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閉店と郷愁はセット販売

あるレンタルビデオ店に行くと、「今月いっぱいで閉店」の文字があちこちに貼られていた。悲しきかな。昨今は定額配信サービスが隆盛しているせいであろう。確かに20歳ちょいの私の周りでレンタルビデオで借りたなんて話はまず聞かなくなった。高校生のころまではいくらか友達間であったと思う。僕も当時CDやDVDを父同伴で借りに行き、産まれる前の洋画や洋楽、邦楽を鑑賞したものだ。ちなみにエロビデオは借りていない。。。(1度くらい見たかったな…)

その時お世話になった店がもう閉店になるとは。親に伝えてみると20年以上はそこにあったらしい。僕よりちょっと年上の先輩くらい。その先輩が旅立ってしまう。どこか遠くへ。後輩の私に世界の広さを教えてくれた先輩にこの想いをなんて伝えたらいいのだろうか。それでは、少し想い出を書いてみてから、最後に想いを乗せた言葉を贈ろうと思う。

一番思い出深いのは音楽である。中2の時に古いポピュラー音楽に本格的に興味を持ち始めたが、いざCDを買うとなると1グループのベストアルバムだけでもお値段が張る。中学生の私にはそんなお金は勿論ないので、父に頼んで例のレンタルビデオ店で色々探して借りたわけだ。今でもその時のワクワクを覚えている。悩みに悩み、探しに探した結果第1回トロロレンタル選手権の優勝者は、SPEEDのアルバム、TRFのベストアルバム、ポケモンのハートゴールド・ソウルシルバーのサントラ、青春歌謡年鑑シリーズの80's前半や90's編、レッドツェッペリンのライブアルバム(これだけよく内容見ずに借りたためライブアルバムは後から気づく)、銀河鉄道999のベストアルバムだった…かもしれぬ。その後はポケモンの別のゲームのサントラを借りたり、色んな洋楽や邦楽借りたり……4回くらいに渡って借りたと思う。でもまだその頃は古い音楽好き!と言いつつ好き嫌いが激しかった。テレビの音楽番組で聞いたことない曲は聴かない!と決めていたせいで、アルバムを沢山買っても、王道で美味しい!と思えるような料理だけを好んで食べ続けていた。
しかしこういった感覚も歳を重ねると変わっていった。知っている王道の料理は勿論素晴らしいけれど、僕の性格上、味を全部覚えたら大抵飽きるようになっている。知らない謎の料理に手を伸ばすのも一興であると考えた僕は、高3になると借りたアルバムの中の着手していない領域を作業用BGMで嗜むようにした。ポケモンでいうと、映画のサントラにあった水の都の護神の時の「SECRET GARDEN」(幼すぎて作品自体観れてなかった)、青春歌謡年鑑では工藤静香のMU・GO・ん…色っぽい(発売当時は有名だと思われるが、平成生まれの若造は知らなかった)などなど。未開の領域へ着手するのにかなり時間はかかったけれども、こうしてゆっくり向き合えたのはレンタルビデオ店がライトに沢山の音楽に触れられる場であったからだと思う。なかでも特に久保田早紀さんの"異邦人"のイントロのあのチャーンチャーンチャーンが中学生の時怖くて毛嫌いしていたが、高校生の時観たBS12のザ・カセットテープ・ミュージックのおふたりの解説を聞いて、「あ、同じ気持ちの人いた!よし聴こう!」とすぐ前向きに行動移せたのもレンタルビデオ店なくしては起こらなかった。

余談だが、それと関連して、昨年NHK BS(後にNHK第一でも再放送あり)で放送された「拾われた男」では、TSUTAYAの店内で会話するシーンが何度もあった。原作は俳優の松尾諭さんの書いた小説で、主人公は一流の俳優になるまでの彼の数奇な人生を描いた著者本人の体験談ベースのフィクション作品だ。そこから伺えるのは、バイト先で働いていた場所がどうやらTSUTAYAだったようだ。その頃は人々が普通に使っていたんだろうなぁ。

閑話休題。まだ閉店になるレンタルビデオ店への思い出はあるけれども、そろそろ言葉を伝える時が来た。一抹の寂しさを抱えながらもこのお別れは引き止められない。時代は面白くも残酷である。
結局これだけ書いても相変わらずまとめきれなかった僕は簡単かつ奥深いあの一言に全てを託すことにした。想いが鳥となって大空へ羽ばたくように祈りながら感謝を込めて贈ります。

「ありがとうございました。」

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