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夜風に香るスパイスカレー(前編)


みなさまはプロポーズを経験された事はおありでしょうか。
ご結婚されている方は、大抵そうでしょうか。

自身は職業柄、定期的に何かしらのプロポーザル方式へ参加して愛という名の企画提案(プロポーズ)を差し上げ、勝利したり敗北したりを繰り返しておりますが、個人対個人のプロポーズにおいては人生にそう何度も訪れるものではないと認識しています。

例に漏れずこの私も、
長い人生でたった一度、ありました。

数年前の事です。

その日はシーズンの最高気温を更新するほどの暑さでした。
私の住む地域では、夕方から一番大きな花火大会が予定されていて、市街地では日中からすでにちらほらと浴衣を着た人たちが楽しそうに歩いていました。

私は午前中だけ会社へ行き、お昼頃に仕事を終えて帰るところでした。

この暑さ、カレー食べるしかないやろ。

どうしてもインドカレーが食べたくなって、いつもの帰宅ルートから外れてお店を探す事にし、地上よりは涼しい地下道から直結している古いビルの飲食店街をうろついていました。

すると一角に、少し古めかしい雰囲気をまとったインドカレー店がありました。
お店の造りはオープンなのに、店員さんしか見当たらない。

土曜日のお昼時に閑散としているお店に対する不安がありつつも、空腹の限界と1人静かにインドカレーを堪能出来るメリットが勝り、入店する事に決めました。

「いらさいましぇ〜」

たどたどしい日本語で挨拶してくれたのはインド人と思しき店員さんで、そのまま満面の笑みで席までエスコートしてくれました。

私はメニューを見て確かカレーとナンのセットをオーダーし、あまりの暑さに出された水を一気飲みしたあと、スマホでニュースやSNSをチェックしていました。

花火打ち上げまであと5時間ぐらいか。

ふと人の気配がしたので顔を上げると、先程の店員さんがニコニコとこちらを見て立っていました。
一瞬、もうカレーが出来たのか早すぎじゃないかと思ったのですが、彼は手ぶらでニコニコ笑って立っているだけです。

「はなび、いかないの?」

急に話しかけられた事に驚きましたが、笑顔で行く予定はない事を伝えました。

「なんで、いかないの」

人が多いし、暑いし、それほど興味もないので行かないですと伝えました。

「はなび、きれいよ。いっしょにいこうよ」

びっくりしました。
急に踊り出すインド映画感をここで感じる。

先程まで私の人生に深く関与していなかったインドカレー店の店員さんが、急にリアリティを持って目の前に存在してきたのです。


ナンパなどは未知の世界、このような唐突な誘いに耐性がなく恐怖すら感じます。

よく見ると、ゴールドに輝くシャツ、ゴールドの太いチェーンのネックレス、ゴールドの指輪、ゴールドのブレスレット、ゴールドの時計。

ゴールド級のスマイル。

何もかもがとても怪しく思えてくるのです。
マツケンと同レベルでゴールドに輝いてるんやけど、ヤバない?

私は、せっかくのお誘いなんですけどすみません、花火には行かないですと愛想笑いしながら答えました。

「じゃあ結婚していっしょにインドいこ」

た〜まや〜〜ドォォォォォォォォォォン。
超ド級の花火打ち上がったで。

よく耳にする“交際0日婚”の始まりとはもしかするとこういう感じなのか。違うとも言い切れないぞ。


それは若い頃見た『101回目のプロポーズ』で武田鉄矢が「僕は死にましぇぇぇぇぇん」と言ってトラックの前に飛び出したあの日以来の衝撃でした。

一緒に花火に行く事と、結婚してインドに行く事が同じ気軽さで語られている。

一緒に花火に行く or 結婚してインドに行くの2択。

デッド・オア・アライブとは違うベクトルの2択。

ビジネス本に書かれてそうな理不尽な2択。


いやどっちも行かねえわ。
行かねえ選択肢もあるわ。


「わたし、ここのお店のオーナー。インドにもいっぱいビルもってるオーナーね。お金あるよ」「日本にマンションももってるよ、広いよ」

ギラギラ、ジャラジャラ、マハラジャ。

思わず、お店にぜんぜんお客入ってないんですけど、ほんまに儲かってるんですかねと半ばキレ気味に言いそうになったところで、奥から「てんちょぉぉぉ!」と明らかにブチキレている声が聞こえてきました。
店長は肩をすくめて苦笑いしながらすごすごと奥へ引っ込み、店長を呼んだ別のインド人と思しき店員さんがようやくカレーを持ってきてくれました。

私はたいそう居心地が悪くなり、早食い競争参戦とばかりにカレーを胃のなかに流し込んでお店を後にしました。


つい先日、予約した病院がこのインドカレー店の近くにあった事によって、人生における大切なプロポーズの想い出がよみがえりました。

危なかった、一生忘れるとこやった。
いやそれでよかった。

そこから連想するようにしてスパイスカレーを作ろうと思い立ち、帰りに本屋へ寄って購入した書籍がこちらです。


玉ねぎ炒めの色を動物で例えているところが
購入の決め手


あのよくわからないちょっとスパイスの効いた想い出も、こうやって何かにつながっていく。

店長、お元気でしょうか。

私は今、店長の奇行のおかげで、スパイスカレーにチャレンジしようとしています。


#日記   , #エッセイ , #料理 , #自炊 , #スパイスカレー , #インドカレー店 , #カレー , #スパイス

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