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論文まとめ351回目 Nature 相補的な視覚情報処理経路を持つ視覚チップが、オープンな環境での高速・高精度なセンシングを実現!?など

科学・社会論文を雑多/大量に調査する為、定期的に、さっくり表面がわかる形で網羅的に配信します。今回もマニアックなNatureです。

さらっと眺めると、事業・研究のヒントにつながるかも。
世界の先端はこんな研究してるのかと認識するだけでも、
ついつい狭くなる視野を広げてくれます。


一口コメント

Membraneless channels sieve cations in ammonia-oxidizing marine archaea
アンモニア酸化海洋アーキアにおける膜なしチャネルによる陽イオンの選別
「この研究は、海洋古細菌がアンモニウムイオンをどのように細胞表面に効率的に集めて窒素酸化を行うのかを明らかにしました。アンモニア酸化海洋古細菌の細胞表面タンパク質の構造を原子レベルで解明し、アンモニウムイオンを選択的に通す多数の穴が負電荷に富んでいることを発見しました。これにより、細胞膜近くでアンモニウムイオンが高濃度に保たれ、エネルギー効率の良い窒素酸化が可能になっていると考えられます。」

A vision chip with complementary pathways for open-world sensing
相補的な視覚情報処理経路を持つ視覚チップがオープンワールドセンシングを実現
「人間の目のように、異なる役割を持つ2つの視覚経路を組み込んだ革新的な視覚チップが開発されました。認識に特化した経路と素早い反応に特化した経路を併せ持つことで、予測不可能で多様な実世界環境でも、高速かつ正確な視覚情報処理を可能にします。自動運転などの応用に役立つ技術として期待されています。」

The complete sequence and comparative analysis of ape sex chromosomes
性染色体の完全配列解読とその比較解析による類人猿の性進化の解明
「ヒトに最も近縁な類人猿の性染色体を丸ごと解読したところ、オスしか持たないY染色体は種間で大きさや塩基配列が大きく異なるのに対し、メスも持つX染色体は比較的よく保存されていることが明らかになりました。Y染色体はX染色体との組換えができず劣化しやすいため、パリンドローム構造や遺伝子の増幅によって退化に抵抗してきたと考えられます。一方でその過程で、生殖や脳機能の違いを生み出す種特異的な変化が生じてきたのかもしれません。」

An alternative cell cycle coordinates multiciliated cell differentiation
多繊毛細胞の分化を調節する新しい細胞周期
「多繊毛細胞は従来の細胞周期を改変し、分化を調節する「多繊毛化サイクル」を使用していることが明らかになりました。この新しい細胞周期では、DNA複製を抑制しつつ、中心子の大量合成など、多繊毛細胞に必要な過程が促進されます。転写因子E2F7が多繊毛化サイクルの進行に重要な役割を果たしていることも分かりました。」

The sex of organ geometry
臓器の形状の性差
「この研究では、ショウジョウバエの臓器の立体的な配置と形状に性差があることを明らかにしました。特に腸管に着目したところ、オスとメスでは腸管のループの曲がり方が異なっていました。この性差は、腸管に分布する気管のネットワークを介した筋肉との相互作用により生み出されることを発見しました。」

Molecular basis for differential Igk versus Igh V(D)J joining mechanisms
免疫グロブリンκ遺伝子とH鎖遺伝子のV(D)J組換え機構の違いの分子基盤
「リンパ球の免疫グロブリン遺伝子の多様性を生み出すV(D)J組換えは、Igκ遺伝子とIgH遺伝子で異なるメカニズムを用いる。本研究は、IgκがIgHと違った拡散ベースのメカニズムを用いる分子基盤を明らかにした。」


要約

細胞膜を取り囲むフィルターでアンモニウムイオンを濃縮

アンモニア酸化古細菌Nitrosopumilus maritimusは、希薄な海水中でアンモニウムイオンを細胞表面に捕捉し、細胞膜へと輸送することで窒素酸化を行う。本研究では電子線クライオ断層撮影法と粒子平均化法を用いて、このプロセスを担う表層タンパク質(S層)の構造を原子レベルで解明した。生化学的にS層はアンモニウムを強く結合し、S層が剥がれるとその機能は失われた。バイオインフォマティクス解析から、多くのアンモニア酸化アーキアに類似のS層が存在することが示唆された。分子シミュレーションとアンモニウム高濃度下の構造解析により、S層はアンモニウムイオンを細胞側表面に濃縮し、多数の陰イオン性チャネルとして機能することが明らかになった。本研究は、海洋微生物の窒素循環に不可欠なアンモニウムの結合と輸送の仕組みを初めて構造レベルで解明したものである。

事前情報

  • 海洋古細菌が地球の窒素循環に重要な役割を果たしている。

  • アンモニア酸化古細菌N. maritimusは、希薄な海水中のアンモニアを酸化して生育する。

  • 海洋アーキアは細胞表面でアンモニウムイオンを濃縮する分子機構を持つと考えられている。

  • アーキアの細胞表層は結晶性のS層タンパク質で覆われている。

  • N. maritimusのS層はアンモニウム濃縮に関わると予測されていたが詳細は不明だった。

行ったこと

  • N. maritimusの全細胞を用いたクライオ電子線トモグラフィーとサブトモグラム平均化により、S層の構造を原子分解能で決定した。

  • 単粒子解析により精製S層の高分解能構造を得た。

  • 等温滴定型熱量計によりS層のアンモニウム結合能を測定した。

  • バイオインフォマティクスにより様々なアンモニア酸化アーキアのS層の配列と構造的特徴を比較した。

  • 分子動力学シミュレーションとアンモニウム存在下の構造解析により、S層のイオン結合特性を調べた。

検証方法

  • 全細胞クライオ電子線トモグラフィーと粒子平均化

  • 精製S層試料の単粒子解析

  • 等温滴定型熱量測定

  • 配列解析と構造予測

  • 分子動力学シミュレーション

  • アンモニウム添加試料の構造解析

分かったこと

  • S層はN. maritimusの細胞表面をほぼ完全に覆っている。

  • S層は10個のIg様ドメインが連なったNmSLPタンパク質が六方格子状に配列したシート構造をとる。

  • S層にはアンモニウムイオンが通過できる負電荷に富んだ多数の小孔が存在する。

  • S層は強いアンモニウム結合能を示し、S層が剥がれるとその機能は失われる。

  • 多くのアンモニア酸化アーキアに類似の構造と配列を持つS層が存在する。

  • S層は細胞膜側に向かって負電荷が増大する勾配を持ち、アンモニウムイオンを細胞膜近くに濃縮する。

研究の面白く独創的なところ

  • 自然の希薄なアンモニア環境で生育する古細菌の全細胞構造から、アンモニウム濃縮の分子メカニズムを初めて原子レベルで解明した点。

  • 多孔性で負電荷に富んだS層がイオン交換体として働き、受動的にアンモニウムを細胞膜側に運ぶ新しい濃縮機構を発見した点。

  • アンモニア酸化アーキアに特有の配列と構造を持つS層が、広く保存されたアンモニウム濃縮システムであることを明らかにした点。

この研究のアプリケーション

  • 海洋の窒素循環における微生物の役割の理解に貢献する。

  • 電荷勾配を利用したイオン濃縮の新しい方法として応用できる可能性がある。

  • アーキアのS層を模倣した多孔性材料の開発に役立つ知見を提供する。

  • アンモニア酸化アーキアを利用した廃水処理技術の改良に寄与しうる。

著者と所属
Andriko von Kügelgen (MRC分子生物学研究所, オックスフォード大学) C. Keith Cassidy (ミズーリ大学コロンビア校) Jan Löwe (MRC分子生物学研究所) Tanmay A. M. Bharat (MRC分子生物学研究所)

詳しい解説
Nitrosopumilus maritimusは海洋性のアンモニア酸化古細菌で、地球規模の窒素循環に重要な役割を果たしている。この微生物が希薄な海水中でアンモニアを効率良く取り込むには、細胞表面でアンモニウムイオンを捕捉し、細胞膜へと輸送する分子機構が不可欠である。本研究ではクライオ電子線トモグラフィーと粒子平均化法を駆使し、N. maritimusの全細胞から細胞表層(S層)の構造を3.3オングストロームという原子分解能で決定することに成功した。
S層はNmSLPと名付けられたタンパク質が、10個のイムノグロブリン様ドメインを連ねた特徴的な形で規則正しく配列してシート状になったものだった。重要な発見は、NmSLP分子の隙間に多数の小孔が存在し、そこに負電荷を帯びたアミノ酸が並んでいたことだ。これによりS層が陽イオン、特にアンモニウムイオンを選択的に通すフィルターとして機能することが示唆された。実際、生化学実験からS層がアンモニウムを強く結合すること、S層が剥がれるとその機能が失われることが確かめられた。
さらに、アンモニウム存在下での構造解析と分子動力学シミュレーションから、S層のアンモニウム結合の様子が原子レベルで可視化された。興味深いことに、NmSLP分子の細胞外側から細胞膜側に向けて負電荷が徐々に増大しており、これがアンモニウムイオンを細胞膜近くに効率的に濃縮するのに役立っていると考えられた。バイオインフォマティクス解析の結果、このようなS層は他のアンモニア酸化アーキアにも広く保存されており、海洋微生物に共通のアンモニウム濃縮システムであることが示唆された。
本研究が明らかにしたのは、S層が多数の陰イオン性チャネルとして働き、アンモニウムイオンを「漉す」ように濃縮して細胞膜に供給するという新しいメカニズムである。これは、アンモニア酸化アーキアが海水中の低濃度アンモニアを利用して生育するための重要な適応戦略だと考えられる。さらに、電荷勾配による基質濃縮は、新しいタイプのイオン交換体や分離膜の開発にもつながる可能性がある。 本成果は、海洋生態系の理解や環境バイオテクノロジーへの応用が期待される画期的なものと言えよう。


相補的な視覚情報処理経路を持つ視覚チップが、オープンな環境での高速・高精度なセンシングを実現

オープンな環境下でのセンシングでは、動的で多様な予測不可能なシーンに対処する必要があり、画像センサーにとって大きな課題となっている。そこで本研究では、人間の視覚システムにヒントを得た相補的なセンシングのパラダイムを提案した。視覚情報をプリミティブベースの表現に分解し、認知に特化した経路と素早い反応に特化した経路の2つの相補的な視覚経路を組み立てる。これを実現するために、ハイブリッドピクセルアレイと並列・異種の読み出しアーキテクチャを備えた視覚チップ「Tianmouc」を開発した。相補的な視覚経路の特性を活かすことで、最大10,000fpsの高速センシング、130dBのダイナミックレンジ、空間解像度・速度・ダイナミックレンジの点で優れた性能指標を達成した。さらに、帯域幅を適応的に90%削減できる。Tianmoucチップを自動運転システムに統合し、オープンな道路環境での正確で高速かつ堅牢な認識が可能であることを実証した。プリミティブベースの相補的センシングのパラダイムは、多様なオープンワールドアプリケーションのための視覚システム開発における根本的な制約を克服するのに役立つ。

事前情報

  • 画像センサーは、オープンワールドアプリケーションにおける動的で多様な予測不可能なシーンに対処するのが難しい

  • 画像センサーの高速化、高解像度化、広ダイナミックレンジ化、高精度化は、消費電力と帯域幅によって制限される

行ったこと

  • 人間の視覚システムにヒントを得た、プリミティブベースの相補的センシングパラダイムを提案

  • 視覚情報をプリミティブベースの表現に分解し、認知に特化した経路と素早い反応に特化した経路の2つの相補的な視覚経路を組み立てる

  • ハイブリッドピクセルアレイと並列・異種の読み出しアーキテクチャを備えた視覚チップ「Tianmouc」を開発

検証方法

  • Tianmoucチップの性能評価実験

  • Tianmoucチップを自動運転システムに統合し、オープンな道路環境でのテスト

分かったこと

  • Tianmoucは最大10,000fpsの高速センシング、130dBのダイナミックレンジ、空間解像度・速度・ダイナミックレンジの点で優れた性能を達成

  • 相補的な視覚経路の特性により、帯域幅を適応的に90%削減可能

  • Tianmoucを用いることで、オープンな道路環境での正確で高速かつ堅牢な認識が可能

研究の面白く独創的なところ

  • 人間の視覚システムにヒントを得た、プリミティブベースの相補的センシングパラダイムを提案した点

  • 認知に特化した経路と素早い反応に特化した経路の2つの相補的な視覚経路を組み込んだ点

  • ハイブリッドピクセルアレイと並列・異種の読み出しアーキテクチャによる視覚チップの実現

この研究のアプリケーション

  • 自動運転システムへの応用

  • ロボットビジョンなどの他の視覚ベースのアプリケーションへの応用

  • オープンワールド環境での高速かつ正確な視覚情報処理が求められる分野全般

著者と所属
Zheyu Yang, Taoyi Wang, Yihan Lin (Tsinghua University)
Rong Zhao, Luping Shi (Tsinghua University)
Yichun Zhou, Jianqiang Zhang, Xin Wang (Lynxi Technologies)

詳しい解説
この研究は、オープンな環境下でのセンシングにおける課題に取り組むために、人間の視覚システムにヒントを得た革新的なアプローチを提案しています。
従来の画像センサーは、動的で多様な予測不可能なシーンに対処することが難しく、高速化、高解像度化、広ダイナミックレンジ化、高精度化が消費電力と帯域幅によって制限されるという問題がありました。
そこで著者らは、視覚情報をプリミティブ(基本要素)ベースの表現に分解し、認知に特化した経路と素早い反応に特化した経路の2つの相補的な視覚経路を組み立てるという、新しいセンシングのパラダイムを提案しました。これは人間の視覚システムにおける、腹側経路(物体認識に関与)と背側経路(視覚誘導行動に関与)に着想を得たものです。
このパラダイムを実現するために、ハイブリッドピクセルアレイと並列・異種の読み出しアーキテクチャを備えた視覚チップ「Tianmouc」を開発しました。Tianmoucは最大10,000fpsの高速センシング、130dBのダイナミックレンジ、空間解像度・速度・ダイナミックレンジの点で優れた性能を達成し、相補的な視覚経路の特性により、帯域幅を適応的に90%削減できます。
Tianmoucチップを自動運転システムに統合したところ、オープンな道路環境での正確で高速かつ堅牢な認識が可能であることが実証されました。これは、プリミティブベースの相補的センシングのパラダイムが、多様なオープンワールドアプリケーションのための視覚システム開発における根本的な制約を克服するのに役立つことを示しています。
この研究の独創的な点は、人間の視覚システムに着想を得て、認知に特化した経路と素早い反応に特化した経路の2つの相補的な視覚経路を組み込んだことです。このアプローチにより、オープンな環境下での高速かつ正確な視覚情報処理を可能にする新しい道筋が開かれました。
今後は、自動運転システムをはじめとする様々な視覚ベースのアプリケーションへの応用が期待されます。オープンワールド環境での高速かつ正確な視覚情報処理が求められる分野全般において、この技術が大きく貢献する可能性があります。


性染色体の完全配列解読とその比較解析による類人猿の性進化の解明

類人猿6種(ボノボ、チンパンジー、ゴリラ、オランウータン2種、シアマン)のオスの性染色体(X染色体とY染色体)の完全長配列を最新の長鎖シークエンシング技術(PacBio HiFiシークエンシング、Oxford Nanopore Technologiesの超長鎖シークエンシング、Hi-Cシークエンシング)を駆使して世界で初めて決定し、ゲノム進化の様相を詳細に比較解析しました。その結果、以下のことが明らかになりました。

  • Y染色体はX染色体と比べて種間での配列の多様性が非常に高く、反復配列の蓄積や構造変化が顕著である。一方、X染色体は種間でよく保存されている。

  • Y染色体では、パリンドローム構造や遺伝子のコピー数増幅が種特異的に生じており、X染色体との組換え欠如による退化を補償している。

  • Y染色体の遺伝子は精子形成に重要な役割を持つものが多く、純化選択を受けて保存されているものもある。

  • Y染色体とX染色体では、DNA メチル化パターンに違いがみられ、発現レベルとの関連が示唆された。

  • Y染色体の反復配列の種特異的な拡張が、種間での染色体サイズの違いに大きく寄与している。

事前情報

  • ヒトとチンパンジーのY染色体の構造や遺伝子の内容は大きく異なることが示されていたが、ゲノム全体の比較はなされていなかった。

  • 多くの哺乳類でY染色体の退化が示唆されており、その構造変化の実態の解明が待たれていた。

  • ゴリラ、オランウータン、テナガザルなど他の類人猿の性染色体については情報が限られていた。

行ったこと

  • 類人猿6種のオスの性染色体の完全長配列をPacBio HiFi、Oxford Nanopore Technologies (ONT)、Hi-Cシークエンスを組み合わせて決定した。

  • 反復配列の正確なアセンブルのため、パリンドローム構造、分断・コラプスを考慮した手法を適用した。

  • 祖先型と増幅領域に分けて、塩基置換や構造変化、DNA メチル化を詳細に比較解析した。

  • 一塩基バリアントの解析から種内の多様性や選択圧の推定も行った。

検証方法

  • X、Y染色体の反復配列やギャップの割合を種間で比較した。

  • 遺伝子のコピー数は ddPCR で検証した。

  • Y染色体の rDNA コピー数は FISH と Illumina シーケンスデータから推定した。

  • パリンドローム領域の DNA メチル化を long-read シーケンスデータから調べた。

  • Y染色体遺伝子の dN/dS 比を計算し、選択圧を推定した。

分かったこと

  • X染色体に比べ、Y染色体で種間の配列の多様性が高く、構造変化が顕著だった。

  • Y染色体の退化を防ぐため、パリンドローム構造や遺伝子増幅が種特異的に生じていた。

  • Y染色体の反復配列の拡張パターンは近縁種で類似していた。

  • Y染色体の遺伝子の多くは精子形成に重要で、純化選択を受けていた。

  • Y染色体はX染色体と比べ全体的なメチル化レベルが低かった。

研究の面白く独創的なところ

  • 類人猿6種の性染色体をほぼ完全に解読し、初めて網羅的な種間比較を可能にした。

  • Y染色体の急速な変化の実態とそれを補償する機構を明らかにした。

  • 性染色体の進化と性的形質の多様性との関連の理解が進んだ。

  • Y染色体の反復配列やコピー数多型を正確に解析する手法を開発した。

この研究のアプリケーション

  • ヒトの生殖機能や脳機能に関わる遺伝子の同定に役立つ可能性がある。

  • 類人猿の性染色体の種内多型の理解が保全遺伝学に役立つだろう。

  • Y染色体の進化メカニズムの理解が哺乳類全般の性決定や性分化の解明につながる。

  • 難アセンブリ領域の配列決定手法が他のゲノム解析に応用可能である。

著者と所属
Kateryna D. Makova (Penn State University), Evan E. Eichler (University of Washington), Adam M. Phillippy (National Human Genome Research Institute, NIH) らを含む国際共同研究チーム

詳しい解説
本研究は、ヒトに近縁な類人猿6種(ボノボ、チンパンジー、ゴリラ、オランウータン2種、シアマン)の性染色体、特にオスしか持たないY染色体に着目し、最新の長鎖シーケンシング技術を駆使して、それらのほぼ完全長に渡る塩基配列を決定することに世界で初めて成功しました。これにより、種間での性染色体の構造や配列の進化的な違いを塩基レベルで詳細に比較解析することが可能となりました。
Y染色体は、精子形成に必須の遺伝子を持つ一方で、X染色体とは対照的に、ほとんどの領域で組換えが生じないため、有害な変異が蓄積しやすく、退化しやすい宿命にあります。実際、解読されたY染色体のデータからは、種間での配列の多様性が X染色体と比べて非常に高く、反復配列の蓄積や染色体内部での再編成など、構造的な変化が顕著であることが示されました。一方で、そうした退化を食い止めるための機構として、Y染色体上の遺伝子が種特異的に増幅したり、相同組換えを可能にするパリンドローム構造が獲得されたりしていることも明らかになりました。興味深いことに、そうした遺伝子のコピー数多型のパターンは、近縁種の間で類似していました。
また、Y染色体上には精子形成に重要な遺伝子が数多く存在しますが、それらの多くは進化的な制約を受けて配列が保存されている一方で、増幅遺伝子では自由度が高く、種間での配列の違いが大きいことが示唆されました。実際、そうした遺伝子の塩基置換パターンを解析したところ、コピー数が1つしかない遺伝子では純化選択が働いているのに対し、コピー数が多い遺伝子では中立に近い進化をしている可能性が示唆されました。
さらに、本研究では各染色体のDNAメチル化パターンも詳しく調べられ、Y染色体のメチル化レベルがX染色体と比べて全体的に低いことなどが示され、エピジェネティックな制御の違いが示唆されました。このように、Y染色体は退化と、それを補償するための変化が同時に生じてきた結果、種間で大きな構造的多様性を示すに至ったと考えられます。
一方、メスも持つX染色体は、偽常染色体領域を除いて種間でよく保存されており、遺伝子の種特異的な増幅はあまり見られませんでしたが、パリンドローム構造は獲得されていました。
本研究は、これまで断片的にしか分かっていなかった類人猿の性染色体、特にY染色体のほぼ全貌を明らかにし、その多様性が生じた過程の詳細を解き明かしました。ここから、ヒトを含む霊長類の性決定や性分化、生殖機能、さらには脳機能の解明や、類人猿の保全遺伝学への応用も期待されます。また、反復配列を多く含む難アセンブリ領域の配列をほぼ完全に解読するために開発されたここでの手法は、今後さまざまなゲノム解析に応用可能であると考えられます。性染色体の高精度な解析により、類人猿の性進化の謎が解き明かされつつあるのです。


多繊毛細胞の分化を調節する新しい細胞周期の発見

多繊毛細胞は、DNA複製や中心子の倍加、細胞分裂を調整する従来の細胞周期を改変し、「多繊毛化サイクル」と呼ばれる新しい細胞周期を使用して分化を制御していることが分かりました。多繊毛化サイクルでは、DNA複製が抑制される一方で、多数の中心子が合成されるなど、多繊毛細胞特有の過程が促進されます。また、従来のS期からG2期への移行に関わる転写因子E2F7が、多繊毛化サイクルの進行に重要な役割を果たしていることも明らかになりました。E2F7は、DNA複製に関わる遺伝子の発現を抑え、多繊毛化サイクルを適切に進行させていました。これらの結果から、多繊毛細胞は独自の細胞周期を用いて効率的に分化することが示唆されました。

事前情報

  • 従来の細胞周期は、DNA複製、中心子の倍加、細胞分裂を調整する

  • 多繊毛細胞は、気道や脳室、生殖器官に存在する。分裂後だが、何百もの中心子を生成し、繊毛を形成する

  • これまで、いくつかの細胞周期制御因子が多繊毛細胞の分化に関与することは示唆されていた

行ったこと

  • マウス気管上皮細胞の分化過程のシングルセルRNA-seqを行い、時間経過に伴う遺伝子発現の変化を解析した

  • 多繊毛細胞分化に必要な細胞周期制御因子を同定するために、阻害剤や過剰発現の実験を行った

  • E2F7のクロマチン結合部位をCUT&RUN法で同定し、標的遺伝子を明らかにした

  • E2f7ノックアウトマウスを作製し、表現型を解析した

検証方法

  • シングルセルRNA-seqによる遺伝子発現解析

  • 免疫染色による細胞周期マーカーや多繊毛細胞マーカーの解析

  • 阻害剤や過剰発現による細胞周期制御因子の機能解析

  • CUT&RUNによるE2F7のゲノムワイドなクロマチン結合部位の同定

  • E2f7ノックアウトマウスの表現型解析

分かったこと

  • 多繊毛細胞は分化過程で、従来の細胞周期とは異なる「多繊毛化サイクル」を使用している

  • 多繊毛化サイクルでは、DNA合成は抑制され、中心子の大量合成などの多繊毛細胞特有の過程が亢進する

  • サイクリンD1とCDK4/6は、多繊毛細胞分化の開始に必要である

  • E2F7は、DNA複製関連遺伝子の発現を抑制することで、多繊毛化サイクルの進行に重要な役割を果たす

  • E2f7欠損マウスでは、多繊毛細胞の分化異常と水頭症が見られた

研究の面白く独創的なところ

  • 多繊毛細胞が独自の細胞周期を利用して分化することを初めて明らかにした

  • 一般的な細胞周期制御因子が、多繊毛化サイクルでは新たな役割を持つことを示した

  • 多繊毛化サイクルが、細胞増殖ではなく分化を制御する新しい細胞周期であることを見出した

この研究のアプリケーション

  • 多繊毛細胞の分化メカニズムの理解に貢献する

  • 多繊毛症候群など、繊毛の異常が原因の疾患の発症メカニズム解明や治療法開発につながる可能性がある

  • 細胞周期の多様性と可塑性を示す良いモデルとなる

著者と所属
Semil P. Choksi, Lauren E. Byrnes, Jeremy F. Reiter (カリフォルニア大学サンフランシスコ校)

詳しい解説
本研究は、多繊毛細胞が従来の細胞周期を改変した「多繊毛化サイクル」を使用して分化することを明らかにしました。多繊毛細胞は、気道や脳室、生殖器官の上皮に存在し、細胞あたり数百本の運動性繊毛を持つ特殊な細胞です。繊毛を形成するために、多繊毛細胞は分裂後であるにも関わらず、大量の中心子を合成します。
本研究では、マウス気管上皮細胞の分化過程をシングルセルRNA-seqで解析することで、多繊毛細胞が分化に伴って、DNA複製を抑制しつつ中心子合成を亢進させるなど、独自の細胞周期様プログラムを進行させていくことが分かりました。この「多繊毛化サイクル」の進行には、G1期からS期への移行を制御するサイクリンD1とCDK4/6が必要であることが、阻害剤や過剰発現の実験から示されました。
さらに、S期からG2期への移行に関わる転写因子E2F7が、多繊毛化サイクルの適切な進行に重要であることが明らかになりました。E2F7は、DNA複製に関わる遺伝子群の発現を直接的に抑制することで、多繊毛細胞でのDNA合成を阻害していました。実際に、E2f7欠損マウスでは、DNA複製の異常亢進と、繊毛形成異常、水頭症が観察されました。
これらの結果から、多繊毛細胞が細胞増殖ではなく分化を調節する新しい細胞周期を利用することで、効率的に分化し機能を獲得していることが示唆されました。本研究は、細胞周期の多様性と可塑性を示すとともに、繊毛関連疾患の理解にも貢献すると期待されます。


腸管の形は性別により異なる

この研究では、精密なマイクロCTスキャンを用いてショウジョウバエの体内臓器の立体配置を詳細に可視化・定量化し、特に腸管の形状に着目して解析を行いました。その結果、腸管のループの曲がり方にオス・メス間で明確な違いがあることを発見しました。遺伝学的な解析から、この腸管の形状の性差は、腸管に分布する気管のネットワークを介した筋肉との相互作用により生み出されていることが明らかになりました。腸管の筋肉が分泌するシグナル分子Branchlessの発現量の性差が気管ネットワークの分布を性特異的に制御し、気管が腸管のループを保持することで、オスとメスで異なる立体構造が形成されるのです。さらに、腸管と気管の連携は、腸管幹細胞の増殖や摂食、産卵などの生理機能にも影響することが示されました。この研究は、臓器の立体的な配置と相互作用に性差があることを示した初めての例であり、臓器間コミュニケーションの重要性と複雑性を浮き彫りにしています。

事前情報

  • 臓器の空間的な配置は特徴的だが見過ごされがちな側面である。

  • ショウジョウバエは臓器の配置を調べるのに適したモデル生物である。

  • ショウジョウバエの外骨格のために、これまで内臓の立体的な可視化は難しかった。

行ったこと

  • 多数のショウジョウバエ成虫の体全体をマイクロCTでスキャンした。

  • 3次元の臓器の形状、位置、個体間のばらつきを定量化する方法を開発した。

  • 腸管に特に注目し、その形状の性差が生じるメカニズムを調べた。

検証方法

  • 幾何学的形態測定法を用いて腸管の形状を定量化し、比較した。

  • 遺伝学的な性決定経路を操作し、腸管や気管の性差に与える影響を調べた。

  • 気管を物理的または遺伝学的に除去し、腸管の形状への影響を調べた。

分かったこと

  • 臓器の形状と相対的な配置にはオス・メス差がある。

  • 腸管のループの曲がり方は、気管ネットワークにより性特異的に保持されている。

  • 腸管の筋肉のシグナル分子Branchlessが気管ネットワークの性差を生み出す。

  • 腸管-気管の連携は、幹細胞増殖や摂食、産卵などの生理機能に影響する。

研究の面白く独創的なところ

  • 臓器の立体的な配置と相互作用に性差があることを初めて示した。

  • 組織間の機械的・化学的なクロストークにより臓器の形が性特異的に制御されることを明らかにした。

  • 従来の分子・細胞レベルの性差研究を超えて、臓器・個体レベルの性差の重要性を示唆した。

この研究のアプリケーション

  • ヒトにおける臓器の形状・配置の性差の理解に役立つ可能性がある。

  • 性特異的な臓器間コミュニケーションが疾患の性差に関わる可能性を示唆する。

  • 臓器の立体的な配置を考慮することで、疾患の診断・予測に繋がるかもしれない。

著者と所属
Laura Blackie, Pedro Gaspar, Irene Miguel-Aliaga - MRC Laboratory of Medical Sciences, London, UK; Institute of Clinical Sciences, Faculty of Medicine, Imperial College London, London, UK; The Francis Crick Institute, London, UK
Salem Mosleh, L. Mahadevan - School of Engineering and Applied Sciences, Harvard University, Cambridge, MA, USA

この研究は、オスとメスでは腸管の立体的な形状が異なっていることを明らかにしました。その形状の違いは、腸管の筋肉細胞から分泌されるタンパク質Branchlessが気管の分布を性特異的に制御し、気管のネットワークが腸管のループを保持することで生み出されるのです。
気管は昆虫の呼吸器官ですが、興味深いことに、腸管の形を整えること自体が気管の主な役割のようです。実際、気管を遺伝学的に除去すると、腸管の形状が変化し、メスの産卵数が減少しました。つまり、腸管と気管の密接な連携は、単なる酸素の供給以上の意味を持っていると考えられます。
このように、臓器は単独で機能するのではなく、立体的な配置を通じて互いに影響を及ぼし合っているのです。ヒトにおいても、臓器の形状や位置関係に性差があることが知られています。今回の発見は、性特異的な臓器間コミュニケーションが生理機能や疾患の性差に関与する可能性を示唆しており、今後の医学研究に新たな視点を提供するでしょう。


免疫グロブリンの多様性を生み出すV(D)J組換え機構の違いを解明

リンパ球のIgκとIgH遺伝子は、V(D)J組換えによって免疫グロブリンの可変領域の多様性を生み出す。Igκ遺伝子では、欠失と逆位の両方向性のV-J組換えが起こるのに対し、IgH遺伝子では欠失方向のV-DJH組換えが主に起こる。本研究では、IgκがIgHと異なる長距離のV(D)J組換えメカニズムを用いることを明らかにした。

事前情報

  • Igκ遺伝子とIgH遺伝子はV(D)J組換えによって免疫グロブリンの多様性を生み出す

  • IgκはV-Jの欠失と逆位の両方向の組換えを行うが、IgHは主に欠失方向のV-DJH組換えを行う

  • V、D、J遺伝子セグメントにはRSSと呼ばれる保存された組換えシグナル配列がある

行ったこと

  • Vκ逆位マウスを作製し、欠失と逆位のVκ使用パターンを解析

  • 単一Jκ5アリルv-Ablシステムを構築し、一次Vκ-Jκ組換えを解析

  • Igκ-RC、Sis、CerとVκ領域の相互作用を3C-HTGTSで解析

  • Igh-Igκハイブリッド遺伝子座を作製し、RSS置換実験を行った

検証方法

  • HTGTS-V(D)J-seqを用いたV(D)J組換えの解析

  • 3C-HTGTSを用いたクロマチン相互作用の解析

  • 染色体ペインティングを用いた染色体転座の検証

  • CRISPR-Cas9を用いた遺伝子改変

分かったこと

  • Vκ逆位マウスとv-Ablでは、欠失型と逆位型のVκ使用パターンが維持された

  • 一次Vκ-Jκ組換えでは、Sisまでの短距離のRAGスキャンが見られた

  • CerはVκ領域全体と相互作用するが、Igκ-RCとSisはほとんど相互作用しなかった

  • IgκのRSSはIgHのRSSよりも組換え活性が高く、拡散ベースの組換えを促進した

研究の面白く独創的なところ

  • IgκとIgHでV(D)J組換えメカニズムが異なる点に着目し、分子基盤を解明した点

  • 一次Vκ-Jκ組換えに特化した実験系を巧みに構築して解析を行った点

  • Igh-Igκハイブリッド遺伝子座を作製し、RSS置換実験でRSSの機能を直接検証した点

この研究のアプリケーション

  • RSSの改変による免疫グロブリンレパートリーの改変

  • V(D)J組換え異常に起因する疾患のメカニズム解明と治療法開発への応用

  • 効率的な抗体作製のための遺伝子工学的手法への応用

著者と所属
Yiwen Zhang, Xiang Li, Frederick W. Alt:ハワード・ヒューズ医学研究所、ボストン小児病院、ハーバード大学医学部

詳しい解説
マウスのIgκ遺伝子とIgH遺伝子は、V(D)J組換えにより免疫グロブリンの多様性を生み出す重要な遺伝子である。しかし、両遺伝子では長距離のV(D)J組換えメカニズムが大きく異なることが知られていた。Igκ遺伝子では、V-J組換えが欠失方向と逆位方向の両方で起こるのに対し、IgH遺伝子では主に欠失方向のV-DJH組換えが起こる。本研究は、この違いを生み出す分子基盤をさまざまなアプローチで解明した。
まず、全Vκ領域を逆位させたVκ逆位マウスとv-Abl細胞を用いて、欠失型と逆位型のVκ使用パターンを解析した。その結果、逆位によってVκの方向が変わっても、欠失と逆位のVκ使用パターンは維持されることがわかった。次に、単一Jκ5アリルを持つv-Ablシステムを構築し、一次Vκ-Jκ組換えを解析した。RAGスキャンアッセイの結果、一次組換えではSisまでの8 kbの短距離のスキャンしか見られなかった。さらに3C-HTGTSにより、CerがVκ領域全体と相互作用するのに対し、Igκ-RCとSisはほとんど相互作用しないことを見出した。
Igκ特異的な因子を同定するため、Igh-Igκハイブリッド遺伝子座を作製し、RSS置換実験を行った。その結果、IgκのRSSはIgHのRSSよりも組換え活性が高く、拡散ベースのV(D)J組換えを強力に促進することが示された。さらにIgκのRSSをIgHに導入すると、IgHでも逆位方向のV-DJH組換えが増加した。以上の結果から、IgκとIgHはRSSの強さを進化的に変化させ、異なるV(D)J組換えメカニズムを獲得したと結論づけられる。
本研究は、免疫グロブリンの多様性を生み出す仕組みの理解を大きく前進させるものである。RSSを改変することで免疫グロブリンレパートリーを人為的に操作できる可能性や、V(D)J組換え異常による疾患の理解にもつながると期待される。また、効率的な抗体作製のための遺伝子工学への応用も期待できる。免疫システムの基礎研究から応用まで、広範な意義を持つ優れた研究といえる。



最後に
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