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AI社会に呑みこまれる前に「物語の力」を借りて伝えたかったこと/図子慧さん『2030年のハローワーク』重版に寄せて

将来、私たちの仕事はAIに奪われるのではないか――そんな議論が本格化しています。「大人になったとき、どんな仕事ができるんだろう?」「生きるのに困らない職業に就かせるには、わが子にどんな勉強をさせればいいんだろう?」という子どもやその親たちの悩みに答えるため、SF作家の図子慧さんにご執筆いただいた『5分でわかる10年後の自分 2030年のハローワーク』。5人の中学生を主人公が「未来のハローワークVR体験ツアー」を通じて、将来の仕事や働き方を学ぶ物語です。今年4月に刊行されてから、じわじわと評判を呼び、このたび重版となりましたので、改めて図子さんにお話をお聞きしました。

紆余曲折の持ち込み企画だった

 もうこの企画、無理じゃない? と、何度思ったことでしょう――。

 持ち込み企画をしたあと連絡がこない。「売れない実績ばかりの作家では、やっぱり今回もダメなんだ」と、諦めてしまうのが毎度のわたしですが、今回は違いました。

    アップルシード・エージェンシーの担当の栂井さんから連絡がありまして、「図子さん、企画が通りましたよ!」

 奇跡だと思いました。栂井さんの粘りとタフさに何度も感服しました。フリーランスの人には、エージェントが必要です。作り手というのは売りこみが下手な人が多いですから、売りこむと思っただけでやられてしまうのですが、今回は、売りこみのことは何も考えずにすみました。

 で、ようやく打ち合わせまで辿りつきまして、はた、と気が付きました。初顔合わせをした作家、編集者1人、エージェント2人(栂井さんの他に中村さん)、「AIについて分かっている人」はゼロ……。ええー!

今回の企画は、弊社から「AI時代の仕事と教育について、物語形式で教えてほしい」と図子さんに提案して、企画書を作っていただきました。その企画書を弊社が出版社に売り込み、出版が決定しました。

 わたしは、いただいた企画に合わせて書く《ライター》です。経験上、「不可能な書き方」があることは分かっております。

 一つは、特定の時代の歴史の専門家になること(10年はかかる)。もう一つは、本職の書き手になりきって書くこと(本職の書き手が多い分野では通用しない)。

 しかしながら、自然科学系には「素人が教えてもらいながら書く」という立ち位置があります。幸いわたしには、現役AI研究者で先端SF作家の山口優氏という心強いお助けがありました。「やってみよーじゃないか!」ということになりました。

 そうしますと、「中学生とその保護者に向けて書く」という企画は、切り口として悪くないんですよね。じつは私生活では、子どもの進路や就活で悩んでいたころでして、充分わからないまま子の就職は終了してしまいました。いろんな経験をしましたが、その知識は、就活が終わってしまえば二度と活用することができないのです。

 知ったあれこれを何とか他のお母さん方に伝えたい気持ちと、わけのわからないAI社会に呑み込まれる世代の一人として、書こうと決心しました。不安で一杯でしたが。山口優さんには、物語だけでなく本全体の監修もしていただきまして、感謝感激であります。

文系、理系の進路の分かれ目は、高校時代にある

AI社会になると、事務などの文系の仕事はなくなり、理系の仕事が優遇されるようになると言われています。だからと言って、就職はもちろん大学受験のときに「さあ、理系に進もう!」と思っても、そのときにはもう遅い。高校入学時には、準備を始める必要があります。(だから、本書の主人公は中学生なんですね)図子さんがご体験をもとに、その実情を教えてくださいました。

 日本の学校は、文系と理系におおまかに分かれてます。この分類は、高1で行われます。文系は、理系授業を最小限にします。同様に、理系は、文系授業を最小限にします。

 ですから、大学受験で「急に理系に転向(あるいは文系に転向)したい」といっても、勉強してない「数Ⅲ」などがでてきますから、受験自体を突破することは困難になります。推薦などで受験を回避しても、大学では「微積」の単位が取れず、進級できないかもしれません。しかし、理系から文系へは、社会のかわりに数学がでてくる学科もありますので、変更は比較的簡単にできます。希望が決まっていないときは、理系をすすめられると思います。

 理系は専攻を選び、そればっかりを主にやります。文系は伝え方や、社会と自分、人生における自分との関わりを深く学んだり考えます。

 例えば、うちの子どもです。この人はまったく国語ができなかったため(トホホ)、理系進学以外の道がなかったのですが、高校時代に国語ができない人間がよくやる失敗をやらかしてました。

 ある部の部長だったのですが、文化祭の企画展で、希望通りの予算がもらえなかったのです。そのため展示も貧相になりまして、残念な結果に終わりました。隣は文芸部でテーマが良かったため、予算倍増、展示もすばらしく一等賞を取ったそうです。子は悔しがりました。「なんで負けたの」というので、

「そりゃ文芸部は、校長先生が日頃言ってることから、どんな企画が受けるか考えて、プレゼンも工夫したからでしょう」

 子は、校長先生が喜ぶような展示企画など1ミリも考えてなかったことを白状しました。理系のウマシカ頭らしい失敗です。

 誰に見せるか、誰に聞いてもらうか、を考えただけで、パフォーマンスは(予算も……)向上します。文系力がなければ、技術があっても全然他人には伝わらないのです。そのあたりは、技術立国日本の凋落と重なりますね。

 とにかくわかりやすいものといえば、物語です。そこで物語の力を借りることにしました。

性格タイプの違う5人の進路診断&仕事案内

本書には、性格タイプの違う5人の中学生が登場します。その5人が「10年後の自分」がどんな仕事をしているかをラボで体験します。ここでも、その一部をこっそりとご紹介しましょう。

 主要キャラ、とくに主人公のミーンさんについては、危機感を持って描きました。マンガとアニメが好きで、のんびり屋のミーンさんは女子によくいるタイプです。わりと受け身で、とにかく事務職やホワイトカラーにつきたいと思っていて、目先の進路に流されてしまいがちな人です。男女の給与差、子持ちで働くことの難しさ、ワンオペ育児、共働きの税金、非正規。そんなもろもろの社会の矛盾が集中してしまう層です。

 しかも、彼女には自分の進路をどう組み立てればいいのかわからないのです。学生ですからね。保護者や大人のアドバイスが重要です。学生さんがアドバイスを聞いてくれないときは、本人の話を聞きましょう。話の腰を折ったり口を挟んだりせずに。相手が話し始めるのを辛抱強く待って、全部聞いてみるのが得策です。

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 アートさんは、美術系女子です。子どもの大学受験前、ママ友から、「うちの子が美大に行きたいと言い出して困ってる」と愚痴を聞かされました。そのとき美大の学費の高さを知りました。美大って楽しいんですよね。キラキラの大学生活です。大学祭などを見学に行った受験生が、ものすごく入学したくなってしまう気持ちはわかります。

 しかし、私立の学費でいえば、薬学部の次にお金がかかる学部です。しかも入学後も、材料費、制作の場所などのコストが必要になります。とはいえ、芸術センスとスキルは今後需要が増える職種ですから、有望です。奨学金を受けるなら、比較的入りやすい国公立工学部、公立の短大なども視野にいれた進路を組んでおけば、受験のときに焦りません。ちなみに美大に行きたがっていたお子さんは、工学部系のアート学科に入りまして、就職は無敵だったそうです。

 勉強は苦手だけれど体を動かすことが好きなガテンさんは、どこでも働ける人ですので、何とかやっていきます。上を目指す意欲があるかどうかだけです。

 数学が大好きな数尾さんの進路はガテンさんと似ていますが、彼は能力が高いと同時に、倫理観、社会的使命感も高い人です。個人的なきっかけで、社会のために自分の能力を役立てる方向に進む可能性もあります。

 優等生で真面目な堅実さんは、じつはチームリーダーの才能があります。本人は気づいていませんが。みんなで話し合い、みんなを巻き込んで、思いがけない結果を出してくれる人です。子どもは友人付き合いで変わるのです。よくも悪くも。塾通いも、子どもは、親に強制されたときは反発してたのに、友だちが行くと言い出すと、コロリと態度を変えて「自分も行くー!」と言い出したりします。しかし、親の意見は無駄ではなく、子どもの心に取り込まれてますから、ご安心を。

来年の抱負

 この本は、担当の編集者さん、エージェントさんたちのお力と、監修の山口さんの指摘によって、出来上がりました。書くにあたって山のような資料を読みました。講演も聞きに出かけました。新井紀子先生の数々の著作に出会えたことは人生の収穫でした。

 昨年一昨年と、わたしの国語力と読解力がドーンとのびた話でした。アップルシード・エージェンシーさんによって、仕事ができた年でした。昨年と今年は、本当に働きました……勉強もしましたし。おかげで重版もかかりました。本当に嬉しかったです。

 本当は……ここ数年来の個人プロジェクトの「英語力を磨いて自作を英語翻訳」を進めたいと思っております。小説力のブラッシュアップも励みますので、よろしくお願いします。

(聞き手・構成/アップルシード・エージェンシー 栂井理恵)

著者略歴
図子慧(ずし けい)
1986年、「クルトフォルケンの神話」で集英社コバルトノベル大賞を受賞し、作家デビュー。少女小説を中心に活躍しながら、ファンタジーやホラーなど幅広いジャンルを手がける。SF小説に『アンドロギュヌスの皮膚』(河出書房新社)、『ラザロ・ラザロ』(早川書房)、『愛は、こぼれるqの音色 』(書苑新社)など。人工知能学会監修の『人工知能の見る夢は AIショートショート集』にも寄稿。twitter ID: @zusshy

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