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追憶のガレット・デ・ロワ

気がつけば、今年も残すところあと11ヶ月弱となりました。
飛ぶように過ぎていく何の変哲もない日々を過ごしていますが、いつかその中からキラっと光る砂金のような出来事を、拾い上げる事もあるのでしょうか。ないのでしょうか。


幼い頃、大切に大切にしていた本があります。

日本の洋菓子研究家であられる今田美奈子さんの著書『ミニレディー百科シリーズ 世界のおかし作り』です。

出典:紀伊國屋書店 https://www.kinokuniya.co.jp/f/dsg-01-9784092205178

表紙には「おかしを作りながら世界旅行をしませんか」という言葉が書かれていて、中には世界各国のおかしのレシピと、その国の写真や文化に触れた文章が掲載されています。私の手元には2冊のシリーズがあり、どちらもボロボロになるまで何度も読んで、使っていました。

クレープシュゼット、フルーツケーキ、クグロフ、パンナコッタ。
見たことも聞いたこともない、たくさんの世界のおかしに憧れて、片田舎で揃う限りの材料を母親に買ってもらい、いくつか好んで作っていたのを覚えています。

その中で、これは難しくて今は作れないけどいつか必ず作ってみたいと思っていたのが『ガレット・デ・ロワ』でした。

『ガレット・デ・ロワ』は“王様の菓子”という意味で、フランスの公現祭(1月6日)に食べられる伝統菓子です。フェーブと呼ばれる小さな陶製の人形が1つ入っていて、家族で切り分けて食べる時に、フェーブが当たった人は王冠を被り、王様や王妃様としてその日一日皆から祝福されます。

ふとしたキッカケで思い出したこの本と、幼い頃に憧れた『ガレット・デ・ロワ』があまりにも懐かしく、記憶を手繰り寄せるようにネットを検索しました。

『ミニレディー百科シリーズ 世界のおかし作り』、中古、8,000円超え。

嘘でしょ。

私は目をギラつかせて実家に電話をし、この本がまだ残っているかと問いました。決して値段ではありません、思い出の品の有無を確かめたかったのです。

「そんなんもうとっくに捨てたよ」

あっけなく返事が返ってきました。

無念です。もし残っていたならば、Amazonに出品す大切に取っておくつもりでした。

思い出の品はもうありませんが、あの頃作ってみたいと思った気持ちを昇華させるべく、他のレシピで『ガレット・デ・ロワ』にチャレンジしてみる事にしました。

中に入れる小さな陶器の人形フェーブについて調べていると、ネット注文もできそうですが、ただ自分用として作るお菓子のために買うのは勿体無い気もします。

何か、自宅にあるもので、代替えできないだろうか。

サンゴ。

脚下。

陶製シロクマの箸置き。

悪くないだろう。
フェーブじゃない、とも言い切れない。



検討した結果、フェーブは入れない事にしました。

つまりそれは、いくら切って食べても、丸ごと完食したとしても、王様や王妃様として皆から祝福される日は絶対に来ない、という事です。自分で書いてゾッとしてきました。



さて、まずは肝心なパイ生地作りです。
どうやら「折り込みパイ生地」と呼ばれるもので、バターをまるごと折り込んでいくようです。


ふるった薄力粉と強力粉に食塩水を混ぜて、練らないようにまとめていきます。

一旦冷蔵庫で休ませ、その間にパイ生地の中に入れるアーモンドクリームを作ります。
クリーム状にしたバターに、粉糖とアーモンドプードルを混ぜた背徳のクリームです。

この子も冷蔵庫で休ませます。

長方形のバターを綿棒で叩いて薄く平にし、正方形に成形したら、先ほど冷蔵庫で休ませた生地に包みます。

また冷蔵庫で休ませます。今日は休憩所と化す我が家の冷蔵庫です。

休み終わったら、生地を伸ばして三つ折りにする作業を3回繰り返します。

バターはしっかり折り込まれたでしょうか。

また冷蔵庫で休ませたら、いよいよ成形です。

薄く伸ばした生地を2枚にカットし、中にアーモンドクリームを閉じ込めます。

でっかい水餃子じゃない、
とも言い切れない。

ナイフを使って表面に模様を描いていきます。ここに到達するまでに、随分時間と手間がかかったが故に、失敗したら台無しじゃないかと手が震えますが、思い切って描くしかありません。


月桂樹の葉の模様にしたつもりが、焼き上がりは、ひまわりかもしれない。




卵を塗って、表面をテカテカにします。

焼き上がりはひまわりである事に確信が持てました。

200℃に余熱したオーブンに入れ、温度を変えながら60分焼くという長旅へと送り出しました。

お菓子作りは、手間暇かければかけるほど、出来上がりが楽しみでなりません。

オーブンからバターの芳醇な香りが漂ってきます。
この折り込み生地には、225gというとんでもなく贅沢な量のバターを使用しているので、やはりその香りは、いつもとは違います。

これが“王様の菓子”の威厳か。

首を垂れよ。


焼き上がりの“チーン”という音ですら、宮殿に鳴り響くベルのよう。

君主様に捧げる、高貴なお菓子『ガレット・デ・ロワ』がとうとう焼き上がりました。




自主規制。

お見せすることなど、どうしてできましょうか。

月桂樹の葉の模様?
ひまわり?

ノンノンノンノン。


脱ぎ捨てられた、亀の甲羅でした。

【鶴は千年亀は万年】ってね、こりゃめでたい。

フェーブは入っていませんが、祝福された気分で亀の甲羅焼きをカットし、美味しいアールグレイティーと共にいただきました。


どうしてこうなった。


けれど「見た目はともかく、味は悪くなかったよ」と、あの頃の自分には伝えてあげたいと思いました。

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