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論文まとめ318回目 SCIENCE タングステンジセレナイドとの近接効果によりスピン軌道相互作用が誘起されたABCA型四層グラフェンにおいて、カイラル絶縁体が観測された。!?など

科学・社会論文を雑多/大量に調査する為、定期的に、さっくり表面がわかる形で網羅的に配信します。今回もマニアックなSCIENCEです。

さらっと眺めると、事業・研究のヒントにつながるかも。
世界の先端はこんな研究してるのかと認識するだけでも、
ついつい狭くなる視野を広げてくれます。


一口コメント

Ciliopathy patient variants reveal organelle-specific functions for TUBB4B in axonemal microtubules
まれな疾患の患者から見つかったTUBB4B変異体が、軸糸微小管の器官特異的な機能を明らかにする
「 微小管は細胞骨格の重要な構成要素で、α-チューブリンとβ-チューブリンのペアが重合してできています。ヒトには10種類ものβ-チューブリンがありますが、その役割はよくわかっていませんでした。今回、原発性繊毛運動不全(PCD)という遺伝病の患者からTUBB4Bという特定のβ-チューブリンの変異が見つかり、繊毛や中心体の形成に必須であることが明らかになりました。TUBB4Bの変異の仕方によって、PCDだけでなく視力や聴力の障害など様々な症状が引き起こされることもわかってきました。チューブリンの多様性が、繊毛の多様性を生み出している可能性が示唆された重要な発見です。」

Sequence basis of transcription initiation in the human genome
ヒトゲノムにおける転写開始の配列的基盤
「 遺伝子発現の開始点である「プロモーター」の配列の特徴は、まだ十分に理解されていませんでした。本研究では、深層学習を応用した説明可能なモデル「Puffin」を開発し、ヒトゲノムの大部分のプロモーターの転写開始を、少数の配列パターンとルールで説明できることを示しました。プロモーター配列と機能の関係性に関する基本的な疑問に新たな光を当てる画期的な成果です。」

Genomic factors shape carbon and nitrogen metabolic niche breadth across Saccharomycotina yeasts
ゲノム要因が醸造酵母の炭素・窒素代謝ニッチ幅を形作る
「酵母は菌類の一種で、パンやビールの発酵に使われます。この研究では、1000種以上の酵母のゲノムと代謝能力を調べ、幅広い環境で生きられる「ゼネラリスト」と特定の環境に特化した「スペシャリスト」の違いを探りました。その結果、ゼネラリストのゲノムには代謝に関わる特定の遺伝子が多く含まれており、それが環境適応の鍵であることがわかりました。酵母の多様性を生み出す仕組みの理解が大きく前進した研究だと言えます。」

Nickel binding enables isolation and reactivity of previously inaccessible 7-aza-2,3-indolynes
ニッケル錯体による従来合成困難な7-アザ-2,3-インドリンの単離と反応性の実現
「ニッケルと配位子を用いることで、これまで合成が難しかった特殊な有機化合物「7-アザインドリン」を安定に取り出すことに成功しました。また、この化合物は求核剤や求電子剤と幅広く反応できることがわかりました。7-アザインドールは医薬品などに使われる重要な骨格なので、この研究成果はそれらの効率的な合成法の開発につながると期待されます。ニッケルとリン配位子の組み合わせが、不安定な化合物を「飼いならす」鍵だったようです。」

Observation of a Chern insulator in crystalline ABCA-tetralayer graphene with spin-orbit coupling
スピン軌道相互作用を有するABCA型四層グラフェン結晶におけるカイラル絶縁体の観測
「グラフェンを重ねる順番を変えると、電子の動きが大きく変わることが知られています。今回、4層のグラフェンをABCA順に重ね、隣にタングステンジセレナイドを置くことで、スピンと軌道の相互作用を誘起しました。すると、磁場がなくても電子の流れに方向性が生まれるカイラル絶縁体という特殊な状態が現れました。磁場の向きを変えると、電子の流れる向きもスイッチできます。グラフェンの層の重ね方を工夫することで、新しい電子状態を作り出せることを示した重要な発見です。」


要約

まれな遺伝病の患者から、微小管構成タンパク質のTUBB4Bが繊毛と中心体の形成に必須であることが明らかになった。

https://doi.org/10.1126/science.adf5489

原発性繊毛運動不全(PCD)の患者のゲノム解析から、β-チューブリンのTUBB4Bに新規の変異が見つかった。TUBB4Bのノックアウトマウスは、特定の組織で複数の運動性繊毛の形成が阻害され、PCDの表現型を再現した。クライオ電子顕微鏡解析から、TUBB4Bがヒトの呼吸器繊毛の二重微小管の主要なβ-チューブリンであることが明らかになった。さらに、TUBB4Bが中心体や繊毛に局在することも示された。変異の位置によって、チューブリンの生合成や微小管のダイナミクスに異なる影響を及ぼし、PCDだけでなく視力や聴力の障害など様々な症状につながることが分かった。TUBB4Bは中心体と繊毛の微小管構築に非冗長的な機能を持つことが明らかになった。

事前情報

  • 微小管はα-チューブリンとβ-チューブリンのヘテロダイマーの重合体である。

  • ヒトゲノムには9種類のα-チューブリンと10種類のβ-チューブリンがコードされている。

  • チューブリンアイソタイプが機能的に異なるのか、互換性があるのかは不明だった。

  • 原発性繊毛運動不全(PCD)は運動性繊毛の遺伝性疾患である。

行ったこと

  • PCDの原因が不明な患者でエクソーム解析を行った。

  • TUBB4Bのノックアウトマウスを作製し表現型を解析した。

  • ヒトの呼吸器繊毛のクライオ電子顕微鏡解析を行った。

  • 内在性にタグ付けしたTUBB4Bマウスを作製し局在を調べた。

  • 変異体の生化学的性質や微小管への影響を調べた。

検証方法

  • 次世代シークエンサーを用いたエクソーム解析

  • マウスの表現型解析

  • クライオ電子顕微鏡による構造解析

  • 内在性タグ付きTUBB4Bマウスの免疫蛍光染色

  • 変異体タンパク質の生化学的解析と微小管アッセイ

分かったこと

  • PCDの患者からTUBB4Bのde novo変異を同定した。

  • TUBB4Bノックアウトマウスは複数の運動性繊毛の形成不全を示した。

  • TUBB4Bはヒト気道繊毛の二重微小管の主要なβ-チューブリンだった。

  • TUBB4Bは多くの組織で中心体と繊毛に局在した。

  • 変異の位置によって、チューブリン生合成の阻害や微小管の不安定化など異なる影響があった。

  • TUBB4Bは中心体と繊毛の微小管構築に特異的で非冗長的な機能を持つ。

この研究の面白く独創的なところ

  • まれな遺伝病の患者からTUBB4Bの変異を見出し、繊毛形成における役割を明らかにした。

  • β-チューブリンの特定のアイソタイプが、繊毛と中心体に特異的に機能することを示した。

  • 変異の位置によって、チューブリンの生合成から微小管のダイナミクスまで多様な影響があることを明らかにした。

  • 内在性タグ付きマウスを用いて、生体内でのTUBB4Bの局在を可視化することに成功した。

この研究のアプリケーション

  • チューブリン関連疾患と繊毛病の関連性の理解が進む。

  • 遺伝性疾患の新たな原因遺伝子の同定に役立つ。

  • 繊毛の構造と機能の理解が深まる。

  • チューブリンアイソタイプの役割の解明につながる。

著者
Daniel O. Dodd, Sabrina Mechaussier, Patricia L. Yeyati, Fraser McPhie, Jacob R. Anderson, Chen Jing Khoo, Amelia Shoemark, Deepesh K. Gupta, Thomas Attard, [...], and Pleasantine Mill

詳しい解説
本研究は、原発性繊毛運動不全(PCD)という遺伝性の繊毛疾患の患者のゲノム解析から始まりました。PCDは気道や脳室、生殖器に存在する運動性繊毛に障害が起こる疾患で、繊毛を構成する微小管の形成異常が原因の一つと考えられています。しかし、これまでPCDの原因遺伝子として同定されていた50以上の遺伝子には、微小管を構成するチューブリンは含まれていませんでした。
今回、次世代シークエンサーを用いたエクソーム解析により、PCDの患者から微小管を構成するβ-チューブリンの一つTUBB4Bにde novo変異が見つかりました。興味深いことに、変異の位置によって、PCDのみを引き起こすものと、PCDに加えて視力障害や感音性難聴を伴うものがありました。これは同じ遺伝子の変異でも、その位置によって引き起こされる症状が異なることを示唆しています。
TUBB4Bの機能を調べるため、ノックアウトマウスを作製したところ、特定の組織で複数の運動性繊毛の形成が阻害され、繊毛数や基底小体数の減少がみられ、PCDの患者の表現型を再現しました。また、クライオ電子顕微鏡解析により、ヒトの呼吸器繊毛の二重微小管ではTUBB4Bが主要なβ-チューブリンであることが明らかになりました。
さらに、内在性にタグ付けしたTUBB4Bを発現するマウスを作製し、その局在を調べたところ、繊毛と中心体に特異的に局在することがわかりました。このことから、TUBB4Bは繊毛と中心体の微小管構築に重要な役割を果たしており、他のβ-チューブリンでは代償できない非冗長的な機能を持つことが示唆されました。
構造解析の結果、PCDの原因となるTUBB4Bの変異は、タンパク質の異なる領域に位置していました。そこで、変異体タンパク質の生化学的性質や微小管に与える影響を調べたところ、変異の位置によって、チューブリンの生合成に必要なシャペロンとの結合を阻害するものや、微小管のダイナミクスを不安定化させるものなど、異なる分子メカニズムで働くことが明らかになりました。
本研究は、まれな遺伝性疾患の患者のゲノム情報から新たな疾患関連遺伝子を同定し、その機能解析から繊毛形成の分子メカニズムに迫った画期的な成果です。β-チューブリンの特定のアイソタイプが繊毛と中心体の微小管構築に特異的に寄与していることを示し、チューブリンの多様性が繊毛の多様性につながることを示唆しました。 この発見は、チューブリン関連疾患と繊毛病の関連性の理解を深めるだけでなく、繊毛の構造と機能の解明や、遺伝性疾患の新たな原因遺伝子の同定にもつながると期待されます。


ヒトゲノムにおける転写開始の配列的基盤を、機械学習モデルPuffinを用いて解明

https://doi.org/10.1126/science.adj0116


プロモーターは遺伝子発現の開始に不可欠ですが、ヒトゲノムにおける転写開始を決定づける配列パターンとルールは十分に解明されていません。本研究では、深層学習を応用した説明可能なモデル「Puffin」を開発し、少数の配列パターンとルールでヒトプロモーターの大部分を説明できることを示しました。Puffinにより同定された主要な配列パターンは、位置特異的な効果で転写を活性化します。また、プロモーターにおける両方向への転写の配列的基盤や、細胞型特異的な遺伝子発現変動とプロモーター配列の関連性を解明し、哺乳類種間での転写開始の配列的決定因子の保存性も探索しました。

事前情報

  • プロモーターは遺伝子発現の開始に必須の領域だが、ヒトゲノムにおける転写開始サイトの大部分を説明できる統一的な理解はまだない。

行ったこと

  • 転写開始シグナルのプロファイルをプロモーター配列から予測する深層学習モデルを開発し、それを基に説明可能なモデルPuffinを設計した。

  • Puffinにより、ヒトプロモーターの大部分を説明できる少数の配列パターンとルールを同定した。

検証方法

  • NF-YとYY1転写因子の枯渇が転写開始シグナルに与える影響を検証し、モデルの妥当性を確認した。

  • CRISPR-Cap法で配列の摂動が転写開始シグナルに与える影響を評価し、モデル予測と一致することを確かめた。

分かったこと

  • モチーフ、イニシエーター、トリヌクレオチドの3種類の配列パターンが、位置と鎖特異的な効果で転写を活性化する。

  • 両方向性モチーフがプロモーターにおける両方向への転写の主要な駆動因子と考えられる。

  • モチーフの寄与と細胞型特異的なプロモーター活性の関連性が示された。

  • 哺乳類種間で転写開始のルールが保存されている。

この研究の面白く独創的なところ

  • 深層学習の知見を基に説明可能なモデルを構築し、プロモーター配列と転写開始の関係を統一的に理解した点。

  • 両方向性転写の配列的基盤を定量的に解明した点。

  • 細胞型特異的な遺伝子発現とプロモーター配列の関連性を見出した点。

  • 種間比較から、転写開始の配列的決定因子が哺乳類で広く保存されていることを示した点。

この研究のアプリケーション

  • ゲノム編集などによるプロモーター配列の最適化への応用。

  • 細胞型特異的な遺伝子発現制御機構の理解に役立つ。

  • 他の生物種のプロモーター解析にも適用可能。

  • 他のゲノム制御プロセスの配列的基盤の理解にもこのアプローチは有用。

著者
Kseniia Dudnyk, Donghong Cai, Chenlai Shi, Jian Xu, Jian Zhou

詳しい解説
本研究は、ヒトゲノムにおける転写開始の配列的基盤を、機械学習を用いて解明した画期的な成果です。遺伝子発現の開始点であるプロモーターの配列パターンは、転写開始の仕組みを反映していると考えられますが、ヒトゲノムの大部分のプロモーターを説明できる統一的な理解はまだ不十分でした。
研究チームは、転写開始シグナルのプロファイルをプロモーター配列から予測するという機械学習タスクを解くことで、転写開始の配列的制御の理解が深まると仮説を立てました。そこで、まず深層学習モデルを開発し、その解析に基づいて説明可能なモデル「Puffin」を設計するという、深層学習を応用した独自のアプローチを取りました。
Puffinにより、少数の配列パターンとシンプルなルールでヒトプロモーターの大部分が説明できることが明らかになりました。同定された配列パターンには、モチーフ、イニシエーター、トリヌクレオチドの3種類があり、転写開始サイトからの位置と鎖に応じて転写を活性化または抑制する効果が異なります。個々の配列パターンの効果は、対数スケールで加算的に組み合わされます。
Puffinで同定されたモチーフの多くは既知の転写因子モチーフと一致しましたが、それらの位置と鎖特異的な転写開始への効果はこれまで特徴づけられていませんでした。TATAやYY1のような方向性モチーフは一方の鎖の転写を強く活性化する一方、NFY、ETS、SP、ZNF143、NRF1、CREBのような両方向性モチーフは両方の鎖で逆方向に転写を活性化します。これらのモチーフの効果は、転写活性化の根底にあるメカニズムを反映していると考えられます。
モデルの妥当性は、NF-YとYY1転写因子の枯渇が転写開始シグナルに与える影響を検証することで確認されました。また、CRISPR-Cap法で配列の摂動が転写開始シグナルに与える影響を評価し、モデル予測と一致することが確かめられました。
Puffinにより、ヒトプロモーターにおける転写開始がモチーフレベルと塩基レベルの両方で説明可能になり、哺乳類ゲノム全体でも適用可能となりました。これにより、モチーフの寄与とプロモーターの細胞型特異性の関連性が示され、モチーフの寄与が外部からの転写活性化シグナルに対するプロモーターの応答曲線を調整していると考えられます。
また、ヒトプロモーターの大部分で見られる両方向転写の配列的基盤が解明されました。両方向性モチーフがその主要な駆動因子であり、両方の鎖での転写の共有される塩基レベルでの寄与が定量化されました。さらに、ヒトとマウスのデータ比較と241種の哺乳類での配列保存性から、転写開始のルールが哺乳類種間で保存されていることが示されました。
本研究は、深層学習から得られた知見に基づいて説明可能なモデルを構築するアプローチにより、転写開始の配列的基盤への豊富な洞察が得られることを示しています。今後、このアプローチは他のゲノム制御プロセスの配列的基盤の理解にも応用可能であると期待されます。


ゲノム情報から酵母の代謝的ニッチ幅の進化を解明

https://doi.org/10.1126/science.adj4503

本研究では、酵母亜門Saccharomycotinaに属する1051種1154株のゲノム、24種類の環境での代謝能力、生態学的データを網羅的に解析しました。その結果、炭素源の利用可能な幅(ニッチ幅)の違いは、特定の代謝経路の遺伝子の有無に起因することがわかりました。機械学習を用いて、ゼネラリストとスペシャリストを、ゲノム情報から高い精度で区別できました。ニッチ幅とパフォーマンスのトレードオフはほとんど見られませんでした。これらの結果から、酵母の多様性や適応進化には、ゲノムに組み込まれた内的要因が大きく関与していることが示唆されました。

事前情報

  • 生物のニッチ幅は、特定の環境に特化したスペシャリストから幅広い環境で生きられるゼネラリストまで大きく異なる。

  • ニッチ幅の違いは、「ジャックオブオールトレード、マスターオブナン」のトレードオフや、外的・内的要因の影響で説明されてきた。

  • 酵母は、出芽酵母やカンジダなど多様な種を含む古い真核生物群で、ゲノム、代謝、生態の研究に適している。

行ったこと

  • ほぼ全ての既知の酵母種1051種1154株のゲノム配列を決定した。

  • 24種類の環境条件での代謝成長データを定量的に取得した。

  • 分離環境を階層的な生態学的オントロジーで整理した。

  • 進化解析、機械学習、ネットワーク解析を行った。

検証方法

  • ゼネラリストとスペシャリストのゲノム、表現型、生態の特徴を比較解析

  • 機械学習を用いて、ゲノム情報からニッチ幅を予測

  • 炭素・窒素ニッチ幅と成長速度のトレードオフを検証

  • 祖先形質の再構築と共進化解析によるニッチ幅進化の解明

分かったこと

  • 酵母の代謝ニッチ幅は主に内的要因(ゲノム)に規定されていた。

  • ゼネラリストのゲノムは遺伝子数や代謝反応が多く、機械学習で高精度に予測できた。

  • 炭素・エネルギー代謝の柔軟性や頑健性に関わる4つの経路・複合体の遺伝子が重要だった。

  • ゼネラリストは遺伝子や形質の獲得・維持、スペシャリストは遺伝子・形質の欠失を繰り返して進化した。

  • 炭素ニッチ幅と成長速度のトレードオフは見られなかった。

この研究の面白く独創的なところ

  • 1000種を超える酵母の網羅的なゲノム、表現型、生態データを構築した点

  • ニッチ幅の違いを生み出すゲノム要因を特定した点

  • 機械学習を駆使して、ゲノム情報からニッチ幅を高精度に予測した点

  • ニッチ幅進化のメカニズムを祖先形質の再構築と共進化解析で解明した点

この研究のアプリケーション

  • 酵母の環境適応メカニズムの理解に役立つ。

  • 機能未知の遺伝子の機能予測に利用できる。

  • 有用物質生産や発酵食品への応用が期待される。

  • 他の微生物のニッチ幅進化の理解にも示唆を与える。

著者と所属
Dana A. Opulente, Abigail Leavitt LaBella, Marie-Claire Harrison, John F. Wolters, Chao Liu, Yonglin Li, Jacek Kominek, Jacob L. Steenwyk, Hayley R. Stoneman, [...], Chris Todd Hittinger (Department of Food Science and Technology, University of California, Davis, Davis, CA, USA; Department of Biology, Villanova University, Villanova, PA, USA; Department of Bacteriology, University of Wisconsin-Madison, Madison, WI, USA; [...])

詳しい解説
本研究は、真核微生物である酵母亜門Saccharomycotinaを対象に、ゲノム、代謝、生態の大規模データを構築し、ニッチ幅の進化メカニズムを解明した画期的な成果です。酵母は、パン酵母やビール酵母として馴染み深いほか、バイオ燃料生産や発酵食品など幅広い分野で利用されている重要な微生物です。一方で、酵母には多様な種が存在し、それぞれ異なる生態的地位(ニッチ)を占めていることが知られています。 研究チームは、まず1000種を超える酵母の網羅的なゲノム解読を行いました。これは動物や植物に匹敵する遺伝的多様性を持つ、真核生物では最大規模のゲノムデータセットの一つです。さらに、これらの酵母を24種類の環境条件で培養し、炭素源や窒素源の利用能力を定量的に評価しました。また、各酵母種が分離された環境を、階層的な生態学的オントロジーを用いて整理しました。 この大規模データを基に、研究チームは進化解析、機械学習、ネットワーク解析など複数のアプローチを駆使して、酵母のニッチ幅を規定する要因を探りました。その結果、ゼネラリスト(幅広い環境に適応可能な種)とスペシャリスト(特定の環境に特化した種)の違いは、ゲノムに組み込まれた内的要因、特に特定の代謝経路の遺伝子の有無に強く関連していることがわかりました。 具体的には、ゼネラリストのゲノムは遺伝子数が多く、代謝マップ上の反応もより多様でした。機械学習モデルを用いると、ゲノム情報からゼネラリスト・スペシャリストを高精度で判別できました。予測に最も寄与したのは、炭素やエネルギー代謝の柔軟性や頑健性に関わる4つの代謝経路・タンパク質複合体の遺伝子群でした。 さらに研究チームは、祖先形質の再構築と共進化解析を行い、ゼネラリストは遺伝子や形質の獲得・維持を繰り返して進化してきたのに対し、スペシャリストは遺伝子・形質の欠失を繰り返して進化してきたことを明らかにしました。また、炭素ニッチ幅と成長速度や窒素源利用能力との間に、明確なトレードオフは見られませんでした。これは「ジャックオブオールトレード、マスターオブナン」仮説とは対照的な結果です。 本研究は、ゲノム情報を手がかりに、酵母の代謝的ニッチ幅を生み出す分子メカニズムに迫った画期的な成果だと言えます。構築されたデータセットは、酵母の環境適応メカニズムの解明や、機能未知遺伝子の機能予測、有用物質生産への応用など、様々な研究に役立つと期待されます。また、酵母という単純なモデル生物系から得られた知見は、他の微生物や複雑な真核生物のニッチ幅進化を理解する上でも重要な示唆を与えるでしょう。DNAの情報が生物の多様性とどのように結びついているのか。本研究は、その根本的な問いに分子レベルから迫る、意欲的な挑戦だったと言えます。


ニッケル錯体を用いて従来合成困難だった7-アザインドリンの安定化と反応性を実現

https://doi.org/10.1126/science.adi1606

 本研究では、ニッケル錯体を用いることで、これまで単離が困難だった歪みの大きな7-アザ-2,3-インドリンの安定化に成功した。得られた錯体の構造をX線結晶構造解析や各種分光法により明らかにし、求核剤や求電子剤との反応性を見出した。5員環内に三重結合を持つヘテロアリンは高い反応性が期待されるが、その歪みの大きさから従来の手法では合成が難しかった。本研究の成果は、7-アザインドールなどの含窒素芳香族化合物の効率的な合成法の開発に貢献すると期待される。

事前情報

  • N-ヘテロ芳香族化合物は医薬品や農薬、材料として重要である。

  • 7-アザインドールは多くの生物活性化合物に含まれる骨格である。

  • ヘテロアリン(ヘテロ芳香環内の三重結合)は高い反応性を示すが、5員環内では歪みが大きく不安定である。

行ったこと

  • 1,2-ビス(ジシクロヘキシルホスフィノ)エタンを配位子とするニッケル錯体を用いて、一連の7-アザインドール-2,3-イン錯体を合成した。

  • X線結晶構造解析や各種分光法により、得られた錯体の構造を明らかにした。

  • 7-アザインドール-2,3-イン錯体と各種求核剤、求電子剤、エノフィルとの反応性を調べた。

検証方法

  • X線結晶構造解析による錯体の構造決定

  • NMRや質量分析、IRなどの各種分光法による錯体の同定

  • 錯体と各種反応剤との反応生成物の単離・同定

分かったこと

  • Ni(dcype)錯体により、7-アザインドール-2,3-インが安定に単離できることを見出した。

  • X線結晶構造解析から、ニッケルへの配位により7-アザインドリンの歪みが緩和されていることが示唆された。

  • 7-アザインドール-2,3-イン錯体は、求核剤、求電子剤、エノフィルと幅広く反応することがわかった。

この研究の面白く独創的なところ

  • 従来合成困難だった歪みの大きなヘテロアリンを、ニッケル錯体として安定に取り出した点が画期的。

  • 金属錯体形成による歪み緩和という、有機金属化学の基本原理に基づいた合成戦略が独創的。

  • 医薬品骨格として重要な7-アザインドールの新たな修飾法につながる点が興味深い。

この研究のアプリケーション

  • 7-アザインドールなどの含窒素ヘテロ芳香族化合物の効率的な合成法の開発。

  • 新しい含窒素複素環化合物ライブラリーの構築と生物活性評価への応用。

  • ヘテロアリンを利用した新反応開発への展開。

  • 遷移金属錯体の配位子設計による不安定化学種の安定化と反応制御。

著者と所属
Jenna N. Humke†, Roman G. Belli†, Erin E. Plasek†, Sallu S. Kargbo, Annabel Q. Ansel, and Courtney C. Roberts* (Department of Chemistry, University of Minnesota, Minneapolis, MN, USA)

詳しい解説
この研究は、有機合成化学と有機金属化学の観点から非常にユニークで重要な成果だと言えます。有機化合物の中には、その構造的な特徴から合成が難しいものが数多く存在します。特に、小さな環の中に不飽和結合を持つ化合物は、環歪みの大きさから非常に不安定で、従来の合成法では取り扱いが困難でした。
本研究で着目された7-アザ-2,3-インドリンは、まさにそのような「合成の難しい化合物」の一つです。インドールの7位の炭素をNに置換した骨格は、医薬品などに頻繁に使われる重要な構造ですが、そこに三重結合を組み込むことは容易ではありません。なぜなら、五員環構造の中に直線的な三重結合が入ることで、非常に大きな歪みエネルギーが生じるためです。
本研究のポイントは、この7-アザ-2,3-インドリンを「ニッケル錯体として安定化する」という着想にあります。有機金属化学の原理として、不飽和結合は金属に配位することで安定化されることが知られています。研究チームは、この原理を7-アザ-2,3-インドリンに適用することを思いつきました。適切なホスフィン配位子を持つニッケル錯体を用いることで、7-アザ-2,3-インドリンが配位した錯体の合成と単離に成功したのです。
さらに重要なのは、得られた錯体が求核剤や求電子剤と反応することを見出した点です。通常のインドールでは2,3位での反応は起こりにくいのですが、三重結合の導入によって、その部位の反応性が飛躍的に向上したことになります。実際、アルキル化やハロゲン化、付加環化などの多様な反応が進行することが示されました。
本研究の成果は、有機合成化学に新たな「武器」を与えるものだと言えるでしょう。7-アザインドール骨格は医薬品開発において非常に重要ですが、その効率的な合成法は限られていました。7-アザ-2,3-インドリンを経由することで、これまでにない分子変換が可能になります。さらに、本研究で開発された「金属錯体による不安定化学種の安定化」という戦略は、他の歪んだ化合物の合成にも応用できる可能性を秘めています。
本研究は、基礎有機化学と有機金属化学の美しい協奏により生まれた成果だと言えます。不安定な化合物を「飼いならす」ための新しい方法論は、有機合成化学者の創造性を大いに刺激するはずです。今後、本研究を起点として、より多様な含窒素化合物の合成法が開発されていくことが大いに期待されます。



タングステンジセレナイドとの近接効果によりスピン軌道相互作用が誘起されたABCA型四層グラフェンにおいて、カイラル絶縁体が観測された。

https://doi.org/10.1126/science.adj8272

本研究では、ABCA型に積層した4層グラフェンにタングステンジセレナイドを近接させることで、強いスピン軌道相互作用を誘起した。その結果、電荷中性点近傍でゼロ磁場下においてカイラル絶縁体が出現し、ホール抵抗がh/4e^2に量子化された。層間電場を変化させることで、層反強磁性絶縁体、カイラル絶縁体、層分極絶縁体の3つの対称性の破れた絶縁状態とその間の転移を連続的に制御できることがわかった。さらに、磁場、電気的ドーピング、層間電場の3つのパラメータによりカイラル絶縁体の磁気秩序をスイッチングできることを示した。

事前情報

  • 多層グラフェンでは、積層の仕方によってスピンや谷、層の自由度に縮退が生じ、クーロン相互作用により多様な対称性の破れた状態が現れる。

  • ABCA型四層グラフェンは、理論的にカイラル絶縁体などのトポロジカルな状態を示すことが予言されていた。

  • グラフェン単体ではスピン軌道相互作用が非常に弱い。

行ったこと

  • 六方晶窒化ホウ素で挟んだABCA型四層グラフェンを作製し、タングステンジセレナイドを近接させた。

  • 電気抵抗、ホール抵抗の磁場依存性、ゲート電圧依存性を測定した。

  • 層間電場を系統的に変化させ、絶縁状態の相図を作成した。

  • 磁場、電気的ドーピング、層間電場を変えることで磁気秩序のスイッチングを試みた。

検証方法

  • 電気抵抗、ホール抵抗の磁場依存性、ゲート電圧依存性の測定

  • 層間電場の系統的な変化による絶縁状態の相図の作成

  • 磁場、電気的ドーピング、層間電場の変化による磁気秩序のスイッチング

分かったこと

  • 電荷中性点近傍でゼロ磁場下においてカイラル絶縁体が出現し、ホール抵抗がh/4e^2に量子化された。

  • 層反強磁性絶縁体、カイラル絶縁体、層分極絶縁体の3つの対称性の破れた絶縁状態とその間の転移を連続的に制御できた。

  • 磁場、電気的ドーピング、層間電場の3つのパラメータによりカイラル絶縁体の磁気秩序をスイッチングできた。

この研究の面白く独創的なところ

  • グラフェンの積層方法とタングステンジセレナイドの近接効果を利用してスピン軌道相互作用を誘起した点が独創的。

  • ゼロ磁場下でカイラル絶縁体を実現し、ホール抵抗の量子化を観測した点が画期的。

  • 層間電場により複数の絶縁状態を連続的に制御できることを示した点が興味深い。

  • カイラル絶縁体の磁気秩序を電気的にスイッチングできる点が面白い。

この研究のアプリケーション

  • グラフェンの積層制御による新奇電子状態の探索と応用に道を開く。

  • スピントロニクスやバレートロニクスへの応用が期待される。

  • 低消費電力の磁気メモリや論理演算デバイスへの応用の可能性がある。

  • 非可換ゲージ場の人工的な実現と研究に役立つ。

著者と所属
Yating Sha†, Jian Zheng†, Kai Liu†, Hong Du, Kenji Watanabe, Takashi Taniguchi, Jinfeng Jia, Zhiwen Shi, Ruidan Zhong, Guorui Chen* (上海交通大学、国立材料科学研究所、Tsung-Dao Lee研究所)

詳しい解説
本研究は、グラフェンの積層方法とタングステンジセレナイドとの近接効果を利用して、グラフェンにスピン軌道相互作用を誘起し、ゼロ磁場下でカイラル絶縁体を実現した画期的な成果です。 グラフェンは炭素原子が蜂の巣格子状に並んだ二次元物質で、優れた電子的性質を持ちますが、通常のグラフェンではスピン軌道相互作用が非常に弱いことが知られています。一方、グラフェンを重ねた多層グラフェンでは、積層の順序によってスピンや谷、層の自由度に縮退が生じ、クーロン相互作用の効果により、強磁性や反強磁性、超伝導などの多様な対称性の破れた状態が理論的に予言されていました。 特にABCA型に積層した四層グラフェンでは、バンド構造の特殊性からカイラル絶縁体などのトポロジカルな状態が出現すると期待されていましたが、実験的な検証は課題でした。今回、著者らはABCA型四層グラフェンをタングステンジセレナイドに近接させることで、グラフェンにスピン軌道相互作用を誘起することに成功しました。 電気抵抗とホール抵抗の測定から、電荷中性点近傍でゼロ磁場下においてカイラル絶縁体が出現し、ホール抵抗がh/4e^2に量子化されていることを見出しました。このカイラル絶縁体は、トポロジカルに非自明なバンド構造を持ち、エッジに沿って一方向にのみ流れるカイラルエッジ状態を有します。通常のホール効果とは異なり、カイラル絶縁体ではゼロ磁場下で自発的な時間反転対称性の破れが起こっているのが特徴です。 さらに、層間電場を系統的に変化させることで、層反強磁性絶縁体、カイラル絶縁体、層分極絶縁体の3つの対称性の破れた絶縁状態とその間の転移を連続的に制御できることを示しました。層反強磁性絶縁体は隣り合う層の間で反対向きのスピン分極を持ち、一方、層分極絶縁体は特定の層にのみ電子が偏る状態です。 驚くべきことに、カイラル絶縁体の磁気秩序は、磁場、電気的ドーピング、層間電場の3つのパラメータによりスイッチングできることがわかりました。つまり、カイラル絶縁体の磁化の向きを外部から電気的に制御できるのです。これは、スピントロニクスやバレートロニクスへの応用につながる重要な発見と言えます。 本研究は、グラフェンという身近な物質に、積層の工夫とスピン軌道相互作用の付与により新奇な物性を引き出すことに成功した点で高く評価できます。多層グラフェンには、まだ多くの未知の可能性が秘められているはずです。本研究の手法は、グラフェンのみならず、他の二次元物質の積層構造による物性探索にも適用できるでしょう。 また、カイラル絶縁体は非可換ゲージ場の人工的な実現としても興味が持たれています。今後、カイラル絶縁体のエッジ状態の直接観測や、量子輸送現象の解明など、基礎物理の観点からも重要な研究対象になると期待されます。本研究は、グラフェンが拓く物性科学の新しい地平を切り開いたと言えるでしょう。


最後に
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