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方眼ノートに記した断片から物語を紡ぎだす――大変だけれど楽しい創作/『夫の骨』矢樹純さんが今年を振り返って

今年4月に矢樹純さんが上梓した『夫の骨』(祥伝社文庫)は、発売当初から「ラストがまったく読めない!」と話題を呼び、現在4刷となっています。WEB本の雑誌 2019年オリジナル文庫大賞でも、受賞は逃したものの、審査員による候補作の採点表では堂々の2位へとランクイン。デビュー後3作目、その間紆余曲折はあったものの、ノンシリーズのミステリ短編集にもかかわらず、評価も売上もついてくるという嬉しい結果となりました。今回は、そんな転機を迎えた矢樹さんに、今年一年を振り返って、創作についてお話いただきました。

――今年は『夫の骨』のロングセラー、おめでとうございます。

矢樹純さん(以下、敬称略) ありがとうございます。小説では初めての重版でしたので、嬉しいです。

――さっそくですが、小説家のみならず、漫画原作者としても活躍する矢樹さんに、デビューのきっかけをお伺いしたいです。

矢樹 幸運なことに漫画原作者としてデビューすることができたのですが、数年が経った頃に、急に仕事がなくなった時期がありました。暇だったのと、「このままじゃ自分は駄目になる」という危機感から、子供の頃から夢だった推理小説家を目指すことにしました。そうして初めて書いた長編小説でデビューしました。

――第十回『このミステリーがすごい!』大賞の隠し玉として、『Sのための覚え書き かごめ荘連続殺人事件』という作品でデビューなさったんですよね。

矢樹 はい。ですが、デビュー作がまったく売れなかったため、デビューした出版社では次作を出すことができませんでした。それでもどこかで出してもらえたらと2作目の長編小説を書き上げたのですが、なかなか出版に至らず途方に暮れていた時に、ある編集者の方から「長編にこだわらず、まずは力をつけるために、月に1本ずつ短編を書いてみたら」とアドバイスをいただきました。それで1年ほどかけて11編の短編を書き上げたのですが、こちらも出版されることはなく、先に書いた長編とともにKindleで個人出版しました。

――個人出版と言えど、たくさんの方に読まれていました。弊社に連絡をくださったのは、ちょうどその頃ですよね。

矢樹 多くの方に読んでいただくうちに、さらに多くの方に読んでほしいという思いが募り、商業出版する道を探した結果、御社を見つけました。長編小説を『がらくた少女と人喰い煙突』というタイトルで、河出書房新社さんから出していただいた後に、エージェントさんと「次は何をやろうか」と相談しているときに、テーマを決めて短編をまとめようという話となり、それが『夫の骨』へと結びつきました。

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(写真は、出版前に書店向けに配布されたパイロット版です)

――『夫の骨』のうち、もっとも気に入っている作品とその理由を教えてください。

矢樹 「絵馬の赦し」です。こちらが一番新しく書いた作品で、今の自分の好みに合っているからだと思います。

――本作の好評を受け、さまざまな出版社から執筆依頼をいただいていますが、長編よりも短編のほうが多いですよね。長編、短編、どちらを書くのが好きですか?

矢樹 現在は漫画原作の仕事が忙しく、あまり腰を据えて書く時間がないという理由で、短編の方が好きです。でも、元々は長編向けのお話を考える方が、自由度が高いので好きでした。

――漫画原作と小説の違いを教えてください。

矢樹 自分の場合、プロットを組み立てるところまでは、ほぼ同じです。漫画原作はシナリオ原稿なので、描写の部分は簡単に説明するだけで、あとは漫画家さんにまかせることができます。小説は描写も自分で書いて完成させなければいけないので、大変だけれど、そこが楽しくもあります。

――ネタ帳があるとお聞きしました(笑)さしつかえなければ、どのようなことを書きためているか教えていただけますか?

矢樹 B6サイズの方眼ノートに、思いついた設定や展開、作品で使えそうな知識をなんでも書き込んでいます。プロットを考える時にはこのノートを読み返して、心に触れたものを新しいページに書き出していきます。それらの断片から話を組み立てることが多いです。

――これは、作家志望者でも参考にできそうですね。そして、矢樹さんと言えば、2作目以降の出版につながったのが個人出版であったように、ブログ執筆やメルマガ発信など、ネットを活用した情報発信がとてもお上手だと感じています。自分なりのコツや基準があるのでしょうか。

矢樹 実は話をまとめることが苦手で、またコミュニケーション下手なので、Twitterなどはあまり向いていないなと思っています。向いていないことを避けた結果、自分のペースで一方的に長い文章を発信できるということで、個人出版やメルマガをやらせていただいています。今後も、自分が楽にできることを、やりたいようにやっていくつもりです。

――今年は、小説家の矢樹さんにとっては、転機となる1年になったのではないかと思います。

矢樹 『夫の骨』に収録されている中の、最後に書き上げた短編「絵馬の赦し」が完成したのが、ちょうど1年前でした。その時は、こんなにも多くの方に作品を読んでいただけるとは思っていませんでした。さきも述べましたが、小説家としては初めての重版をしていただき、読んでくださった方々、応援してくださった方々に、心から感謝しています。

――それでは、最後に次作の構想について教えてください。

矢樹 現在、長編と短編の両方を手掛けているのですが、長編の方は、ある職業についている夫を持つ子育て中の主婦が、犯罪に巻き込まれていくお話です。短編は今のところミステリーという枠しか決めていないので、書きながら方向性を考えようと思います。

――ありがとうございました。来年が楽しみです。

(聞き手・構成/アップルシード・エージェンシー 栂井理恵

著者略歴
矢樹純(やぎ じゅん)
1976年、青森県生まれ。弘前大学卒業。第十回『このミステリーがすごい!』大賞の隠し玉として『Sのための覚え書き かごめ荘連続殺人事件』でデビュー。他の著書に『がらくた少女と人喰い煙突』がある。漫画原作に、テレビドラマ化された『あいの結婚相談所』、15万部超のヒット作『バカレイドッグス』(電子書籍版を含む)などがある。



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