を示し、最大で6kbを超える差があることがわかりました。さらに、147人ものサンプルを調べたところ、特定の染色体末端は一貫して長いまたは短い傾向にあり、その順位は個人間で保存されていたのです。つまり、テロメア長には染色体特異的なパターンがあり、それが集団レベルで維持されているということです。
さらに驚くべきことに、この染色体特異的なテロメア長の順位は、新生児の臍帯血でも同じように観察されました。このことから、テロメア長の染色体間差は出生時にすでに決定されており、その後の人生で加齢に伴って全体的に短くなっていく過程でも、その差が維持されることが強く示唆されたのです。
本研究の発見は、テロメア長が一様に制御されているという従来のモデルに疑問を投げかけるものです。染色体末端ごとに異なるテロメア長が規定されており、それが個人のゲノムに組み込まれていることを考えると、まだ解明されていないテロメア長制御の仕組みが存在することは間違いありません。
この染色体特異的なテロメア長制御の分子メカニズムを解明することは、今後の重要な研究課題の一つでしょう。それによって、テロメア短縮に起因する老化関連疾患や、テロメア伸長に関わるがんなどの発症メカニズムの理解が飛躍的に深まることが期待されます。さらには、テロメア長を標的とした新たな診断法や治療法の開発にもつながる可能性があります。
本研究で開発されたテロメアプロファイリング法は、そうした研究を大きく前進させる強力なツールとなるはずです。この方法によって、これまで困難だった個人レベルでのテロメア長の精密な評価が可能になります。がんなどの疾患リスクの予測や、抗老化療法の効果判定など、幅広い応用が考えられます。
また、このような高分解能のテロメア長データは、創薬の分野でも大きな意味を持つでしょう。テロメア長に影響を与える化合物のスクリーニングや、副作用の評価など、より精度の高い解析が可能になります。
本研究は、テロメア生物学に新たな知見をもたらしただけでなく、関連分野の研究や医療応用を大きく前進させる重要な一歩となったと言えます。今後のさらなる展開が大いに期待される成果だと言えるでしょう。


構造化された実験で多様な結果の社会的伝染を誘発

https://doi.org/10.1126/science.adi5147

本研究は、ホンジュラスの176の村で24,702人を対象に行った大規模なランダム化比較試験である。友情のパラドックスに基づくネットワーク・ターゲティング法を用いて、村の5〜100%の世帯を無作為に選び、22ヶ月間の母子保健教育介入を行った。その結果、友人の友人を介入対象に選ぶ方が、無作為に選ぶよりも効率的に知識・態度・行動の改善効果が村全体に広がった。この効果は介入対象の割合に応じて変化し、結果の種類によって必要な割合は異なった。個人レベルで採用しやすい結果ほど、個人間でも伝播しやすかった。知識は行動より伝播しやすく、高学歴者はより大きな波及効果を生んだ。外的教育介入の効果は2次接続先(友人の友人)まで及んだ。

事前情報

  • 人々の思考・感情・行動は、社会的につながる相手からの影響を受けやすい

  • ネットワーク構造と機能の理解により、社会的伝染を利用した介入が可能に

  • 介入対象者の選定には、ネットワーク構造のマッピングが必要だが、コストと時間がかかる

行ったこと

  • 176の村の24,702人を対象に、世帯単位で介入対象割合(0〜100%)とターゲティング法(無作為 vs 友情のパラドックス)を無作為に割り当てるランダム化比較試験を実施

  • 介入対象世帯に22ヶ月間の母子保健教育を行い、2年後に全世帯で117の知識・態度・行動の指標を測定

  • 世帯レベルでの指標採用の変化を分析し、介入の1次効果と2次効果(社会的伝染)を評価

検証方法

  • 村レベルで介入割合を変えて、ターゲティング法による指標採用率を比較

  • 世帯レベルの一般化線形モデルで、33の指標への介入の1次効果を評価

  • より接続の多い対象を選ぶ友情のパラドックス法の効率性を、無作為法と比較

  • 指標の種類(知識・態度・行動)や採用のしやすさ、対象者の学歴による効果の違いを分析

  • ネットワーク上の測地距離に応じた介入の波及効果を分析

分かったこと

  • 友情のパラドックス法で介入対象を選ぶと、母子保健指標の改善がより効率的に村全体に広がる

  • この効果には閾値があり、指標の種類によって必要な介入割合が異なる

  • 個人レベルで採用しやすい指標ほど、個人間でも伝播しやすい

  • 知識は態度や行動より伝播しやすく、行動変容には高い介入割合が特に有効

  • 高学歴者を介入対象にすると、非対象者への波及効果がより大きい

  • 外的教育介入の効果は、2次接続先(友人の友人)まで及ぶ

この研究の面白く独創的なところ

  • 多様な指標で社会的伝染の度合いを実験的に変化させ、閾値効果を実証した点

  • 個人レベルの採用のしやすさと社会的伝染の大きさの関係を117指標で定量評価した点

  • 高学歴者が非対象者への波及効果を高めることを示した点

  • ネットワーク・マッピング無しに介入対象を効率的に選べる実践的な方法を開発した点

この研究のアプリケーション

  • 公衆衛生や経済発展の取り組みで、社会的伝染を利用した介入の効果を高められる

  • ネットワーク・マッピングが難しい状況でも、friendship paradox法で効率的な介入対象選定が可能

  • 指標の種類に応じて必要な介入割合を調整することで、資源を節約しつつ効果を最大化できる

  • 介入対象者の属性(学歴等)を考慮することで、非対象者への波及効果をさらに高められる

著者と所属
Edoardo M. Airoldi (Westlake University)、Nicholas A. Christakis (Yale University)

詳しい解説
本研究は、人々の社会的つながりが健康関連の知識・態度・行動の伝播にどのように影響するかを、大規模なフィールド実験で検証した画期的な研究です。176のホンジュラスの村で2万人以上を対象に、ネットワーク理論に基づく介入対象者の選定法を無作為に割り当て、母子保健教育の22ヶ月介入を行いました。 従来、ネットワークを介した介入では、事前にネットワーク構造全体をマッピングする必要がありましたが、コストと手間がかかるため実践的ではありませんでした。本研究で用いられた「友情のパラドックス」に基づく方法は、ランダムに選んだ人の友人をさらにランダムに選ぶだけでネットワーク上の中心的な人を効率的に選べるため、マッピング無しで実施できます。 分析の結果、この方法で介入対象を選ぶと、無作為に選ぶ場合に比べて、117の健康関連指標のうち34指標で統計的に有意に効率的な改善効果の波及が見られました。興味深いことに、この効果の大きさは指標の種類によって異なり、個人レベルで採用されやすい指標ほどネットワークを介した伝播も起こりやすいことがわかりました。知識は態度や行動より伝播しやすく、行動変容を促すにはより高い割合の介入が必要でした。 また、対象者の学歴が高いほど、非対象者への波及効果が大きくなることも明らかになりました。介入の効果は直接の対象者だけでなく、2次接続先(友人の友人)にまで及ぶことも確認されました。 本研究は、公衆衛生や経済発展の取り組みにおいて、社会的つながりを賢く利用することで介入の効果を格段に高められることを実証しました。資源の限られた状況でも、ネットワーク構造を直接マッピングせずに影響力の大きい対象者を選べる実践的な方法を提供した点で、社会的インパクトは大きいと言えるでしょう。 個人レベルの採用のしやすさとネットワークを介した伝播の関係を100以上の指標で定量的に示したことで、介入のターゲットとなる指標の性質に応じて必要な介入量を調整する指針も得られました。対象者の属性による波及効果の違いの知見は、限られた資源でより大きな効果を生むターゲティング法の開発にもつながると期待されます。 本研究の社会的ネットワークを活用した介入アプローチは、健康以外の分野にも応用できる可能性を秘めています。うまく活用することで、イノベーションの効率的な普及や社会規範の変革など、社会の仕組みづくりに大きく役立つかもしれません。人々のつながりが織りなす複雑なネットワークのメカニズムのさらなる解明が進むことで、よりよい社会づくりに一層貢献していくことでしょう。


二酸化炭素を一酸化炭素に高効率で変換する画期的な新触媒の開発

https://doi.org/10.1126/science.adl1260

本研究は、二酸化炭素(CO2)を一酸化炭素(CO)に還元する高性能な新触媒の開発に成功した。新触媒は立方晶のモリブデンカーバイド(α-Mo2C)で、簡便でスケーラブルな方法で合成できる。この触媒は600℃の高温でCO2をCOに100%の選択性で変換し、高い空間速度での500時間以上の連続反応でも初期の平衡転化率を維持した。高い活性、選択性、安定性の理由を、結晶学的な相の純度、CO-Mo2Cの弱い相互作用、格子間酸素原子の存在に帰属した。反応機構の研究と密度汎関数理論(DFT)計算から、この反応が水素補助の酸化還元機構で進行することを明らかにした。

事前情報

  • CO2の還元によるCO生成は技術的に有望だが、経済的な課題がある

  • 安価で活性、選択性、安定性に優れた触媒が不足している

  • Mo2Cは逆水性ガスシフト反応の触媒として知られているが、立方晶(α相)の報告は少ない

行ったこと

  • スケーラブルな方法でナノ結晶のα-Mo2Cを合成

  • 600℃の高温高空間速度条件下、500時間以上の長期耐久試験を実施

  • 種々のキャラクタリゼーションと密度汎関数理論(DFT)計算で触媒の構造と反応機構を解析

検証方法

  • 粉末X線回折、ラマン分光、X線光電子分光による触媒のキャラクタリゼーション

  • 透過型電子顕微鏡(TEM)とエネルギー分散型X線分光(EDS)による微細構造解析

  • 昇温還元(TPR)と昇温脱離(TPD)による表面特性評価

  • 流通式反応器を用いた触媒活性と安定性の評価

  • 密度汎関数理論(DFT)計算による反応機構の解明

分かったこと

  • ナノ結晶のα-Mo2Cが高い触媒活性と長期安定性を示す

  • 高い活性の理由は結晶学的相の純度と弱いCO-Mo2C相互作用

  • 格子間酸素原子の存在が高い選択性に寄与

  • 反応は水素補助の酸化還元機構で進行する

  • 触媒表面の酸化状態と格子欠陥が活性点として重要

この研究の面白く独創的なところ

  • CO2の100%変換を600℃で実現した点

  • 500時間以上の長期安定性を確認した点

  • 相純度、表面相互作用、格子間原子の観点から高性能の理由を説明した点

  • オペランド分析とDFT計算を活用して触媒の構造と反応機構を多角的に解明した点

この研究のアプリケーション

  • CO2の資源化による炭素循環型社会の実現

  • 合成ガスを経由した各種化学品や燃料の製造

  • 発電所や工場からのCO2排出量の削減

  • 他の金属カーバイド触媒の開発指針

著者と所属
Milad Ahmadi Khoshooei, Xijun Wang, Gerardo Vitale, Filip Formalik, Kent O. Kirlikovali, Randall Q. Snurr, Pedro Pereira-Almao, Omar K. Farha (ノースウェスタン大学、カルガリー大学)

詳しい解説
二酸化炭素(CO2)は地球温暖化の主要因ですが、同時に炭素資源としても注目されています。CO2を一酸化炭素(CO)に還元できれば、合成ガスを経由して各種化学品や燃料を製造できます。しかし、CO2は化学的に安定なため、効率的な還元は容易ではありません。特に工業的に重要な逆水性ガスシフト反応(CO2 + H2 → CO + H2O)では、600℃以上の高温が必要で、触媒の活性と安定性が課題でした。
本研究では、ナノ結晶の立方晶モリブデンカーバイド(α-Mo2C)が、この反応に理想的な触媒であることを発見しました。α-Mo2Cは塩化物の還元という簡便な方法で合成でき、工業的に製造しやすいのが利点です。驚くべきことに、この触媒は600℃でCO2をCOに100%選択的に変換し、500時間以上の連続反応でも活性が低下しませんでした。
研究チームは最先端の分析手法を駆使して、α-Mo2Cの優れた性能の理由を探りました。まず高い活性の鍵は、不純物のない立方晶の結晶構造にあると分かりました。また表面へのCOの吸着が弱いことも活性に有利に働いていました。一方、格子間に入り込んだ酸素原子がCOへの選択性を高めていると考えられます。密度汎関数理論(DFT)計算からは、反応が水素の助けを借りた酸化還元機構で進行することが示唆されました。
CO2の有効利用は、持続可能な社会を実現する上で欠かせません。今回の発見は、CO2資源化の難題に挑む触媒開発に新たな道を拓くものです。実用化への課題はまだ残っていますが、Mo2Cが多様な炭素資源変換の優れた触媒になる可能性を示した点で、画期的な成果と言えるでしょう。




最後に
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