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論文まとめ345回目 Nature 乳がん病理画像の大規模ファウンデーションモデルが現実世界のデータで画期的な性能を達成!?など

科学・社会論文を雑多/大量に調査する為、定期的に、さっくり表面がわかる形で網羅的に配信します。今回もマニアックなNatureです。

さらっと眺めると、事業・研究のヒントにつながるかも。
世界の先端はこんな研究してるのかと認識するだけでも、
ついつい狭くなる視野を広げてくれます。


一口コメント

A whole-slide foundation model for digital pathology from real-world data
病理画像から学習した大規模ファウンデーションモデル:現実世界のデータによる画期的なアプローチ
「AIを使って乳がんの病理標本画像を自動で解析する技術が急速に発展している。本研究では、病院で実際に使われる膨大な量の病理標本画像を使って、あらゆる乳がん解析に使える汎用AIモデル「Prov-GigaPath」を開発した。このAIは、乳がんの種類の判定や悪性度の評価など、様々な病理診断タスクにおいて人間の病理医を上回る高精度な判定ができることが実証された。将来の乳がん診療に大きな影響を与える画期的な技術と言える。」

Porous isoreticular non-metal organic frameworks
非金属有機多孔性イオン構造体の合理的設計
「剛直なアミン分子とハロゲン化物イオンを組み合わせることで、前例のない非金属有機多孔性イオン構造体を合理的に設計した。計算科学による結晶構造予測により、多孔性を示す熱力学的に安定な結晶構造を事前に特定した。得られたイオン性の細孔は分子吸着に有効で、特にヨウ素を高効率に捕捉できることを示した。」

Imaging surface structure and premelting of ice Ih with atomic resolution
表面原子分解能による六方晶氷Ihの表面構造と融解前駆体の観察
「氷は身近な物質だが、その表面の原子レベルの構造は長年の謎だった。本研究では、極低温の原子間力顕微鏡を用いることで、六方晶の氷表面の原子配列を世界で初めて可視化することに成功した。さらに温度を上げていくと、表面が徐々に乱れ始める「融解前駆体」の様子も捉えられた。氷表面の構造解明は、スケート滑走や大気化学反応など幅広い分野に影響を与える重要な発見である。」

Bitter taste TAS2R14 activation by intracellular tastants and cholesterol
苦味受容体TAS2R14の細胞内苦味物質とコレステロールによる活性化機構
「苦味受容体、特にTAS2R14は、食品成分から医薬品まで幅広い苦味物質を感知する上で中心的な役割を果たしています。本研究では、クライオ電子顕微鏡を用いて、TAS2R14がアリストロキア酸、フルフェナム酸、化合物28.1と複合体を形成し、異なるGタンパク質サブタイプと共役している構造を明らかにしました。ユニークなことに、クラスAのGPCRの正規の結合部位に典型的にコレステロール分子が存在することが観察されました。3つの強力なアゴニストは、それぞれ細胞内ポケットに結合し、この受容体の独特な活性化メカニズムを示唆しています。また、この研究は、TAS2R14とガストデューシンおよびGi1タンパク質との特異的な共役様式を明らかにしました。これらの発見は、苦味の知覚の基礎となる知識を進歩させ、感覚生物学や創薬において広い意味を持つと考えられます。」

Osmosensor-mediated control of Ca2+ spiking in pollen germination
花粉発芽における浸透圧センサーを介したCa2+スパイキング制御
「高含水量の土壌環境では、花粉内のカルシウムイオン濃度が周期的に急激に上昇(カルシウムスパイキング)することで発芽が促進されることが明らかになった。この現象は、OSCA2.1とOSCA2.2という浸透圧センサー分子が低浸透圧を感知することで引き起こされる。花粉の水分状態がカルシウムスパイキングというセカンドメッセンジャーを介して発芽をコントロールするという新しい植物の環境適応メカニズムが発見された。」

Covalent targeted radioligands potentiate radionuclide therapy
共有結合標的放射性リガンドによって放射性核種療法が増強される
「がん治療に用いられる放射性医薬品は、効果の高いα線を出す核種を使っても、腫瘍からすぐに離れてしまうため十分な効果が得られませんでした。今回開発された手法では、薬剤をがん特異的なタンパク質に化学的に「のりづけ」することで、腫瘍にとどまる時間を大幅に延ばすことに成功。マウスでは、従来の薬の13倍もの高集積を達成し、ほぼ完全にがんを退縮させることができました。このアプローチは様々ながんの治療に応用可能と期待されます。」


要約

乳がん病理画像の大規模ファウンデーションモデルが現実世界のデータで画期的な性能を達成

Providence のがん治療データを用いて自己教師あり学習により訓練された、病理画像解析の大規模ファウンデーションモデル Prov-GigaPath を開発した。Prov-GigaPath は17万枚以上の全スライド画像、13億枚以上の画像タイルで訓練され、31のがん種に対応する。ガンの種類判定や悪性度評価など26のタスクで、既存の最先端手法を上回る性能を示した。モデルは全て公開され、病理診断への AI 活用を大きく前進させる成果と言える。

事前情報

  • がん病理画像診断へのAI活用が進んでいるが、公開された教師データが不足している

  • 多数の画像タイルから全スライド画像の特徴を統合的に学習するのが難しい

  • 事前学習済みAIモデルの公開が進んでいない

行ったこと

  • Providence社のがん治療データ171,189枚、13億個以上の画像タイルを用いてファウンデーションモデルProv-GigaPathを開発

  • 画像タイルをトークン化し、LongNetによる超長距離の特徴統合を可能にした

  • モデルを全て公開し、26のがん病理診断タスクでベンチマークを行った

検証方法

  • Providence社データとTCGAデータを用いた9種のがん種別タスクと17種の病理組織学的特徴推定タスクで性能比較

  • 他の最先端モデルHIPT、CtransPath、REMEDISと比較

  • 0-shot学習によるがん種別、遺伝子変異推定性能の評価も実施

分かったこと

  • Prov-GigaPathは26タスク中25タスクで最高性能、18タスクで他手法より有意に優れていた

  • TCGAデータを用いた評価でもProv-GigaPathが他手法を上回った

  • 病理レポートとの統合学習により、教師なしでのがん種別・遺伝子変異推定も可能に

研究の面白く独創的なところ

  • 17万枚、13億タイルという大規模な現実データを活用した点

  • LongNetによって全スライドの超長文脈を統合的に学習した点

  • 事前学習済みモデルを全て公開し、誰でも利用可能にした点

この研究のアプリケーション

  • 病理医の診断補助、病理診断の自動化

  • 希少がん、新規遺伝子変異などのゼロショット推定

  • 将来的にはAIによる会話型の病理診断支援への発展

著者と所属
Hanwen Xu, Naoto Usuyama (Microsoft Research) Carlo Bifulco (Providence Cancer Institute) Sheng Wang (University of Washington)

詳しい解説
本研究では、米国の大手医療機関 Providence 社が保有する大規模な病理画像データを活用し、病理画像解析のための汎用ファウンデーションモデル Prov-GigaPath を開発しました。
Providence 社のデータは17万枚以上の全スライド画像、13億枚以上の画像タイルからなり、31種類のがんをカバーしています。このデータは公開されている病理画像データセットTCGAの5倍以上の規模があり、より現実世界の多様性を反映したデータと言えます。
Prov-GigaPath は画像タイルをトークン化することで、スライド全体を一つの超長系列として扱い、LongNetというTransformerモデルで統合的に特徴を学習します。これにより、スライド内の局所的な組織パターンと、スライド全体の大局的パターンの両方をとらえることができます。
訓練には自己教師あり学習を用いており、ラベルなしデータから効率的に特徴表現を獲得できます。また、関連する病理レポートとの対照学習も行い、テキスト情報も統合しています。
Prov-GigaPath の性能を評価するため、がんの種類判定や遺伝子変異推定など、26種類の病理診断タスクでベンチマークテストを行いました。その結果、25のタスクで最先端手法を上回り、18タスクでは統計的に有意な差がありました。また、TCGAデータを用いたテストでも、Prov-GigaPath がTCGAで訓練された他手法よりも高い性能を示しました。
本モデルは当初から一般公開を前提に開発されており、訓練に用いたモデル・コード・データ全てをオープンにしています。これにより世界中の研究者や医療機関が自由に利用でき、がん医療のデジタル化に貢献することが期待されます。
将来的には、Prov-GigaPathをベースとして、病理医の診断を支援する会話型AIシステムなどへの発展も考えられます。また、教師データが乏しい希少がんや新規遺伝子変異などにも柔軟に対応できる可能性があります。
本研究は、大規模な現実データとAI技術の組み合わせにより、がん病理診断に新たなブレークスルーをもたらす画期的な成果と言えるでしょう。病理医の負担軽減、診断精度の向上、新たな知見の発見など、多方面でのインパクトが期待されます。


非金属有機多孔性イオン構造体の合理的設計

本研究では、剛直な多価アミン分子とハロゲン化物イオンからなるアンモニウム塩に着目し、結晶構造予測計算を活用することで、金属を含まない多孔性有機塩の設計指針を得ることに成功した。計算により予測された最安定構造は高い空隙率を有しており、実験的にも合成可能であった。得られた材料は極性の高い細孔を有しており、分子吸着に有効であった。特に放射性ヨウ素の吸着性能が高く、多くの金属有機構造体(MOF)を上回ることが示された。金属フリーでありながら、MOFに匹敵する吸着性能を示す本材料は、吸着材や触媒など様々な応用が期待される。塩の形成反応を利用することで、合成スケールアップも容易である。本研究は、イオン性相互作用の制御に基づく新しい多孔性材料の設計戦略を提示するものである。

事前情報

  • 多孔性材料として金属有機構造体(MOF)が知られている。MOFは金属イオンと有機配位子の規則的な配列からなる。

  • 非金属の多孔性材料としては、共有結合性有機構造体(COF)や水素結合性有機構造体(HOF)などが報告されている。

  • 有機塩は金属を含まず分子のみからなるため、より柔軟で低コストな多孔性材料となる可能性がある。

  • しかし、有機塩は構成分子間の相互作用が非方向的であるため、安定な多孔性構造体の設計は非常に難しいとされてきた。

行ったこと

  • 四面体型および三角錐型のアミン分子とその塩化物/臭化物塩に着目した。

  • 結晶構造予測(CSP)計算により、これらの塩の安定構造と物性を網羅的に探索した。

  • CSP計算の結果に基づき、多孔性を示す有望な塩を合成ターゲットとして選定した。

  • 選定した塩の合成と構造解析を行った。得られた結晶の構造をCSPの予測と比較した。

  • 合成した多孔性塩のガス吸着特性とヨウ素吸着特性を評価した。

検証方法

  • 結晶構造の探索にはCSP計算を用いた。分子間相互作用にはWilliams99力場を用いた。

  • 単結晶X線構造解析、粉末X線回折、透過型電子顕微鏡により、得られた塩の構造を調べた。

  • 窒素(77K)、二酸化炭素(195-298K)の吸着等温線測定により、多孔性を評価した。

  • 気相におけるヨウ素吸着実験により、ヨウ素吸着特性を評価した。吸脱着のサイクル安定性も調べた。

分かったこと

  • 四面体型のアミン塩は密な構造のみが安定で、多孔性は発現しなかった。

  • 三角錐型のアミン塩の中には、計算で多孔性が予測され、実験的にも合成可能なものがあった。

  • 得られた多孔性塩は、極性の高いイオン性細孔と疎水的な細孔の2種類を有していた。

  • これらの塩はCO2吸着能を示し、特にヨウ素に対して高い吸着容量と選択性を示した。

  • ヨウ素吸着は可逆的で、複数回の吸脱着サイクルが可能であった。

研究の面白く独創的なところ

  • 非金属でありながらMOFに匹敵する多孔性と吸着特性を示す点が革新的である。

  • 有機塩の多孔性制御には前例がほとんどなく、CSPを活用した構造設計は独創的アプローチである。

  • イオン性相互作用の制御に基づく多孔性発現の指針を示した点が学術的に意義深い。

  • 本材料が示したヨウ素吸着特性の高さは注目に値する。

この研究のアプリケーション

  • 放射性ヨウ素の吸着剤への応用が有望である。

  • プロトン伝導、触媒、水分離、水素貯蔵などへの応用も考えられる。

  • 塩形成反応を利用した多孔性材料の簡便な合成法となる可能性がある。

  • 本研究の設計指針は、他の有機塩系へも展開可能と考えられる。

著者と所属
Megan O’Shaughnessy, Andrew I. Cooper, Materials Innovation Factory and Department of Chemistry, University of Liverpool, Liverpool, UK
Joseph Glover, Graeme M. Day, Computational System Chemistry, School of Chemistry, University of Southampton, Southampton, UK
Mounib Barhi, Albert Crewe Centre for Electron Microscopy, University of Liverpool, Liverpool, UK

詳しい解説
有機塩は金属を含まない多孔性材料の候補として期待されてきたが、安定な構造体を得ることが難しく、研究は限られていた。本研究では計算科学的手法を駆使し、この難題に挑戦した。 まず、アミン分子とハロゲン化物イオンの組み合わせを網羅的に検討するため、結晶構造予測(CSP)計算を活用した。CSP計算では、所定の分子構成に対して、ありうる結晶構造を網羅的に生成し、各構造の格子エネルギーを量子化学計算により見積もる。これにより構造の安定性が予測でき、同時に構造に基づく物性予測も可能となる。 四面体型のアミン分子を用いた場合、密な構造のみが安定で、多孔性構造は得られないことがCSPにより示された。一方、三角錐型アミン分子の塩の中には、熱力学的に安定で、かつ高い空隙率を有する結晶構造が予測された。 CSPで有望とされた構造について、実験的な合成を試みたところ、予測通りの結晶が得られることを確認した。得られた物質はCO2吸着能を示し、計算で予想された細孔構造の形成が裏付けられた。さらに、これらの塩が放射性ヨウ素の吸着に有効であることを見出した。高い吸着容量と優れた選択性、再生利用可能性は多くのMOFを凌駕するものであった。 本研究により、有機塩という新しい多孔性材料群の可能性が示された。金属を含まないため、より柔軟な細孔設計が可能であり、低コストでの製造も期待できる。塩の組成を変えることで多様な機能化が見込まれ、吸着、触媒、センサーなど、様々な分野への展開が期待される。本研究の成功は、計算科学と実験科学の協奏が新物質開発において強力であることを示す好例と言える。


原子レベルで氷の表層構造と融解前駆体の観察に成功

本研究では、qPlus型の低温原子間力顕微鏡(AFM)と一酸化炭素修飾探針を用いることで、六方晶氷(ice Ih)の基底面(0001)表面の原子分解能イメージングに世界で初めて成功した。その結果、氷Ih表面は六方晶と立方晶のナノドメインが混在した状態で周期的な() 超構造を形成していることが明らかになった。密度汎関数理論計算から、この再構成表面は表面のダングリングOH基間の静電反発を最小化することで安定化していることがわかった。
さらに温度を120 K以上に上げていくと、氷表面が徐々に乱れ始める様子が観察され、融解前駆体の存在が示唆された。融解前駆体は六方晶/立方晶ドメイン境界の欠陥部分から生成し、平面的な局所構造の形成によって促進されることがわかった。本研究の成果は、長年の論争に終止符を打ち、氷の融解前駆体の分子論的な起源に光を当てるものであり、氷の物理化学の理解に新たなパラダイムシフトをもたらす可能性がある。

事前情報

  • 氷表面の正確な原子構造は、脆弱な水素結合ネットワークと複雑な融解前駆体のために解明されていなかった。

  • 氷表面は融解、凍結、摩擦、ガス吸着、大気反応など多くの物理化学特性と密接に関連している。

  • 融解前駆体とは、バルクの融点よりも低い温度で表面が乱れ始める現象である。

行ったこと

  • qPlus型の低温原子間力顕微鏡(AFM)と一酸化炭素修飾探針を用いて氷Ih(0001)面の原子分解能イメージングを行った。

  • 密度汎関数理論(DFT)計算により、観察された表面構造の安定性を調べた。

  • 分子動力学(MD)シミュレーションにより、氷表面の融解前駆体の挙動を調べた。

検証方法

  • 極低温AFMによる氷Ih(0001)面の原子分解能イメージング

  • CO修飾探針を用いたAFMによる水分子の識別

  • DFT計算による表面構造の安定性の評価

  • MDシミュレーションによる融解前駆体の挙動解析

分かったこと

  • 氷Ih(0001)面は六方晶と立方晶が混在した() 超構造を形成する。

  • この再構成表面はダングリングOH基間の静電反発を最小化することで安定化する。

  • 120 K以上で表面が乱れ始め、融解前駆体が生成する。

  • 融解前駆体は六方晶/立方晶境界の欠陥部から生成し、平面的局所構造で促進される。

研究の面白く独創的なところ

  • 世界初の氷表面の原子分解能イメージングに成功した点

  • 長年の論争となっていた氷表面構造の謎を解明した点

  • 融解前駆体の分子論的な理解に道を拓いた点

この研究のアプリケーション

  • スケート滑走のメカニズム解明

  • 雪氷上の摩擦制御技術の開発

  • 氷表面での大気化学反応の理解

  • 氷微粒子を介した成層圏オゾン破壊メカニズムの解明

  • 星間分子の吸着と反応の理解

著者と所属
Jiani Hong, Ye Tian, Tiancheng Liang, Xinmeng Liu (北京大学) Duanyun Cao (北京理工大学) Jing Guo (北京師範大学)

詳しい解説
本研究では、極低温原子間力顕微鏡(AFM)と一酸化炭素(CO)修飾探針を用いることで、六方晶の氷(ice Ih)の基底面(0001)の原子分解能イメージングに世界で初めて成功した。これまで氷表面の原子レベルの構造は、脆弱な水素結合ネットワークと複雑な前融解現象のために実験的に捉えることが難しく、長年の謎となっていた。
AFMによって得られた像から、氷Ih(0001)面は六方晶と立方晶のナノドメインが混在した状態で、周期的な() 超構造を形成していることが明らかになった。この超構造は、5員環、7員環、8員環からなる欠陥構造を含んでいた。密度汎関数理論(DFT)計算から、この再構成表面はダングリングOH基間の静電反発を最小化することで理想表面よりも安定化していることがわかった。
さらに温度を120 K以上に上げていくと、氷表面が六方晶/立方晶ドメイン境界の欠陥部分から乱れ始める様子が観察され、融解前駆体の存在が示唆された。融解前駆体の形成は平面的な局所構造で促進されることも明らかになった。
本研究の成果は、長年の論争に終止符を打ち、氷表面の構造と融解前駆体の分子論的な起源を解明するものである。これは氷の物理化学の理解に新たなパラダイムシフトをもたらすとともに、スケート滑走のメカニズムや氷表面の摩擦制御、氷微粒子上の大気化学反応など、幅広い分野に影響を与えると期待される。


味覚受容体TAS2R14の活性化機構を解明

苦味受容体TAS2R14は、食品成分から医薬品まで幅広い苦味物質を感知する上で中心的な役割を果たします。本研究では、クライオ電子顕微鏡を用いて、TAS2R14が3種類の苦味物質(アリストロキア酸、フルフェナム酸、化合物28.1)と複合体を形成し、異なるGタンパク質サブタイプと共役している構造を明らかにしました。興味深いことに、GPCRの正規の結合部位にコレステロール分子が存在することが観察されました。3つの強力な苦味物質は、それぞれ細胞内ポケットに結合し、この受容体の独特な活性化メカニズムを示唆しています。また、TAS2R14とガストデューシンおよびGi1タンパク質との特異的な共役様式も明らかになりました。これらの発見は、苦味の知覚メカニズムの理解を深め、感覚生物学や創薬に広く貢献すると期待されます。

事前情報

  • TAS2R14は苦味物質を感知する上で中心的な役割を果たす苦味受容体である。

  • TAS2R14は味蕾以外の組織にも広く発現しており、様々な生理学的プロセスや治療応用の可能性を示唆している。

行ったこと

  • クライオ電子顕微鏡を用いて、TAS2R14がアリストロキア酸、フルフェナム酸、化合物28.1と複合体を形成し、異なるGタンパク質サブタイプと共役している構造を解析した。

  • 変異体作製、分子動力学シミュレーションを行い、広範な ligand認識と活性化の機序を調べた。

  • TAS2R14とガストデューシン、Gi1タンパク質との特異的な共役様式を明らかにした。

検証方法

  • クライオ電子顕微鏡構造解析

  • 変異体作製実験

  • 分子動力学シミュレーション

分かったこと

  • TAS2R14の正規の結合部位にコレステロール分子が存在した。

  • 3つの強力なアゴニストは、細胞内ポケットに個別に結合し、独特な活性化メカニズムが示唆された。

  • TAS2R14は、複雑な複数のリガンド結合部位を介して、幅広いリガンド認識と活性化を行う。

  • TAS2R14はガストデューシンとGi1タンパク質と特異的に共役する。

研究の面白く独創的なところ

  • コレステロールがGPCRの正規の結合部位を占有しているのは非常にユニークな発見である。

  • 苦味物質が細胞内ポケットに結合するという新しい活性化メカニズムを提唱した。

  • 苦味受容体の幅広いリガンド認識と活性化の分子機構に新たな洞察を与えた。

この研究のアプリケーション

  • 苦味知覚メカニズムの理解に役立つ。

  • 感覚生物学の発展に寄与する。

  • 苦味受容体を標的とした創薬に応用できる可能性がある。

著者と所属
Xiaolong Hu, Weizhen Ao, Lijie Wu, Yuan Pei, Zhi-Jie Liu - iHuman Institute, ShanghaiTech University, Shanghai, China Mingxin Gao, Jie Cheng, Fan Yang, Jinpeng Sun - NHC Key Laboratory of Otorhinolaryngology, Qilu hospital and School of Basic Medical Sciences, Shandong University, Jinan, Shandong, China Yan Li, Chi Yang - Department of Oral Surgery, Shanghai Ninth People’s Hospital and College of Stomatology, Shanghai Jiao Tong University School of Medicine, Shanghai, China

詳しい解説
苦味受容体、特にTAS2R14は、食品成分から医薬品に至るまで幅広い苦味物質を感知する上で中心的な役割を果たしています。興味深いことに、TAS2R14は味蕾以外の組織にも広く発現しており、様々な生理学的プロセスへの関与や治療応用の可能性が示唆されています。
本研究では、最先端のクライオ電子顕微鏡技術を用いて、TAS2R14受容体がアリストロキア酸、フルフェナム酸、化合物28.1という3種類の苦味物質と複合体を形成し、異なるGタンパク質サブタイプ(ガストデューシンとGi1)と共役している構造を高い解像度で明らかにしました。驚くべきことに、GPCRの正規のリガンド結合部位にコレステロール分子が存在していることが観察されました。コレステロールがこの位置を占有しているのは非常に珍しく、受容体の機能調節に重要な役割を果たしている可能性があります。
さらに、3つの強力な苦味アゴニストは、受容体の細胞内ポケットに個別に結合していました。この発見は、TAS2R14が他のGPCRとは異なる独特な活性化メカニズムを有していることを示唆しています。従来のGPCRは細胞外のリガンド結合によって活性化されるのに対し、TAS2R14は細胞内のリガンド結合によって活性化される可能性があります。
著者らは、構造解析に加えて、変異体作製や分子動力学シミュレーションなどの手法を駆使し、TAS2R14の広範なリガンド認識と活性化の分子機構を詳細に調べました。その結果、TAS2R14が複雑な複数のリガンド結合部位を介して、様々な苦味物質を認識し活性化されることが明らかになりました。
また、本研究ではTAS2R14とガストデューシンおよびGi1タンパク質との特異的な共役様式も解明されました。GPCRとGタンパク質の共役は、細胞内シグナル伝達において極めて重要です。TAS2R14の共役様式を理解することは、苦味シグナルがどのように細胞内に伝達されるかを解明する上で大きな意義があります。
本研究の成果は、苦味知覚のメカニズムに関する理解を大きく前進させるものです。苦味受容体は、味覚以外にも呼吸器や消化器など様々な組織に発現しており、生理機能の調節に関与していると考えられています。したがって、本研究の発見は、感覚生物学の発展に寄与するだけでなく、苦味受容体を標的とした新薬の開発にも応用できる可能性があります。
今後は、本研究で得られた構造情報や分子メカニズムを基に、TAS2R14の生理的役割やリガンド特異性についてさらに研究が進められることが期待されます。苦味受容体の全容解明に向けて、今回の発見は大きな一歩になったと言えるでしょう。


灌水初期のカルシウムスパイキングの発見

花粉の発芽には土壌中の水分が必要だが、その分子メカニズムは不明だった。本研究では、花粉内のカルシウムイオン濃度が周期的に急激に上昇(カルシウムスパイキング)することで発芽が促進されることを発見した。このカルシウムスパイキングは、OSCA2.1とOSCA2.2という浸透圧センサー分子が土壌の低浸透圧環境を感知することで引き起こされていた。つまり、花粉は浸透圧センサーを介して周囲の水分状態を感知し、カルシウムスパイキングというセカンドメッセンジャーを使って発芽のタイミングを制御していたのである。この研究により、植物の新しい環境適応メカニズムが明らかになった。

事前情報

  • 土壌中の水分は植物の生存に不可欠だが、その感知メカニズムは不明だった。

  • 細胞外の低浸透圧により細胞内カルシウム濃度が上昇する現象(HOSCA)が知られていたが、分子的な実態は不明だった。

  • 乾燥に強い花粉や種子は、発芽時に急速な水分吸収(rehydration)が起こる。

行ったこと

  • 大腸菌を用いて浸透圧感受性チャネルのスクリーニングを行った。

  • シロイヌナズナ変異体の花粉発芽率と細胞内カルシウム濃度を解析した。

  • HEK293細胞を用いてOSCAタンパク質の浸透圧感受性カルシウムチャネル活性を検証した。

  • 発芽培地の浸透圧と花粉内のカルシウムスパイキングの関係を調べた。

検証方法

  • 大腸菌の増殖阻害を指標に低浸透圧活性化チャネルを同定

  • GCaMP6カルシウムインディケーターを用いた花粉内カルシウム動態のライブイメージング

  • HEK293細胞発現系とFura-2指示薬を用いたカルシウムイメージング

  • 浸透圧の異なる培地での花粉発芽率と内部カルシウムスパイクの比較解析

分かったこと

  • OSCA2.1とOSCA2.2は重複して働く低浸透圧活性化カルシウムチャネルである。

  • osca2.1 osca2.2二重変異体では、低浸透圧誘導性のカルシウム上昇(HOSCA)と花粉発芽率が低下した。

  • OSCA2.1/OSCA2.2は花粉発芽前のカルシウムスパイキング(周期的なカルシウム濃度の急上昇)に必要である。

  • カルシウムスパイキングの頻度と振幅は、培地浸透圧の低下(水分量の増加)に伴い増大した。

研究の面白く独創的なところ

  • 細胞外の水分状態が、カルシウムスパイキングというセカンドメッセンジャーを介して花粉発芽を制御するという新しいシグナル伝達経路を発見した点。

  • 花粉発芽におけるカルシウムスパイキングの重要性と、それを制御する分子実体としての低浸透圧センサーOSCA2.1/OSCA2.2を明らかにした点。

  • 大腸菌の増殖阻害という表現型を利用した低浸透圧感受性チャネルのスクリーニング法を開発した点。

この研究のアプリケーション

  • 植物の環境ストレス耐性の分子機構の解明と、それに基づく分子育種への応用。

  • 花粉発芽や受精の人為制御技術への応用。

  • 動物も含めた他の生物の低浸透圧センシング機構の解明。

  • 細胞内カルシウムスパイキングの新たな生理的役割の発見。

著者と所属
Songyu Pei, Hunan Agricultural University, China Qi Tao, Zhejiang University, China Wenke Li, Zhejiang University, China

詳しい解説
この研究は、植物の花粉の発芽メカニズムに関する重要な発見をもたらしました。花粉は植物の雄性配偶子であり、その発芽は受精と種子形成に不可欠です。花粉の発芽には周囲の環境、特に水分が重要だと考えられてきましたが、その感知メカニズムは不明でした。
今回、著者らは、花粉発芽の開始が、花粉内部のカルシウムイオン濃度の周期的な急激な上昇(カルシウムスパイキング)と連動していることを発見しました。このカルシウムスパイキングは、花粉を取り巻く環境の浸透圧、つまり水分量に応じて頻度と振幅が変化しました。具体的には、低浸透圧(高含水)環境ほどカルシウムスパイキングが活発になり、発芽率も上昇しました。
では、花粉はどのようにして周囲の水分状態を感知し、カルシウムスパイキングを引き起こすのでしょうか?著者らは、OSCA2.1とOSCA2.2というタンパク質に着目しました。OSCAは動植物に広く保存された浸透圧感受性カルシウムチャネルファミリーですが、OSCA2.1とOSCA2.2の機能は不明でした。大腸菌を用いたスクリーニングと変異体解析から、この2つが花粉の低浸透圧センサーとして機能し、カルシウムスパイキングと発芽を制御していることが明らかになりました。
本研究は、「水分センサー→カルシウムスパイキング→発芽」という新しいシグナル伝達経路を発見しただけでなく、カルシウムスパイキングが細胞外環境の情報を細胞内に伝える「セカンドメッセンジャー」として働くことを示した点でも意義深いです。また、浸透圧という物理的な環境情報を感知して細胞応答を引き起こす分子メカニズムの一端が明らかになりました。
この発見は植物の環境適応戦略の理解に新たな視点を与えるものです。また花粉発芽や受精の人為制御への応用、さらには作物の環境ストレス耐性の改良にもつながる可能性を秘めています。細胞内情報伝達におけるカルシウムスパイキングの新たな役割も示唆されており、今後の研究の進展が期待されます。


α線放射性医薬品をタンパク質に共有結合させることで、腫瘍への集積性と治療効果が大幅に向上

本研究では、放射性医薬品を特定のタンパク質に共有結合させることで、腫瘍への集積性と滞留性を大幅に向上させ、α線による放射線療法の効果を飛躍的に高めることに成功しました。研究チームは、スルホン(VI)フルオリド交換(SuFEx)反応という「クリック反応」を利用し、放射性リガンドを腫瘍特異的タンパク質のチロシン残基に選択的に結合させる戦略を開発。線維芽細胞活性化タンパク質(FAP)を標的とした場合、リガンドの80%以上がタンパク質に共有結合し、6日間ほとんど解離しないことが示されました。マウスモデルでは、SuFExを導入したFAP阻害剤(FAPI)が通常のFAPIの13倍もの腫瘍集積性を示し、正常組織からは速やかにクリアランスされました。がん患者でのパイロット試験でも、他の手法よりも多くの腫瘍病変を検出できました。さらに、SuFEx化FAPIにβ線核種の177Luやα線核種の225Acを標識して治療実験を行ったところ、マウスの腫瘍がほぼ完全に退縮しました。前立腺特異的膜抗原(PSMA)を標的とした場合でも、SuFEx導入により治療効果の向上が確認されています。本アプローチは、SuFExリガンドと結合可能な様々ながん関連タンパク質に適用できる可能性があり、分子標的放射線療法の強力なプラットフォームになると期待されます。

事前情報

  • 標的放射線療法では、放射性核種を運ぶ薬剤を腫瘍に集積させて内部照射を行う

  • 治療効果の高いα線を用いても、薬剤の腫瘍滞留性が課題となっている

  • 標的タンパク質に薬剤を選択的に固定できれば、腫瘍集積性と滞留性の向上が期待される

行ったこと

  • SuFExリンカーを放射性リガンドに導入し、腫瘍タンパク質のTyr残基への共有結合を誘導

  • FAP阻害剤FAPIにSuFExを導入し、タンパク質との結合と解離を評価

  • SuFEx化FAPIの腫瘍集積性と体内動態をマウスで解析

  • SuFEx化FAPIによるがん病変の検出能を患者で評価

  • SuFEx化FAPIに177Luや225Acを標識し、マウスでの治療効果を検証

  • PSMAを標的としたSuFEx化リガンドの治療効果も評価

検証方法

  • in vitroでのタンパク質との結合・解離実験

  • マウス xenograft モデルでの体内動態と腫瘍集積性の評価

  • がん患者でのPET/CTイメージング試験

  • マウスでの177Lu, 225Ac標識体の治療実験

分かったこと

  • SuFExリンカーにより、リガンドのタンパク質への共有結合が80%以上誘導された

  • SuFEx化FAPIは、通常のFAPIの13倍の腫瘍集積性を示し、正常組織からは速やかに排出された

  • 患者試験でSuFEx化FAPIは他法より多くの病変を検出できた

  • 177Lu, 225Ac標識SuFEx化FAPIはマウス腫瘍をほぼ完全に退縮させた

  • SuFEx化PSMAリガンドも治療効果の向上を示した

研究の面白く独創的なところ

  • 放射性薬剤のタンパク質への共有結合という新しい概念を提唱した点

  • SuFExという簡便なクリック反応を活用して実現した点

  • FAP, PSMAなど様々ながん標的に適用可能なプラットフォーム技術である点

  • 動物とヒトでの有効性を総合的に実証した点

この研究のアプリケーション

  • 様々ながん特異的タンパク質を標的とした分子標的放射線療法への応用

  • α線など効果の高い核種を用いた治療戦略への展開

  • タンパク質に結合可能な他の放射性薬剤への応用

  • 共有結合を利用した薬物動態制御技術への発展

著者と所属
Xi-Yang Cui, Zhu Li, Zhibo Liu (Peking University)

詳しい解説
本研究は、放射性医薬品をがん特異的タンパク質に共有結合させることで、腫瘍集積性と滞留性を飛躍的に高め、α線による分子標的放射線療法の効果を最大化する独創的な手法を開発した点で極めて意義深いものです。 研究チームは、SuFExという「クリック反応」を利用し、放射性リガンドを標的タンパク質のチロシン残基に選択的に結合させる巧妙な戦略を考案しました。線維芽細胞活性化タンパク質(FAP)阻害剤FAPIにSuFExリンカーを導入したところ、リガンドの80%以上がFAPに共有結合し、6日間ほとんど解離しないことが示されました。マウスに投与すると、SuFEx化FAPIは通常のFAPIの13倍もの腫瘍集積性を示し、正常組織からは速やかに排出されるという理想的な体内動態を示しました。 さらに重要なことに、SuFEx化FAPIにβ線核種の177Luやα線核種の225Acを標識して治療実験を行ったところ、マウスの腫瘍がほぼ完全に退縮したのです。高い腫瘍集積性と滞留性により、局所のα線照射線量を最大化できたためと考えられます。前立腺特異的膜抗原(PSMA)を標的とした場合でも、SuFEx導入による治療効果の向上が確認されており、本技術の汎用性の高さがうかがえます。 加えて、がん患者でのパイロット試験により、SuFEx化FAPIが他の手法よりも多くの腫瘍病変を検出できることが示されました。この知見は、SuFEx化リガンドが診断薬としても優れたポテンシャルを持つことを示唆しています。 本研究の最大の独創性は、放射性薬剤をタンパク質に共有結合させるという全く新しい概念を提唱し、それをSuFExというシンプルな化学反応で実現した点にあります。SuFExリガンドと結合可能な様々ながん関連タンパク質が存在することから、本アプローチは分子標的放射線療法の強力なプラットフォームになると期待されます。 今後は、α線などのより効果の高い核種を用いた治療や、他の放射性薬剤への応用などにより、本技術のさらなる発展が期待されます。また、共有結合形成を利用した薬物動態制御技術への展開も興味深いテーマです。本研究は、放射線療法の効果を最大化する新たな道を拓いた点で、がん治療の進歩に大きく貢献すると言えるでしょう。



最後に
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