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郷土紙という超ローカル新聞(連載19)載っていればOK!




地元のことならなんでもニュースに


郷土紙は、地元に関するできごとをニュースとして紙面で紹介するメディアです。
おもに記事にするのは、新聞発行エリアの市町村の選挙関連、議会の様子、行政情報、地元企業の動向、地域で問題になっていること(医療や教育、学校、交通問題、市街地再開発など)です。
このような固い話題だけでなく、地域の祭りや伝統行事、小学校の運動会、地元農家の桃や柿の出荷が始まった、市内の桜トンネルが満開など、くらしに密着したニュースも積極的に紹介しています。

全国紙やテレビの地域ニュースでは、拾いきれないこともコトの発端から背景まで細かに報道します。このような活動でなんとか存在意義を見出しているというところです。

その中で、地元の市民会館やホテルのバンケットルームなどで行われる著名人の講演会も記事になります。

郷土紙が地元の講演会を記事にする理由


新聞社が、地元のホールやホテルで行われた著名人の講演会を記事にするのはいくつか理由があります。

それは
・地域の読者の教養を高める
・講演者の話を紹介することで考え方の一例を紹介する(言論の多様化)
・公共の施設(市民会館のホールなど)がコンサートや講演会といった市民に還元される用途に適切に利用されていることを示す
・世間で話題になっていることを読者に伝える

などです。
もっとも、これは建前であって本音は違います。
郷土紙のような小さな新聞社… というよりもn=1の私が所属していた本郷日報(仮称)が講演会を記事にする本音ベースの基準は

自社主催または後援、協賛したもの
・本紙にたくさんの広告を出稿したり事業協賛してくれる企業、金払いのいい私立高校など背後に強大な金の力がみえる企業・団体が主催のもの。
・地元の商工会議所、青年会議所(JC)、法人会、社会福祉協議会、美術振興会(美術館)などの団体が主催したちょっと公共性を感じるもの。
・地元のロータリークラブやライオンズクラブ、ソロプチミストなど奉仕団体が開く例会のゲストスピーチ(強い要請をしてくる団体
・地元出身のスポーツ選手、経営者が講師のもの

などです。もちろんこれ以外でも記事にすることはありますが、おおむねこんな感じということで。
判断材料は、ぶっちゃけていえば金がすべてという身もフタもない状態です。
すいません。
われわれは、霞が主食な人たちではないのです。
吹かなくても飛ぶような弱小メディアは、お金が入ってこないと立ち行きません。

あ、講演を取り上げるケースがもうひとつありました。
本郷日報スポンサー企業の社内研修や社員決起大会みたいな社内行事に、外部の有名講師を招いたときも取材に行きます。

載ってりゃいい


この手の仕事は、新人、若手が担当することが多いです。
たまに、ベテラン記者や編集局長が講演者のファンだという理由で取材に行くこともあります。企業講演ものは経済担当が行っていました。
本郷日報の場合、講演会があったことがわかるように紙面に「載っていればいいや」というスタイルです。編集局長の口癖でもある「行ったとわかればいいから」というアレです。

取材方法も簡単です。
講演が始まる前に会場に到着します。施設の裏口や通用口から入って主催者と名刺交換。状況によっては講師にも挨拶します。講師が芸能人の場合、写真の角度に注文がつくこともあります。
下から撮ると二重顎が目立つからダメとか、左側からだと老けて見えるので右または正面右寄りからのカットを使ってくれなど指定されるわけです。
実際にはもう少しオブラートに包んでいますが、強い「お願い」として事前に伝えられることがあります。※ほんの一部です。

講演が始まったら、ICレコーダーをオンにして写真撮影開始です。
撮影は通常、開始から5分程度で済ませます。フラッシュ炊いた大人のカメラ小僧がずっと会場内をウロウロすると講師もお客さんも集中できないので。
話の佳境に入り、講師や聴衆がいい表情になってきたら追加で撮ることもあります。

写真は、講演取材マニュアル(笑)どおりに撮ります。
講演タイトルが入った全景と講師バストアップ、顔アップをそれぞれ正面、右、左から。遠景、演壇に寄って正面下、舞台の両袖から各1カット、あとは手を動かしたときのカットを2、3点。俗にいう「ろくろ」も撮ります。最後は聴衆側の写真を撮ればOKです。このとき、先ほどの「注文」がついた場合は、そのカットは撮りません。

紙面に載ると、記者によって若干構図の良し悪しのセンスが出ます。ですが、さほど問題にはされません。載っていればいいのですから。

とはいえ、こういう取材で構図を工夫したり、会場で邪魔にならない撮り方を学んでいくことは大切です。ほかの取材がうまくいくようになります。
話を聞いて重要なポイントを抜き出し、決められた行数にまとめる練習にもなります。基本、走り込みは大切です。

できればライブ感を文章に


講演会の記事は、誰が、いつどこ(のホール)に来て、何を話したかという六何の原則(5W1H)のとおりに書けばおおむねOKです。+1H(How much)としてギャラはいくらだったということは書かないようにします。
絶対に間違えてはいけないのが主催者、後援団体の名称です。整理記者に原稿を切られないように、これを2つ目の段落までに必ず入れるようにします。郷土紙あるあるです(n=1)

講演の内容は、あとでICレコーダーを再生すればOKです。しかし、全部聞き直すのは大変です。
聞きながらポイントになりそうな部分、使えそうな部分があったら、その時刻または録音経過時間を併せてメモしておくと再生が早くできます。

せっかく生で講演を聴いているのです。講師が力を入れている部分、会場が引き込まれてきている部分をしっかり頭に残しておきたいものです。そのほうがいい記事になることでしょう。
ICレコーダーで確認するのは、細かな言い回し、正確な数字くらいにしたいものです。

今回は、講演内容の書き起こし方教室ではないので、ここでICレコーダーの使い方を掘り下げて書くことはしませんが慣れてくるとICレコーダー(今はスマートフォンの録音機能を使うことが多いかもしれませんが)を効率よく使うことで便利になります。

主催者側も講演会は記事にしてほしい

ここまで本郷日報側の立場で、なぜ講演会の記事を載せるのか書きました。対する主催者側も記事にしてほしい事情があります。

商工会議所や青年会議所、法人会、中小企業経営者団体などが主催の場合、記事として載ったことそのものが組織にとって重要なのです。
それぞれの組織は通常、年間の活動予算が組まれています。たいていは組織の会員増強や社会貢献といった項目の予算もあります。その一環で、一般市民無料招待という講演会を実施することもあるわけです。
各組織の担当役員からしたら、新聞に載るような話題になる講演会だった、予算を中抜き、流用することなく間違いなく使ったという証拠にするため紙面に掲載してほしいという思惑があります。
結局、ここでも「載ってりゃいい」となるわけです。
この講演会取材のおまけとして事前に「講演会のお知らせ」という広告を紙面に掲載してくれるギブアンドテイクもあります。

社内行事の講演会の場合、そこの会社の社長が契約しているコンサルタントが講演することもあります。
あとで「困去先生(仮名)のお話が地元の新聞に載りました!」と送ることもあるようです。
この場合、事前に講師のコンサルタントと社長がいっしょに写った場面を撮ってくれという注文が入ることが多いです。

時間があればごっつぁんです


講演が終了後、仲のいい団体ですと記者もおつかれさま会に呼ばれることがあります。ただの飲み会とも言い換えることができます。
ここでは、時間が許す限りジャーナリズムよりも大きなスケール(笑)で考えて出席することが大切です。地元で生きる郷土紙ですから。
このとき、講師も参加するおつかれさま会は、講演中の話をしっかり聞いていないと気まずいことになります。

参加するための記者的な言い訳として、地域や組織の責任ある立場の人が集まる会合なので何かおもしろいネタがあったり水面下で重要なすり合わせがあるかもという名目もつけられます。←ほとんどそんなことはありません。本当に大事な話をするときは、タクシーチケットを握らされ、さっさと追い出されます。

郷土紙ならではの取材対象のつきあい方のひとつが講演会取材です。
できる限り最初に書いたような建前の理由が生きるような記事を書いてはいます。同時に地域を引っ張る人たちの人間関係、組織の性格を知り、自分を売る機会でもあります。


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