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小説詩集「兄さんの神様」

「兄さん、神様ってどんな方だろうね?」
「僕はね、弟よ、神様がいるなんて信じちゃいないんだよ」
「ええ知ってますよ。兄さんが今はもう神の存在を否定していることは。だって兄さんは小さいころからよく先生に叱られていましたし、たとえ無実なときだって、先生は兄さんの言い分なんか断固断定してゆるさなかったよね。それに大きくなってからは受験にも失敗しましたよね。うんと頑張った上に、入りたかった学校をあきらめて、入りたくもないけれど確実に入れる学校を受けて、それだのに不合格に終わったあの時から」
「ああ、そうなんだ。何もしれくれなかったしね。そもそも存在していなかったのさ」
「でも頭の中で存在していたこともあったんですね」
「言われてみればそうだ。脳内で考えたり感じることが確かな世界だとすれば、神様は確かに存在したことがあったんだ」
「その方はどんなかたでしたか ?」
「そうだね、あの方はいつも僕を見つめていたよ。けれどわりに耳の遠い方だった。あるいは目も不確かだったかもしれない。僕にね、誠意と努力が正しいことだって宿命づけておいて、それに基づいた行動をとると、わけなくたわいのないことだよって片付けるんだ。もしかしたら多忙につき不在がちだったのかな。いずれにしても僕に生きる目的は優しさや勤勉さだと思わせておいて、必ず真逆の結果にぽつねんと置き去りにするんだ。僕の心は戸惑い、ねじれ、壊れるよね」
「つまり、神様とはやはり自然そのものの様相ですね。では兄さん、僕の神様のお話をしましょう。ご存じの通り僕はいろいろに器用な道具を持たされてこの世に誕生しましたので、周囲を羨んだりあるいは恨んだりという様な事象に出会うことが少なく、むしろ苦痛というものでさえ小さなゴミが転がっている程にしか感じることはありませんでした。けれど兄さんもご存じのように僕も受験に失敗しましたよね。それまで出ていたデータの上では僕は少なくとも確実に入学できるのでした。僕は歓喜の声の中を立ち去るより仕方ありませんでした」
「ああ、そうだったね。君までもがね」
「ええ、僕にとってはデータがすべてです。人々からすくい上げた数字の物語に従います。なんの淀みもありません。僕はただそれに従ったのです。つまりそれが僕の神様です。だから、僕の神様が死ぬということは、データの信憑性が崩れるということです。そこまでたどり着いた時、にわかに頭の中に視野が広がったのです。僕は遠い宇宙のはてで俯瞰していました。つまりその行為が神様そのものということです。が、それが人間の形をしたものではなく、座標軸のようなものだったとして、その方はいったい法や規則を重んじる方なのかしら、とふと思ったわけです。」
「つまり、神様はルールを重んじるタイプの方かもしれないということだね。実のところ僕もだから怖いんだ。だってあの方のルールそのものがよく分からないんだから。あの方の前では僕はただのアナーキストなんだよ。自由だけれど、何も分からず怯え続けるんだ。僕はまるで焼き菓子の種だよ。四角く焼きかけたところで丸い型に入れられる。しばらくするとその型はまた別の形なんだよ。そうしているうちに種はもう乾燥してほろほろになって崩れる。あまつさえ半生なところなんか腐りはじめるんだ」
「もし神様がアナーキストだったらどうでしょう。僕らが作る未熟なものを喜んでくれるかでしょうか」
「ああ、まったく喜ぶと思うよ」
「でも、どうやらそうではなさそうですね」
「僕らのごちゃごちゃした感じをを許していないと」
「あるいはそのせめぎ合う様に美しさを感じているかも」
「色の配置に何の考慮もない、そんな絵画がお好みか?悪趣味な」
「一つ一つのディテールはとても美しいのにね」
「つまり究極的には許し合いか?」
「でも、それだけでは止まってしまう」
「座標は崩れ、壊れてしまうというのか?僕らの苦しみが世をつないでいるというのか?」
「だから僕は夢想するんです。神様がもし座標軸のような方だとしてもいったいどういう性質の方なのかと。ひどく怖い方なのか、憐みの手を差し伸べる慈悲深い方なのかと」
「でも、少なくとも君はもう神様を見ているのだね、俯瞰したその時その場所で。それがそもそもあの方なのだろうから。で、いったい神様はどんな風だったんだい?」
「兄さん、無風の中の座標軸上では、あちこちで砂絵が容赦なくかき消されていました。海と山の火がせめぎ合う創生もむごたらしく破壊され続けていたのです。けれど、それにも関わらず事態は静止していました。それを内包するあの方はただじっと無垢な心で感じていらしたのです。それは、まるで、あらゆる境遇の僕自身のようだったのです」

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