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小説詩集1「ハチの巣」~

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文章ずき~ということで詩のような小説、小説のような詩を「小説詩集」としてまとめていきます。時をこえて出会う淡い夢を風船に込めるように飛ばしつづけます。
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#詩集

小説詩集「ゴッホの町」

この町に住んでいるあの人達は、いつもニコニコしている人たちで、たぶんなんとしてでも人に幸せになってほしいという願いを先天的に組み込まれた人たちなのだ。その願いというのは、いわゆる口先だけの暇つぶしにある言葉ではなく、あくまでも全身からあふれ出る全霊の思いなのだ。 ある者は、登校の道すがら後方からくる先生の足音に気付いてじっと耳を傾けていた。 それはほかならぬ完璧な挨拶をするためで、だからこそ彼の体勢は徐々に傾いていくのだった。 何度となく肩越しに様子をうかがう。暖かい誠意を

小説詩集「二足歩行者と遁走」

二足歩行者は息をきらして、そしてまた何かに怯えてすがる様子でドアから入ってきた。 「助けてください」 僕は事情がのみ込めなくて、 「と言いますと?」 となるべくとげのないように、あるいは不審がっていないように聞いてみた。 「ウサギに追われているのです」 二足歩行者は今入ってきたばかりの入り口を何度も振り返って、何者かが入ってはこないかと心配しているようだった。 「ライオン、のお間違えではないのですか?」 「ウサギです」 「わかりました。とはいっても私は文章の肖像家ですから、ど

小説詩集「バンジョウのひと」

いつのころからか僕は大海原の波の上にいた。 たった一枚の小さな板にしがみついて彼方を見つめながら、いつ果てるとももしれない運命の波をやりすごしていた。 それまではどうだったか。僕だって一国一城たる船の上にいた。生まれた時から中の上ぐらいの船には乗っていたんだ。 あるとき不意に大波がやってきた。それをかわしたと思ったら、別の波にやられた一艘の船によこっぱらをつかれた。 よろよろと僕の船はふらついて、それでもまだ大丈夫だと、僕は船内を駆けずりまわって補修作業につとめた。 乗組員

青島ろばの❤純文気分です。小説詩集「葉うら」

♡詩のような小説、小説のような詩。小説詩と名付けて「小説詩集」としてまとめていきます。それが青島ろばの純文気分です。 「葉うら」 生まれたとき辺りはなんとなく賑やかだった。騒がしすぎるというほどでもなかったけれど。だからあまり心配はしていなかった。 狭いところで押し合いへし合いしているうちに隙間をぬって前へ進んだ。そうしたら誰かに褒められて方向が正しことを知った。誰かとはたぶん母さんだったのだと思う。面倒を見てくれていたから。 そのうち、グニュグニュ動き続けていたけれど

小説詩集「レモン爆弾」

私は母さんの鏡台の前で映しだされる自分を見ていた。顔がいびつだった。表情を造ってみると、案外他人のような別ものにも見えた。 「あの子はクラスで一番ね。美人だもの」 がやがやした教室で耳にした声を思い出した。 「あの子ってさ、百点しかとったことないんだって。お金持ちだしね」 それらは騒音の中で聞いた雑音だった。それなのにあまりにも自分を通過していくので、私は心の中に抽出されるその胆汁を苦々しく飲み込みつづけた。 母さんが昨日揺れるバスの中で、乗り合わせた知り合いにこんな風に言

小説詩集「7パーセントの生活」

殻をかぶった落花生のような姿で、もちろんこちらがそう認識しているというだけで、通りすがりの人たちには全く同属のように見える私だけど、心の中では、風に吹かれ日にさらされながらも遠く離れた人たちと語り合う自分を幸せに思う。 事務室のドアを開けると優し人や、優しいけれど人をしごいて鍛える特典付きの人、素朴だけれど私の考えが重すぎる人がいて、その人たちとそっと殻を破って覗かせた姿のままで話していると、自分がピーナッツお化けのように見えてくるので、口を閉ざして裂け目を修復した。 人

小説詩集「記憶の迷路と父親」

小学5年生のある日、迷路のような路地を歩きながら国語の長文問題について考えていた。私達って宗教心がないのかしら?帰依してる宗教がないと規範がないのかしら?って考えていた。 路地はコンクリート色で美容室の前を通って角を曲がるとまた美容室が現れる通りだった。 頭を絞り込むとチュウーブからはみがきがにゅうーっと出てくるように答えが現れた。そうだ、私達って世間体を気にするけど規範はそこにあるんだ。簡単な事だったけれど、長文問題の文章を書いた人は見解が狭かった。なぜ一方的に書くのかしら

小説詩集「ナミと男」

男はひとり砂浜で、波が寄せては返すのをただ見ていた。男は力なく背を丸め、タバコの箱を取り出すのさえ忘れていた。 波は、規則性をわずかに乱しながら繰り返しやってくる。 男はしばらくそれを見守っていたが、潮騒の中にかすかに、悲鳴とすすり泣きを聞いてハッとした。 目を凝らすと、白い小さなナミが声を上げながら後ずさりしてゆくのが見えた。 「おい、なんで泣いてるんだ?」 男は白いナミに聞いてやった。 「みんなと足並みが合わないからなの。だって、さっきまで誰も沖に戻るなんて言ってなかった

小説詩集「竹のように」

今日ほど竹のように生まれたかったと思ったことはなかった。 新しく始めたばかりの仕事なのに、じっくり考える隙間もないほど人間の世界がきっちりと電子基板のようにできていて、そこで右と左をたくみにつなぐかわいい女の子たちが男の子たちと話している。 その子たちの生まれは竹の子で、生まれた時と同じように正確に節くれだって生きている。節と節との間が少し伸びはしたけれど、生まれた時のようにすっきりと明快な生命を帯びている。だから、職場の四角い箱の中で一から十まで絵にかいたようになめらかに振

小説詩集「かもめとTシャツ」

私は兄さんに手をふった。兄さんは杖をついて出かけて行った。それは今日のマジックショーに使うステッキで、おどけて杖がわりにしていたのだ。 兄さんも、姉さんも、妹も普通に歩いている。私だけ本物の杖をつく。 最初私は知らなかった。自分が違う格好で歩いていることを。だからみんなに「集合!」って号令かけたり、笑ったり、ふざけたりしていた。 そんな風にしていられたのは、ほんの短い間のことだった。 私は物思いにふけるのを止めて、潮風に誘われるままに家をでた。 自転車に杖をくくり付けて、主に

小説詩集「秋の日の振り子」

駐車場に車を止めてドアを開けると、枯れ葉が風に舞い上がって座席に押し寄せた。「これがお金だったらね」私はつぶやいた。ドアをロックして歩きだすと午後の日差しが褐色の光線となって私を刺した。 買い物が終わると余計な食材を買いすぎたことに気が咎めた。店のドアが開くと外の風はなおも強くなっていて、髪の毛が顔に張り付いてなびいた。それでも目を細めて前進しなければならない。 お金がないってつらこと。借金は減らないのに、使う方は容赦なく増える。しかも実入りがよくなる当てもないなんて。 初

小説詩集「その人は簡単に消えた」

私は雑木林の中の孤児院に住んでいる。蜂の巣のように仕切られた箱の中が私の寝室だ。 私はそこに2人で住んでいる。 死んでしまった叔母さんと一緒に住んでいるのだ。 死んでしまうまで、私は叔母さんに合わせてへつらって暮らしていた。でもいつも空回りだった。 叔母さんが死ぬ直前でさえ私はへまをやらかした。おばさんの食べられる美味しいものが作れなくて仕方なく自分でむしゃむしゃ食べた。それを奇異な目で叔母さんは見ていた。気持ちはあったけれど叔母さんを喜ばせられる何物もしてあげられなかった。

小説詩集「兄さんの神様」

「兄さん、神様ってどんな方だろうね?」 「僕はね、弟よ、神様がいるなんて信じちゃいないんだよ」 「ええ知ってますよ。兄さんが今はもう神の存在を否定していることは。だって兄さんは小さいころからよく先生に叱られていましたし、たとえ無実なときだって、先生は兄さんの言い分なんか断固断定してゆるさなかったよね。それに大きくなってからは受験にも失敗しましたよね。うんと頑張った上に、入りたかった学校をあきらめて、入りたくもないけれど確実に入れる学校を受けて、それだのに不合格に終わったあの時

小説詩集「青いサンゴ礁」

私は青い大海原へとダイブした。 そこはあくまでも澄みきって自由だった。 そのはずだった。 早朝私は家を出る。白いあぶくがブクブクと私を包む。四肢を伸ばして泳ぎ出すと水は冷ややかで、それを感じながら私は進む。白いサンゴが美しい。赤いサンゴも眠る貝も美しい。右を見て、左を見て、耳を澄ませ、私は軽く笑みをつくった。すべてが体にしみ込む。子供の頃と同じだ。と言っても、いつ頃のことかは定かでない。 信号を待つ。徐々に私は喧噪に包まれる。赤いシグナルと青いシグナルが交互に現れる。それは