見出し画像

論文まとめ286回目 SCIENCE 有機農業は周りの農場に悪影響!?など

科学・社会論文を雑多/大量に調査する為、定期的に、さっくり表面がわかる形で網羅的に配信します。今回もマニアックなSCIENCEです。

さらっと眺めると、事業・研究のヒントにつながるかも。
世界の先端はこんな研究してるのかと認識するだけでも、
ついつい狭くなる視野を広げてくれます。


一口コメント

Spillover effects of organic agriculture on pesticide use on nearby fields
周辺圃場の農薬使用量に対する有機農業のスピルオーバー効果
「有機農業が増えると、低い割合では周辺の慣行農地の農薬使用量が増加しますが、高い割合になると全体の農薬使用量は減少します。これは、有機農地からの害虫や天敵のスピルオーバー効果が、慣行農地と有機農地で異なるためです。有機農地が集中している場合、このスピルオーバー効果を緩和できます。つまり、有機農業の環境への恩恵は、高い割合で導入されるか、空間的にまとまっている場合に現れるのです。」

Evolution-inspired engineering of nonribosomal peptide synthetases
非リボソームペプチド合成酵素の進化に着想を得た酵素工学
「非リボソームペプチド合成酵素(NRPS)は、アミノ酸をつなぎ合わせてペプチドを合成する巨大な酵素複合体です。この研究では、NRPSの進化を詳細に解析することで、これまで知られていなかったチオール化ドメイン内の組換え部位を発見しました。この知見を活用し、進化に着想を得た「Tドメイン間の交換ユニット(XUT)」と名付けた新しいNRPS改変手法を開発。異なるNRPSの断片を組み合わせることで、GC含量や類似性、基質特異性が大きく異なる人工ペプチドを自在に設計・生産できるようになりました。この手法により、5つの異なるNRPS断片から構成されるプロテアソーム阻害剤の生産に成功しています。NRPSの進化メカニズムを解明し、それを巧みに応用した本研究は、合理的な酵素工学の新たな可能性を切り拓くものと言えるでしょう。」

Structure and function of the Arabidopsis ABC transporter ABCB19 in brassinosteroid export シロイヌナズナのABC輸送体ABCB19のブラシノステロイド輸送における構造と機能
「ブラシノステロイドの細胞外輸送の仕組みを解明!植物の成長を制御する鍵は、ABCB19輸送体にあり!」

Repeated co-option of HMG-box genes for sex determination in brown algae and animals
褐藻類と動物における性決定のためのHMGボックス遺伝子の繰り返しの転用
「褐藻類とヒトは10億年以上の進化の歴史を経て、独立に同じHMGボックス遺伝子を性決定に用いるようになったという驚くべき発見です。この研究は、生物が類似の仕組みを何度も独立に獲得する収斂進化の好例を示しています。」

Evolution-guided engineering of trans-acyltransferase polyketide synthases
進化の洞察に基づく trans-アシルトランスフェラーゼポリケチド合成酵素の工学的改変
「バクテリアが持つ巨大な酵素複合体である trans-アシルトランスフェラーゼポリケチド合成酵素(PKS)は、医薬品の開発に重要な天然物を生産します。しかし、その構造の複雑さゆえに、これらの酵素を改変して新しい化合物を作ることは容易ではありませんでした。
本研究では、PKSの進化の過程に着目し、酵素のパーツを入れ替えても機能する部位を特定しました。その部位を利用することで、様々なPKSからパーツを組み合わせ、22種類もの新しいPKSを作ることに成功したのです。まるでレゴブロックのように、パーツを組み替えて新しい酵素を作れるようになったのです。
この手法を使えば、これまで合成が難しかった複雑な化合物を、バクテリアに作らせることができるようになります。新薬の開発にも大きく貢献すると期待されます。自然が長い時間をかけて作り上げた精巧な酵素を、人間の知恵で自在に改変できるようになったのは、とてもエキサイティングな成果だと言えるでしょう。」



要約

有機農業のスピルオーバー効果が、周辺の慣行農地での農薬使用量に影響を与える

https://www.science.org/doi/10.1126/science.adf2572

有機農業が周辺の慣行農地の農薬使用量に与える影響を、カリフォルニア州カーン郡のデータを用いて分析した。その結果、有機農地の割合が低い場合は周辺の慣行農地の農薬使用量が増加するが、高い場合は全体の農薬使用量が減少することがわかった。これは有機農地からの害虫と天敵のスピルオーバー効果の差異によるもので、有機農地を集中させることでこの影響を緩和できる。

事前情報
有機農業は農薬使用量を減らすことで環境への負荷を低減するが、周辺農地への影響は不明だった。

行ったこと
カリフォルニア州カーン郡の約14,000圃場、7年分のデータを用いて、周辺の有機農地面積が慣行・有機農地の農薬使用量に与える影響を分析した。さらに全米データでも検証した。

検証方法
空間・時間変動を利用したパネルデータ分析により、周辺の有機農地面積が農薬使用量に与える影響を推定。慣行・有機農地で影響が異なるかも検証した。

分かったこと
周辺の有機農地割合が高いほど、有機農地の農薬使用量は減少、慣行農地では増加した。シミュレーションの結果、有機農地割合が低い場合は全体の殺虫剤使用量が増加するが、高い場合は減少した。有機農地を集中させることで、慣行農地への影響を緩和できる。

この研究の面白く独創的なところ
有機農業の周辺農地への影響を定量的に明らかにし、害虫と天敵のスピルオーバー効果の差異を示唆した点。有機農地の空間配置の重要性も示した。

この研究のアプリケーション
有機農業の環境負荷低減効果を高めるために、集中的な配置を促進する政策の検討に役立つ。

著者と所属
ASHLEY E. LARSEN, FREDERIK NOACK, L. CLAIRE POWERS

詳しい解説
この研究は、有機農業が周辺の慣行農地に与える影響を定量的に分析した点で画期的です。カリフォルニア州カーン郡の膨大な圃場データを用いたパネルデータ分析により、周辺の有機農地割合が高いほど、有機農地の農薬使用量が減少し、慣行農地では逆に増加することを明らかにしました。
これは、有機農地からの害虫と天敵のスピルオーバー効果の差異によるものと考えられます。有機農地では化学農薬に頼らない防除を行うため、害虫が増えやすい一方で、天敵も増えやすいのです。害虫は慣行農地に流入して被害をもたらし農薬使用を増やすのに対し、天敵は有機農地での防除を助ける働きをします。
さらに著者らは、有機農地の割合と殺虫剤使用量の関係をシミュレーションで予測しました。その結果、有機農地割合が低い場合は害虫の流入による慣行農地での使用増が全体の使用量を押し上げますが、高い場合は有機農地での使用減の効果が勝ることを示しました。加えて、有機農地を集中させることで慣行農地への害虫の流入を抑え、全体の農薬使用量を減らせることを明らかにしました。
この研究は、有機農業の環境負荷低減効果を高めるための政策立案に示唆を与えるものです。有機農地を計画的に集中させることで、化学農薬に頼らない持続可能な農業の実現に近づくことができるでしょう。単に有機農地を増やすだけでなく、どのように配置するかが重要だということを、この研究は教えてくれています。


非リボソームペプチド合成酵素の進化に着想を得た酵素工学手法の開発

https://www.science.org/doi/10.1126/science.adg4320

非リボソームペプチド合成酵素(NRPS)の進化を詳細に解析し、これまで知られていなかったチオール化ドメイン内の組換え部位を発見した。この知見を基に、進化に着想を得た「Tドメイン間の交換ユニット(XUT)」と名付けた新しいNRPS改変手法を開発。GC含量や類似性、基質特異性が大きく異なるNRPSの断片を組み合わせ、人工ペプチドを設計・生産することに成功した。

事前情報
非リボソームペプチド(NRP)は、医薬品開発に重要な役割を果たしているが、その構造的複雑さや合成・改変の難しさから臨床応用に課題があった。

行ったこと
NRPSの進化を詳細に解析し、これまで知られていなかったチオール化(T)ドメイン内の組換え部位を同定した。この知見を活用し、進化に着想を得た「Tドメイン間の交換ユニット(XUT)」と名付けた新しいNRPS改変手法を開発した。

検証方法
系統的な実験解析とインシリコ解析を組み合わせ、NRPSの進化を解析。融合点スクリーニングにより、進化に着想を得た合成工学部位を同定し、無関係な天然NRPS由来の構成単位を組み合わせて50以上の人工ペプチドを設計した。

分かったこと
NRPSのTドメイン内に、これまで知られていなかった組換え部位が存在することを明らかにした。XUT手法により、分類、生化学、GC含量が異なるNRPS構成単位を組み合わせることが可能になった。

この研究の面白く独創的なところ
NRPSの進化メカニズムを解明し、それを巧みに応用して新たな酵素工学手法を開発した点。進化生物学と合成生物学を融合させた独創的なアプローチと言える。

この研究のアプリケーション
UT手法により、医薬品開発に有用な生理活性ペプチドを自在に設計・生産できるようになる。合成生物学やNP工学の発展に寄与し、臨床応用に向けた創薬プロセスの効率化が期待される。

著者と所属
KENAN A. J. BOZHÜYÜK, LEONARD PRÄVE, CARSTEN KEGLER, LEONIE SCHENK, SEBASTIAN KAISER, CHRISTIAN SCHELHAS, YAN-NI SHI, WOLFGANG KUTTENLOCHNER, MAX SCHREIBER, JOSHUA KANDLER, MOHAMMAD ALANJARY, T. M. MOHIUDDIN, MICHAEL GROLL, GEORG K. A. HOCHBERG, HELGE B. BODE

詳しい解説
この研究は、非リボソームペプチド合成酵素(NRPS)の進化メカニズムを解明し、それを応用した新しい酵素工学手法を開発した点で画期的です。NRPSは、アミノ酸をつなぎ合わせてペプチドを合成する巨大な酵素複合体で、医薬品開発に重要な役割を果たしています。しかし、その構造的複雑さや合成・改変の難しさから、臨床応用には課題がありました。
著者らは、NRPSの進化を詳細に解析することで、これまで知られていなかったチオール化(T)ドメイン内の組換え部位を発見しました。この知見を活用し、進化に着想を得た「Tドメイン間の交換ユニット(XUT)」と名付けた新しいNRPS改変手法を開発。系統的な実験解析とインシリコ解析を組み合わせ、融合点スクリーニングにより進化に着想を得た合成工学部位を同定し、無関係な天然NRPS由来の構成単位を組み合わせて50以上の人工ペプチドを設計しました。
XUT手法により、分類、生化学、GC含量が大きく異なるNRPS構成単位を自在に組み合わせられるようになりました。実際に、5つの異なるNRPS断片から構成されるプロテアソーム阻害剤の生産に成功しています。この手法は、既存の工学手法を補完する汎用性の高いアプローチであり、合成生物学やNP工学の発展に大きく寄与すると考えられます。
進化生物学と合成生物学を融合させた独創的なアプローチにより、NRPSの合理的な改変を可能にした本研究は、医薬品開発に有用な生理活性ペプチドの自在な設計・生産に道を拓くものです。臨床応用に向けた創薬プロセスの効率化が期待され、新たな酵素工学の可能性を切り拓く成果と言えるでしょう。


ブラシノステロイドの細胞外への輸送を担うABC輸送体ABCB19の構造と機能の解明

https://doi.org/10.1126/science.adj4591

ブラシノステロイドは植物の成長や環境ストレス応答を制御する重要な植物ホルモンですが、細胞内で合成された後、細胞外に輸送されて受容体と結合することで機能します。しかし、その輸送メカニズムは不明でした。本研究では、シロイヌナズナのABC輸送体ABCB19がブラシノステロイドの輸送体として機能することを明らかにしました。ABCB19の構造解析により、ブラシノステロイドが結合する部位が特定され、輸送メカニズムが解明されました。また、ABCB19と近縁のABCB1も同様の機能を持つことが示されました。これらの結果は、ブラシノステロイドのシグナル伝達において、ABCB19とABCB1が重要な役割を果たしていることを示しています。

事前情報
ブラシノステロイドは植物の成長や環境ストレス応答に重要な役割を果たす植物ホルモンであり、細胞内で合成された後、細胞外の受容体と結合することで機能する。しかし、極性分子であるブラシノステロイドが細胞膜を単純拡散で通過することは難しく、その輸送メカニズムは不明であった。シロイヌナズナのABC輸送体ABCB19は、別の植物ホルモンであるオーキシンの輸送に関与することが示唆されていたが、基質特異性については十分な検証がなされていなかった。

行ったこと

  1. 各種植物ホルモン存在下でのABCB19のATPase活性を測定

  2. ABCB19とブラシノステロイドの結合親和性を等温滴定型熱量計で測定

  3. プロテオリポソームとプロトプラストを用いたブラシノステロイド輸送アッセイ

  4. 野生型とATPase不活性型ABCB19の構造解析

  5. ABCB19とABCB1のブラシノステロイドシグナル伝達における役割を遺伝学的に解析

検証方法

  1. プロテオリポソームとシロイヌナズナプロトプラストを用いた輸送アッセイによるABCB19のブラシノステロイド輸送能の評価

  2. 等温滴定型熱量計によるABCB19とブラシノステロイドの結合親和性の測定

  3. クライオ電子顕微鏡による野生型とATPase不活性型ABCB19の構造解析

  4. abcb1 abcb19二重変異体とABCB1/ABCB19過剰発現体を用いた遺伝学的解析

分かったこと

  1. ABCB19のATPase活性は活性型ブラシノステロイドによって濃度依存的に促進されるが、オーキシンやブラシノステロイド生合成前駆体では促進されない。

  2. ABCB19は活性型ブラシノステロイドとマイクロモル濃度範囲で結合する。

  3. ABCB19はブラシノステロイドを輸送する能力を持つ。

  4. ABCB19の構造は典型的なABC輸送体の特徴を示し、膜貫通ドメインに制御ドメインが存在する。

  5. ブラシノステロイドはABCB19の膜貫通領域の細胞内側の空洞に結合する。

  6. abcb1 abcb19二重変異体はブラシノステロイド生合成変異体に類似した表現型を示し、ABCB1/ABCB19過剰発現体ではブラシノステロイドシグナルが増強される。

  7. ABCB1とABCB19の細胞膜での発現量はブラシノステロイドによって制御される。

この研究の面白く独創的なところ
従来、ABCB19はオーキシン輸送体として知られていたが、本研究によってブラシノステロイド輸送体としての新たな機能が明らかになった点が独創的である。さらに、ABCB19の構造解析により、ブラシノステロイドの認識および輸送メカニズムが原子レベルで解明された点も興味深い。また、ABCB1も同様の機能を持つことが示され、ブラシノステロイドシグナル伝達におけるABC輸送体の重要性が明らかになった。

この研究のアプリケーション
本研究の成果は、植物の成長制御や環境ストレス耐性の向上につながる可能性がある。ABCB19やABCB1の機能を利用することで、ブラシノステロイドシグナル伝達を人為的に制御し、植物の生産性向上や環境適応能力の強化が期待される。さらに、ABCB19の構造情報は、他の植物ホルモン輸送体の研究にも役立つと考えられる。

著者と所属
WEI YING, YAOWEI WANG, HONG WEI, YONGMING LUO, QIAN MA, HEYUAN ZHU, HILDE JANSSENS, NEMANJA VUKAŠINOVIĆ, MIROSLAV KVASNICA, JOHAN M. WINNE, YONGXIANG GAO, SHUTANG TAN, JIŘÍ FRIML, XIN LIU, EUGENIA RUSSINOVA, LINFENG SUN

詳しい解説
ブラシノステロイドは、植物の成長、発生、環境ストレス応答において重要な役割を果たすステロイド性の植物ホルモンです。これらの植物ホルモンは、細胞内で合成された後、細胞外に輸送され、細胞表面の受容体と結合することで機能します。しかし、極性分子であるブラシノステロイドが細胞膜を単純拡散で通過することは難しく、その輸送メカニズムは長らく不明でした。
本研究では、シロイヌナズナのATP結合カセット(ABC)輸送体であるABCB19に着目し、その機能と構造を詳細に解析しました。まず、各種植物ホルモン存在下でのABCB19のATPase活性を測定したところ、活性型ブラシノステロイドによって濃度依存的に促進されることが明らかになりました。一方、オーキシンやブラシノステロイド生合成前駆体では促進効果が見られませんでした。さらに、等温滴定型熱量計を用いてABCB19とブラシノステロイドの結合親和性を測定したところ、マイクロモル濃度範囲での結合が確認されました。
次に、プロテオリポソームとシロイヌナズナプロトプラストを用いた輸送アッセイにより、ABCB19がブラシノステロイドを実際に輸送する能力を持つことが実証されました。また、クライオ電子顕微鏡を用いたABCB19の構造解析により、膜貫通ドメインに制御ドメインが存在し、ブラシノステロイドが膜貫通領域の細胞内側の空洞に結合することが明らかになりました。
遺伝学的解析では、abcb1 abcb19二重変異体がブラシノステロイド生合成変異体に類似した表現型を示し、ABCB1/ABCB19過剰発現体ではブラシノステロイドシグナルが増強されることが示されました。さらに、ABCB1とABCB19の細胞膜での発現量がブラシノステロイドによって制御されることも明らかになりました。
これらの結果から、ABCB19とその近縁輸送体であるABCB1が、ブラシノステロイドの細胞外輸送を担い、ブラシノステロイドシグナル伝達において重要な役割を果たしていることが明らかになりました。本研究は、長年の謎であったブラシノステロイドの輸送メカニズムを解明しただけでなく、植物の成長制御や環境ストレス耐性の向上につながる可能性を示しています。


褐藻類とヒトで性決定遺伝子の収斂進化が起きていた

https://www.science.org/doi/10.1126/science.adk5466

褐藻類とヒトは10億年以上の独立進化を経たにも関わらず、同じHMGボックス遺伝子を性決定に用いていることが明らかになりました。褐藻類のオス決定遺伝子MINはHMGボックス転写因子であり、ヒトのオス決定遺伝子SRYと類似の分子機能を持っています。この発見は、生物が類似の仕組みを独立に獲得する収斂進化の好例です。

事前情報

  • 褐藻類は動植物とは系統的に大きく異なる多細胞真核生物である。

  • 褐藻類の性は、V染色体(オス)またはU染色体(メス)の存在によって決定される。

  • オス決定因子の正体は不明だった。

行ったこと

  • 古典的および逆遺伝学、ゲノミクス、細胞生物学的アプローチを用いて、褐藻類のV染色体上の候補遺伝子の性決定における役割を調べた。

検証方法

  • モデル褐藻類エクトカルプスと、コンブ類において、V染色体特異的なHMGボックス転写因子MINの機能を解析した。

  • MIN欠損株を作製し、表現型の変化を調べた。

  • 真核生物のHMGボックスタンパク質の進化史を詳細に調べた。

分かったこと

  • 褐藻類のオス決定因子はMINという、V染色体上のHMGボックス転写因子である。

  • MINを欠損させると、精子の代わりに無性の胞子ができる。完全な性転換は起きない。

  • MINを持つU染色体とV染色体の両方を持つ個体でMINを欠損させると、性転換が起きる。

  • 動物と褐藻類は独立にHMGボックスを性決定に用いるようになった。

この研究の面白く独創的なところ
動植物とは系統的に大きく異なる褐藻類において、ヒトと類似のオス決定遺伝子が働いていたことです。10億年以上の独立進化を経たにも関わらず、HMGボックス遺伝子が性決定に用いられるようになったという収斂進化が起きていたのです。

この研究のアプリケーション
性決定の仕組みに関する理解を深めることで、性分化疾患などの医学的な応用につながる可能性があります。また、コンブなどの養殖に役立つ可能性もあります。

著者と所属
RÉMY LUTHRINGERら、STATION BIOLOGIQUE DE ROSCOFF, SORBONNE UNIVERSITÉ, CNRS

詳しい解説
褐藻類は、海藻の一種で、コンブやワカメなどが含まれる大型の多細胞生物です。彼らは、動物や植物とは系統的に大きく異なりますが、独立に多細胞化を遂げました。興味深いことに、褐藻類の性は、V染色体(オス)またはU染色体(メス)の存在によって決定されます。しかし、具体的にどの遺伝子が性決定を司っているのかは分かっていませんでした。
この研究では、褐藻類のV染色体上に存在するMINという遺伝子が、オスを決定する因子であることが明らかになりました。MINは、HMGボックスという特徴的なドメインを持つ転写因子でした。HMGボックス遺伝子は、哺乳類ではSRYというオス決定遺伝子として知られています。驚くべきことに、褐藻類と動物は、10億年以上の独立進化を経たにも関わらず、独立にHMGボックス遺伝子を性決定に用いるようになったのです。
研究チームは、モデル褐藻類のエクトカルプスとコンブの一種であるLaminaria digitataを用いて、MINの機能を調べました。MIN遺伝子を欠損させると、精子ができなくなり、代わりに無性の胞子ができるようになりました。しかし、完全なメスへの性転換は起きませんでした。一方、U染色体とV染色体の両方を持つ個体でMINを欠損させると、オスからメスへの性転換が起きました。このことから、U染色体がメス化に必要であることが示唆されました。
この発見は、褐藻類と動物が独立に同じ遺伝子を性決定に用いるようになった、収斂進化の証拠です。性決定は生物にとって重要な形質ですが、異なる生物群で異なる仕組みが進化してきました。一方で、HMGボックス遺伝子のように、繰り返し性決定に関わるようになった遺伝子もあります。この研究は、性決定の進化を理解する上で重要な一歩となるでしょう。



進化の洞察を活用した、多様な天然物を生産する酵素複合体の合理的な設計

https://www.science.org/doi/10.1126/science.adj7621

本研究では、バクテリアの巨大な酵素複合体であるポリケチド合成酵素(PKS)の改変に、進化的な洞察を活用しました。アミノ酸の共進化解析により、酵素のパーツを入れ替えても機能する部位を特定し、その部位を利用して様々なPKSからパーツを組み合わせ、22種類もの新しいPKSを作ることに成功しました。この手法は、複雑な天然物の合成や新薬開発に大きく貢献すると期待されます。

事前情報

  • バクテリアのPKSは、医薬品開発に重要な天然物を生産する

  • PKSは巨大で複雑な酵素複合体であり、その改変は容易ではない

  • PKSは進化の過程で多様化し、しばしばハイブリッドなPKSを形成する

行ったこと

  • アミノ酸の共進化解析により、PKSのパーツを入れ替えても機能する部位を特定した

  • その部位を利用して、様々なPKSからパーツを組み合わせ、新しいPKSを作成した

  • 2種類のバクテリアで、合計22種類の新しいPKSを作ることに成功した

検証方法

  • アミノ酸の共進化解析により、PKSの機能的に重要な部位を特定した

  • その部位を利用してPKSのパーツを入れ替え、新しいPKSを作成した

  • 作成したPKSが機能することを、2種類のバクテリアで確認した

分かったこと

  • PKSの進化の過程から、パーツを入れ替えても機能する部位を特定できる

  • その部位を利用することで、様々なPKSからパーツを組み合わせ、新しいPKSを作成できる

  • この手法は、複数の種類のバクテリアで適用可能である

この研究の面白く独創的なところ

  • PKSの進化の洞察を、酵素工学に活用した点

  • パーツを入れ替えても機能する部位を特定し、PKSを自在に改変できるようにした点

  • 複数のPKSからパーツを組み合わせ、多様な新しいPKSを作成できた点

この研究のアプリケーション

  • 複雑な構造を持つ新しい天然物の合成

  • 新薬の開発

  • バイオテクノロジーにおける有用物質の生産

著者と所属
Mathijs F. J. Mabesoone, Stefan Leopold-Messer, Hannah A. Minas, Clara Chepkirui, Pornsuda Chawengrum, Silke Reiter, Roy A. Meoded, Sarah Wolf, Ferdinand Genz, Nancy Magnus, Birgit Piechulla, Allison S. Walker, Jörn Piel

詳しい解説
バクテリアが持つ巨大な酵素複合体であるポリケチド合成酵素(PKS)は、医薬品開発に重要な多様な天然物を生産します。しかし、その構造の複雑さゆえに、これらの酵素を改変して新しい化合物を作ることは容易ではありませんでした。
本研究では、PKSの進化の過程に着目しました。PKSは進化の過程で多様化し、しばしば異なるPKSのパーツが組み合わさったハイブリッドなPKSを形成します。そこで、アミノ酸の共進化解析により、PKSのパーツを入れ替えても機能する部位を特定しました。
その部位を利用することで、様々なPKSからパーツを組み合わせ、22種類もの新しいPKSを作ることに成功しました。これは、まるでレゴブロックのように、パーツを組み替えて新しい酵素を作れるようになったことを意味します。
この手法を使えば、これまで合成が難しかった複雑な化合物を、バクテリアに作らせることができるようになります。新薬の開発にも大きく貢献すると期待されます。
自然が長い時間をかけて作り上げた精巧な酵素を、人間の知恵で自在に改変できるようになったのは、とてもエキサイティングな成果です。この研究は、進化の洞察を酵素工学に活用した点、パーツを入れ替えても機能する部位を特定し、PKSを自在に改変できるようにした点、複数のPKSからパーツを組み合わせ、多様な新しいPKSを作成できた点で、非常に面白く独創的な研究だと言えます。
今後、この手法が複雑な天然物の合成や新薬開発、バイオテクノロジーにおける有用物質の生産などに広く応用されることが期待されます。


最後に
本まとめは、フリーで公開されている範囲の情報のみで作成しております。また、理解が不十分な為、内容に不備がある場合もあります。その際は、リンクより本文をご確認することをお勧めいたします。