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(詩)少女へ(歌)

この地球の片隅
未開の大地のかたすみに
歌うことの好きな一人の少女がいて

少女は夕ご飯の後
こっそりと家を抜け出し
近くの森に行って歌うのです

眠る動物たちや
風のざわめく森の木の葉や
幾種類もの大小様々な虫たち
鳥たちがいて

少し向こうには
荒涼と広がる砂漠があって
月の光にさらさらと
無数の砂の一粒たちが瞬いて

みんな少女の歌を
聴いているのです

けれど彼女の歌を
耳にすることができるのは
彼らだけ
彼らがレコード会社に
彼女を売り込んだり
TVで宣伝したりはしないのです

少女はこの世界に
歌手という職業があることや
いろんなジャンルの
音楽があることも知らず

ピアノやギターといった
楽器のこともしらずに大きくなって

この地球の片隅
未開の大地のかたすみで
誰かと恋をして、また
自分の親たちがそうしたように

元気な男の子や女の子を
この大地の中で産むのです
たくましく力強く

子供たちは彼女のおっぱいを
思い切り吸い込みます
少女は少しずつ年を取り

いつか夕ご飯の後に
森に行くことも忘れ
あの森を震わせるほどだった
少女の美声は
そうして静かに
失われてゆくのです

この地球の何処かで
誰かがピアノやギターの演奏をバックに
何万人もの観衆に向かって
歌いかけているその時に

人知れず
少女の夢にもならなかった
歌への想いは
ついえてしまうのです


けれど思い出してみて下さい
たとえば明日きみが
眩しいスポットライトの中で
ひとりの歌手としてデビューする時

きみがどうして
歌を歌おうと思ったか
なぜ歌手になりたいと願ったか

そしてもう遠い昔
ひとりぼっちで泣いていた
幼いきみの耳に
どこからか聴こえてきた
歌のことを

それはもしかすると
この世界の夜の闇の彼方から
海を越え砂漠を越え
また遥か遠い時を越えてやってきた
少女の歌、だったのかもしれません

ただ泣き虫のきみを励ますために

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