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【連載小説】No,2「魔道具店夢乃屋」(改題:新しい店主)

 魔道具展夢乃屋。

 表の看板には確かにそう書いてある。
「最初に見たときは、魔道具店なんて書いてなかったはずなんだけど」
 いつの間にか一文字増えていた。『魔』の文字が。

 家に帰って一晩寝て、起きたら、全部夢でしたってなるかと思っていたのに、そうはならなかった。翌朝、目が覚めた途端にクロがしゃべりかけてきたからだ。
「おはよう、琴音」
「お………おはよう」
 店にいたときと違って頭の中に直接声が響く感じだったけど、とにかく普通に会話ができてしまった。
「今日もよく晴れてるよ。よかったね、引っ越し日和だ」
「引っ越し?」
 誰の?
「じきに来るから早く支度しなよ」
 誰が? なんで?
 起き抜けで頭がぐらぐらする。
 どうして猫がしゃべってんのかな。ゆうべの夢の続き?
「ここの荷物は全部向こうの部屋に移すように言っておいたから、琴音は身支度だけすればいいよ」
「嘘でしょ」
「ホントだよ。だって前の店主はもう旅に出ちゃったんだから。今日も店を開けなきゃいけないだろ」
 ああ、なんかそんな展開でしたね。
「まさかあんたが引っ越し業者に依頼したの?」
 どこの世界に猫からの依頼を受ける引っ越し業者がいるんだか。しかも安心おまかせパックですか。全部丸投げですか。
「引っ越し専門ってわけじゃないけど、まぁいろいろと運んでくれる便利な連中だよ」
「何その不穏な響き」
「大丈夫、ボクらとは友好的な関係だから」
 めちゃくちゃ気になるけど深く追及したくもない感じだ。
「……わかったわ」
 考え始めるとよけいに頭が痛くなってくるから、一旦考えることを放棄して、仕方なく手を動かすことにした。洗顔、着替え、身だしなみ程度の軽いメイク。パンとコーヒーとヨーグルトだけの朝食。出勤していたころと同じ、いつも通りの朝だ。
 そうしているうちに、しっかり目も覚めてくる。
 残念ながら夢ではなさそうだし、自分の頭がおかしくなったわけでもないと思いたい。
 支度が終わると、まだ捨てずに残していた段ボールを広げ、旅行用のカバンも引っ張り出して、チェストの上に並べてあった小物や着替え、身の回りの品々を詰め始めた。
(何もしなくてもいいって言われてもねぇ。まだ洗濯してない下着だってあるし、洗面台に置いてある歯ブラシやメイク道具まで他人に触られたくないもんね)
 そうして収納ケースに収まっていない物をざっと片付けてしまえば、実際、荷物はかなり少ない方だと思う。
 もともと狭い部屋での一人暮らしだし、節約をしていたから衣類や靴、鞄はもちろん、食器や調理器具なんかも最低限の数で使い回していた。家電もコンパクトな物を揃えているし、家具は備え付けのクローゼット以外、組み立て式の小さなケースがいくつかある程度。趣味でたくさん集めているような小物もない。我ながら質素な暮らしぶりだ。
「けどさ、いくらなんでも昨日の今日で引っ越しって急すぎない? 大家さんにもまだ話してないし、役所への届け出とか郵便電気ガス水道の手続きとか何もやってないんだけど」
「…………」
 文句を言ったら、そんなときだけクロは普通の猫のフリをして後ろ足で耳を掻いた。

 半信半疑だったけど、十時を回った頃、本当に業者らしき人たちがアパートにやってきた。揃いのツナギを着ていて、一見すると、ごく普通の運送業者に見える。
 あくまでもパッと見は普通な感じ。だけど。
(なんか、白目がない……ような)
 うっすらと背筋が寒い。
(…………うん、気のせいということにしよう)
 寡黙な運送業者たちは手際よく荷物を運び出し、瞬く間に部屋を空っぽにすると、クロに向かって一礼して去っていった。依頼者はクロなので当然と言えば当然なのかもしれないけど、家主は一顧だにされなかった。
 ガランとした四角い部屋の壁や床を眺めてしばらくぼうっと呆けていた私を、早く立てとクロが促す。
「行こう」
「……あ、うん」
 まさか本当にこんなことになるなんて。
 まだどこかピンとこないまま、慌てて近所に住んでいる大家さんのところへ挨拶に出向いた。ずいぶん急だねと驚かれたけど、そりゃそうだ。こっちだって面食らっているんだから。何かトラブルを起こして逃げ出すのかと勘繰られたみたいだけど、両腕で抱えているクロを見せて「家族が増えることになったので」と告げたら納得してもらえた。
 どうせ移り住む先も徒歩圏内の隣町だ。
「何かあったらここに連絡をください」
 返却する鍵と一緒に店の住所と電話番号のメモを渡しておいた。
 さあ、これでいよいよ後戻りはできなくなった。
 新しい生活のスタートだ。

「魔道具ってしっかり書いてあるねぇ」
 店の看板をしみじみと見上げて、ため息をつく。
「どうして最初はこの文字が見えなかったんだろ」
「普通の人間には見えないよ。でも、琴音はもうこっち側の人になったから、見えるようになったんだ。ボクの声が聞こえるのと同じで」
「へぇ……」
 一回ログインしちゃったからってことか。
 さよなら、昨日までの平凡な私。
「そんじゃ参りますか」
 いきなり変なバケモノとか出てきませんように。
 心の中で神仏に手を合わせつつ、昨日マダムから預かった鍵でおそるおそる扉を開ける。
「お邪魔しまーす……うおぉ!」
 ありがたいことにオバケも魔物も出なかったけれど、薄暗くひっそりとした店内に足を踏み入れた途端、ポウッと仄かな明かりがいくつか灯ったので思わず腰を抜かしかけた。
「びっくりしたぁ~」
「……琴音、妙齢の女性として、その奇声の挙げ方はいかがなものかと思うよ」
 意外に厳しいとこ突くのね、クロ。
「すみませんでした」
「こういうのはすぐに慣れるよ」
「だといいけど」
 便利だけど、いきなりは心臓に悪いわ。
「そういえば私の荷物は?」
 あの運送業者たちの姿はどこにもない。てっきり店の前で待ってるかと思ったのに。
「二階に置いてある」
「え、もう運んじゃったの? ドアに鍵かかってたのに?」
「うん、そこは気にしないで」
 もういいや。スペアキーを渡しておいた的なことではなさそうだけど、そういうことにしておこう。
 カウンターの奥にある階段を上って二階の住宅スペースを覗くと、本当にアパートに置いてあったときとほぼ同じ状態で、私物が全部きれいに収まっていた。
 これなら片付けや荷解きの必要はなさそうだ。
(慣れれば楽でいいかも。慣れれば)
 生活に必要なバス、トイレ、キッチン、洗面所も完備。ちゃんとキレイだし特に古びてもいない。リビングとベッドルームが別だからワンルームだったアパートより断然広い。
「悪くないわね」
「だろう?」
 クロが得意げにしっぽを揺らした。
 ちなみに店内に入ってからクロの声は頭の中で響く感じではなく、ちゃんと耳に届いている。口を開けてしゃべっているのだ。この違いはいったい何だろう。
 不思議に思ってクロに尋ねてみたら、ここには魔力が満ちているからね、という分かるような分からないような答えが返ってきた。
 まぁ、どっちにしろ会話できるんだからいいか。

「さてと」
 引っ越しが無事に終わったのを確認したので、私はひとまずカウンターの奥にあるロッキングチェアに腰を下ろし、淹れたての紅茶で喉を潤しながら、改めてじっくりと店内を眺めてみた。やっぱり置いてある品に統一感はない。骨董品っぽい物もあれば生活用品もある。値段もかなり差がありそうだ。
 共通項はただ一つ、魔道具であるということ。
 でも、私にはそれが感じられない。
 つまり売り買いする品物の価値を判別することは一切できないわけで。
「私はここでいったい何をすればいいの?」
 店のことはクロが知っているから聞いて、と先代は言った。
「ここが普通のお店ならまずは仕入れでしょ、それと在庫管理。店頭での接客に、集客のための宣伝や組合との付き合いもあるだろうし、売り上げの管理や税務処理なんかが必要だと思うんだけど」
「うん、だいたいそれで合ってるよ」
「そうなの!?」
「ただまぁ売り買いする品物にちょっと癖があったり、取引相手が特殊だったり、管理の方法が多少変わっていたりするぐらいで」
 ちょっと、ぐらいで済ませられる内容ではないよね、それは。
「宣伝はしなくてもいいけど、組合はあるから費用は収めなきゃいけないし、年に一度の集会にも参加しないとまずい」
「どうまずいの?」
「………………」
「あ、いいです。出ます」
 知らない方がいい感じみたい。
「うん、そうして。時期になったら、ちゃんと報せがくるから」
「わかったわ」
「一番必要なのは店に来るお客さんの相手だな。要望を聞いて、目録の中から合いそうな物を探したりとかね」
「商品目録があるの?」
「ああ。そこの棚にあるだろ?」
 振り返ってみると、確かに壁際に設えられた大きな棚の隅に一冊の分厚いカタログらしき物が置いてある。
 ずっしりと重たいので両手で取り出し、カウンターに広げてみた。
「うわ、何これ………」
 さまざまな品の写真と説明書きが載っているのは、いかにも商品カタログっぽいけど、その内容が案の定独特だ。魔力の強さ・属性・効力・対象・使用者が負うリスクまで詳細に記されている。掲載は各ページに一品ずつ。ちゃんと分類別に見出しも付いている。これは結構ありがたいかも。
「じゃあこれで欲しい品物をお客さんに決めてもらって、私が持ってくればいいのね」
「ちょっと違う。要望を聞いて、品物を選ぶのは店主の方だよ。その目録に店主が触れたら置いてある場所も分かる」
「えっ……こう?」
 カタログの写真を指先でチョンと触ってみる。特に変化なし。
「もう少ししっかり触ってみて」
「こんな感じか」
 今度は手のひらをペタリと乗せてみる。
 すると店の一角がポウッと明るく光った。
「わぁ、わっかりやすい」
「でもその光は店主にしか見えないんだ」
「そうなの?」
「うん」
 変わったシステムだなぁ。
「そしてお客が品物を買ったら目録からページが消える」
「まさかの自動削除」
「買い取りした商品は棚に設置したら目録に追加される」
「めっちゃ便利じゃん。管理要らなくない?」
「どれも店主がいないとできないんだ」
「へぇ、ってことは他の誰かにちょっと店番お願いって頼んだりできないわけね」
「そう」
 だからマダムはずっと旅行に行けなかったのか。私に店を任せるって言ったとき、すっごく晴れ晴れとしてるっていうか、解き放たれた感じしてたもんね。
「ひょっとしてお休み取るのも難しい?」
 個人店なんだから、そこは多少融通が利くんじゃないの。
「週に一度、日曜は定休日と決まってるけど、臨時では取りづらいかな」
 確かにさっき見た看板には日曜定休と書いてあった。
 これも最初に見たときは何も書いてなかったような気がする。
「週一か………まぁ店舗ならそうよね。無休じゃなくて何よりだわ」
 会社員のように土日祝休みというわけにはいかなくても、代わりに通勤時間ゼロなんだから良しとしましょう。
「店開けるのは昼からだよね」
「正午から夜九時までだね」
「つまり夜の営業がメインってわけか」
 あんまり夜型生活にはしたくないんだけど。
「それから月に一度、新月の夜だけは午前零時まで営業する決まりだから」
「あらら。深夜営業もあるの」
 新月の夜ってのがなんだか特別意味ありげですね。
「怖いお客さん来ない?」
「大丈夫だよ」
 ホントかな。
「それにボクがついてる」
「守ってくれるってこと?」
「ああ。琴音は安心してていいよ」
「頼もしいわね」
 かくして可愛い黒猫のエールを受けて、私は夢乃屋の営業をスタートさせた。

 魔道具店主一日目。
 それは波乱の幕開けでもあった。


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