手紙の書体は作家そのものだった
『作家たちの手紙—Writers’ Letters』マイケル・バード、オーランド・バード , (監修)沼野充義
見開きに作家の自筆、手紙の翻訳、そして人物とその時の状況が説明されていて興味深い。
書簡体小説や作家の手紙は魅力的なものが多いが、一枚だけでは状況とかよくわからないので説明文でなるほどと思うが、この本の第一の魅力はなんと言ってもその書体だろう。書体が性格に出るようで面白い。
シャーロット・ブロンテは教師らしく整った筆跡なのだが、内容はかなり感情的にベルギー人の不満を書いていた。弟宛てだからかもしれない。
リルケは神経質そのもの細かい字で整った筆跡でル=ザロメにラブレターを書く。
何よりベケットはいじけたように中央に固まって、ハロルド・ピンターの脚本を称賛する、が体調不良だと言う。
コンラッドは力強く大胆に後輩に対して世界の不条理を説く。筆跡を眺めているだけでも面白い。
ヴォネガットは捕虜になったのを家族に知らせる手紙だけど筆跡は中学生みたいな筆跡。しかし内容はドレスデンが爆撃されて危険だったことや過酷な捕虜生活を綴っていく。帯で池澤夏樹が一番の文章と褒め称えている。
内容ではカフカの父に宛てた手紙はカフカ文学そのものだし、この父から自立したい願いが込められている。カフカの手紙は全集で読んだがフェリーツェへの手紙とか感情が目まぐるしく変わるので面白い。毎日、電報も数時間置きぐらいに書いていて、ドゥルーズは「手紙の吸血鬼」と名付けるほどの手紙魔なのだ。
ケルアックがマーロン・ブランドに宛てた手紙はタイプライターだが、内容は自身の本の映画化を進める話で興味深い。
ポーは「(大)鴉」の詩について、熱く語る。有名なフレーズ「ネヴァーモアー」がでてくる
ヴァージニア・ウルフの青い便箋に青のインクで書かれた手紙は女性の置かれている状況の作家としての困難さを伝えている。
ランボーは足を切断して亡くなる直前の妹に宛てた手紙だった。義足の絵が書き込んである。内容は悲惨なんだが、絵によって妹に安心感を与えようとしたのかもしれない。
絵入りの手紙は好感が持てるし普段は見せないお茶目の一面が伺えるフィリップ・ラーキンの手紙とか、レイモン・クノーの冷淡さに対して皮肉るような絵を描いたアイリス・マードックの手紙はかなりユニークだ。
いろいろヴァラエティに富んでいるが日本からは与謝野晶子は事務的な内容だが草書の字体が美しい。字体の美しさで掲載されたのかもしれない。中国の唐寅(とういん)は書画によって後世に残る作家だったという(作品は残っていない)。
時代的な感じがするのはセルバンテスのドン・キホーテを彷彿させるような手紙やらあらゆる作家が載っていて面白い手紙の本である。
彫刻家の野口イサムの父親は詩人で小説家だったのかという(日本人で最初に外国で認められた作家だとある)興味も。
総じて作家は字が美しいのだが斜めに書かれたジョイスの手紙とか殴り書きのようなトルストイの手紙とかもある。このへんは長編作家だから、プルーストも勢いで書く印象だけど、チェーホフは短編のように整った字体だった・
スーザン・ソンタグもタイプライターではなく自筆なのが好感持てる。この時代の作家はタイプライターが多い(特にアメリカ人は)。
ベンヤミンのショーレムに宛てた手紙とかヒトラーのナチス政権に追い詰められていくレポートのような貴重な手紙まで。
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