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チキンとキッチン

「ここは私の空間だから、勝手に入って余計な事をしないで。」
母に言われたこの言葉がなんだか強く印象に残っている。幼い僕の安全を考えての言葉なのであろうが、確かにキッチンは料理をする母のための領域だった。
いつしか当たり前に僕もキッチンに立ち、ごく稀に料理のようなものを作ったりしたっけか。それでもメインで僕が利用する場所ではなかったので、誰もいないキッチンにはなんだか寂しさが感じられた。

常に目につくが、常に誰かがいる空間ではないのでそこがまた寂しく感じる所以だろう。一人暮らしを始めてから当たり前になったことだが、ふと母のその言葉を思い出してから、うちのキッチンにも少し寂しさを感じるようになってしまった。ほとんど料理をしない僕にとってあの場所は、まだ僕の空間にしきれていないようだ。

「チキンとキッチン」という詩を書いた。

夫婦か恋人か、同じ場所で暮らす男女の話。
砂糖がコーヒーに溶ける音が聞こえるほど静かな場所。向かい合って共有するその幸せすぎる時間は永遠のものだろうか。いつか僕に愛想をつかして彼女はいなくなってしまうのではないか。臆病な男は考える。彼の気持ちを見透かして、ばかな人ね、と彼女は微笑む。

絵は基本的に暖かい色味をメインに寂しさを感じる水色を多めに配色した。調理器具や食材が充実したキッチンに漂う優しい香りを透明な四角の色で表している。角砂糖が入りかけているカップとメトロノームは動きがある物の分、時間が止まった様に見えるのが面白くなってお気に入りだ。
人物には影を描かなかった。平面的に人物が見えるのも、背景と合ってこの絵のいいところな気がしている。

寂しさを感じる場所だが、ごちゃごちゃとした空間が好きな僕にとって、実はキッチンという場所は大変魅力的な空間でもある。この絵を描いていてそう感じた。重なる食器や調理器具、整列するスパイスと食材たち。カラフルにならざるをえないその場所は、まるで秘密基地やおもちゃ箱のように輝いて見えるのだ。
雑誌の写真にそんなことを考えた後、今日もスパイスはおろかフライパンすらないキッチンで僕はラーメンを茹でる。
魅力的な空間への道のりは、どうやら僕には遥か険しい。

チキンとキッチン

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