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論文まとめ369回目 SCIENCE 脳全体に遺伝子を届けるために改変されたAAVカプシド!?など

科学・社会論文を雑多/大量に調査する為、定期的に、さっくり表面がわかる形で網羅的に配信します。今回もマニアックなSCIENCEです。

さらっと眺めると、事業・研究のヒントにつながるかも。
世界の先端はこんな研究してるのかと認識するだけでも、
ついつい狭くなる視野を広げてくれます。


一口コメント

Probing structural superlubricity of two-dimensional water transport with atomic resolution
原子レベルで2次元水輸送の構造的超潤滑を観測する
「グラフェンや窒化ホウ素の上を流れる薄い水の層は、表面との相互作用によって摩擦がほとんどない「超潤滑」状態になることが、原子レベルの顕微鏡観察と計算機シミュレーションから明らかになりました。この現象は水の輸送効率を大幅に高め、脱塩や浄水などの応用につながる可能性があります。」

Artemisinins ameliorate polycystic ovarian syndrome by mediating LONP1-CYP11A1 interaction
アルテミシニン類はLONP1-CYP11A1の相互作用を介して多嚢胞性卵巣症候群を改善する
「アルテミシニン類は抗マラリア薬として知られていますが、この研究では多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)の治療にも効果があることが明らかになりました。アルテミシニン類がLONP1というタンパク質とCYP11A1というホルモン合成酵素の結合を促進することで、CYP11A1の分解が進みアンドロゲンの過剰産生が抑制されることがPCOS改善のメカニズムのようです。マウスと ヒトでの効果が確認され、新たなPCOS治療薬としての可能性が示されました。」

YABBY and diverged KNOX1 genes shape nodes and internodes in the stem
イネ茎の節と節間の形成を制御するYABBYとKNOX1遺伝子の役割
「イネの茎は節と節間が交互に並んでいます。この研究では、YABBY遺伝子が節の形成を促進し、ある種のKNOX1遺伝子が節間の形成を促進することを明らかにしました。YABBY遺伝子とKNOX1遺伝子は互いに抑制し合うことで、節と節間の境界を作り出しているのです。種子植物に特有のこの仕組みにより、イネの茎の基本構造が作られていました。」

An AAV capsid reprogrammed to bind human transferrin receptor mediates brain-wide gene delivery
ヒトトランスフェリン受容体に結合するよう改変されたAAVカプシドによる脳全体への遺伝子導入
「この研究では、ヒト血液脳関門の受容体であるトランスフェリン受容体に結合するようにAAVカプシドを改変することで、脳全体に効率的に遺伝子を届けることに成功しました。従来のAAVに比べ40-50倍高い効率で中枢神経系に遺伝子導入でき、ゴーシェ病の原因遺伝子を導入することで脳内の酵素活性を大幅に上昇させることができました。この技術により、脳疾患に対する遺伝子治療の適用範囲が大きく広がることが期待されます。」

Integrated platform for multiscale molecular imaging and phenotyping of the human brain
ヒト脳の統合的マルチスケール分子イメージングと表現型解析プラットフォーム
「本研究では、ヒト脳の微細な構造や分子の詳細を包括的に分析するための完全なパイプラインを開発しました。この画期的なプラットフォームにより、アルツハイマー病などの脳疾患の病理を細胞レベルから臓器レベルまでマルチスケールで可視化し、細胞の形態や接続性、分子の局在などを同時に解析することが可能になりました。これにより、ヒト脳の機能と機能不全の理解が大きく前進すると期待されます。」


要約

グラフェン上の2次元水輸送において構造的超潤滑を原子レベルで観測

https://www.science.org/doi/10.1126/science.ado1544

水分子の二次元輸送における構造的超潤滑現象を、低温原子間力顕微鏡を用いて原子レベルで直接観測しました。グラフェン表面上の水島の格子はグラフェンと不整合であるのに対し、六方晶窒化ボロン表面上では整合性があることを見出しました。グラフェン上の摩擦力は水島の面積の約-0.58乗に比例して減少し、超潤滑状態になることが示唆されました。一方、窒化ボロン上の摩擦力は面積に依存しませんでした。分子動力学シミュレーションから、グラフェン上の水島の摩擦係数は0.01以下になることが分かりました。

事前情報

  • 低次元ナノ空間での水輸送は、原子スケールの閉じ込め効果により大幅に促進される

  • その微視的メカニズムについてはまだ議論がある

行ったこと

  • qPlus型原子間力顕微鏡を用いて、グラフェンと六方晶窒化ボロン表面上の二次元水島の原子構造と輸送特性を直接観察

  • 水島の面積に対する静摩擦力の依存性を測定

  • 分子動力学シミュレーションにより摩擦メカニズムを解明

検証方法

  • 低温超高真空qPlus AFMによる原子・分子分解能観察

  • 静摩擦力の面積依存性の定量的測定

  • 第一原理計算とAFMシミュレーション

  • 古典分子動力学シミュレーション

分かったこと

  • グラフェン上の水島の格子はグラフェンと不整合、窒化ボロン上では整合

  • グラフェン上の摩擦力は面積のべき乗則に従って減少し、超潤滑状態に

  • 窒化ボロン上の摩擦力は面積に依存せず

  • グラフェン上の水島の摩擦係数は0.01以下に低減可能

研究の面白く独創的なところ

  • 原子スケールの水輸送における超潤滑現象を初めて直接観測

  • 基板との格子整合性の有無が、摩擦特性を大きく左右することを発見

  • ナノスケール流体輸送の設計指針につながる知見

この研究のアプリケーション

  • グラフェンなどを用いた高効率な水輸送デバイス・膜の開発

  • 海水淡水化や水浄化などへの応用

  • ナノ流体潤滑のメカニズム解明と制御

著者と所属
Da Wu, Zhengpu Zhao, Bo Lin, Yizhi Song, Jiajie Qi (Peking University) Jian Jiang, Xiao Cheng Zeng (City University of Hong Kong) En-Ge Wang, Li-Mei Xu, Ying Jiang (Peking University)

詳しい解説
本研究では、グラフェンや六方晶窒化ボロン(hBN)の上に形成された薄い水の層(二次元水島)の原子構造と輸送特性を、低温超高真空の走査型プローブ顕微鏡(SPM)を用いて直接観察しました。その結果、グラフェン上の水島は基板の原子格子とは不整合な構造を持つのに対し、hBN上では整合した構造になることが分かりました。
そして、グラフェン上の水島の面積を大きくしていくと、静摩擦力が面積のマイナス0.58乗に比例して減少していくことが明らかになりました。これは、面積が大きくなるほど水島とグラフェンの間の相対運動が滑らかになっていく「構造的超潤滑」状態を示唆しています。一方、hBN上の摩擦力は面積によらずほぼ一定でした。
さらに分子動力学シミュレーションを行ったところ、グラフェン上の水島の摩擦係数は0.01以下という極めて低い値になり得ることが示されました。一連の結果から、基板との格子の整合・不整合が摩擦特性を大きく左右する要因であることが分かりました。
本研究は、ナノスケールの水輸送における超潤滑現象を初めて原子レベルで実証するとともに、その発現メカニズムに関する重要な知見を与えるものです。今後、グラフェンなどの二次元材料を用いた高効率な水輸送デバイスや膜の開発につながると期待されます。


アルテミシニン類はPCOSの症状を改善する

https://www.science.org/doi/10.1126/science.adk5382

多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)は、アンドロゲン過剰、排卵障害、多嚢胞性卵巣を特徴とする生殖可能年齢の女性に多い疾患である。有病率が高いにもかかわらず、PCOSに対する特異的な薬物治療は難しい。本研究では、アルテミシニン類がPCOS治療薬となる可能性を見出した。アルテミシニン誘導体がPCOSモデル動物とPCOS患者の両方でPCOS症状を軽減し、卵巣のアンドロゲン合成を抑制することでアンドロゲン過剰症を改善することを示した。アルテミシニン類は、アンドロゲン過剰産生を阻害するためにCYP11A1タンパク質の分解を促進した。作用機序としては、アルテミシニン類がLONP1に直接作用し、LONP1とCYP11A1の相互作用を増強してLONP1によるCYP11A1の分解を促進することが示された。LONP1の過剰発現はアルテミシニン類のアンドロゲン低下作用を再現した。以上より、アルテミシニン類の応用はPCOS治療の有望なアプローチであり、LONP1-CYP11A1相互作用がアンドロゲン過剰症やPCOSの発症制御に重要な役割を果たしていることが明らかになった。

事前情報

  • 多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)は生殖年齢女性の10〜13%に発症する一般的な内分泌疾患である

  • PCOSの症状にはアンドロゲン過剰、排卵障害、多嚢胞性卵巣、代謝異常などがある

  • アンドロゲン過剰がPCOSの病態の主要因子である

  • PCOSの有病率は高いが、複雑な症候群に対する特異的な薬物治療は困難である

行ったこと

  • PCOSモデル動物においてアルテミシニン誘導体アルテメーテルの効果を評価した

  • アルテミシニン類が卵巣のテストステロン合成に与える影響をin vitroとin vivoで検討した

  • 定量的プロテオミクス解析でアルテミシニン類の直接のターゲットを同定した

  • アルテミシニン類のPCOS患者に対する治療効果を検証した

検証方法

  • PCOSモデル動物でのアルテメーテル投与実験

  • 卵巣細胞と動物モデルを用いたアルテミシニン類のアンドロゲン合成への作用の解析

  • プロテオミクス解析とタンパク質間相互作用の検討

  • PCOS患者に対するジヒドロアルテミシニン投与試験

分かったこと

  • アルテミシニン誘導体は、PCOSモデル動物の高アンドロゲン血症、不規則な性周期、多嚢胞性卵巣、低受胎能力を改善した

  • アルテミシニン類は卵巣のテストステロン合成を抑制することで高アンドロゲン血症を改善した

  • アルテミシニン類はCYP11A1タンパク質の分解を誘導し、アンドロゲン合成を阻害した

  • アルテミシニン類はLONP1に直接作用し、LONP1とCYP11A1の結合を促進して、LONP1によるCYP11A1の分解を促進した

  • PCOS患者への臨床試験で、ジヒドロアルテミシニンが高アンドロゲン血症や多嚢胞性卵巣の改善、月経の正常化に有効であった

研究の面白く独創的なところ

  • 抗マラリア薬として知られるアルテミシニン類に、PCOSの治療効果があることを見出した点

  • アルテミシニン類がLONP1-CYP11A1相互作用を介してアンドロゲン合成を制御するという新規メカニズムを解明した点

  • LONP1-CYP11A1相互作用を標的とすることでPCOSの新たな治療法開発の可能性を示した点

この研究のアプリケーション

  • アルテミシニン類のPCOS治療薬としての応用

  • LONP1-CYP11A1相互作用を標的とした新規PCOS治療法の開発

  • アンドロゲン過剰に関連する他の疾患に対するアルテミシニン類の治療効果の検討

著者と所属
Yang Liu, Jing-jing Jiang, Qi-qun Tang - 復旦大学代謝・分子医学教育部重点実験室、生化学・分子生物学科、内分泌・代謝科 Shao-yue Du, Cong-jian Xu - 復旦大学上海市女性生殖内分泌関連疾患重点実験室、産婦人科病院 Liang-shan Mu, Yao Ye, Xi Dong - 復旦大学中山病院生殖医学センター

詳しい解説
多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)は、生殖年齢女性に一般的にみられる内分泌疾患で、アンドロゲン過剰、排卵障害、多嚢胞性卵巣を特徴とします。PCOSの有病率は高いものの、複雑な症候群に対する特異的な薬物治療は難しいのが現状です。
この研究では、抗マラリア薬として知られるアルテミシニン類に着目し、PCOSの治療効果について検討しました。PCOSモデル動物を用いた実験から、アルテミシニン誘導体のアルテメーテルが高アンドロゲン血症、不規則な性周期、多嚢胞性卵巣、低受胎能力などのPCOS症状を改善することが示されました。さらに、アルテミシニン類が卵巣細胞のテストステロン合成を抑制し、アンドロゲン過剰を是正することが分かりました。
そのメカニズムを探るため、プロテオミクス解析によりアルテミシニン類の標的分子の同定を行ったところ、アンドロゲン合成の最初のステップを触媒するCYP11A1酵素がアルテミシニン類によって最も顕著に減少することが明らかになりました。アルテミシニン類はCYP11A1タンパク質の分解を誘導することで、アンドロゲン合成を阻害していたのです。
さらに詳しい分子メカニズムの解析から、アルテミシニン類はLONP1というタンパク質に直接結合し、LONP1とCYP11A1の相互作用を増強することで、LONP1によるCYP11A1の分解を促進していることが分かりました。一方、高アンドロゲン状態ではLONP1とCYP11A1の結合が阻害され、LONP1の発現低下とともにCYP11A1レベルが上昇してアンドロゲン合成が亢進していました。LONP1を過剰発現させるとアルテミシニン類と同様にアンドロゲン産生が抑制されたことから、LONP1-CYP11A1相互作用がアンドロゲン合成の重要な制御機構であることが supported されました。
最後に、PCOS患者に対する臨床試験でアルテミシニン誘導体のジヒドロアルテミシニンを投与したところ、高アンドロゲン血症の改善、抗ミュラー管ホルモンの低下、多嚢胞性卵巣の改善、月経周期の正常化など、PCOS症状の改善効果が確認されました。
本研究は、アルテミシニン類がPCOSの治療薬となる可能性を示すとともに、LONP1-CYP11A1相互作用という新たなアンドロゲン合成制御機構を発見し、この相互作用を標的とすることでPCOSの新規治療法開発への道を拓いたと言えます。抗マラリア薬という既存薬に別の疾患への応用可能性を見出した点でも興味深い研究と言えるでしょう。


イネの茎の節と節間の形成を制御するYABBYとKNOX1遺伝子の役割を解明

https://www.science.org/doi/10.1126/science.adn6748

植物の茎は節と節間が交互に並んで構成されていますが、これらがどのように形成されるのかは十分に分かっていませんでした。イネの茎を用いた本研究により、YABBY遺伝子が葉の発生に関わる遺伝子であるのに対し、ある種のKNOX1遺伝子はYABBY遺伝子や別のKNOX1遺伝子を抑制することで節間の形成を促進することが明らかになりました。YABBY遺伝子とKNOX1遺伝子は互いに抑制し合うことで、節と節間の境界を作り出しているのです。この仕組みは種子植物に特有のものであり、イネの茎の基本的な構造を形作る上で重要な役割を果たしていました。

事前情報

  • 植物の茎は節と節間からなるが、その形成メカニズムは不明な点が多い

  • イネは茎の構造が分かりやすいモデル植物である

行ったこと

  • イネの茎を用いて、節と節間の形成に関わる遺伝子を網羅的に探索

  • YABBY遺伝子とKNOX1遺伝子に着目し、それらの機能を解析

検証方法

  • イネの突然変異体や遺伝子組換え体を用いた解析

  • 各遺伝子の発現パターンの観察

  • 各遺伝子の機能をノックアウトまたは過剰発現させた際の表現型解析

分かったこと

  • YABBY遺伝子は節の形成と維管束分化を促進する

  • ある種のKNOX1遺伝子はYABBY遺伝子や別のKNOX1遺伝子を抑制して節間の形成を促す

  • YABBY遺伝子とKNOX1遺伝子は互いに抑制し合い、節と節間の境界を形成する

  • この制御モジュールは種子植物に特異的に見られる

研究の面白く独創的なところ

  • イネの茎の節と節間の形成を司る分子メカニズムを世界で初めて解明した

  • YABBY-KNOX制御モジュールの種子植物における進化的な意義を示唆した

  • イネという単子葉植物をモデルに、植物に普遍的な茎の発生原理の一端を明らかにした

この研究のアプリケーション

  • 節間長など茎の構造を制御することで、イネの収量や倒伏耐性の改良への応用が期待される

  • 草本だけでなく木本でも茎の発生を理解する上で重要な知見となりうる

著者と所属

  • Katsutoshi Tsuda (National Institute of Genetics)

  • Akiteru Maeno (National Institute of Genetics)

  • Ken-Ichi Nonomura (National Institute of Genetics)

詳しい解説
植物の茎は節と節間が交互に連なることで構成されています。節は維管束が分化し、葉や枝が形成される場所であるのに対し、節間は細長く伸長することを特徴とします。イネの茎は典型的な節間構造を持つため、節と節間がどのように形成されるのかを調べる良いモデルとなります。
本研究では、イネの節と節間の発生に関わる遺伝子を探索したところ、YABBY遺伝子ファミリーとKNOX1遺伝子ファミリーに着目しました。YABBY遺伝子は葉の発生や極性の決定に重要な役割を果たすことが知られています。一方、KNOX1遺伝子の中には茎頂分裂組織の維持に関わるものがあります。
詳細な解析の結果、YABBY遺伝子は節の形成と維管束分化を促進することが分かりました。これに対し、ある特定のKNOX1遺伝子は、YABBY遺伝子や別のKNOX1遺伝子の発現を抑制することで、節間の形成を促していました。YABBY遺伝子とKNOX1遺伝子は互いに抑制し合うことで、節と節間の境界を適切に形成しているのです。
興味深いことに、このYABBY-KNOX制御モジュールは種子植物において特異的に獲得されたものであることが、系統解析から示唆されました。被子植物や裸子植物の共通祖先で生じたKNOX1遺伝子の重複と機能分化が、節間構造の発達に寄与したのかもしれません。
本研究は、イネという単子葉植物をモデルとしながらも、植物の茎の基本構造がどのように制御されているのかについて、普遍的な発生原理の一端を世界で初めて明らかにしたと言えます。YABBY遺伝子とKNOX1遺伝子の相互抑制による節と節間の形成は、作物の茎の構造改変を通じた収量や倒伏耐性の改良などにも応用できる可能性を秘めています。さらには、草本だけでなく木本の茎の発生の理解にも、重要な示唆を与える発見だと考えられます。


脳全体に遺伝子を届けるために改変されたAAVカプシド

https://www.science.org/doi/10.1126/science.adm8386

脳疾患の遺伝子治療に向けて、ヒト血液脳関門の受容体に結合し脳全体に遺伝子を届けることができるAAVカプシド「BI-hTFR1」を開発した。BI-hTFR1はヒト脳毛細血管内皮細胞を通過し、従来のAAV9と比較してヒトTFRCノックインマウスの中枢神経系で40-50倍のレポーター発現を示した。この強化された指向性は中枢神経系特異的であり、野生型マウスでは見られなかった。ゴーシェ病やパーキンソン病の原因となるGBA1を導入した場合、BI-hTFR1はAAV9と比較して脳と脳脊髄液のグルコセレブロシダーゼ活性を大幅に上昇させた。これらの結果から、BI-hTFR1はヒト中枢神経系の遺伝子治療に有望なベクターであることが示された。

事前情報

  • AAVベクターを用いた遺伝子治療は進歩しているが、脳疾患を標的とするのは難しかった

  • 血液脳関門を通過するAAVはこれまで動物モデルでのみ同定され、ヒトへの応用は難しかった

  • ヒト血液脳関門で発現するトランスフェリン受容体(TfR1)に着目した

行ったこと

  • ヒトTfR1に結合するAAVカプシド「BI-hTFR1」を開発

  • ヒト脳毛細血管内皮細胞でBI-hTFR1の輸送を確認

  • ヒトTFRCノックインマウスでBI-hTFR1の中枢神経指向性を検証

  • ゴーシェ病の原因遺伝子GBA1の導入効果を評価

検証方法

  • ヒト脳毛細血管内皮細胞におけるBI-hTFR1の輸送をin vitroで検証

  • ヒトTFRC発現マウスとWT マウスでのBI-hTFR1の体内分布を比較

  • GBA1導入後の脳と脳脊髄液中のグルコセレブロシダーゼ活性を測定

  • 免疫染色と定量PCRによる発現解析

分かったこと

  • BI-hTFR1はヒト脳毛細血管内皮細胞を効率的に通過する

  • BI-hTFR1の中枢神経指向性はヒトTFRC依存的である

  • BI-hTFR1-GBA1の投与で脳と脳脊髄液中の酵素活性が大幅に上昇した

  • BI-hTFR1-GBA1は脳全体の細胞で遺伝子発現を誘導した

研究の面白く独創的なところ

  • ヒト化マウスモデルを用いてヒト特異的な中枢神経指向性を実証した点

  • 受容体結合性を付与することでAAVの組織指向性を改変できることを示した点

  • BI-hTFR1の有用性を治療用遺伝子の導入実験で実証した点

この研究のアプリケーション

  • 脳に薬物を送達するための新たなプラットフォーム技術になり得る

  • アルツハイマー病やパーキンソン病など様々な脳疾患の遺伝子治療に応用可能

  • 脳疾患の病態解明や創薬研究にも役立つ可能性がある

著者と所属
Qin Huang, Ken Y. Chan, Benjamin E. Deverman - Stanley Center for Psychiatric Research, Broad Institute of MIT and Harvard.

詳しい解説
この研究は、脳全体に効率的に遺伝子を届けるためのAAVベクターの開発に関するものです。脳は血液脳関門によって守られているため、脳疾患に対する遺伝子治療の実現には血液脳関門を通過できるベクターの開発が重要な課題となっています。
研究チームは、ヒト血液脳関門の受容体であるトランスフェリン受容体(TfR1)に着目し、これに結合するようにAAVカプシドを改変することで、脳への効率的な遺伝子導入を目指しました。改変されたAAVカプシドは「BI-hTFR1」と名付けられました。
まず、ヒト脳毛細血管内皮細胞を用いた実験により、BI-hTFR1が血液脳関門を構成する細胞を効率的に通過できることが確認されました。次に、ヒトTfR1を発現するように遺伝子改変されたマウスを用いて体内動態を調べたところ、BI-hTFR1は野生型AAV9と比較して中枢神経系で40-50倍も高い遺伝子発現効率を示しました。この中枢神経指向性はヒトTfR1に依存しており、通常のマウスでは見られなかったことから、BI-hTFR1のヒト特異性が示されました。
さらに、ゴーシェ病やパーキンソン病の原因遺伝子であるGBA1をBI-hTFR1に搭載して投与したところ、AAV9を用いた場合と比べて脳と脳脊髄液中の酵素活性が大幅に上昇しました。また、脳の広範な領域で遺伝子発現が誘導されていることも確認されました。
これらの結果から、BI-hTFR1は脳へ効率的に遺伝子を届けるためのベクターとして有望であり、様々な脳疾患の遺伝子治療に応用できる可能性が示されました。TfR1のようなヒト化標的を利用することで、霊長類での前臨床試験から臨床応用までの障壁を下げられると期待されます。
本研究は、脳疾患の治療法開発だけでなく、脳の機能解明や創薬研究など幅広い分野に影響を与える可能性を秘めています。今後のさらなる発展が期待されます。


ヒト脳の統合的マルチスケール分子イメージングと表現型解析プラットフォーム

https://www.science.org/doi/10.1126/science.adh9979

ヒト脳の解剖学的および分子的アーキテクチャの詳細なマッピングは、中枢神経系の機能と機能不全を理解するために不可欠です。しかし、技術的な制約により、ヒト脳の包括的な分析は困難でした。本研究では、BRAIN Initiative Cell Census Network (BICCN)の一環として、ヒト脳の細胞アトラスを亜細胞解像度で作成するための完全なパイプラインを開発しました。このプラットフォームにより、BICCNの研究者はヒト脳を詳細に調べることができ、他の多くのヒトの臓器にも適用できる可能性のある非常に貴重なツールとなります。

事前情報

  • ヒト臓器の機能と機能不全を理解するには、細胞の解剖学的・分子的アーキテクチャとそれらの臓器全体の接続性の詳細なマッピングが必要

  • イメージングや分子プロファイリング技術の進歩により、ヒト臓器内の機能領域や細胞の解剖学的構成、分子特性の理解は大きく深まったが、個々の細胞のマルチスケール・マルチオミクス特性とそれらの臓器全体の接続性を統合的に捉える技術はまだ不足

行ったこと

  • 同じ組織から得られた細胞の臓器全体の構造と分子、形態、接続性などの高次元の特徴を同時にマッピングするためのスケーラブルな技術プラットフォームを開発

  • プラットフォームは、接続性を保持した組織切片化を可能にする機械装置、多重マルチスケール分子イメージングを可能にする組織の物理化学的特性を操作する化学的手法、単一細胞のプロジェクトームマッピングのための計算ツールで構成

  • ヒト臓器スケールの組織の高度に多重化されたマルチスケール分子表現型解析を可能にするために、機械的、化学的、計算的ツールを完全に統合

検証方法

  • 超大型生物系の高精度切片化を可能にするMEGAtomeを開発し、ヒト脳スラブやコホートスケールの動物臓器アレイの高速分子マッピングを実施

  • 組織をゲル化して弾性・透明・膨張可能にしながら内因性生体分子とナノスケールの細胞構造を保持するmELAST法を開発し、高度に多重化された無傷ヒト脳組織のマルチスケールイメージングを実現

  • スラブ間の正確な登録を可能にするUNSLICEを開発し、免疫標識された細胞型特異的繊維をランドマークとして、切片化された組織ブロックを単一繊維レベルで再構成

分かったこと

  • ヒトアルツハイマー病の病理を複数のスケールで解析し、細胞型分布、形態的特徴、神経繊維の配向、化学シナプス分布の差異など、多様な病理学的特徴を明らかにした

  • UNSLICEを活用して、ヒト脳における単一神経投射のスケーラブルなマッピングを実証し、病理タンパク質を発現する神経線維の投射パターンを明らかにした

  • 本プラットフォームにより、ヒト脳スケールの組織における細胞の構造と分子の表現型解析を、かつてない解像度とスピードで拡張可能に行うことが可能になった

研究の面白く独創的なところ

  • 機械的、化学的、計算的な先端技術を組み合わせて、ヒト脳のマルチスケールイメージングと接続性マッピングを統合的に行うプラットフォームを開発した点が革新的

  • ヒト臓器スケールの組織から同じ細胞の空間的、分子的、形態的、接続的情報を同時に抽出できる点が独創的

  • 単一ニューロンのプロジェクトームのマッピングとそれらの分子発現プロファイルとの統合を可能にする点が画期的で、ヒト脳の神経回路の構成原理とその疾患特異的変化の解明に貢献すると期待される

この研究のアプリケーション

  • 多数のヒトおよび動物の脳の統合的な解析を可能にし、種間の相同性、集団内変動、疾患特異的な特徴の理解を促進

  • アルツハイマー病などの神経変性疾患の病態解明と治療標的の同定

  • 脳の発達や老化のメカニズム解明

  • 創薬スクリーニングへの応用

著者と所属
Juhyuk Park, Ji Wang, Webster Guan - マサチューセッツ工科大学
Matthew P. Frosch - マサチューセッツ総合病院、ハーバード大学医学部
Kwanghun Chung - マサチューセッツ工科大学

詳しい解説
本研究では、ヒト脳を細胞レベルから臓器レベルまで統合的に分析するための革新的なプラットフォームを開発しました。このプラットフォームは、接続性を保持した組織切片化を可能にする機械装置MEGAtome、多重マルチスケール分子イメージングを可能にする組織のゲル化技術mELAST、切片化された組織ブロックを単一繊維レベルで3次元的に再構成する計算パイプラインUNSLICEの3つのコア技術から構成されています。
MEGAtomeは、ブレード振動制御を最適化する多自由度システムにより、超大型生物試料の高精度な切片化を実現しました。これにより、無傷のヒト脳スラブやコホートスケールの動物臓器アレイの高速分子マッピングが可能になりました。
mELASTは、生体組織を弾性があり透明で拡張可能なハイドロゲルに変換する一方で、内因性生体分子とナノスケールの細胞構造を保持します。SWITCHを介した迅速な染色法と組み合わせることで、無傷のヒト脳組織の高度に多重化されたマルチスケールイメージングを実現しました。
UNSLICEは、免疫標識された細胞型特異的線維をランドマークとして使用し、切断された線維端点を相互にリンクすることで、切片化された組織ブロックを単一線維レベルで正確に再構成します。このアプローチの反復的な性質により、データセットの次元を増やすほど、接続性マッピングの精度が向上し続けます。
このプラットフォームをヒトのアルツハイマー病の病理解析に適用し、細胞型分布、形態的特徴、神経線維の配向、化学シナプス分布の違いなど、多様な病理学的特徴を複数のスケールで明らかにしました。UNSLICEを活用して、ヒト脳における単一ニューロン投射のスケーラブルなマッピングを実証し、病理タンパク質を発現する神経線維の投射パターンを明らかにしました。
本研究で開発されたプラットフォームは、ヒト脳スケールの組織における細胞の構造と分子の表現型解析を、かつてない解像度とスピードで拡張可能に行うことを可能にします。このプラットフォームにより、多数のヒトおよび動物の脳の統合的な解析が促進され、種間の相同性、集団内変動、疾患特異的な特徴の理解が深まることが期待されます。さらに、このアプローチは単一ニューロンのプロジェクトームのマッピングとそれらの分子発現プロファイルの統合を可能にするため、ヒト脳の神経回路の構成原理とその疾患特異的変化の解明に大きく貢献すると考えられます。


最後に
本まとめは、フリーで公開されている範囲の情報のみで作成しております。また、理解が不十分な為、内容に不備がある場合もあります。その際は、リンクより本文をご確認することをお勧めいたします。