おかえり

おかえり
最終電車が去った後の
その
まだ震えのかすかに残る
レールの上を

おかえり
ねぼけまなこの星たちの下を

とっくに過ぎた
シンデレラの
午前零時の時計の針の上を

折れた
かかとのハイヒールと
口紅と
はがれた化粧とマニキュアと
それから
流しそびれた涙を抱いて

涙は夜明けまで
胸に抱いて
涙はあまりに
夜明けに似合いすぎて

眠りに落ちる前の
夜明けの中で
人知れず
さらりと流してゆくように
それから、また

おかえり
少女の夢の中へ
少女のきみがまだ
少女だった草原の丘の
風の中でねころがり
見ていた夢の続きへと
吹いていた風の続きへと

売るほどの春はあっても
帰ってゆける春はないか
そのソープランドの娘たち

おかえり
もしかしたら最終電車が
ひきかえしてきそうな
まだふるえのかすかに残る
レールの上に
耳をあて

そうして
引き返しては来ない
最終電車の後を
追いかけてゆくように
ゆっくり、ゆっくり
いつまでも
ついてゆくように

やがて始発電車が
迎えにくるまで

おかえり
乗り損ねた春行きの
子供の国の
夢行き最終電車を
そして今夜も
しずかに
あきらめながら

おかえり
ほほにおちた涙が
唇に
たどり着く前に

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