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自分と向き合うという事

今でこそ、毎日がハッピーで自分の心が軽やかで、根拠のない安心感や自分は自分でいいという自己肯定感もあるけれど、以前は、常にモヤモヤしていて、心は重く目の前に起こる出来事に常に振り回されていました。
もう、心も身体も疲れ切ってしまっていて、仕事を辞めることで時間を作り、自分と向き合うことにしました。

これ以上のどん底はないはずだ、ならば、自分と徹底的に向き合って、どんな自分も受け入れようと腹をくくりました。

ただ、その時は「自分と向き合う」ということがどうい事かわかっていなかったのです。

振り返り

自分と向き合おうとなるべくその時のことを客観的に振り返りをすることにしました。この時点で私は、毒親に育てられたこと、自分がHSPだという自覚はありました。

今いる現実がうまくいかないのは、育った環境が影響していると考えていたので、幼少期の振り返りも沢山しました。その時は忘れていた出来事も少しづつ思い出して、大人になった私がその頃のことを見つめ直すと小さな私は、悲しい気持ちを感じないことでなんとかやり過ごしていたことに気付きました。そんな時にはその悲しい気持ちを感じ切って癒すことにしたのです。もちろん、大人になってからの未消化の気持ちとも向き合いました。
そうすると、トウモロコシの皮を剥いていくように本当の自分がどんどん出てくるような感覚があって嬉しかったのを覚えています。

ただ、この時はまだ振り返りをしていたに過ぎなかったんですね。

自分と向き合う怖さ

自分と向き合っていくと、答えが出なかったり、自分でも答えをかわしたなって気づくことが出てきました。これってどういうこと?

腹を括っていた私。そこには何があるの?きっと大事なことがそこに隠れてる。何かわからない感情が出てきたがってるけど、怖くてだせない。ただただ涙が止まらなくて物凄い恐怖。

人間だれも恐怖なんて感じたくないですよね?そうなんです、答えが出なかったり、スルっと答えをかわしてしまったり、他責にしているのはこの恐怖を感じたくなかったから。人間の本能で恐怖を感じる前に回避をしてしまうので、自分では向き合ってると思っていてもほとんど向き合えていないのですね。

「自分と向き合う」の本当のところ

自分と向き合っているけど変わらない!って感じている方いらっしゃいませんか?
「自分と向き合う」ことと「自分と向き合ったことで変わる」のとでは少し違う事なのかなと私は思っています。

自分と向き合ってかわりたいなら、その恐怖にも向き合う事。そして、そこに何があるのか見ること。その恐怖は自分が作り出した恐怖なので、すごく怖いけど何も起きません。
そこを乗り越えたところに本当の気持ちがあったりします。その本当の気持ちがどんなことでも受け入れること。
自分で気づいても認識しても、受け入れられないことなんて山ほどある。
それを良いところも悪いところも受け入れていくことが、「自分と向き合ったことで変わる」に繋がっていくんだと思います。体感覚でわかる(腹落ちする)まで落とし込むと自然と次なる行動も変わってくると思います。



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