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10月(2023年)の読書

ベスト

『天湖』

『「投壜通信」の詩人たち――〈詩の危機〉からホロコースト』

『作家たちの手紙—Writers’ Letters』

『言語の本質-ことばはどう生まれ、進化したか 』

『完本 皇居前広場』

『完本 春の城』

『手紙、栞を添えて』

『草の根のファシズム 日本民衆の戦争体験 』

『俳句とは何か』山本健吉


特集「石牟礼道子を読む」


2023年10月の読書メーター


読んだ本の数:26冊
読んだページ数:7541ページ
ナイス数:748ナイス


■天湖
これは石牟礼道子の『死者の書』ではないか?折口信夫『死者の書』を踏まえて書かれたことは間違いないと思う。折口信夫はあまりにも文学しすぎて読みにくかったのだが(近藤ようこの漫画版で読んだ)、石牟礼道子の小説はもう少しエンタメ寄りのような気がする。そうかと言ってそれほど派手なドラマがあるわけでもなく、都会の青年が祖父の遺骨を散骨するために故郷を訪ねたらダムに沈められた村で、そこの共同体的な風習が日本の古来あるような風習である自然信仰の村だった。二人の巫女的親子に導かれて湖に沈んだ村が「天湖」として歌と共に蘇る
読了日:10月31日 著者:石牟礼 道子


■英米の詩・日本の詩 (「新」詩論・エッセー文庫)
日本ではフランス象徴詩のような純粋詩が好まれるが近年のアメリカ・マイノリティの詩は顧みられない。それはマイノリティとして言葉の連帯を外に求めていく開かられた詩だという。詩と詩論的エッセイを並べ、前半は英米の詩、エリオットよりはイェーツ好み。あるいはアメリカのマイノリティの詩からの日本との関係性。そして日本の詩ではシベリア抑留体験を持つ石原吉郎と鳴海英吉の違い。フランス純粋詩の流れを汲む石原吉郎はキリスト教的な神を求め、鳴海永吉は大衆的な仏教を祈りとして詩を書く姿はマイノリティのスラングやピジン英語のあり方
読了日:10月30日 著者:水崎 野里子

■金子兜太の<現在> 定住漂泊
金子兜太追悼雑誌のような体裁で、これ一冊で金子兜太のことはかなりわかる。俳句は勿論、批評やら対談もあり、興味がある人には勧められる。金子兜太は社会性俳句など提唱した前衛俳句と言われる人だが、反権力的な俳句を詠む一方、表現形態は定形で、季語も全く使わないというわけではなく、今では伝統俳句の部類になると思う。晩年はアニミズム的傾向が強く、一茶の小動物(虫や子供)好みが下ネタや排泄物好みなのかもしれない。だいたい巨匠になると保守化していくような。晩年は権威的になってしまった。
読了日:10月29日 著者:

■昭和俳句 新詩精神(エスプリ・ヌーボー)の水脈
川名大の昭和の俳句史を新興俳句寄りの視点で回願していく評論集。新興俳句が京大俳句弾圧事件後に潰され戦時翼賛体制となっていく。そして戦後その反省から精神性はニヒリズムとなっていく。その中で出てきたのが俳句から俳諧への逆ベクトルの反動化(川名大にとってはそう見える)という。体制的な大衆運動のような角川やNKK俳句という。その対抗勢力として金子兜太らの前衛俳句がでてくるのだが、それは今は伊藤園のおーい、お茶大賞化している。俳句が五七五で作りやすい短詩である一方、権威的な者に付きやすい傾向があるのは今後の課題か?
読了日:10月28日 著者:川名 大

■紀貫之 (コレクション日本歌人選)
返却期限が近づいたので、まとめておこう。紀貫之と『古今集』の関係は『新古今集』と藤原定家よりも編纂ということに大きく関わっていると思う。季題を並べたのも後の俳句に影響を与えていると思うし恋歌の分類が見事で面白い。またその巻での登場人物的な歌物語が形成されるような作りになっている。小野小町や在原業平の物語が後世にできるのは『古今集』の影響が大きいと思う。
紀貫之は歌人として優れているだけではなく、こういう編集者としての優秀さが伺える。そこに確固とした編集方針があり、それが仮名序なのだろう。
読了日:10月25日 著者:田中 登

■瓶詰地獄
『投壜通信』の感想を書いたら日本にもこういう小説があると教えてくれました。なんか読んだ記憶があると思ったら、NHK「ダークサイドミステリー」で特集したときに読んだみたいです。題名通り、瓶の中の手記が地獄を表しているのだが、それは幼い兄妹の近親相姦なのだ。最初の手記で妹が両親に置き去りにされて(海難事故)助けの船を見たという話。次に兄の近親相姦の話がおもむろに語られ、最後の兄の手記は助けを求める内容。精神世界の地獄を垣間見た兄妹の猟奇文学のような。
読了日:10月25日 著者:夢野 久作

■「投壜通信」の詩人たち――〈詩の危機〉からホロコーストへ
「投壜通信」なんて書くと見知らぬ他者に向けて海に投げ込む壜に詰めた手紙でロマンチックな感じだが、ポーの「壜の中の手記」は怪奇作家そのままに絶望状態の難破船の彼岸から書いた手記だったのである。それはフランスの象徴詩人たちの興味を引いて、ポーの詩からボードレールやマラルメのフランス象徴詩がもたらされたのであるが、彼らは英語が堪能だったわけではなく(エリオットはポーの英語を貶していた)、詩人のヴィジョンを捉えたのだ。それは詩が本来は言葉に出来ない言葉を象徴性によって表現していくというそのものを捉えたのである。
読了日:10月25日 著者:細見 和之

■クィア・シネマ 世界と時間に別の仕方で存在するために
クィアを扱った映画批評。クィアがよくわからないのだが性的なマイノリティーで差別される人たちという意味だろうか?ヒッチコック『見知らぬ乗客』の原作はパトリシア・ハイスミスで、映画の中に同性愛が隠されているとか。ハイスミスの映画が公開されるので、それも興味があった。ただ『見知らぬ乗客』は未見なのでよくわからないところがあった。面白いのは小津安二郎「紀子三部作」の原節子の映画批評。『麦秋』では『若草物語』のキャサリン・ヘップバーンのファンだと公言する紀子(原節子)に「変態」と言うオヤジの佐野周二。
読了日:10月23日 著者:菅野優香

■葛原妙子 (コレクション日本歌人選)
葛原妙子の解釈は川野里子が一番いいように思える。それは葛原が過酷な戦争体験を経て歌人となったこと。葛原妙子が生まれたのは中原中也と同じだという。中原は近代詩人のイメージだが葛原妙子はまぎれもなく現代歌人なのだ。その違いは戦争体験だという。「ソ聯参戦二日ののちに夫が呉れしナルコボン・スコポラミンの致死量  『橙黄』」「わが死を禱(いの)れるものの影顕(た)ちきゆめゆめ夫などとおもふにあらざるも  『飛行』」「きつつきの木つつきし洞(ほら)の暗くなりこの世にし遂にわれは不在なり  『飛行』」
読了日:10月23日 著者:川野 里子

■百句燦燦 現代俳諧頌 (講談社文芸文庫)
塚本邦雄の過剰な解釈が面白い。たぶん塚本は作品は作者の手を離れれば読者に委ねると思っているのだろう。十七文字しかない俳句を2ページに渡って解釈するのだから過剰にもなるだろう。批評とはそういうものであると思う。好き嫌いは別にして。「ほととぎす迷宮の扉(と)開けつぱなし 塚本邦雄」この俳句に塚本邦雄のすべてがあると思う。前衛俳句好きにはたまらない句が並んでいる。「河べりに自転車の空北斎忌 下村槐太」青空にいろんな北斎の絵が浮かぶよな。ただ塚本邦雄は歴史的仮名遣いで旧字なんだけど。
読了日:10月21日 著者:塚本 邦雄

■作家たちの手紙—Writers’ Letters
書簡体小説や作家の手紙は魅力的なものが多いが、一枚だけでは状況とかよくわからないので説明文でなるほどと思うが、この本の第一の魅力はなんと言ってもその書体だろう。書体から正確がわかるような、シャーロット・ブロンテは教師らしく整った見事な書体であるし、リルケとか神経質そのな細かい字で、何よりベケットがいじけたように中央に固まっていたり、コンラッドは力強く大胆だったり、筆跡を眺めているだけでも面白い。ヴォネガットは捕虜になったのを家族に知らせる手紙だけど筆跡は中学生みたいだ。絵入りだと魅力倍増だった。
読了日:10月19日 著者:マイケル・バード、オーランド・バード

■言語の本質-ことばはどう生まれ、進化したか (中公新書 2756)
オノマトペの解説が詳しい。俳句や短歌でオノマトペを使うと個性的な句になるといわれているのだがなかなか難しい。オノマトペが言葉の繰り返ししか無かったと思ったら単音でもあると知った。また英語にはオノマトペは擬音系のものしかないとか学ぶべきことが多かった。英語の細かい動詞の分類にオノマトペを付けて表現するとか勉強になる。幼児の言語認識の仕方とか身体的な表現から認識するとか、それでも言葉そのものの意味の認識することの困難さとか幼児の言葉の自由な使い方とか学ぶべきことは多い。
読了日:10月18日 著者:今井 むつみ,秋田 喜美

■西南役伝説 (洋泉社MC新書)
村の歴史を貴族や武士の世界から見るのではなく、そこに生きた下層の者たちの話から世界を構築していくという。高度成長期で失われていく自然のなりわいを100歳ぐらいの人だと日本の近代化の姿が見えてくる。天皇の支配が及ばない時代から賊軍となっていく西南の役はお上同士の戦争であり農民はその被害を受けて、それが天草・島原の乱から水俣闘争へと繋がっていく民族学的な歴史なのか。そういう文字による歴史ではなく口承性による説経節とか、石牟礼道子さんは中上健次の小説にでてくるオリュウノオバだった。それが伝承文学なんだろう。
読了日:10月15日 著者:石牟礼 道子

■表現としての俳諧―芭蕉・蕪村 (岩波現代文庫 学術 79)
蕪村の否定表現は否定することでより世界が広がっていくという。例えば見えない花の匂いはどこまでも広がっていくとか。見えるものだけの世界ではない世界を表すのに否定的なコトバを使う。それは蕪村が水墨画から学んだことで消していくことで余白を作り世界を広げることに通じるという。芭蕉の方はそれほど蕪村のときほど面白い表現はなかったような。反復とか当たり前過ぎで、あまり驚きはなかった。全体的に言葉が難しくて、理解するのに苦労する。蕪村の項で佐藤信夫『レトリック感覚』を紹介していたが、そっちを詠んだほうが勉強になるような
読了日:10月14日 著者:堀切 実

■いとエモし。超訳 日本の美しい文学 (サンクチュアリ出版)
清少納言『枕草子』を現代っ子に蘇らせる。「をかし」が「エモい」とコトバが変わるだけで現代の女性の感性が見えてくるような気がする。それは古典のコトバをアイテムとして、アクセサリーのように着飾ることでもあるのかもしれない。イラストとかレイアウトとかのコーディネートという感じなのか。その中で古典のコトバがこれほど現代的に見えてくるなんて新鮮だと思った。小野小町なんて『推しの子』になっているよ。
読了日:10月14日 著者:k o t o

■現代俳句入門
いわゆる初心者の入門書ではなく、批評を中心とした入門書で坪内稔典も硬いイメージがある。最初の頃は批評を書いていたのだ。批評することで立ち位置が決まるというか、俳句という俳諧から自立した表現を目指した論調。それは正岡子規の系譜なのだろう。本人も子規の弟子だけど虚子には反すると言っていた。他の仲間たちによる評論と時評。最後の章はエッセイ的な坪内稔典の随筆。俳句が上手い人は散文も上手い。
読了日:10月13日 著者:

■小町はどんな女(ひと) 『小説 小野小町 百夜』の世界
髙樹のぶ子『小説小野小町 百夜』のための小野小町についての下調べの紀行文(観光案内的な)と小町の歌の解釈について。『古今集』は紀貫之の編集意図があり、恋の歌に並べていた夢の歌は「母恋ひ」という。それは小町が個人の恋だけではなく、愛について歌っていたというのが興味深い。またそれまでの小町のイメージは男性視線で作られたもので、若い時はブイブイ言っていた女は年取って憐れになるというのではなく、もっと強い女性、母性的という感じなのかな。許しの思想みたいな。
読了日:10月11日 著者:髙樹のぶ子

■石牟礼道子<句・画>集 色のない虹
晩年に月一で読んだ俳句と絵。すでにパーキンソン病を患い真っ直ぐな線は引けずにブレた絵だが「悶え神」の異名の感じさせる絵なのかもしれない。俳句も人に勧められてものだが本人は俳句ではないと言っていたとか。祈りの感情なんだと思う。「おもかげや泣きなが原は色うすき虹」からの表題だという。「泣きなが原」は地名であり最初に吟行した折りに俳句を作ってみては勧められた土地である。「なきなが原 鬼女ひとりいて虫の声」。最初の頃に作られた俳句は「祈るべき天とおもえど天の病む」水俣病に相対しての俳句。
読了日:10月10日 著者:石牟礼道子

■完本 皇居前広場 (文春学藝ライブラリー)
世界最大と言われる天安門より広い広場がありながら、公共の広場と利用されることがなく(かつては利用されたようだが)市民の目から隠すように存在するのが皇居前広場だという。それは東京の観光案内にも載ってなく、近年は天皇を中心とした行事だけのために存在する空っぽの広場だという(バルト『表徴の帝国』)。その皇居前広場の使われ方の歴史を紐解いた書で面白かった。明治天皇は京都御所に愛着があり見向きもしなかった。大正天皇も他の避暑地で過ごすことが多かったが積極的に観覧を行ったのが昭和天皇だという。
読了日:10月09日 著者:原 武史

■短歌 2023年4月号
篠弘追悼特集は、篠弘の「近代短歌論争史」や短歌よりも短歌史を読みたいと思った。かなりぶ厚い本のようだが。「戦争と短歌史」(『戦争と歌人たち』)とか面白そうだ。カタカナ語講座は、どうでもいいような。折り込みたいと思えばやればいいと思うがTwitterとかXに変わってしまったし、詠むならば今しかないのかと。その内に死語となって脚注とか付くんだろうか?連載もので啄木の『ローマ字日記』がそうとうヤバい内容だと知った。高橋源一郎で取り上げていたが啄木のローマ字日記がそこまでとは知らなかった。昔読もうと思ったが。
読了日:10月08日 著者:

■完本 春の城
読み終わったばかりだから言うけどなんで石牟礼道子はノーベル文学賞取れなかったんだ。『苦海浄土』も凄いけど物語文学として感動的なのはこっちだと思う。町田康も号泣したという。十章だけど八章ぐらいでいつまでも読み続けたいと思った。読み終わるのが残念な小説だった。https://note.com/aoyadokari/n/n70cb7c8f0808
読了日:10月07日 著者:石牟礼 道子

■手紙、栞を添えて (ちくま文庫)
辻邦生は大正生まれで、戦後世代よりは戦中世代なのか?ラテンアメリカ文学ブームを良しとはしなかった。ちょうど青春時代がラテンアメリカブームで、文学観の違いを感じた。水村早苗は世代的には近いと思ったがだいぶ保守的な感じがする。私がサブカル文学オタク過ぎるのかもしれない。水村早苗が読んでいた少女小説(女の子文学と言っていた)は映画やTVで観ていた。辻邦生もエミリー・ブロンテ『嵐が丘』で話が盛り上がるまでは、それほど噛み合っていたとは思わない。水村早苗がフランス文学より英米文学好きなのは英語圏にいたからだという。
読了日:10月06日 著者:辻 邦生,水村 美苗

■葛原妙子 (鑑賞・現代短歌)
図書館本で返却期限が来たので感想。葛原妙子は台所や日常性から幻視の異界へ導いていく短歌が面白い。後になると非日常の旅行とか楽しむ短歌も出てくるが、むしろ日常の中に潜む非日常的な幻視が面白いのだ。あと葛原妙子の独特な破調は癖になる。「いまわれはうつくしきところをよぎるべし星の斑(ふ)のある鰈を下げて」「晩夏光おとろへし夕 酢は立てり一本の瓶の中にて」「他界より眺めてあらばしづかなる的となるべきゆふぐれの水」「ちゃんねるX点ずる夜更わが部屋に仄けく白き穴あきにけり」 
読了日:10月05日 著者:稲葉 京子

■知への賛歌――修道女フアナの手紙 (光文社古典新訳文庫)
メキシコの修道女が書いた詩と手紙。世俗的恋愛(同性愛)のような詩を書いたのでカトリックの告解師やメキシコ統治の大司教から批判される。その二通の手紙はカトリックの家父長制的女性蔑視に対する異議というもので、現在のフェミニズムに繋がるものである。彼女の主張は詩を書く表現の自由であり、それは神から抑圧されるものではない。信仰とは別の次元の話で彼女を貶める勢力は女性の社会進出を許さない従属した関係にさせているのだという。メキシコは当時スペイン統治下であり、セルバンテス亡き後のスペインで彼女の作品は人気を呼んだ。
読了日:10月03日 著者:ソル・フアナ

■草の根のファシズム 日本民衆の戦争体験 (岩波現代文庫 学術452)
今の社会の状況が敗戦前の状況に似ていると思った。あいかわらず経済大国であると信じる政治家や人々。この時期に及んで新聞報道は政府のありかたをニュースとして伝えるだけ。朝ドラが笠置シヅ子のブギウギなのも景気づけという感じ。未だに日本の敗戦を信じていなかった人々なのである。あの敗戦の後はアメリカがやってきて都合よく立て直してくれた。今はどうだろう?もうアメリカからも相手にされず経済破綻していくのだろうか?そう悲観的気分なのも「草の根ファシズム」という大政翼賛的な傾向になりやすい国なのだ。
読了日:10月03日 著者:吉見 義明

■俳句とは何か (角川ソフィア文庫)
山本健吉は伝統俳句を述べているのだと思うが、けっこう俳句作りには参考になる知識を得られるのだが、その根本のところは俳諧にもどれと言っているような気がする。山本健吉の理想とするのは芭蕉の発句であり、ただそれが行き過ぎるとただ一人の世界に入ってしまう。子規の俳句は近代文学として西欧から自我というアイデンティティを持ってきて、そこに俳諧から自立した形の俳句とした。新興俳句やそれらから発展した人間探求派の俳句はモノローグであり、対話というものがなかった。
読了日:10月01日 著者:山本 健吉

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