見出し画像

『螢・納屋を焼く・その他の短編』を読んで

前回の記事で読んでいる本を書いたが、ちょうど読めたので記憶に残すために感想書きます。

『螢・納屋を焼く・その他の短編』(ほたる・なやをやく・そのたのたんぺん)は、1984年7月5日、新潮社より刊行された村上春樹の短編小説集

Wikipediaより

こうして見るとめちゃくちゃ古い小説です。
何年前になるか数えてしまう程です。

ただ、村上春樹の小説は実際に作中に出てくるものは当時のものが多いものの、描いている内容や描写はまったく色あせていることなく、とても個性的であり、味があるものとなっているように感じます。

この短編を読む理由は、『螢』というタイトルが収録していたためです。
短編の中で人気が高く、またあの有名な「ノルウェイの森」の下敷きになった作品と言われているので気になりました。
それと「死」を題材にしているというのも気になり、村上春樹ならそれをどう調理するのかを見てみたくなったためです。

各短編簡単に感想を書いていきます。

■簡単なあらすじ
親友がなくなり、なんとなく生きていた主人公。ある日、親友の恋人と偶然出会い、奇妙な関係となる。その中で死を身近に感じてしまった主人公と理解することができない親友の恋人とが日々を重ねていき、その先の結末を見届けるような話


一番読みたかったタイトルですが、意外にもあっさりとした読み心地でした。
「死」をどう自分の中で落ち着かせるかといったある意味村上春樹らしい切り口はとても納得感がありました。

彼女とのやり取りの描写からどのような結末になるかといった点でもエンタメ性もあり、とても読んで良かったと思いました。


特に彼女が残した最後の手紙にはとても人間味のある言葉が並んでいて、とても印象に残りました。一文のみ好きな箇所抜粋します。

いろんなことを気にしないで下さい。たとえ何が起こったとしても、何が起こっていなかったとしても、結局はこうなったんだという気がします。

螢・納屋を焼く・その他の短編 
「螢」より

このどうしようもない、塞がれてしまった感じ、この空気感がこの作品のとても良さではあります。悲しいですけどね。

歳を重ねるにつれて、理解することができない事柄も理解しなければいけない、またそれをどう咀嚼するのかなど大いに考えることができる作品でした。

納屋を焼く

■簡単なあらすじ
小説家の主人公が彼女と出会う。彼女には複数のボーイフレンドがいて、その相手の1人と交流することとなる。その男性が『納屋を焼く』のが趣味だと言い、今度は主人公の家近くで今度やろうとしていると知り、その場所を調べ始める主人公


こちらは2018年に韓国で『バーニング 劇場版』の映画の原作となった作品みたいです。

たぶん、読んだ後に何度も考えた作品。色んな可能性であったり、考察ができて、今回の本の中でトップクラスに好きな作品になりました。

色んな聞きなじみのない事柄を台詞で表現しているのが今作の特徴ですが、それはすべて比喩(メタファー)だと思います。

とくに目立つ部分だと「パントマイム」だったり、「納屋を焼く」といったとこです。ただ、その意味は推測はできますが完全な正解はきっと村上春樹の中にしかないと思います。受け取った人がそのままの意味でも、もしくは比喩を想像して作品を楽しめるようになっています。

特に好きなセリフがあったので抜粋します。

「あら、こんなの簡単よ。才能でもなんでもないのよ。要するにね、そこに蜜柑があると思い込むんじゃなくて、そこに蜜柑がないことを忘れればいいのよ。それだけ」

螢・納屋を焼く・その他の短編
「納屋を焼く」より


本編の話になりますが「納屋を焼く」ということは、『殺す』ことだったのか、もしくは『奪うこと』だったのかどちらなのかずっと考えて他の人の考察を見に行ったりしました。「奪う」の方が村上春樹っぽさはありますよね。

踊る小人

■簡単なあらすじ
夢の中に踊りが上手な小人が出てきて、踊らないかと誘われる。その夢の中にいた小人が誰なのか、また大切な場面で現実に現れてきたりと小人が主人公の生活に徐々に侵食してきてしまうストーリー


童話のようなどこかファンタジー感ありつつ、不気味な話しでした。

こちらも比喩が強めの作品だとは思いますが、ファンタジー色が強いせいでやや前の作品の「納屋を焼く」より難解な作品に感じました。

気持ち悪い描写が上手かったり、現実と空想の狭間の絶妙な分かりづらさが描いていたりと読んでいて関心する部分はありましたが、内容は純粋に楽しめるだけの作品ではなかったように感じます。

こちらは色んな人が考察しているのでもう少し見てみたいところですが、わりと純粋に悪魔に心を売るようなシンプルなタイトルにも感じました。

めくらやなぎと眠る女

■簡単なあらすじ
仕事をやめて地元に帰ってきた主人公が耳の悪いいとこの付き添いで病院に行く。その途中で昔の親友だった友達のことを思い出す。

「螢」と対になった作品らしいです。
どちらも「死」という概念に主人公は囚われているようにも感じる作品です。

導入も好きです。少しだけ抜粋します。

背筋をまっすぐのばして目を閉じると、風のにおいがした。まるで果実のようなふくらみを持った風だった。そこにはざらりとした果皮があり、果肉のぬめりがあり、種子のつぶたちがあった。

螢・納屋を焼く・その他の短編
「めくらやなぎと眠る女」より

どんな物語が始めるのがとても気になる導入です。それでいて、とても詩的で文章の美しさを感じました。素直にすごい。

正直に言います。これが一番面白かったです。私の村上作品ランキングでもたぶん1位か2位くらいです。「カンガルー日和」「かえるくん、東京を救う」がトップでした仲間入りです。

たぶんですが、地味だけどどこか風景描写を自然と感じられて、その中にどこかしりが残っていて少し違和感があるけど、それを感じながらも気持ちのいい読み心地のあるそんな村上春樹作品が好きな気がしました。

この作品は正直何か良かった言葉にするのが難しいです。完全な好みな気もします。
ただ、1つ言うならば主人公から見えている世界の価値観が非常に自分の感性に近くて物語に入り込めた気がします。
他にもストーリーがシンプルながらもこの短編お馴染みの比喩(メタファー)が散りばめられていたり、その意味も受け取る相手に完全に委ねるような物になっていたりと色々良い点はあります。

ただ、人に勧めるのは非常に難しい作品でありますが、もしこれを見て興味が出た方はお手に取ってみてください。


三つのドイツ幻想

■簡単なあらすじ
3つの短編から織りなすドイツに行った主人公がその場所にあるものと人を見て、感じた事を綴った作品。


エッセイ感のある短編でした。
記憶に残るという意味では一番薄かったですが、最後の短編としてスッと読み終えることができました。コーヒーの飲み終わったあのスッキリとした感じにも似ています。


感想は以上です。
また本を読んで気が向いたら感想を書きます。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?