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論文まとめ423回目 Nature コカインと結合したヒトドーパミントランスポーターの構造を解明し、コカイン依存症治療薬開発への道を開いた!?など

科学・社会論文を雑多/大量に調査する為、定期的に、さっくり表面がわかる形で網羅的に配信します。今回もマニアックなNatureです。

さらっと眺めると、事業・研究のヒントにつながるかも。
世界の先端はこんな研究してるのかと認識するだけでも、
ついつい狭くなる視野を広げてくれます。


一口コメント

Structure of the human dopamine transporter in complex with cocaine
ヒトドーパミントランスポーターとコカインの複合体の構造
「脳内の快感物質ドーパミンを運ぶタンパク質「ドーパミントランスポーター」。コカイン中毒はこのタンパク質にコカインが結合することで引き起こされます。今回の研究では、ヒトのドーパミントランスポーターとコカインが結合した状態の立体構造を初めて解明。コカインがどのようにタンパク質に結合し、その機能を阻害するのかが明らかになりました。この発見は、コカイン依存症の治療薬開発に向けた重要な一歩となり、脳科学の進歩にも大きく貢献すると期待されています。」

Teosinte Pollen Drive guides maize diversification and domestication by RNAi
トウモロコシの多様化と栽培化を導くテオシントの花粉駆動がRNAiによって解明される
「古代メキシコでトウモロコシの祖先テオシントから現代のトウモロコシが生まれる過程で、花粉の遺伝子が利己的に自分を優先的に残す「花粉駆動」が起きていたことが分かりました。この仕組みはRNAiという遺伝子発現を抑える機構を利用しており、有害な遺伝子と、それを抑える遺伝子のセットが進化の過程で広がっていったのです。この発見は、トウモロコシの多様化と栽培化の謎を解く重要な手がかりとなります。」

The genomic landscape of 2,023 colorectal cancers
2,023例の大腸がんのゲノム地図
「この研究では、2000以上の大腸がん検体の全ゲノム解析を行い、これまでで最も詳細な大腸がんのゲノム地図を作成しました。新たに250以上のがん関連遺伝子を特定し、がん化の仕組みをより深く理解することができました。また、大腸がんを4つの主要なタイプに分類し、それぞれの特徴や予後との関連を明らかにしました。さらに、大腸の位置によってがんのゲノム特性が異なることや、若年性大腸がんに特徴的な変異パターンがあることなども発見されました。この成果は、大腸がんの個別化医療の発展に大きく貢献すると期待されています。」

The ribosome lowers the entropic penalty of protein folding
リボソームはタンパク質折りたたみのエントロピー障壁を低下させる
「タンパク質が正しく折りたたまれるためには、多数の可能な形の中から1つの正しい形を選ぶ必要があります。これは非常に難しい課題で、エントロピー障壁と呼ばれます。この研究では、タンパク質を作るリボソームが、新生タンパク質を広げた状態に保つことで、このエントロピー障壁を大幅に下げていることを発見しました。これにより、タンパク質は効率的に折りたたまれやすくなります。さらに、この効果は突然変異の影響も緩和し、タンパク質の進化を促進する可能性があることも示されました。」

Titration of RAS alters senescent state and influences tumour initiation
RASの段階的な増加は老化状態を変化させ腫瘍形成に影響を与える
「私たちの体内では、細胞が異常に増殖しないよう「細胞老化」という仕組みが働いています。しかし、がん遺伝子RASの量を少しずつ増やしていくと、細胞の運命が劇的に変わることがわかりました。RASが少ないと細胞は普通に増え続けますが、中程度になると幹細胞のような性質を持ち、免疫から逃れて腫瘍を作り始めます。さらに多くなると細胞は老化して増殖を止めます。つまり、RASの量によって細胞の未来が左右されるのです。この発見は、がんの早期発見や予防に役立つかもしれません。」

Unforeseen plant phenotypic diversity in a dry and grazed world
乾燥し放牧される世界における予想外の植物表現型の多様性
「乾燥地の植物は、これまで考えられていたよりもはるかに多様な特徴を持っていることが分かりました。特に、非常に乾燥した地域や放牧圧の高い場所で、植物の形質の多様性が急激に増加することが明らかになりました。これは、厳しい環境下でも植物が様々な生存戦略を持っていることを示しています。例えば、葉の大きさや化学組成を変えることで、水分や栄養の利用効率を高めているのです。この発見は、気候変動や人間活動の影響下でも、植物が予想以上に適応能力を持っていることを示唆しています。」


要約

コカインと結合したヒトドーパミントランスポーターの構造を解明し、コカイン依存症治療薬開発への道を開いた

https://www.nature.com/articles/s41586-024-07804-3

ドーパミントランスポーター(DAT)は、脳内のドーパミンシグナル伝達を制御する重要なタンパク質であり、コカインの報酬効果と中毒性の主要な媒介者でもある。DATは神経伝達物質ナトリウム共輸送体ファミリーの一員として、細胞膜を介したナトリウム勾配を利用してドーパミンを化学勾配に逆らって輸送する。この輸送メカニズムには、基質が中心部位にアクセスするのを制御する細胞内外のゲートが関与している。しかし、このプロセスの分子レベルでの詳細やコカインの阻害メカニズムは不明確なままだった。
本研究では、コカインと複合体を形成したヒトDATの分子構造を2.66Åの分解能で解明した。DATは予想通りのLeuT構造を採用し、コカインが中心(S1)部位に結合した外向き開放型の立体配座をとっていた。注目すべきは、2番目のナトリウム結合部位(Na2)にナトリウムイオンが存在する一方で、Na1部位は空いており、代わりにAsn82の側鎖がナトリウムイオンの予想される空間を占めていたことである。
この構造的知見により、ヒトDATに対するコカインの阻害メカニズムが解明され、神経伝達物質輸送に関する理解が深まった。コカインの作用メカニズムの分子基盤を明らかにすることで、本研究は薬物依存症治療薬の開発に向けた基礎を築いた。

事前情報

  • DATはドーパミンシグナル伝達の制御とコカインの作用に重要な役割を果たす

  • DATはナトリウム共輸送体ファミリーに属し、ナトリウム勾配を利用してドーパミンを輸送する

  • 輸送メカニズムには細胞内外のゲートが関与するが、分子レベルでの詳細は不明だった

  • コカインの阻害メカニズムも解明されていなかった

行ったこと

  • コカインと複合体を形成したヒトDATの分子構造を極低温電子顕微鏡法で解析

  • 得られた構造の詳細な解析と機能的実験を実施

  • 分子動力学シミュレーションを用いて構造の動的性質を調査

検証方法

  • 極低温電子顕微鏡法による高分解能構造解析

  • 放射性同位体標識したリガンドを用いた結合実験と輸送実験

  • コンピューターシミュレーションによる分子動力学解析

分かったこと

  • DATはLeuT様の構造を持ち、コカイン結合時に外向き開放型の配座をとる

  • コカインはDATの中心結合部位(S1)に結合する

  • Na2部位にナトリウムイオンが結合するが、Na1部位は空で、Asn82の側鎖が占有している

  • コカインの結合様式とDATの構造変化が明らかになった

研究の面白く独創的なところ

  • ヒトDATとコカインの複合体構造を世界で初めて高分解能で解明した

  • 予想外のナトリウムイオン結合様式を発見し、輸送メカニズムに新たな知見をもたらした

  • 構造解析と機能実験、計算機シミュレーションを組み合わせた包括的なアプローチを採用

この研究のアプリケーション

  • コカイン依存症の新規治療薬開発への応用

  • DATを標的とする他の薬物の作用機序解明への貢献

  • 神経伝達物質輸送体の一般的なメカニズム理解の深化

  • 構造に基づいた薬剤設計への応用

著者と所属

  • Jeppe C. Nielsen - コペンハーゲン大学健康医科学部神経科学科

  • Kristine Salomon - コペンハーゲン大学健康医科学部神経科学科

  • Claus J. Loland - コペンハーゲン大学健康医科学部神経科学科

詳しい解説
本研究は、ヒトのドーパミントランスポーター(DAT)とコカインの複合体の分子構造を高分解能で解明した画期的な成果である。DATは脳内のドーパミンシグナル伝達を制御する重要なタンパク質であり、コカインの主要な標的でもある。これまで、DATの輸送メカニズムやコカインによる阻害の詳細は不明確だったが、本研究によってその分子基盤が明らかになった。
研究チームは、極低温電子顕微鏡法を用いてDAT-コカイン複合体の構造を2.66Åという高分解能で決定した。得られた構造から、DATが予想通りのLeuT様の構造を持ち、コカイン結合時に外向き開放型の配座をとることが分かった。コカインはDATの中心結合部位(S1)に結合しており、その詳細な相互作用が明らかになった。
興味深いことに、ナトリウムイオンの結合様式に予想外の発見があった。2番目のナトリウム結合部位(Na2)にはナトリウムイオンが存在したが、1番目の部位(Na1)は空であり、代わりにAsn82の側鎖がその空間を占めていた。この発見は、DATの輸送メカニズムに新たな視点をもたらし、ナトリウム依存的な輸送の理解を深めるものである。
研究チームは構造解析だけでなく、機能的実験や分子動力学シミュレーションも組み合わせて包括的な解析を行った。これにより、静的な構造情報だけでなく、DATの動的な性質やコカイン結合の影響についても洞察を得ることができた。
この研究成果は、コカイン依存症の新規治療薬開発に直接的に貢献する可能性がある。コカインとDATの相互作用を詳細に理解することで、この相互作用を特異的に阻害する薬剤の設計が可能になるかもしれない。また、DATは他の薬物の標的でもあるため、この構造情報は幅広い薬理学的研究に応用できる。
さらに、DATは神経伝達物質輸送体ファミリーの一員であるため、この研究成果は他の関連タンパク質の理解にも波及効果をもたらすだろう。神経伝達物質の輸送メカニズムの一般的な理解が深まることで、神経科学や薬理学の発展に大きく貢献すると期待される。


トウモロコシの多様化と栽培化を導いたテオシントの花粉駆動システムをRNAi機構で解明

https://www.nature.com/articles/s41586-024-07788-0

トウモロコシはメキシコのテオシント亜種から約9000年前に最初に栽培化され、その後4000年後にメキシカナ亜種との交雑により、急速に南北アメリカ大陸全体に広がったと考えられています。本研究では、この過程で重要な役割を果たしたと思われる「テオシント花粉駆動(TPD)」と呼ばれる遺伝システムを発見し、その分子メカニズムを解明しました。

事前情報

  • トウモロコシの栽培化と多様化の過程は長年の研究テーマだが、詳細なメカニズムは不明な点が多かった

  • 遺伝的な不和合性や利己的遺伝因子が種の進化や多様化に重要な役割を果たすことが知られている

  • RNAi (RNA干渉)は遺伝子発現を抑制する重要な機構だが、進化における役割はあまり分かっていなかった

行ったこと

  • トウモロコシとテオシントの交配実験を行い、花粉の生存率や遺伝子の分離比を分析

  • 単一花粉粒のゲノムシーケンシングによる遺伝子マッピング

  • RNA-seqやsmall RNA-seqによる遺伝子発現解析

  • CRISPR-Cas9を用いた遺伝子機能解析

  • トウモロコシの在来品種や野生種の集団遺伝学的解析

検証方法

  • 交配実験による遺伝学的解析

  • 次世代シーケンシング技術を用いた網羅的遺伝子発現解析

  • 遺伝子編集技術による機能検証

  • バイオインフォマティクス解析による集団遺伝学的アプローチ

分かったこと

  • テオシント由来のTpd1遺伝子が22塩基のsiRNAを生成し、Tdr1遺伝子の発現を抑制することで花粉を不稔にする

  • Tpd2遺伝子とDcl2遺伝子の変異型がこの抑制を解除し、花粉を稔性にする

  • この「毒-解毒」システムにより、特定の遺伝子型の花粉のみが生存し、次世代に伝わる

  • このシステムはトウモロコシの栽培化過程で広く拡散し、現代品種にも痕跡が残っている

研究の面白く独創的なところ

  • 花粉の生存競争という微視的な現象が、トウモロコシという主要作物の進化と多様化を導いたという発見

  • RNAiという分子機構が種の進化に重要な役割を果たすことを示した点

  • 単一花粉粒のゲノム解析など、最新のゲノミクス技術を駆使した包括的なアプローチ

この研究のアプリケーション

  • トウモロコシの品種改良における新たな戦略の開発

  • 他の作物種における類似のシステムの探索と応用

  • 種の多様化や適応進化のメカニズム解明への貢献

  • 遺伝子ドライブ技術の開発への応用可能性

著者と所属

  • Benjamin Berube - Howard Hughes Medical Institute, Cold Spring Harbor Laboratory

  • Evan Ernst - Howard Hughes Medical Institute, Cold Spring Harbor Laboratory

  • Robert A. Martienssen - Howard Hughes Medical Institute, Cold Spring Harbor Laboratory

詳しい解説
本研究は、トウモロコシの栽培化と多様化の過程で重要な役割を果たしたと考えられる「テオシント花粉駆動(TPD)」システムを発見し、その分子メカニズムを解明しました。
TPDは、テオシント由来のTpd1遺伝子が22塩基のsmall interfering RNA (siRNA)を生成し、これがTdr1遺伝子の発現を抑制することで花粉を不稔にするという仕組みです。一方で、Tpd2遺伝子とDcl2遺伝子の変異型がこの抑制を解除し、花粉を稔性にします。この「毒-解毒」システムにより、特定の遺伝子型の花粉のみが生存し、次世代に伝わります。
研究チームは、トウモロコシとテオシントの交配実験、単一花粉粒のゲノムシーケンシング、RNA-seq、small RNA-seq、CRISPR-Cas9による遺伝子編集など、最新のゲノミクス技術を駆使してこのメカニズムを解明しました。さらに、トウモロコシの在来品種や野生種の集団遺伝学的解析により、このシステムがトウモロコシの栽培化過程で広く拡散し、現代品種にも痕跡が残っていることを明らかにしました。
この発見は、花粉レベルでの遺伝子の競争が、トウモロコシという主要作物の進化と多様化を導いたことを示しています。また、RNAiという分子機構が種の進化に重要な役割を果たすことを実証した点で、進化生物学的にも重要な意義を持ちます。
本研究の成果は、トウモロコシの品種改良における新たな戦略の開発や、他の作物種における類似のシステムの探索と応用、さらには種の多様化や適応進化のメカニズム解明に貢献すると期待されます。また、遺伝子ドライブ技術の開発への応用可能性も示唆されています。


大規模なゲノム解析により大腸がんの包括的な遺伝子変異の全容が明らかに

https://www.nature.com/articles/s41586-024-07747-9

大腸がんの包括的なゲノム解析により、新たな遺伝子変異や分子サブタイプ、変異シグネチャーなどが明らかになりました。この研究は、大腸がんの発生メカニズムの理解を深め、個別化医療の発展に貢献する重要な知見をもたらしました。

事前情報

  • 大腸がんは世界で3番目に多いがん種で、その詳細なゲノム解析は十分に行われていなかった

  • これまでの大腸がん関連遺伝子の研究は、限られた数の検体やエクソーム解析に基づいていた

  • 全ゲノム解析による大規模な研究が必要とされていた

行ったこと

  • 英国の10万ゲノムプロジェクトの一環として、2,023例の大腸がん検体の全ゲノム解析を実施

  • 体細胞変異、構造変異、コピー数変異、変異シグネチャーなどを包括的に解析

  • 新たながん関連遺伝子の同定や分子サブタイプの分類を行った

  • 大腸の解剖学的位置や年齢による遺伝子変異の特徴を調査

  • 免疫回避メカニズムの解析

検証方法

  • 統計学的手法を用いて有意な遺伝子変異や変異パターンを同定

  • 階層的クラスタリングによる分子サブタイプの分類

  • 多変量解析による臨床病理学的特徴とゲノム特性の関連性評価

  • 変異シグネチャー解析による変異プロセスの推定

  • 免疫原性予測アルゴリズムによる免疫回避変異の同定

分かったこと

  • 250以上の新たな大腸がん関連遺伝子を同定

  • マイクロサテライト安定性(MSS)大腸がんを4つの主要サブタイプに分類

  • 大腸の解剖学的位置によってゲノム特性が異なることを発見

  • 若年性大腸がんに特徴的な変異シグネチャーを同定

  • ほぼすべての高変異がんと約半数のMSSがんで免疫回避変異を確認

この研究の面白く独創的なところ

  • 過去最大規模の大腸がん全ゲノム解析により、包括的なゲノム地図を作成

  • 新たな分子サブタイプの分類により、大腸がんの多様性をより詳細に理解

  • 大腸の位置や年齢による遺伝子変異の違いを明確化し、発がんメカニズムの理解を深めた

  • 免疫回避変異の高頻度な存在を明らかにし、免疫療法の重要性を示唆

この研究のアプリケーション

  • より精密な大腸がんの分子診断や予後予測への応用

  • 新たな治療標的遺伝子の同定による創薬研究への貢献

  • 患者の年齢や腫瘍の位置を考慮したより個別化された治療戦略の開発

  • 免疫療法の適応患者選択や新規免疫療法開発への応用

著者と所属

  • Alex J. Cornish - Division of Genetics and Epidemiology, Institute of Cancer Research, London, UK

  • Andreas J. Gruber - Department of Biology, University of Konstanz, Konstanz, Germany

  • Ben Kinnersley - Division of Genetics and Epidemiology, Institute of Cancer Research, London, UK

詳しい解説
この研究は、英国の10万ゲノムプロジェクトの一環として行われた大規模な大腸がんのゲノム解析です。2,023例という過去最大規模の大腸がん検体を用いて全ゲノムシークエンスを行い、体細胞変異、構造変異、コピー数変異、変異シグネチャーなど、多角的な解析を行いました。
その結果、250以上の新たな大腸がん関連遺伝子が同定され、大腸がんの発生・進展メカニズムに関する理解が大きく進展しました。特に、WNTシグナル経路やRAS-RAF-MEK-ERK経路など、既知の重要経路に新たな遺伝子が追加されたことで、これらの経路の複雑性がより明確になりました。
また、マイクロサテライト安定性(MSS)大腸がんを4つの主要サブタイプ(WGD-A、WGD-B、GS、LOH)に分類したことは、大腸がんの多様性をより詳細に理解する上で重要な成果です。これらのサブタイプは、ゲノムの安定性や全ゲノム重複の有無など、異なる分子特性を示し、予後とも関連することが明らかになりました。
さらに、大腸の解剖学的位置によってゲノム特性が異なることも発見されました。例えば、遠位大腸のがんは近位大腸のがんよりも構造変異やコピー数変異が多く、一方で一塩基置換や小さな挿入・欠失は少ないことが分かりました。これは、大腸の位置によって発がんメカニズムが異なる可能性を示唆しています。
若年性大腸がんに関しては、SBS93やSBS89などの特徴的な変異シグネチャーが高頻度に見られることが分かりました。これらのシグネチャーの原因は不明ですが、若年性大腸がんの増加傾向を説明する手がかりになる可能性があります。
免疫回避に関する解析では、ほぼすべての高変異がんと約半数のMSSがんで免疫回避関連の変異が見られることが分かりました。これは、免疫チェックポイント阻害薬などの免疫療法が多くの大腸がん患者に有効である可能性を示唆しています。
この研究の成果は、大腸がんの分子診断や予後予測の精度向上、新たな治療標的の同定、より個別化された治療戦略の開発など、様々な臨床応用につながると期待されます。特に、患者の年齢や腫瘍の位置、分子サブタイプなどを考慮したきめ細かな治療アプローチの開発に貢献するでしょう。
今後は、この研究で同定された新たながん関連遺伝子の機能解析や、分子サブタイプに基づいた臨床試験の実施など、さらなる研究の進展が期待されます。


リボソームは新生タンパク質の折りたたみにおけるエントロピー障壁を低下させる

https://www.nature.com/articles/s41586-024-07784-4

リボソームは新生タンパク質の折りたたみ過程において重要な役割を果たしていることが明らかになりました。この研究では、リボソーム上の新生タンパク質の構造アンサンブルを原子レベルで決定し、リボソームがタンパク質の折りたたみのエントロピー障壁を大幅に低下させることを示しました。これにより、リボソーム上と試験管内でのタンパク質折りたたみの違いを説明する物理的基盤が提供されました。

事前情報

  • タンパク質の折りたたみは生物学的に重要なプロセスだが、そのメカニズムは完全には理解されていない

  • リボソーム上での新生タンパク質の折りたたみ(共翻訳的折りたたみ)は、試験管内での再折りたたみとは異なることが知られていた

  • リボソームが新生タンパク質の折りたたみに与える影響の詳細は不明だった

行ったこと

  • NMR分光法と分子動力学シミュレーションを組み合わせて、リボソーム上の新生タンパク質の構造アンサンブルを原子レベルで決定

  • リボソーム上と遊離状態での新生タンパク質の構造を比較

  • 19F NMRを用いてタンパク質折りたたみの熱力学的パラメーターを測定

  • 複数のタンパク質(FLN5、チチンI27、HRAS)で解析を実施

  • 突然変異がタンパク質の安定性に与える影響を調査

検証方法

  • パラマグネティック緩和促進(PRE) NMR実験で新生タンパク質の構造を解析

  • 分子動力学シミュレーションで得られた構造アンサンブルをPREデータで精緻化

  • 19F NMRでタンパク質の折りたたみ平衡定数の温度依存性を測定し、熱力学的パラメーターを算出

  • 複数のタンパク質や変異体で実験を繰り返し、結果の一般性を確認

分かったこと

  • リボソーム上の新生タンパク質は、遊離状態と比べてより広がった構造をとる

  • この構造の広がりにより、新生タンパク質の溶媒露出面積が増加し、溶媒和エントロピーが減少する

  • 結果として、リボソーム上での折りたたみのエントロピー障壁が大幅に低下する(約30 kcal/mol)

  • リボソーム上では折りたたみ中間体が安定化され、遊離状態では見られない中間体が出現する

  • この効果は複数のタンパク質で観察され、一般的な現象であることが示唆された

  • リボソームはタンパク質の突然変異による不安定化を緩和する効果もある

この研究の面白く独創的なところ

  • リボソーム上の新生タンパク質の構造を原子レベルで初めて決定した

  • タンパク質折りたたみのエントロピー障壁低下というリボソームの新たな機能を発見した

  • 共翻訳的折りたたみと試験管内再折りたたみの違いを説明する物理的基盤を提供した

  • リボソームがタンパク質の進化を支援する可能性を示唆した

この研究のアプリケーション

  • タンパク質の折りたたみ機構のより深い理解につながる

  • タンパク質の安定性や機能を改善するための新たな戦略の開発に寄与する可能性がある

  • タンパク質の進化メカニズムの解明に貢献する

  • タンパク質の誤折りたたみが関与する疾患の理解と治療法開発に役立つ可能性がある

著者と所属
Julian O. Streit, University College London
Ivana V. Bukvin, University College London
Sammy H. S. Chan, University College London
John Christodoulou, University College London and Birkbeck College

詳しい解説
この研究は、タンパク質の折りたたみにおけるリボソームの役割に新たな光を当てています。タンパク質が正しく折りたたまれるためには、多数の可能な構造の中から唯一の正しい構造を見つけ出す必要があります。これは、エントロピー的には非常に不利なプロセスです。
研究チームは、高度なNMR分光法と分子動力学シミュレーションを組み合わせて、リボソーム上の新生タンパク質の構造を原子レベルで観察しました。その結果、リボソーム上の新生タンパク質は、遊離状態と比べてより広がった構造をとることが分かりました。
この構造の広がりは、一見すると折りたたみに不利に思えます。しかし、実際にはこれが折りたたみを促進していました。広がった構造により、タンパク質の溶媒露出面積が増加し、水分子との相互作用が強くなります。これにより、折りたたまれていない状態のエントロピーが大きく減少し、結果として折りたたみのエントロピー障壁が約30 kcal/mol も低下することが明らかになりました。
さらに、このエントロピー障壁の低下により、リボソーム上では折りたたみ中間体が安定化されることも分かりました。これらの中間体は、遊離状態では観察されないものです。この効果は複数のタンパク質で確認され、一般的な現象であることが示唆されました。
興味深いことに、リボソームはタンパク質の突然変異による不安定化も緩和することが分かりました。これは、リボソームがタンパク質の進化を支援している可能性を示唆しています。
この研究結果は、タンパク質の折りたたみメカニズムの理解を大きく前進させるものです。また、タンパク質の安定性や機能の改善、さらには誤折りたたみが関与する疾患の理解と治療法開発にも貢献する可能性があります。


RASの発現量によって細胞老化や腫瘍形成の運命が決まる

https://www.nature.com/articles/s41586-024-07797-z

RAS遺伝子の発現量を段階的に増加させると、細胞の運命が大きく変化することが明らかになった。低レベルのRAS発現では細胞は正常に増殖するが、中程度のレベルでは幹細胞様の性質を獲得し、免疫監視から逃れて腫瘍を形成する。一方、高レベルのRAS発現では細胞老化が誘導される。この研究は、RAS発現量の違いによって引き起こされる細胞運命の変化を詳細に解析し、腫瘍形成の初期段階における重要な知見を提供している。

事前情報

  • RAS遺伝子の変異はがんで高頻度に見られるが、単独では必ずしも十分ながん化を引き起こさない

  • 細胞老化は腫瘍抑制機構の1つとして知られている

  • RAS-MAPKシグナル経路の過剰な活性化が細胞老化を誘導することが知られている

行ったこと

  • マウス肝臓モデルおよびヒト網膜色素上皮細胞(RPE1)を用いて、RAS発現量を段階的に増加させる実験系を確立した

  • 各RAS発現レベルにおける細胞の表現型を詳細に解析した

  • 単一細胞RNA-seqを用いて、RAS発現量の違いによる遺伝子発現プロファイルの変化を調べた

  • マウス肝臓モデルを用いて、長期的な腫瘍形成能を評価した

検証方法

  • フローサイトメトリーによるRAS発現量の定量

  • 免疫組織化学染色による組織学的解析

  • SA-β-galおよびBrdU取り込みによる細胞老化・増殖能の評価

  • 単一細胞RNA-seqによる遺伝子発現解析

  • マウスの長期観察による腫瘍形成の評価

分かったこと

  • RAS発現量によって細胞の運命が大きく変化する

  • 低レベルのRAS発現では細胞は正常に増殖する

  • 中程度のRAS発現では幹細胞様の性質を獲得し、免疫監視から逃れて腫瘍を形成する

  • 高レベルのRAS発現では細胞老化が誘導される

  • 腫瘍形成能を持つ細胞は、Dlk1/Afpを発現する分化型と、Notch1/Tgfb1/Nesを発現する未分化型の2種類に分類できる

  • これらの知見はヒト肝硬変サンプルでも確認された

この研究の面白く独創的なところ

  • RAS発現量を段階的に増加させる実験系を確立し、細胞運命の変化を詳細に解析した点

  • 細胞老化と腫瘍形成という一見相反する現象が、RAS発現量の違いによって説明できることを示した点

  • 単一細胞レベルの解析により、腫瘍形成能を持つ細胞の heterogeneity を明らかにした点

この研究のアプリケーション

  • がんの早期発見や予防法の開発につながる可能性がある

  • RAS-MAPK経路やNotchシグナルを標的とした新たな治療法の開発に貢献する可能性がある

  • 肝硬変からの肝がん発生メカニズムの理解と予防法の開発に役立つ可能性がある

著者と所属
Adelyne S. L. Chan, Haoran Zhu, Masako Narita - Cancer Research UK Cambridge Institute, Li Ka Shing Centre, University of Cambridge, Cambridge, UK

詳しい解説
この研究は、がん遺伝子として知られるRASの発現量を段階的に増加させることで、細胞の運命がどのように変化するかを詳細に解析したものです。
従来、RASの強い活性化は細胞老化を引き起こし、腫瘍形成を抑制すると考えられてきました。一方で、RASの変異はがんで高頻度に見られることも知られています。この一見矛盾する現象を説明するため、研究チームはRASの発現量を精密に制御できる実験系を確立しました。
マウスの肝臓モデルと培養細胞の両方を用いた実験により、RASの発現量に応じて細胞の運命が大きく変化することが明らかになりました。低レベルのRAS発現では細胞は正常に増殖しますが、中程度のレベルになると細胞は幹細胞様の性質を獲得し、免疫監視から逃れて腫瘍を形成し始めます。さらにRASの発現量が高くなると、細胞は老化して増殖を停止します。
特に興味深いのは、腫瘍形成能を持つ細胞が2種類に分類できることです。Dlk1とAfpを発現する比較的分化した細胞と、Notch1、Tgfb1、Nesを発現する未分化な細胞です。前者は分化型の肝細胞がんを、後者はより悪性度の高い未分化がんを形成します。
これらの知見は、ヒトの肝硬変サンプルでも確認されました。肝硬変の患者の肝臓では、DLK1陽性細胞とNOTCH1陽性細胞が別々に存在しており、マウスモデルで見られた2種類の前がん細胞に対応する可能性が示唆されました。
この研究は、RASの発現量の違いによって引き起こされる細胞運命の変化を詳細に解明することで、がんの初期段階における重要な知見を提供しています。これらの発見は、がんの早期発見や予防法の開発、さらには新たな治療法の開発につながる可能性があります。特に、RAS-MAPK経路やNotchシグナルを標的とした治療法の開発に貢献する可能性があります。
また、肝硬変からの肝がん発生メカニズムの理解にも役立つ可能性があります。肝硬変は肝がんの主要なリスク因子ですが、そのメカニズムは完全には解明されていません。この研究の知見は、肝硬変患者における肝がん発生のリスク評価や予防法の開発に貢献する可能性があります。


乾燥地の植物は想定外の多様な形質を持ち、過酷な環境に適応している

https://www.nature.com/articles/s41586-024-07731-3

地球上には驚くべき植物の表現型多様性が存在するが、これは現在の地球規模の変化によって危機に瀕している。しかし、乾燥化と放牧圧の増加という2つの主要な地球規模の変化要因が、植物の表現型多様性の基礎となる形質の共変動をどのように形作るかは不明だった。本研究では、世界の乾燥地において、20の化学的・形態学的形質の共変動が乾燥度と放牧圧にどのように応答するかを評価した。6大陸326地点から301種の多年生植物種1,347観測、133,769の形質測定を分析した。

事前情報

  • 地球上には多様な植物の表現型が存在するが、気候変動や人間活動によって危機に瀕している

  • 乾燥化と放牧圧の増加は地球規模の変化の主要な要因だが、これらが植物の形質にどう影響するか不明だった

  • 乾燥地は地球の陸地面積の約41%を占め、気候変動の影響を受けやすい

行ったこと

  • 世界の乾燥地326地点で301種の多年生植物を調査し、20の形質を測定

  • 合計133,769の形質測定データを収集・分析

  • 乾燥度と放牧圧に対する植物形質の共変動パターンを評価

検証方法

  • 主成分分析を用いて植物形質の共変動パターンを分析

  • 乾燥度と放牧圧の異なるレベルで形質共変動パターンを比較

  • 形質多様性の指標として、多次元の形質空間(ハイパーボリューム)を計算

  • 統計モデルを使用して乾燥度と放牧圧の影響を評価

分かったこと

  • 乾燥度約0.7(半乾燥地と乾燥地の境界付近)を超えると、形質多様性が予想外に88%増加した

  • この閾値は放牧圧の存在下で現れ、放牧圧が高まるほど低い乾燥度で出現した

  • 観測された形質多様性の57%は最も乾燥し放牧された乾燥地でのみ見られた

  • 植物の元素組成(エレメントーム)が形質多様性の大部分を占めていた

研究の面白く独創的なところ

  • 従来の考えに反して、厳しい環境条件下で植物の形質多様性が増加することを発見

  • 乾燥度と放牧圧の相互作用が植物の形質多様性に与える影響を世界規模で初めて明らかにした

  • 植物の元素組成(エレメントーム)が形質多様性の主要な構成要素であることを示した

この研究のアプリケーション

  • 気候変動下での生態系の応答予測の改善

  • 乾燥地における持続可能な放牧管理戦略の開発

  • 乾燥に強い作物品種の開発への応用

  • 生態系の機能と生物多様性保全のための新たな指標の提案

著者と所属

  • Nicolas Gross - Université Clermont Auvergne, INRAE, VetAgro Sup, フランス

  • Fernando T. Maestre - King Abdullah University of Science and Technology, サウジアラビア

  • Pierre Liancourt - Stuttgart State Museum of Natural History, ドイツ

詳しい解説
本研究は、世界の乾燥地における植物の形質多様性が、これまで考えられていたよりもはるかに豊かで複雑であることを明らかにしました。特に注目すべきは、乾燥度が約0.7を超えると、植物の形質多様性が急激に88%も増加するという発見です。この閾値は、半乾燥地から乾燥地への移行点に近く、気候変動によって多くの地域がこの閾値を越えつつあることを考えると、非常に重要な知見といえます。
さらに興味深いのは、この形質多様性の増加が、放牧圧の存在下でより顕著になるという点です。これは、人間活動(放牧)と気候変動(乾燥化)の相互作用が、植物の適応戦略に複雑な影響を与えていることを示しています。
また、本研究は植物の元素組成(エレメントーム)が形質多様性の主要な構成要素であることを明らかにしました。これは、植物が厳しい環境に適応する際、単に形態を変えるだけでなく、体内の化学組成も大きく変化させていることを示唆しています。
これらの発見は、乾燥地の植物が予想以上に多様な適応戦略を持っていることを示しており、気候変動下での生態系の回復力を理解する上で重要な知見を提供しています。同時に、この研究は乾燥地が地球の植物形質多様性の重要な貯蔵庫として機能していることを示唆しており、これらの生態系の保全の重要性を強調しています。



最後に
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