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【掌編小説】豪腕

国重智子は今年で35歳になる会社員である。いくつかのあまり思い出したくもない恋愛を繰り返しているうちに、結婚適齢期というものをとっくに過ぎてしまった。焦燥感を紛らわせるためにビジュアル系バンドの追っかけをやったりもしたが、そのバンドも蜃気楼が消えるように解散してしまったので、何もやることが無くなっていた。

「本気で人生を変えよう」

智子は結婚相談所を探した。星の数ほど相談所はあったが、大手ではなく、一番ケバケバしい大漁旗のような広告を出している怪しい相談所を選んだ。ヤケになっていたのかもしれない。智子は入会金に5万円を払った。

「絶対相手が見つかるコースがいいです」

蚊が背広を着たような担当者に智子はそう伝えた。

「ではプレミアムコースよりさらに上級の“豪腕コース”というものがあるんですが、そちらでどうでしょう…」

智子は豪腕コースを選んだ。30万円を支払った。ヤケになっているのだなと自分でもわかった。私の人生、変えられるものなら変えてみろという気持ちもあった。

後日、マッチングの結果が出たということで、候補の男性の資料が送られてきた。ワゴンセールのような男達のデータだった。「とても選べない」と智子は思った。たとえ自分に“おつとめ品”の半額シールが貼られていても、一生の伴侶にできるだけ妥協はしたくない。
智子は新しい担当者に相談するため予約を入れた。新担当者の名前は「阿修羅田 豪嵬」というらしい。中国か台湾の人なのかな?と智子は思った。

相談所に赴いた智子は以前と違う広い個室に案内された。前担当者のモスキートマンによると、ここは豪腕コースの専用ルームらしい。机を挟んだ向かいの椅子が変だ。RPGのボスキャラが鎮座するくらい巨大だが、装飾の一切ない冷たく堅牢なアイアンチェアである。空気がざわつく。智子は生物の本能で極度の緊張を覚えた。

ヒトが部屋へ入ってくる。ヒトと呼ぶより他ない。身長は2.5メートルはあるだろうか。逆三角形の鋼鉄のような筋肉バディ。タンクトップにストライプ柄のネクタイを締めそしてピンクのスカーフを巻いている。顔は猛禽類のように鋭いが、施されているのは完璧なメイク。髪は逆立った毛の塊が球状を為しており、見事な天然モガヘアーだ。いわゆるサザエさんのような髪型だが、その髪の塊の一つ一つは決して落ちない要塞を思わせた。

「阿修羅田デス」

ヒトはそう発した。男か女かもわからない。とにかく戦車が倒木を踏み潰すような声だった。智子は口にフエキのりを詰め込まれたようにアフアフするだけで何も言えなかった。阿修羅田はレシートをつまむように資料を確認すると、智子を見据えて言った。

「選ンダ、カ?」

智子は口の中のフエキのりを何とか飲み込むと、ウユニ塩湖の真ん中で塩の一粒が囁くような声を絞り出して答えた。

「あ…あの…この中には、ちょっと、合いそうな、人が、いなく、て…」

阿修羅田の背後に紫色の炎が燃え上がった。そのように智子には見えた。炎は渦を巻いて智子を包み込み、あらゆる彼女のプライドを焼き尽くした。

「生キ物ナンダカラ、早ク、ツガイニナリナ!!」

一ヶ月後、智子は相談所で紹介された世間的にはあまりイケてない男性と結婚した。一年後には子供が産まれ、鬼女板に旦那の文句を書きつつも、なんだかんだで幸せに暮らしている。
公園で砂遊びする息子の姿を見守りながら、スタバのフラペチーノを飲み干して智子は思うのだった。

「阿修羅田さん、ありがとう」