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読書感想文 #11:監督不行届/安野モヨコ

人気漫画家・安野モヨコと夫・庵野秀明のデイープな日常が赤裸々につづられた爆笑異色作! アニメ界と漫画界のビッグカップルが、こんなにもおかしく愛おしいオタク生活を送っているなんて…! 世界中に生息するオタク君はもちろん、オタ嫁(オタク夫を持つ妻)も共感すること間違いなしの衝撃作!!

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好みとの合致度:75%
 - 絵柄:3/5
 - ストーリー:3/5
 - ノリ:4/5
 - 関係性:5/5


漫画として世に出されているから感想を述べるが、それにしてもよく知りもしないよそのご夫婦についてコメントするというのは不思議な気分である。


相性のよさ

以前より、周囲の庵野監督作品好きの人々から「庵野監督と結婚したのが安野モヨコさんで本当によかった」といった評をよく聞いていたのだが、本書を読んで合点がいった。

安野モヨコ先生、庵野秀明監督、ご両人の人柄は存じ上げないが、本作を読む限り(味気ない言葉でいえば)相互補完の関係として非常に素晴らしい組み合わせといえるのでは、と思う。

自身にオタクの素地があるゆえにその中和も視野に入れて非同業者および非オタ男とばかり付き合ってきたというモヨコ先生が、オタク四天王(あと3人誰?)である庵野監督と付き合ってしまったことによってどんどんオタクに染められていく様も面白い。

家の中のみならず外出した先でも特撮やアニメキャラのモノマネをし、セリフを引用し、主題歌を口ずさみ、テーラーでフィッティングしている最中ですらオタク全開だという庵野監督の奇抜な行動を周囲に詫びつつ、時には見守り、時には乗っかるモヨコ先生……という小学生男子とその母のような一幕もあるが、二人はもうそれでいいと思う。

恋人や夫婦の間でとても不健全な形の「母・息子のような関係」あるいは「父・娘のような関係」を目にすることもあるが、少なくとも読者として読み取れる範囲にそういった毒素のようなものは感じず、大変そうだなあと思いこそすれ微笑ましい印象である。

しかし、モヨコ先生がインテリアを整え綺麗で洒落たリビングを実現したというのに庵野監督が大量に買い込む食玩やオタクグッズが無遠慮にも侵食してくるというエピソードについては、微笑ましさよりも「自分なら耐えられないな」という気持ちの方が上回った😂

インテリアの調和が破壊されることよりもリビングが物で溢れかえることの方が耐え難い。

自分の居場所が侵食されるのも相手の居場所を侵食することもしたくないし、家族とはいえプライバシーを尊重し個人スペースと共用スペースの区別もしっかりつけて──というある種潔癖なたちなせいで、最終的に私が行き着いたのは別居婚である。

たとえば、よく槍玉にあがる男女間の「トイレの便座問題」もトイレが別なら発生しないし、「いびきがうるさくて眠れない問題」も寝室が別なら発生しない。

妥協し合って譲り合っていくことやどうしようもない部分もたくさんあるが、別にできる部分は別にすればいいじゃないか。

しかし一戸でトイレが2つあるようなマンションに住もうと思ったら200平米前後の豪邸を探すことになるので億単位の話になり、庶民には非現実的すぎる。

じゃあ……10万前後の物件を2つ借りればいいだけじゃないか?

というわけで同じマンションの隣同士で住んで出入り自由にしようぜ〜が一番平和な同居風別居の共同生活だと思っているような私にとっては、なんだかんだ言いつつ互いの侵食を受け入れていくアンノ夫妻双方の器の大きさに驚いた。

私とておおらかさの欠片もなく何もかもを厳密に線引きしようというのではないが、本書を読む限り「リビングに雑誌が数冊置いてある」とか「フィギュアが2〜3体置いてある」とかそんな些細な話ではなく、ゴリゴリに敷地を占領していくタイプの侵食である。

平和的解決方法として「庵野監督が自由にできる部屋」を一つ決め、そこは好きにやりよしという方針になるものの、その部屋にはモヨコ先生の私物「スマーティ」があり、

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恐る恐る「置いといてもいい……?」と尋ねるシーンがあるが、かなり場所を取る機械であるにもかかわらず、インテリア的な意味での景観に拘らない庵野監督が「自分が好きなものを置ければそれでいい」とばかりにすんなり受け入れる様子も描かれていた。

共同生活とは常にお互い様、持ちつ持たれつである。

前述のように個人的には別居婚を快適だと判じているが、やはり運命共同体感は薄れるらしく一緒に住んだ方が絆は強固になる傾向にあるのだとか。


余談:パートナーの趣味

テレビなどで既婚者が「大切にしていた〇〇のコレクションを配偶者に捨てられた」「理解ができないから処分しろと言われた」のような悲痛を吐露しているところを目にしたことがあるが、そういう情報を聞くたびに「そんなことある?!」と思っていた。

「趣味にお金を注ぎ込みすぎて生活に差し支えるから控えなければならない」となるパターンはあるだろうし、「場所がないから増床するか断捨離するか別途場所を借りよう」とか「小さいものは子供が誤飲する危険性があるからしまおう」という話になるなら分かる。

同居人がある程度の理解を示し、妥協点を探ってあれこれと改善策を検討したにもかかわらず全体を無視して利己に走った結果「処分しろ」と言われたり「捨てられた」のならば半分は自分のせいだ。被害者面するなと思う。

しかし「自分にとっては無価値だから」などという傲慢の極みみたいな理由で他者が愛情を注いでいる何かを雑に扱ったり悪し様に言ったり、挙句の果てに勝手に捨てる人が存在するだなんて信じたくない。

もし夫から私の本棚にあるものやコレクションしている何かを「理解できない」だの「処分しろ」だの「捨てといたわ」だのと言われたら刃傷沙汰やむなしである。

ところで、同居人が趣味にしていたら嫌なものってなんだろうと考えてみた。

車や腕時計、宝石やバッグも出費が大きいし、特に車は場所も必要で維持費もかかるが、しっかり選り好みして自分で積み立てた軍資金から支出するという家庭内の可処分所得を圧迫しない範囲でなら個人の自由である。

本もたくさん集めると重量がものすごいことになるから床の心配はするだろうか。DIYも都内の住宅事情に鑑みると騒音が気になる?

しかし地味に最も嫌なものでいうと「虫の収集」が挙げられるかもしれない。

私は猫が一番好きだが、蛇などの爬虫類やカエルなどの両生類は全然平気というかむしろ可愛いと思っているので、その辺の「敬遠されがちな生き物」をペットとして飼うのは全く気にならない。

しかし虫はダメだ。

蝶の標本が飾ってあるくらいならいいが虫が家の中にいるかと思うとぞっとしてしまって無理な気がする。カブトムシやクワガタであっても……虫は……別室を……借りてくれまいか……😭



オタク

レストランで庵野監督が挙動不審になるエピソードがあり、実は目線の先(モヨコ先生の後ろ)に某特撮ドラマに出演していた俳優らしき人物を見つけて落ち着いていられず、退店時に店主に確認してご本人と判明、「サインもらえばよかった……」などと後悔しつつも狂喜乱舞しているシーンがあった。

今やオタクを生み出す側である庵野監督自身も生粋のオタクであり、ファンボーイであり、「好きなものに触れた時に子供のように喜ぶ」というのはギレルモ・デル・トロ監督やジョン・ラセター監督にも共通して見えるし、山崎貴監督からもそういう「子供心」が見て取れる。

何かに対して子供のような純粋な好奇心や興味、憧れを失うことなく持ち続けられることもクリエイターとして非常に重要なことなのだろうと感じた。

私の物事への向き合い方は「広く浅く一部それなりに深く」な上に飽き性で根気も甲斐性もないので、興味の範囲はある程度偏りつつもその中であちらこちらに移ろうし、急速にハマっては数ヶ月から数年ほどで飽きる。

アンノ夫妻(特に庵野監督)はそんな中途半端な自分が恥ずかしくなるくらい立派なオタク・ライフを満喫されていて、やはり物事を極める人というのはこういう人なのだろうな……と思ったりした。

「オタク」でいうと作中ではモヨコ先生が全く興味のないジャンルに付き合わされるエピソードもあるが、これも私には耐え難い。

自分の中にないものを他者の強引な薦めによって選ばされ、結果として意外といいじゃん!と新たな世界を見つけられることもあるが……モヨコ先生の寛容さあるいは夫婦でいることの居心地のよさのなせる業なのか、別方面に向いたオタク同士で趣味嗜好を上手いこと共有していくというのはやはり人間力が求められるのだろう。

私は本当に器の小さい人間だな。



お二人とその作品

お二方とももちろんお名前は存じ上げていたし代表作と言われる作品も知っていたが、残念ながらいずれもきちんと拝見したことがないと気がついた。


安野作品

「さくらん」の実写映画は音楽が椎名林檎、主演が土屋アンナ、助演に木村佳乃、菅野美穂、椎名桔平、小泉今日子、夏木マリ(敬称略)という私のツボを押しまくりのキャスティングだったために観たことがあるしDVDが実家にあるが、原作は未読、「働きマン」「シュガシュガルーン」「ハッピー・マニア」はタイトルこそ何度も目にしてきたものの物語としてちゃんと触れる機会がなかった。

女性の描く漫画は一定年齢以上向けになるとどうもリアルすぎてしんどくなってしまうから手を出さなかったのだと思うが、そろそろ向き合うべきだろうか。

しかし「さくらん」の実写映画には庵野監督も出演されていたらしく、あの頃からお二人は仲良しだったのだなあ……などとほっこりした気持ちになる。

「監督不行届」ではデフォルメされたお二人が描かれているが、手の描き方が女性的(女性が描いた手)だったり、アンノ家以外の人たちが比較的リアルよりの書き方をされていたりして、私ですら「安野モヨコっぽい」と断続的に感じながら読んでいた。

調べてみると「働きマン」は既刊4巻だという。

あれだけ有名な作品だからてっきり10巻以上出ているものと思っていたが、4冊なら今からでも気軽に読めるじゃないか……買ってみよう。


庵野作品

庵野監督は「エヴァ」や「シン」シリーズで有名という認識だが、エヴァは同僚に勧められて「新世紀エヴァンゲリオン」を何話か観たことはあった。
しかし途中で脱落してしまいどんな話なのか全く分かっていないし、シン・シリーズも未だ触れぬままである。

エヴァを観続けられなかった理由は忘れたが、シン・シリーズを観ていないのは単に私があまり邦画を観ないというだけのことで、庵野監督作品に限ったことではない。

ちなみに一体いつ観たのか、およそ10年前の時点でなぜか「ヱヴァンゲリヲン新劇場版」の第6の使徒(ラミエル?)を好きになっていて、形状がぐりんぐりん変わるところやその変容っぷりが非常に攻撃的でグロテスクなところがたまりませんなあ〜など思っていたのだが、

ちゃんと観ている人たちが投票しているであろう使徒の人気ランキングでも、アニメ版・新劇場版とも上位にランクインしていると知って少し驚いた。

新劇場版は観ていないはずだからYouTubeで使徒のまとめ動画でも観たのだろうか……なんてリスペクトのない視聴者なのだろう。恥ずかしい。
せめてラミエルの出る回とその劇場版だけはちゃんと観ようと思う。

ちなみに庵野監督に対しては割といい印象を持っている。

周囲の「エヴァ好き」を自称する人に一癖も二癖もある人が多かったために私の中の庵野監督は長いこと「そういう人たちの親玉」みたいなイメージだったのだが、「風の谷のナウシカ」のBlu-rayに「庵野秀明(原画担当)×片山一良(演出助手)」のオーディオコメンタリーがあり、その中での振る舞いに好感を持ったことで印象がかなり変化したからだ。

口調が落ち着いていて柔らかく、本編を観ながらとにかく他者の仕事を褒めるし、テトが出てくるたびに「かわいい〜」とデレている。

「上からの褒め」をする人や処世術としての「褒め癖」のある人はいるが、少なくともナウシカのコメンタリーにおける庵野監督の「褒め」からはそういう「自分のための褒め」を感じない。

ナウシカに関わった当時を思い出しながらコメントしているから自然とそうなってしまうのか、宮崎駿が好きすぎてそうなってしまうのか、あるいはナウシカが好きすぎてそうなっているのかは分からないが、これによって「そういう人たちの親玉」感が払拭されることとなった。

「監督不行届」を読んだ後に改めてこのオーディコメンタリーを流してみたが、なるほど、モヨコ先生のおっしゃっているのはこれか、と答え合わせできる箇所が散見されて結構面白い。



敬意

2002年(平成14年)3月26日に、共通の知人である貞本義行による紹介が縁で知り合った漫画家の安野モヨコ結婚4月28日に「ダブルアンノの結婚を祝う会」と称した結婚披露宴パーティーが行われ、新郎側の主賓として宮崎駿、新婦側の主賓として桜沢エリカがそれぞれスピーチを行った。庵野自身は安野の『ハッピーマニア』などを読んでおり高く評価していた。安野モヨコは本名非公開ではあるが、ペンネームの読みは「あんの」であるため「Wアンノ」と話題になった。

安野の漫画作品『監督不行届』で結婚生活が描写されている。作中での呼び名は「カントク(庵野)」「ロンパース、モヨ(安野)」。また、結婚を機に安野の食事管理によって、体脂肪率40%越えから180cm73kg体脂肪率22%までの減量に成功した。身の回りにも無頓着で、充分な収入がありながら風呂の壊れたアパートに住んでいたため、結婚前は1年間風呂に入らなかったり、洗濯もせずに服はボロボロになるまで着用し、汚れたら捨てる、という生活だったが、安野との生活で、4・5日おきに着替え、1日おきに入浴するようになった。作中では庵野がアルマーニを試着する様子も紹介されている。

Wikipedia「庵野秀明」:結婚

巻末に、庵野監督の感想文が4ページほどあった。

登場人物のモデルとして、作者の夫として、そしてクリエイターとしての目線が入り混じったコメントで、しかしどの目線からもモヨコ先生に対する愛情やリスペクトの念が読み取れる。

ナウシカのコメンタリーで「他者の仕事を褒める」と書いたが、この感想文でも同様である。ただただ「すごい」だの「上手い」だのと表現するのではなく、言葉の端々からモヨコ先生への敬意が伝わってくるようで感動すら覚えた。

「HUNTER×HUNTER」や「幽遊白書」の作者である冨樫先生も自身の妻であり「セーラームーン」の作者である武内直子先生の絵についてコメントしていたことを思い出したが、そんなふうに同業者としてその力量を公平に観察できるというのもすごい。

本書の中で「クリエイター庵野秀明」について触れられることがなかったので名言されてはいないものの、おそらくモヨコ先生も同業者としての夫に対する敬意があるのだと思う。

互いがそうでなければ人間関係はいずれただの依存や支配や搾取に成り変わり、不健全さが滲んでくるものだ。

夫婦のことなので現状や実態は何も分からないが、人間関係において互いをリスペクトしているというのは本当に重要なことである。

ちなみに、庵野監督の感想文のあとで「用語解説(オタク編)」というのが辞書のような細かさでなんと15ページに渡り掲載されていた。

作中のよく分からない単語や言い回しはこれを読めば理解できるのだと思うが、その辺が分からなくても十分に楽しめる作品である。

続編的な立ち位置なのか「還暦不行届」という本も発売されていて、こちらは本作のようなコミックエッセイではなく、帯に「文章版エッセイ」とあるとおり文字が主体となったエッセイだそうだ。



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