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論文まとめ344回目 Nature 頭蓋内の3次元的な血流を連続モニタリングできる超音波パッチの開発!?など

科学・社会論文を雑多/大量に調査する為、定期的に、さっくり表面がわかる形で網羅的に配信します。今回もマニアックなNatureです。

さらっと眺めると、事業・研究のヒントにつながるかも。
世界の先端はこんな研究してるのかと認識するだけでも、
ついつい狭くなる視野を広げてくれます。


一口コメント

A warm Neptune’s methane reveals core mass and vigorous atmospheric mixing
高温海王星型惑星の低濃度メタンが中心部の質量と活発な大気混合を明らかに
「WASP-107bは低密度で中心部の質量が小さいと考えられていた珍しい高温の海王星型惑星です。しかしJWSTによる大気観測の結果、メタン濃度が予想より1000分の1という極めて低い値であることがわかりました。この低濃度メタンの存在から、WASP-107bの中心部の質量は以前の予想より大きく、大気中では活発な上下混合が起きていることが明らかになりました。」

A high internal heat flux and large core in a warm neptune exoplanet
超高い内部熱流量と大きな核を持つ温暖な海王星型系外惑星
「WASP-107bは海王星サイズの温暖な系外惑星で、低密度という特徴を持っています。ハッブル宇宙望遠鏡とジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡によるパンクロマチック透過スペクトルの観測から、大気中のH2O、CH4、CO、CO2、SO2、NH3などの分子を検出しました。これらの分子の存在から、大気の金属量、鉛直混合強度、内部温度などが推定されました。特に高い内部温度は、潮汐力による膨張メカニズムを示唆しており、WASP-107bの大きな半径と低密度をうまく説明できます。この研究結果は、1000K以下の中小質量系外惑星の多くにおいて、軌道離心率による潮汐加熱が大気組成と内部構造に大きな影響を与えている可能性を示しています。」

Capturing electron-driven chiral dynamics in UV-excited molecules
超短パルスレーザーで励起したキラル分子の超高速キラル電子ダイナミクスの観測に初めて成功
「キラル分子の2つの鏡像異性体は光との相互作用が異なる。この研究では、超短パルスレーザーを使うことで、キラル分子が光励起された直後の超高速電子の動きを世界で初めて捉えることに成功した。電子の運動がキラルな特性を生み出していることを実験的に示し、さらに分子の向きを選択的に制御できる可能性も理論的に示した。」

Transcranial volumetric imaging using a conformal ultrasound patch
頭部に貼る柔軟な超音波パッチを用いた頭蓋内の3次元的撮像
「この研究は、頭部に貼り付けるだけで頭蓋内の血流を3次元的かつ連続的にモニタリングできる柔軟な超音波パッチを開発したものです。従来の経頭蓋ドップラー法は血流を連続して測定することが難しく、複雑な頭蓋内血管の3次元的な描出も限られていました。開発された超音波パッチは2MHzの超音波を用い、頭蓋骨による超音波の減衰や位相のずれを抑え、銅メッシュ層により信号対雑音比を5dB改善しています。超高速撮像法により、ウィリス動脈輪を正確に3次元描出でき、任意の場所で連続的に血流スペクトルを記録できます。36人の被験者での検証により、従来法と比較して高い精度が確認されました。また、様々な介入下での連続的な血流変化や、眠気を催した際の頭蓋内B波のカスケードを4時間にわたり記録できることが示されました。」

Life-cycle-coupled evolution of mitosis in close relatives of animals
動物の近縁種における生活環と連動した核分裂の進化
「動物に近い単細胞の仲間イクチオスポア類を調べたところ、単核の細胞と多核の細胞が異なる核分裂のしくみを使っていることがわかりました。単核の細胞は動物のような核膜の壊れる”開放型”の核分裂を行い、多核の細胞はキノコのような核膜が残る”閉鎖型”の核分裂を行っていました。生活スタイルに応じて核分裂のしくみが使い分けられているようです。」

Metals strengthen with increasing temperature at extreme strain rates
極端な高ひずみ速度下で金属は温度上昇とともに強化する
「高速ひずみ条件下で銅の強度が高温ほど上昇することを実験的に初めて明らかにした。高速変形時には、転位の運動様式が熱活性化型から弾道的な輸送に変わるため、高温ほど強度が上昇する奇妙な現象が生じる。」


要約

JWSTによるWASP-107bの観測で、大気中の低濃度メタンから中心部の質量と活発な大気混合を特定

JWST宇宙望遠鏡によるWASP-107bの大気透過スペクトル観測から、SO2、CH4、H2O、CO2、COの吸収線が検出された。特にメタン濃度は化学平衡状態の予想より1000分の1の1.0±0.5 ppmという低い値であった。この結果から、WASP-107bの大気は43±8倍の太陽組成比の金属量を持ち、内部温度は460±40 K、強い鉛直混合によってメタンが枯渇していることが示された。光化学反応はメタン濃度にほとんど影響せずSO2の存在を説明するのに必要である。推定された中心部の質量は11.5+3.0-3.6地球質量で、以前の上限値より大きく中心集積モデルとの矛盾が解消された。

事前情報

  • 多くの系外ガス惑星で広くメタンの欠乏が見られるが、大気中のメタンはごく最近まで検出されていなかった。

  • メタン欠乏は光化学反応や内部からの混合などの非平衡過程で維持されていると考えられるが、内部構造や鉛直混合の強さは制約されておらず、メタン欠乏の上限値のみわかっていた。

  • WASP-107bは密度が異常に低く、中心部質量が小さいと報告されている温暖な海王星型惑星だが、これまでの観測ではメタンは見つかっていなかった。

行ったこと

  • JWST宇宙望遠鏡のNIRSpec分光器を用いてWASP-107bの大気透過スペクトルを観測した。

  • 得られたスペクトルからSO2、CH4、H2O、CO2、COの吸収線を検出した。

  • メタンの吸収線を4.2σの有意性で検出し、存在量を1.0±0.5 ppmと決定した。

検証方法

  • 大気モデルを用いてWASP-107bのスペクトルを解析し、大気組成や温度構造などのパラメータを推定した。

  • 化学平衡モデルと観測されたメタン量を比較し、非平衡過程の影響を調べた。

  • 内部構造モデルを用いて観測結果と整合的な中心部質量を推定した。

分かったこと

  • WASP-107bの大気のメタン濃度は化学平衡の予想より1000倍低い1.0±0.5 ppmだった。

  • 大気の金属量は太陽の43±8倍、内部温度は460±40 K、強い鉛直混合によってメタンが枯渇していることがわかった。

  • 光化学反応はメタン量にほとんど影響せず、SO2の存在を説明するのに必要だった。

  • 中心部の質量は11.5+3.0-3.6地球質量と推定され、以前の上限値より大きかった。

研究の面白く独創的なところ

  • JWSTによる高精度の大気スペクトルから、メタン量を初めて定量的に測定し極端な欠乏を発見した点。

  • メタン量と内部構造モデルを組み合わせることで、大気混合の強さと中心部質量に強い制約を与えた点。

  • 以前考えられていたより大きな中心部質量を示し、中心集積モデルとの矛盾を解消した点。

この研究のアプリケーション

  • 他の系外惑星でも同様の手法を適用することで、内部構造や大気混合過程の理解が進むだろう。

  • 中心部質量の推定精度の向上は、系外惑星の形成シナリオの検証に役立つ。

  • 極端なメタン欠乏のメカニズム解明は、系外惑星大気の化学組成の予測モデルの改良につながる。

著者と所属

  • David K. Sing: Department of Earth & Planetary Sciences, Johns Hopkins University, Baltimore, MD, USA Department of Physics & Astronomy, Johns Hopkins University, Baltimore, MD, USA

  • Zafar Rustamkulov: Department of Earth & Planetary Sciences, Johns Hopkins University, Baltimore, MD, USA

  • Daniel P. Thorngren: Department of Physics & Astronomy, Johns Hopkins University, Baltimore, MD, USA

詳しい解説  
WASP-107bは質量が約0.10木星質量、半径が約0.94木星半径の高温海王星型惑星で、非常に低い密度 (約0.19 g/cm3) を持つことが知られていました。そのため、WASP-107bは小さな中心部質量を持つと考えられており、実際に先行研究では中心部質量の上限は約4地球質量と見積もられていました。また、平衡化学モデルからは大気中にメタンが豊富に存在すると予想されていましたが、これまでの観測ではメタンは検出されていませんでした。  今回の研究では、ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(JWST)の近赤外分光器NIRSpecを用いて、WASP-107bの大気透過スペクトルを非常に高い精度で観測することに成功しました。得られたスペクトルからは、二酸化硫黄(SO2)、メタン(CH4)、水(H2O)、二酸化炭素(CO2)、一酸化炭素(CO)に対応する吸収線が検出されました。驚くべきことに、大気中のメタン濃度は化学平衡状態から予想される値の1000分の1という極端に低い値 (1.0±0.5 ppm) でした。  この低いメタン濃度を説明するために、研究チームは大気構造モデルを用いた解析を行いました。その結果、WASP-107bの大気は太陽の43±8倍という高い金属量を持ち、内部からの熱の供給により460±40 Kという高温に保たれていることがわかりました。また、極端なメタン欠乏は光化学反応ではなく、Kzz = 1011.6±0.1 cm2/sという非常に強い鉛直混合によって引き起こされていると考えられます。一方、SO2の検出は光化学反応の影響を示唆しています。  さらに、大気モデルと内部構造モデルを組み合わせることで、WASP-107bの中心部質量を11.5+3.0-3.6地球質量と推定しました。この値は先行研究の上限値を大きく上回るもので、系外惑星の標準的な中心集積モデルから予想される値とも矛盾しません。つまり、本研究の結果はWASP-107bに関する従来の描像を大きく書き換えるものだと言えます。  WASP-107bで見出された極端なメタン欠乏と大気混合は、多くの系外ガス惑星に共通する現象かもしれません。今後、JWSTを用いた系外惑星大気の精密観測を積み重ねることで、惑星の内部構造や大気混合過程、さらには惑星形成の理解が大きく進展すると期待されます。


系外惑星WASP-107bの観測から、高い内部熱と大きな核が明らかに

WASP-107bは約750Kの低密度な海王星サイズの系外惑星です。ハッブル宇宙望遠鏡とジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡を用いたパンクロマチック透過スペクトルから、大気中のH2O、CH4、CO、CO2、SO2、NH3の存在が明らかになりました。これらの分子の検出により、大気の金属量が太陽の10-18倍、鉛直混合強度がlog10Kzz = 8.4–9.0 cm2s−1、内部温度が345K以上であることが示されました。高い内部温度は、潮汐力による膨張メカニズムが海王星のような内部構造に作用していることを示唆しており、惑星の大きな半径と低密度を自然に説明できます。この発見は、1000K以下のスーパーアース〜土星質量の系外惑星の大多数において、離心率による潮汐加熱が大気化学と内部構造推定に重要な過程であることを示唆しています。

事前情報

  • 系外惑星の大気と内部特性の相互作用は、ガス惑星の膨張メカニズムと大気の化学的非平衡状態の原因と考えられてきた。

  • しかし、これまでの系外惑星の透過スペクトルは限られた波長範囲のHSTデータと主にH2Oの推定に限定されており、これらの理論を観測的に確認することは難しかった。

行ったこと

  • HST WFC3、JWST NIRCam、MIRIを組み合わせて、約750Kの低密度な海王星サイズの系外惑星WASP-107bのパンクロマチック透過スペクトルを取得した。

  • このスペクトルからH2O、CH4、CO、CO2、SO2、NH3の分子の存在を検出した。

検証方法

  • 検出された分子から、大気の金属量、鉛直混合強度、内部温度を推定した。

  • 高い内部温度から、潮汐力による膨張メカニズムが海王星のような内部構造に作用していると解釈した。

分かったこと

  • WASP-107bの大気金属量は太陽の10-18倍、鉛直混合強度はlog10Kzz = 8.4–9.0 cm2s−1、内部温度は345K以上であることが分かった。

  • 高い内部温度は潮汐力による膨張メカニズムを示唆しており、WASP-107bの大きな半径と低密度を自然に説明できる。

  • 1000K以下のスーパーアース〜土星質量の系外惑星の多くで、離心率による潮汐加熱が大気化学と内部構造に大きな影響を与えている可能性がある。

研究の面白く独創的なところ

  • 系外惑星の大気組成と内部構造の関係性を、広い波長範囲の透過スペクトルから複数の分子を検出することで明らかにした点。

  • 潮汐加熱が大気化学と内部構造に及ぼす影響を、観測的に示唆した点。

この研究のアプリケーション

  • 中小質量の系外惑星の大気組成と内部構造を理解する上で、潮汐加熱の効果を考慮することの重要性を示した。

  • 系外惑星の habitability を議論する際に、大気組成と内部構造の関係性を考慮する必要性を示唆した。

著者と所属

  • Luis Welbanks (School of Earth and Space Exploration, Arizona State University)

  • Taylor J. Bell (Bay Area Environmental Research Institute, NASA’s Ames Research Center)

  • Thomas G. Beatty (Department of Astronomy, University of Wisconsin-Madison)

詳しい解説
WASP-107bは、約750Kの低密度な海王星サイズの系外惑星です。これまで系外惑星の大気と内部特性の相互作用は、ガス惑星の膨張メカニズムと大気の化学的非平衡状態の原因と考えられてきましたが、観測的な確認は限られていました。
この研究では、ハッブル宇宙望遠鏡(HST)とジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(JWST)を用いて、WASP-107bの可視光から中間赤外線までの広い波長範囲の透過スペクトルを取得しました。その結果、大気中のH2O(21σ)、CH4(5σ)、CO(7σ)、CO2(29σ)、SO2(9σ)、NH3(6σ)の存在を検出することに成功しました。
これらの分子の存在から、WASP-107bの大気金属量は太陽の10-18倍、鉛直混合強度はlog10Kzz = 8.4–9.0 cm2s−1、内部温度は345K以上であることが明らかになりました。特に高い内部温度は、潮汐力による膨張メカニズムが海王星のような内部構造に作用していることを示唆しており、WASP-107bの大きな半径と低密度を自然に説明できます。
この発見は、1000K以下のスーパーアース〜土星質量の系外惑星の大多数において、軌道離心率による潮汐加熱が大気化学と内部構造推定に重要な過程であることを示唆しています。中小質量の系外惑星の大気組成と内部構造を理解する上で、潮汐加熱の効果を考慮することが重要であり、また系外惑星のhabitabilityを議論する際にも、大気組成と内部構造の関係性を考慮する必要があるでしょう。
今後、JWSTなどの新しい望遠鏡を用いることで、さらに多くの系外惑星の詳細な大気・内部特性が明らかになることが期待されます。系外惑星の多様性の理解を深めることは、地球のような惑星がどのように形成され進化してきたのかを解明する上でも重要な手がかりとなるはずです。


超短パルスレーザーで励起したキラル分子の超高速キラル電子ダイナミクスの観測に初めて成功

キラル分子の2つの鏡像異性体は、他のキラルな分子や円偏光との相互作用の仕方が異なることが知られている。この性質は不斉光触媒やスイッチなどに利用されているが、光励起直後の超高速の電子の動きがこのキラルな性質にどのように関わっているのかはよくわかっていなかった。
本研究では、アト秒領域の超短パルスレーザーと時間分解光電子円二色性分光法を用いることで、紫外光で励起したキラルなメチルラクテートの分子内で起こる電子の運動を2.9フェムト秒という超高時間分解能で観測することに世界で初めて成功した。

事前情報

  • キラル分子の2つの鏡像異性体は、他のキラル分子や円偏光との相互作用の仕方が異なる

  • この性質は不斉光触媒やスイッチなどに利用されている

  • しかし、光励起直後の超高速の電子の動きと、キラルな性質の関係はよくわかっていなかった

行ったこと

  • キラルなメチルラクテート分子に、直線偏光の超短紫外パルスを照射し励起

  • 円偏光の近赤外プローブパルスを用いて時間分解光電子円二色性分光測定を行った

  • 励起状態のリドベルグ波束のコヒーレントな量子ビートを観測した

  • 理論計算により電子ダイナミクスを解析した

検証方法

  • 直線偏光の超短紫外パルス(ポンプ光)と、時間遅延をつけた円偏光近赤外パルス(プローブ光)を用いる

  • プローブ光のヘリシティを変えて、各時間遅延での光電子角度分布を速度マップイメージング分光器で測定

  • 左右円偏光での光電子角度分布の差をとることで、時間分解光電子円二色性(TR-PECD)を得る

  • TR-PECDの時間変化を解析することで、励起直後の電子ダイナミクスの情報が得られる

分かったこと

  • 励起により生成したリドベルグ状態間のコヒーレントな量子ビートにより、数フェムト秒の時間スケールでキラルな光電子放出の非対称性が変調を受ける

  • 10フェムト秒以下で非対称性の符号が反転する

  • 励起により生じるキラルな電流と、プローブ光のヘリシティにより、イオン化後の分子配向が片寄る

  • これらの結果は理論計算とよく一致した

研究の面白く独創的なところ

  • 中性のキラル分子における超高速の電子の運動を、これまでにない高い時間分解能で明らかにした点

  • コヒーレントな電子の運動がキラルな光学応答を生み出していることを実験的に示した点

  • キラルな電流による分子配向の選択的な制御の可能性を理論的に示した点

この研究のアプリケーション

  • キラル分子の光励起ダイナミクスの基礎理解の深化

  • 電子の運動に着目した新しいキラル分子の光制御法の開発

  • 配向選択的な反応制御など、不斉合成への応用

著者と所属
Vincent Wanie, Erik P. Månsson, Francesca Calegari (Center for Free-Electron Laser Science CFEL, Deutsches Elektronen-Synchrotron DESY, Germany) Etienne Bloch, Valérie Blanchet, Yann Mairesse, Bernard Pons (Université de Bordeaux - CNRS - CEA, CELIA, France) David Ayuso (Department of Physics, Imperial College London, UK)

詳しい解説
本論文は、キラル分子であるメチルラクテートの2つの鏡像異性体(エナンチオマー)の光励起ダイナミクスを、超短パルスレーザーと時間分解光電子円二色性(TR-PECD)分光法を用いて調べた研究である。
キラル分子のエナンチオマーは、他のキラル分子や円偏光との相互作用の仕方が異なることが知られている。この性質は、不斉光触媒や円偏光検出・発光、分子スイッチなどに利用されている。しかし、光励起直後の超高速の電子の運動が、このキラルな性質にどのように関わっているのかは、これまでよくわかっていなかった。それは、中性分子内の電子ダイナミクスを観測するには、イオン化閾値以下のエネルギーで、かつ核の運動が無視できるような超短パルス光が必要で、そのような実験が難しかったためである。
本研究では、2.9フェムト秒という高い時間分解能を持つTR-PECD測定系を新たに構築し、これを用いて光励起キラル分子内の電子ダイナミクスの直接観測を試みた。実験では、メチルラクテート分子に直線偏光の紫外超短パルス(ポンプ光)を照射し、2光子遷移でイオン化閾値直下のリドベルグ状態に電子を励起する。この励起状態のダイナミクスを、時間遅延をつけた円偏光近赤外パルス(プローブ光)でイオン化し、放出された光電子の角度分布(PAD)をプローブ光のヘリシティ(左右円偏光)ごとに測定することで追跡した。左右円偏光でのPADの差をとったTR-PECD像を解析することで、励起状態の時間発展に関する情報が得られる。
その結果、励起により生成した複数のリドベルグ状態のコヒーレントな量子ビートにより、TR-PECD信号が数フェムト秒の時間スケールで変調を受けることが明らかになった。特に、低エネルギーの光電子の前方/後方非対称性は10フェムト秒以下で符号が反転した。これは中性キラル分子内で起きた電子の運動を反映したものである。さらに、量子化学計算と連続状態の散乱理論を組み合わせたモデル計算により、実験結果をよく再現することができた。加えて理論解析から、励起で生成したコヒーレントな電子の運動により、分子内にキラルな電流が生じていること、さらにその電流の向きとプローブ光のヘリシティの組み合わせにより、イオン化後の分子配向が片寄ることが示された。すなわち、電子の運動を介して、キラル分子の向きを選択的に制御できる可能性が示唆された。
本研究は、中性キラル分子内の電子の超高速運動を初めて明らかにし、その運動が分子のキラルな光学応答の起源となっていることを実験的に示した点で画期的である。さらに、コヒーレントな電子ダイナミクスを利用して、キラル分子の光異性化や配向選択的な反応を制御する新たな方法の開発にもつながると期待される。


頭蓋内の3次元的な血流を連続モニタリングできる超音波パッチの開発

この研究では、頭部に貼り付けるだけで頭蓋内の血流を3次元的かつ連続的にモニタリングできる柔軟な超音波パッチを開発しました。従来の経頭蓋ドップラー法では頭蓋骨による超音波の減衰や位相のずれが問題となり、複雑な頭蓋内血管の3次元的な描出や長時間の連続測定が難しいという課題がありました。

事前情報

  • 頭蓋内血流の正確かつ連続的なモニタリングは、脳神経系集中治療や脳血管研究において重要である。

  • 経頭蓋ドップラー法は非侵襲的に脳血流を評価できる広く用いられている手法だが、従来のプローブは硬く、複雑な3次元血管網の描出精度や長時間記録の実用性に制限がある。

行ったこと

  • 2MHzの超音波を用いることで、頭蓋骨による減衰や位相のずれを低減。

  • 銅メッシュ層を設けることで、皮膚への密着性を高めつつ、信号対雑音比を5dB改善。

  • 発散波を用いた超高速撮像法によりウィリス動脈輪を正確に3次元描出し、検査時のヒューマンエラーを最小化。

  • 集束超音波により任意の場所で連続的に血流スペクトルを記録。

検証方法

  • 36人の被験者で従来の経頭蓋ドップラープローブとの比較検証を実施。収縮期最高血流速度、平均血流速度、拡張末期血流速度について平均差とその標準偏差を算出。

  • 様々な介入下での連続的な血流スペクトル変化を記録。

  • 4時間の長時間記録中の眠気を催した際の頭蓋内B波のカスケードを同定。

分かったこと

  • 従来法との比較で、収縮期最高血流速度、平均血流速度、拡張末期血流速度の平均差±標準偏差は、それぞれ-1.51±4.34cm/s、-0.84±3.06cm/s、-0.50±2.55cm/sと高い一致を示した。

  • 超音波パッチの測定成功率は70.6%で、従来プローブの75.3%と同等だった。

  • 様々な介入下で連続的な血流スペクトル変化を記録できることを実証。

  • 4時間の長時間記録中に眠気に伴う頭蓋内B波のカスケードを捉えることに成功。

研究の面白く独創的なところ

  • 柔軟な超音波パッチにより、頭蓋内血流を手を使わずに3次元的かつ連続的にモニタリングすることを可能にした。

  • 2MHzの低周波と銅メッシュ層の活用で、頭蓋骨の影響を低減し、信号品質を大幅に改善。

  • 超高速撮像と集束超音波の組み合わせにより、ウィリス動脈輪の正確な3次元描出と任意箇所での連続的血流記録を両立。

この研究のアプリケーション

  • 脳神経系集中治療における頭蓋内血流のベッドサイドモニタリング

  • 脳血管障害の診断や治療効果のフォローアップ

  • 脳循環の生理学的メカニズムの解明を目的とした研究

  • 様々な介入や刺激に対する脳血流の反応性の評価

著者と所属

  • Sai Zhou, Xinyi Yang, Baiyan Qi, Xiangjun Chen, Sheng Xu (University of California San Diego, Materials Science and Engineering Program)

  • Xiaoxiang Gao, Geonho Park, Muyang Lin, Hao Huang, Yizhou Bian, Hongjie Hu, Ray S. Wu, Boyu Liu, Wentong Yue, Ruotao Wang, Sheng Xu (University of California San Diego, Department of Nanoengineering)

  • Chengchangfeng Lu, Pranavi Bheemreddy, Siyu Qin, Sheng Xu (University of California San Diego, Department of Electrical and Computer Engineering)

詳しい解説
本研究で開発された超音波パッチは、従来の経頭蓋ドップラー法の限界を克服し、頭蓋内血流を3次元的かつ連続的にモニタリングすることを可能にしました。従来法では、プローブの硬さや手動操作に起因する問題から、複雑な頭蓋内血管の描出精度や長時間記録の実用性に制限がありました。
本研究のキーとなったのは、低周波の2MHz超音波と銅メッシュ層の採用です。2MHzの超音波は頭蓋骨による減衰や位相のずれを大幅に低減し、銅メッシュ層は皮膚への密着性を高めつつ信号対雑音比を5dB改善しました。これにより、頭蓋骨の影響を最小限に抑えた高品質の血流情報の取得が可能となりました。
また、発散波を用いた超高速撮像法と集束超音波の組み合わせにより、ウィリス動脈輪の正確な3次元描出と、任意の場所での連続的な血流スペクトル記録を両立しました。これにより、検査時のヒューマンエラーを最小化し、頭蓋内血流のダイナミックな変化を逃さずモニタリングできます。
36人の被験者での検証実験では、従来法と比較して非常に高い測定精度が示されました。また、様々な介入下での連続的な血流変化の記録や、4時間におよぶ長時間記録中の眠気に伴う頭蓋内B波のカスケード検出にも成功しており、本手法の有用性の高さが実証されました。
本研究の成果は、脳神経系集中治療における頭蓋内血流のベッドサイドモニタリングや、脳血管障害の診断・治療効果のフォローアップ、さらには脳循環の生理学的メカニズム解明など、幅広い医療・研究分野への応用が期待されます。頭部に貼るだけで手軽に脳の血流を可視化・定量化できるようになれば、脳の健康管理や疾患予防にも大きく役立つでしょう。


動物に近縁な生物における生活環

イクチオスポア類は、動物やキノコに近縁な単細胞生物の一群です。本研究では、イクチオスポア類の複数の種において、単核と多核の生活環が開放型と閉鎖型の核分裂様式とそれぞれ関連づけられていることが明らかになりました。

事前情報

  • 真核生物は核分裂の際、核膜を分解する開放型と核膜を維持する閉鎖型の2つの極端な方向に進化してきた。

  • 開放型と閉鎖型の核分裂にはそれぞれ分裂装置の大きな違いがあるが、どちらの様式を採用するかの進化的要因は不明だった。

  • イクチオスポア類は動物やキノコに近縁な単細胞生物群で、単核や多核の多様な生活環を示す。

行ったこと

  • イクチオスポア類の複数種のゲノム情報を比較し、核分裂関連遺伝子のレパートリーを調べた。

  • 各種の微小管構築中心(MTOC)の超微細構造を電子顕微鏡で観察した。

  • 拡張顕微鏡法と電子顕微鏡を組み合わせ、各種の核分裂ダイナミクスを詳細に解析した。

  • 一部の種では人為的に多核化させ、核分裂への影響を調べた。

検証方法

  • 電子顕微鏡トモグラフィーとFIB-SEM

  • タンパク質のフィロジェニープロファイリング

  • 超微細構造拡張顕微鏡法(U-ExM)と蛍光免疫染色

  • 阻害剤処理による機能阻害実験

分かったこと

  • 単核のデルモシスチス類は動物型の開放型核分裂を示し、多核のイクチオホニダ類はキノコ型の閉鎖型核分裂を示した。

  • 開放型核分裂の種は中心体型のMTOCを持ち、閉鎖型核分裂の種は無中心体のMTOCを持っていた。

  • 多核種を人為的に単核化すると、多極紡錘体などの核分裂異常が生じた。

  • イクチオスポア類の系統外群も含め、単核/多核の生活環と開放型/閉鎖型の核分裂様式の間に強い相関が見られた。

研究の面白く独創的なところ

  • イクチオスポア類の多様性に着目し、生活環と核分裂様式の関連を初めて示した点。

  • 最先端の電子顕微鏡・拡張顕微鏡技術と比較ゲノム解析を組み合わせた学際的アプローチ。

  • 動物やキノコの単純化したモデルでは説明できない核分裂の多様性を明らかにした点。

この研究のアプリケーション

  • 生態的ニッチと生活環が細胞表現型を制約する新たな視点を提供。

  • 電子顕微鏡の利点と拡張顕微鏡の拡張性を組み合わせた新しい細胞生物学的アプローチの提案。

  • 核膜ダイナミクスや染色体分配の異常が関わるがんなどの疾患の理解に示唆を与える可能性。

著者と所属
Hiral Shah, Cell Biology and Biophysics, European Molecular Biology Laboratory (EMBL), ドイツ Marine Olivetta, Swiss Institute for Experimental Cancer Research, School of Life Sciences, Swiss Federal Institute of Technology (EPFL), スイス Omaya Dudin, Swiss Institute for Experimental Cancer Research, School of Life Sciences, Swiss Federal Institute of Technology (EPFL), スイス

詳しい解説
本研究は、動物やキノコの近縁種であるイクチオスポア類において、生活環の違いが核分裂の様式とどのように関連しているかを調べたものです。イクチオスポア類は多様な生活環を持つ単細胞生物群で、デルモシスチス類のように単核で増殖するグループと、イクチオホニダ類のように多核の細胞塊を形成するグループに大別されます。
研究チームはまず、各グループの代表種のゲノムデータを比較解析し、核分裂関連のタンパク質のレパートリーに違いがあることを見出しました。次に、電子顕微鏡で各種の微小管構築中心(MTOC)の超微細構造を観察したところ、単核種は中心体型の、多核種は無中心体型のMTOCを持つことが分かりました。さらに、最先端の超微細構造拡張顕微鏡法(U-ExM)を用いて核膜やMTOCのダイナミクスを詳細に解析した結果、単核種は核膜が分解する開放型の核分裂を、多核種は核膜が維持される閉鎖型の核分裂を行っていることが明らかになりました。多核種を人為的に単核化すると核分裂異常が生じたことから、閉鎖型核分裂は多核の環境に適応していると考えられます。
これらの結果から、イクチオスポア類では単核/多核という生活環の違いが、開放型/閉鎖型という核分裂様式の違いと強く結びついていることが示唆されました。同様の傾向は系統的に離れたアメーバ類でも見られることから、生活環が核分裂の進化を方向づける重要な要因である可能性が高いと考えられます。本研究は、生態的ニッチと生活環が細胞の表現型を制約するという新しい視点を提供するとともに、電子顕微鏡と拡張顕微鏡を組み合わせた画期的な細胞生物学的アプローチを提案しています。核膜ダイナミクスの異常はがんなどの疾患にも関わるため、本研究の知見はそうした疾患の理解にも示唆を与えるかもしれません。


銅が高温で強くなる謎を解明

極端な高ひずみ速度(107s-1以上)の条件下では、金属の強度は通常とは逆に温度上昇とともに増加することを、レーザー駆動マイクロ粒子衝突試験により実験的に示した。高温ほど銅、チタン、金の強度が上昇するのは、高速変形時の転位運動が熱活性化型から弾道的な輸送様式に変化し、フォノンとの相互作用による抵抗が増大するためと説明できる。この知見は、様々な極端高ひずみ速度条件下での材料特性の予測に役立つ。
通常、金属は高温で軟化する。しかし、ひずみ速度が104s-1を超えると、より多くの変形機構が活性化され、顕著な強度上昇をもたらす。本研究では、レーザー駆動マイクロ粒子衝突試験により、衝撃の影響を排除しつつ106~109s-1の極端な高ひずみ速度条件下で定量的に強度と硬さを評価した。その結果、銅、チタン、金において温度上昇とともに強度と硬さが増加することが明らかになった。これは、高速変形時の転位運動が熱活性化型から弾道的な輸送様式に変化し、フォノンとの相互作用による抵抗が増大するためと説明される。低ひずみ速度では古典的な熱軟化を示すが、105s-1以上の高ひずみ速度になると熱硬化に転じる臨界ひずみ速度の存在が示唆された。高速変形時の材料特性を正しく予測するには、ひずみ速度と温度の相乗効果を考慮する必要があることが分かった。

事前情報

  • 金属の強度は通常、温度上昇とともに低下する(軟化)。

  • ひずみ速度が104s-1を超えると、より多くの変形機構が活性化され、顕著な強度上昇をもたらす。

  • 極端な高ひずみ速度条件下での材料特性の理解は不十分である。

行ったこと

  • レーザー駆動マイクロ粒子衝突試験により、106~109s-1の極端な高ひずみ速度を実現。

  • 反発係数と残留クレーター体積から、動的降伏強度と動的硬さを定量評価。

  • 銅、チタン、金を対象に、高ひずみ速度下での強度と硬さの温度依存性を調査。

検証方法

  • 高速カメラにより衝突前後の粒子軌跡を追跡し、反発係数を算出。

  • レーザー走査型共焦点顕微鏡により衝突クレーター形状を計測し、動的硬さを算出。

  • 様々な衝突速度と温度条件で試験を行い、強度と硬さの温度・ひずみ速度依存性を評価。

分かったこと

  • 銅、チタン、金において、極端な高ひずみ速度下では温度上昇とともに強度と硬さが増加した。

  • 高速変形時の転位運動様式が、熱活性化型から弾道的な輸送に変化するためと説明できる。

  • 105s-1付近に、熱軟化から熱硬化への転移を示す臨界ひずみ速度が存在する。

研究の面白く独創的なところ

  • 衝撃の影響を排除しつつ、極端な高ひずみ速度条件下で定量的に強度と硬さを評価した初の研究。

  • 高ひずみ速度下での金属の逆温度依存性(高温ほど硬化)を実験的に示した。

  • 高速変形時の転位運動様式の変化により、奇妙な温度依存性が生じることを明らかにした。

この研究のアプリケーション

  • 極端条件下での材料特性予測モデルの高度化。

  • 高速加工、宇宙航空、防衛など、極端高ひずみ速度の関わる分野への応用。

  • ひずみ速度と温度の相乗効果を利用した、新たな材料設計指針の提案。

著者と所属
Ian Dowding, Christopher A. Schuh (マサチューセッツ工科大学、ノースウェスタン大学)

詳しい解説
本研究では、レーザー駆動マイクロ粒子衝突試験により、106~109s-1という極端な高ひずみ速度条件下で、金属材料の強度と硬さを定量的に評価した。通常、金属材料は温度上昇とともに軟化するが、本研究の高ひずみ速度条件下では、銅、チタン、金のいずれにおいても温度上昇とともに強度と硬さが増加するという、逆の温度依存性が観察された。
この奇妙な現象は、高速変形時の転位運動様式の変化により説明できる。通常の低ひずみ速度条件下では、転位は熱活性化により障害物を乗り越えて運動するため、高温ほど軟化が生じる。一方、104s-1を超える高ひずみ速度になると、より多くの変形機構が活性化され、転位の運動様式が弾道的な輸送に変化する。この場合、転位はフォノンとの相互作用による抵抗を受けるようになり、高温ほど抵抗が増大するため、強度と硬さが上昇すると考えられる。
さらに、低ひずみ速度での熱軟化と高ひずみ速度での熱硬化の間には、105s-1付近に臨界ひずみ速度が存在することが示唆された。高速変形時の材料特性を正しく予測するには、ひずみ速度と温度の複雑な相乗効果を考慮する必要がある。本研究の知見は、高速加工、宇宙航空、防衛など、極端高ひずみ速度の関わる分野での材料設計に役立つと期待される。



最後に
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